半分こ
販売を始めて数時間。売れたのはほうれん草が2束のみだった。予想していたとはいえ、ここまでくるとちょっと悲しい。お客さんが来ない訳ではないし、値段も特別安くは無いが高くも設定していない。
ただ、理由は分かっている。それはお客さんが通った時に言う言葉だ。
「あら、ここに売ってたの」
人通りはある。だが近所の人が野菜を買うのはここではないのだ。ここから少し歩いた場所にある市場で、ほとんどの人は野菜を買う。圧倒的に俺たちの野菜は知名度が低いのだ。何か話題性のある物を用意する必要があるのかもしれない。
さらに、もうひとつの課題、菜っ葉類がすぐにしなびてしまう事。これは季節に関わりなく起こってしまう。出来れば午前中。いや、朝市の時間帯でほとんどを売ってしまいたい。
いつの間にか辺りは夕方に向かっていった。
希望の朝に胸躍らせたこの日は、販売実績ほぼゼロに終わった。ほとんどの野菜が売れ残ってしまいショックを隠せない。これほどまでに難しいとは思っていなかった。コニーから仕入れた商品はある程度日持ちするため、店の中に並べておく事にするが。この先もこのままではいけない。
「いや、さすがに悪いですよ」
「良いから良いから」
残った野菜はもう売り物にならないため、処分を考えてさらに落ち込む。だたアリアの母、マリーさんが買って調理してくれる事となった。ほとんど強制的にしなびた野菜を回収された。これはありがたい事だったが、自分の無力さを味わい知った。
「今日赤字でしょ? アグリ君頑張ってたからこれくらいはさせて」
また優しさに甘えてしまった。俺の心は、罪悪感と責任の重さに押しつぶされそうだった。俺だけが赤字であれば何の問題も無い、俺が損をするだけだ。でも今の俺は違う。コポーションメンバーの生活がかかり、また孤児院を守らなくてはいけないのだ。
「今日、泊っていくんでしょ? ――アグリ?」
アリアが俺の顔を覗き込んでいるのにも気づかなかった。
「え、あ。うん」
昼の間にロットは村に帰ってもらい、ジュリに明日の分を頼んでおいたのでそれをまたロットに運んでもらう事になっている。今日俺はアリア家に泊まらせてもらう。明日は孤児院に行って仕事の振り分けをするつもりだ。
「寝られない……」
アリアの部屋の明かりはすでに落とされていた。それでも眠りに就くことは出来ずにいた。それはアリアが同じ部屋で寝ているという理由だけではないように感じる。
静かに部屋を出て、今日一日立っていた場所に椅子を置いて座った。
「はぁ……」
誰も居ない真夜中の町で大きなため息をつく。俺を焦らす一年というタイムリミット。肩に圧し掛かる責任。
「自信が無い……」
ルツを救う事、孤児院を守る事、コバトさんの店に野菜を届ける事、バーハルの対策をする事。そして美味しい米を作る事、それらは、こんな俺では無理なのかもしれない。不の感情が頭の中をぐるぐると回り、俺の心を踏みつぶしていく。
もともと俺は何も成し遂げて来なかった、出来損ないの人間。そんな俺がこんな大それたことなんて出来ないんだ。初めから無理な事だったんだ。
「どうしようか、これから……」
良くないと分かってはいる。それでも逃げるという考えが俺の心を今にも動かしてしまいそうになっている。リユンが作ってくれた店。アリアのこだわりが詰まった店。俺は店を見上げ、寄りかかるように呟いた。
「お母さん」
「アーグリ。寝られない?」
ドアの開く音がしたと思ったらアリアが出てきた。俺の胸がドキッと跳ね上がる。
「ごめん、起こしちゃった?」
「大丈夫だよ」
大好きな笑顔を俺に向けてくれる。いつもはそんなアリアを見ただけで、俺の心の不安や疲れは吹き飛ぶはずなのに。どうして今日はこんな気持ちになってしまっているのだろう。
「半分こしよっか」
「半分こ?」
アリアの手の中には、袋に入ったクッキーがあった。
「ありがとう」
アリアから受け取り、口にする。じわっとバターの香りが口に広がり、凝り固まった頭に糖分が供給されていく。
「代わりに、アグリの背負ってるもの半分貰うから」
「え……?」
「アグリの責任も、不安や悩みも全部、半分こ! ね?」
アリアは立ち上がって俺の手を掴み引っ張ってくる。その力を使って俺も立ち上がり、俺の顔をまっすぐに見つめるアリアは真剣な口調で言う。
「私はその覚悟で、あなたと一緒にいる事を決めました」
そんな言葉の意味を心で理解した時、バターが心の中でじわっと広がる感覚になった。
胸が熱く、声が詰まる。きっと何を言ったのか、アリアには分からなかっただろう。俺は頬に2本の線を付けながら言う。もう一度、しっかりと。
「ありがとう……!」
アリアのお陰でまた前を向ける。アリアのお陰でまた立ち上がれる。いつも助けてくれるそんなアリアが。
「大好きだ!」
これからの事は一緒に考えよう。1人で悩まず相談しよう。ルツが言ってくれたように俺にはみんなが居る。それでも責任の重みは変わっていない。でも不思議と今は、軽く感じる。どこに行ってしまったのか、それは優に想像が付いていた。
「明日もあるし早く寝よ」
そう言ったアリアは俺の目の前に居て、俺の唇には生まれて初めての感触があった。出会ってからこれだけ近くにアリアが居た事はない。頭では何が起こっているのか理解するのに時間がかかったが、俺の心は安らいでいた。
その日はお互いに、寝られなかったのは言うまでもないだろう。
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