麦の収穫お手伝い Ⅳ
「おはようございます!」
「おっ、アグリ! おはよう。今日も元気そうで何よりだ」
「快適なお部屋で休めるので元気です」
豪快な笑い声を上げるジンさん。後ろから落ち着いた雰囲気のおじさんが一人歩いてきて、ジンさんに近づき声をかけた。
「ジンさん、そろそろ次のを建てないと今日でいっぱいになりそうです」
何の事だろうと思っていると「分かった」とジンさんが頷いた。するとすぐ俺に目を向けてきた。俺はその目にドキッとして唾を飲みこんだ。
「アグリ、今日の午前中は稲架を作るのを手伝ってくれないか?」
「稲架ですか?」
麦や稲を天日干しする時に使う、頑丈な物干し竿のような物だとジンさんが教えてくれた。前の世界では、灯油を使って乾燥させるのが主流だったが、ここにはそんな便利なものは無い。頼れるのは自然の力だけなのだから。
「アグリに教えてやってくれ。くれぐれも怪我の無いように」
「分かりました。 アグリ君行きましょうか」
「はい、お願いします」
ジンさんの指示に従って付いていく。頑丈な稲架をこの人が作るのかと思うと大丈夫なのだろうか。少し不安だ。そんなことを言っている俺も、まだまだ弱弱しいのだが。
「アグリ君は稲架を作ったことはありますか?」
「村で見たことはあるんですけど、作るのは初めてです」
「そうですか。きっと楽しいですよ」
そう言われて、楽しみになってきた。リユンに会ったら稲架を作ったことを教えてやりたい。麦畑の農道を歩き、刈り終わった田んぼに来て驚いた。そこにはすでに木材が用意されていて、すぐにでも作業を始められるようになっていたのだ。
「アグリ君、これをあげます。棘が刺さると危険ですから、必ずつけてください」
「ありがとうございます」
受けとったのは軍手だ。少々ぼろかったが無いよりはましだろう。しっかりと装着して安全に気を配る。
「みなさん、今日も一日よろしくお願いします!」
そんな合図とともに屈強な男たちが立ち上がり、用意してある木材に向かい始めた。けっこうな迫力に躊躇してしまう。
今日の現場ここなの?
「この中で働くのか!?」
つい口が滑って大きな声で言ってしまい、みんながこちらを見て腹をかかえて笑い始める。
「あははは! 大丈夫か小僧」
「心配すんな! お前も俺たちみたいな男に鍛えてやるよ」
「そうだ、そうだ。悪いようにはしねぇ。早く来いよ」
「いやー、それは遠慮したいです……」
また本音が出てしまったが、田んぼの中は笑いに包まれ大いに盛り上がった。
それから俺は筋肉に挟まれながら仕事をこなす事になったのだ。巨体に抱えあげられて、田んぼのど真ん中に連れていかれる。すでに押しつぶされそうになりながら必死になって指示の場所に立った。
「おら、行くぞ! 歯食いしばれ!」
太い杭を斜めに打つため、何人かと一緒に支える。
これ、俺いらなくない!?と思いながらも必死に杭を支える。でかい木槌を振り上げものすごい力で振り下ろす。
パコーン。パコーン。
世界が一緒に揺れるような音が響き渡った。いや、これは地面も揺れているのだろう。しっかり足から体へと振動が伝わっている。
「怖いー! 怖いってーーー!!!」
頭のすぐ上で木槌が振り回されているのだ。いくらプロとはいえ人間。狙いを外して、頭に飛んで来ても不思議ではないだろう。そんな考えが頭に上ると余計に怖い。
「よし! あともう少しだ!」
「おう!!!」
「おらぁ!!!」
パコーン。パコーン。
「喋ってないで集中してくれー!」
そんな俺の祈りも、声すらも届かず、杭は打たれていった。
「よし! 良いぞ!」
杭が既定の位置まで到達し次の杭の準備が始まる。
「はぁ……はぁ……」
「まだへばってんじゃねーぞ小僧」
「く、くそー」
その瞬間俺の中の何かが外れた気がした。もう全てがどうでもよく思えてきた。恥じらいも恐怖も、暑さも、疲労も。どうでも良い。ここでそんな事考えていたら生き残れないだ!
