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腹が減っては戦はできヌ  作者: 結野セキ
第四章:青年期

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これも俺の仕事

 10センチほどの穂が天に向かってピンと立っている。その色はまだ緑色で、みずみずしい。この辺りの時期に、昔は農薬を撒いていた。いつかの夢で見た光景だ。今でも鮮明に思い出せる。ツンと鼻につく匂いがする農薬。物によっては、ミツバチや魚にも影響を及ぼしてしまう。もちろん人間にも悪い物で、必ずマスクを着用する。しかし、そのような物でも人間にとってメリットはあった。人が安価に米を手に入れられ、見栄えが良い米を食べられる。虫に食われないため、品質も良くなっただろう。大切なのは、極端な考え方ではなく、バランスのとれた考え方なのかもしれない。

 そうとはいえ、今俺が生きている世界には魔法がある。いつもはカメムシに侵されていた米も魔法で守ることが出来る。前の世界でもこんなものがあれば、なにかが変わっていたのかもしれない。


「兄ちゃん! 見て見てこれ! ふわふわ!」


 孤児院でダリアさんに、ルツが仕事で失敗した時の様子を聞いていた。その時、子供たちが何やら白い物を持ってきた。「触ってみて」と言うので、軽く触れた。


「本当だ。ふわふわ。どこにあったの?」

「海ー!」


 指さす方向は海だった。

 その花のように咲いている、白い物を受けとってよく見てみる。


「これは綿だね」

「わたー?」


 綿は多年草だ。花を咲かせ、その後こんな綿を膨らませる。面白い物を見つけて来たなと感心した。


「今度、場所を教えてよ。種を取りに行こうか」

「うん!」


 元気な返事をすると、俺に渡した綿をそのままにどこかへ走り去っていった。


「すみません、騒がしくて」


 ダリアさんが頭を下げた。

 ご飯をきちんと食べられるようになってから、子供たちはみんな元気になり笑顔が増えた。活動的にもなって、外に出る事が多くなったらしい。


「いえいえ、おかげで良いものが手に入りましたから」


 持っている綿を、優しくもふる。肌触りもよく、気持ちがいい。


「ありがとうございました。後は任せてください。何とかして来ます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ダリアさんは先ほどとは違い、深々と頭を下げる。ルツがミスした家と畑。その状況を詳しく聞けて、これから向かう所だ。かなり怒っていたようで、俺も少し緊張してきた。とはいえ、こういう事もあり得ると想定はしていたので、何とか穏便に収まるように手を尽くそう。

 立ち上がり、一度畑の様子を見に行こうと体を回すと、リラヤが眉間にしわを寄せて立っていた。


「ちょっとアグリ! なんで呼んでるのに返事してくれないの?」

「ごめん、気付かなかった。どうした?」

「あぁー、そうですか。私は空気ですか」

「ごめんって。話してて聞こえなかったんだ。今行くから待ってて」

「知らない!」


 明らかに機嫌が悪い事は分かった。リラヤは踵を返して奥へと足音を立てながら歩いて行く。

 リラヤはいつもならアリアの店に行っているはずだが、今日は誰かと交代したのだろうか。リラヤを追いかけるため院の玄関から中に入ると、ラーリエが通りかかった。


「リラヤお姉ちゃん。たまにああやって機嫌が悪くなるから気を付けた方がいいよ」

「たまに?」

「うん。何でかは分からないけど。たまにすごくイライラしてる」

「そうなんだ……」


 ラーリエには、リラヤがそんな時でも優しく接してあげるように頼んでおいた。リラヤがイライラしてしまう理由はなんとなく察しがついたからだ。そう言えば、アリアやこの世界の女性はどうしているのだろうか……。アリアに相談しても変に思われたりはしないだろうか。

 リラヤの部屋の前まで行き、ノックをする。「ん」とだけ聞こえたので部屋に入った。

 リラヤは、暑い部屋の中ベッドで蹲っている。静かに近付いて丸い背中をさすった。すると、籠った声が中から聞こえる。


「ごめん」

「良いよ。俺こそごめん。すぐに来られなくて」

「なんか、もう何もかも嫌になる。こんなちょっとの事で怒っちゃう自分も嫌い」


 リラヤの背中は時々震えているのが分かった。シーツの中からは鼻をすする音も聞こえる。


「なんでこうなっちゃうんだろう。だめなのかな私。こんなのお客さんの前に立ってられない。アグリにも、みんなにも迷惑かけて」


 リラヤの気持ちがどんどんと漏れてくる。そのほとんどはネガティブな物だった。それでも俺は、その気持ちを否定する事はしなかった。そんなことない、迷惑なんて掛けられてない。その言葉は役に立たないと思った。


「俺も、昔っからみんなに迷惑かけてばっかりだ。ジュリにも、ロットにもリユンにも。迷惑かけて、頼りまくった。リラヤにもな」


 気付けばリラヤの顔がシーツから出ている。


「本当。みんなに働かせすぎ」

「すまん」


 リラヤの目を見ると、睨むように俺を見ていた。「ねぇ」と強く言われ、後ずさりするところだった。


「なに?」

「美味しい物食べたい」

「例えば?」

「甘くて冷たい物」

「腹に悪いだろ」

「良いから!」

「分かった。分かったから」


 リラヤが俺の服を掴んで離さないので、渋々了承した。


「仕事の帰りに買って来るよ。ちょっと待ってて」

「約束だからね」

「約束」


 「絶対だからね」と部屋を出る時にも念を押された。

 畑で仕事をしていたダリアさんに一言かけてから、目的を果たすため仕事に出かける。甘くて冷たい物なんて売ってるのか? この選択を間違うわけにはいかない。俺は唇を固く結んだのだった。


 ルツの魔法に怒りを表したのは、組合番号78番の男性だ。名前は、サムソンさん。かなりの筋肉質で威圧感があると聞いた。怒鳴られたルツは相当に怖かっただろう。作っていたのは米と、自分で食べる分だけの野菜だ。菓子折りを持って家に行くと、田んぼの前で唸り声を上げる背の高い男性が居た。声を掛けると、その人がサムソンさんだった。


「こんにちは。先日、担当が迷惑をかけてしまい申し訳ありません」

「ん? あぁ、お前がアグリか。思ってた以上に若造やのう」


 壊れてしまった家屋を見せてもらえないかとお願いしたら「そんなもんはもう治った」と言われた。


「それより、お前さん。こいつを何とかできないのか」


 指を指したのは