まだ、まだやれる、なんだかそう思えて来た。男たちのむさくるしい現場で、俺はこの世界で初めてリミッターが外れた。
「杭持ってこーい」
「ほらアグリ行くぞ」
「おう!」
俺は走って杭に向かい、持ち上げる。
「おりゃーーー!!!」
俺は杭を引きずりながら運ぶ。すごく重いはずなのに、今はそんな事考えず、俺なら出来ると謎の自信に満ち溢れている。根拠なんか何ひとつ無いが、現に重い杭を運べているのだ。
「うぉぉぉー!!!」
「いいぞいいぞ!」
「もっと腹に力入れろ」
「まだまだーーー!」
ドンっと土埃をたてながら杭を置く。周りからは歓声と拍手が沸き起こった。運びきってやったととても誇らしく清々しい。
「よくやった、アグリ! 今度は支えてくれ!」
「おうよ!」
元気に返事をし、俺がみんなを支えてやるとおかしなスイッチを入れてどんどんやる気が上がっていく。周りの士気も同じように上がっていくのが分かった。
パコーン。パコーン。
「よし! 印まで入った!」
二本の杭が斜めに打たれ、綺麗なX字になった。反対側で杭を打つチームも作業が完了したとの報告があった。
「乗せるぞ!」
しっかりした杭の土台に、頑丈な木を乗せると見事な稲架が完成した。
「頼めるか」と言われ、ロープを渡される。
「アグリ、出来るか?」
「もう少し!」
その辺に居た筋肉に肩車されながら、麻のロープで杭を固定していった。
「よし! 出来た!」
「良くやったなアグリ!」
「まだやれるか?」
「当たり前だーーー!」
その後、昼ご飯を食べる時も俺のスイッチが切れる事は無かった。豪快にご飯を食い続ける。水を溢しながら飲む。明らかに頭がおかしくなってしまったようだ。そんな事、俺にも気づいてはいたが止められない、止めてはならない気がしてエネルギーを補給した。
「美味いか? アグリ」
「美味い!」
「そうか、食って食って筋肉つけてデカくて良い男になれよ」
「もちろんだ、兄貴!」
今日もご飯を持って来てくれたのはエブリイだ。
「えっと、アグリだよね? あの子」
白眼視されながら言う、エブリイの言葉が聞こえた。
「え、えぇ。しかし、私がジンさんに頼まれた子とはずいぶんと変わってしまったみたいです」
「お義父さん、あなたに頼んだから大丈夫だろうって安心してたけど」
「後で謝っておきます。この調子だと午後もここで仕事してもらった方が良さそうですし」
「そうかもね、夜うるさくなりそう……」
「すみません……」
落ち込むおじさんに見向きもせず、俺はご飯を搔き込んだ。
「アグリ! 食ったら続きやるか!?」
「もちろんだ、任せろ!」
俺はその日、屈強な男たちと一緒に働き続けた。気付けば日も傾き、ジンさんに雇われている人は家路に着く支度をする時間になっていた。
「アグリ君、帰りますよ。送っていきます」
「おう! 頼んだ!」
「はぁ」とため息が聞こえたがそんなの気にすることはない。この俺は新しい自分に目覚めたのだ!こんなに清々しい自分に出会えるなんて、筋肉って素晴らしいな!
「おじさん、もっと元気出さなきゃ! 俺と一緒に鍛えるか?」
「影響受けてますね、アグリ君……」
とぼとぼ歩くおじさんの前を歩きながら、家のドアを叩いた。
「ただいま戻りました」
家に入るとジンさんすぐに玄関に来てくれた。
「ご苦労様」
「今日はすみませんでした」
「なーに、構わないよ。今日はゆっくり休んでくれ」
そう言って見送り帰途に着いたおじさんの背中は、朝よりも小さかった気がする。
「アグリもご苦労様。ご飯の前に、綺麗になってきなさい」
「おう! 分かった、行ってくる」
俺は小走りで部屋に向かった。身を洗い、汗も土も木くずも綺麗になったが、スイッチが切れることはない。
そんな調子でみんなの所に戻ると、ご飯の準備をしているところだった。大きなテーブルの椅子に座る。同じタイミングで隣にエブリイが座った。
「アグリは筋肉もりもりの男を目指すの?」
にやにやしながら聞いてくるのはエブリイだが「ちょっとやめなさい」とターナさんに耳元で言われている。火に油を注ぐ行為でもしてると思っているのだろうか。今、俺としては筋肉にプロテインを注ぎたいくらいなのだが。
「あぁ、俺は鍛えるぜ。筋肉が最強な事を今日教えてもらった。筋肉はきっと裏切らないんだ」
そんな訳の分からない事を永遠と話しているとご飯の時間になり、料理が運ばれてきた。
「おかわりー!」
「は、はい」
今日はたくさん働きたくさん叫んだ。その為かご飯が無限に胃に入る気がして、どんどん流し込んでいく。
「アグリ、今日はいつも以上に食べるな」
「ケンさんも一緒に筋肉の道へ進みましょう!」
「お、俺は才能無いから辞めとくよ」
「才能なんて関係ないですよ。俺が一緒だから大丈夫!」
ケンさんにかなり迷惑な絡みを仕掛け、顔がひきつっていたが周りは助けることも出来ない様子だ。でもそんな雰囲気、俺には関係ない。みんなきっと筋トレが足りないんだな。
そうだ!大豆をもっとたくさん作ってプロテインを作ってあげたらどうだろうか!
「アグリをあいつらと合わせた私が悪かった」
「そうね。ちゃんと元のアグリに戻るかしら?」
「一晩寝れば大丈夫なんじゃない?」
はぁー。
はぁー。
はぁー。
はぁー。
4人同時のため息が灯りを揺らしたのを最後に、俺の記憶は飛んで行った。いきなり周りが暗くなり気絶するかのように眠りに入ったのだと思う。文字通り俺の心の火が酸素不足で消えたのだった。
バタッ。
「ちょ、アグリ!?」
「寝てる……」
「まっ、まぁ、今日一日頑張ったし休ませてやろう。ケン、頼んだ」
「お、俺!? しかたないなぁ……。アグリこんな所で寝るなって!」
朝。朝なのだが。
「昨日、何したっけ?」
必死で思い出そうとするが、何も思い出せない。考えると頭がくらくらしてくる。
「とりあえず起きて支度してご飯食べて……」
とりあえずやるべき事を口にしながら起き上がろうとしたが、身体が動かない。重い……。え……?固まってる?
「これ、き、筋肉痛だ」
なんで?こんなに酷くなるのだろうか。ただの筋肉痛、なのに動けない。くそ、今日も仕事なのに。なんでだ。
しばらくベットでもがいていると、ドアからノックの音が聞こえた。
「はい……、入ってください」
声を絞り出し返事をすると、入ってきたのはターナさんだった。
「アグリ? ご飯の時間だけど……」
「すみません、身体が重くて動けないんです。助けてください」
俺は涙目になりながら手を伸ばした。するとターナさんは口元に手をかけ笑う。何故かもう知っていたと言いたげな表情だ。
「良いわ、無理しないでアグリ。今日はお休みにしましょう」
「だ、だめです。休めません」
「だめです、今日は休み。ご飯持ってきてあげるから待ってなさい」
声もガラガラ、体のあちこちは痛いし動けない。俺は観念して分かりましたと言うしかなかった。
「元のアグリに戻って良かったわね」
意味深な言葉を残して部屋を後にしたターナさん。元に戻ったって何のことだ?そんな訳の分からないまま、また新しい一日が始まった。
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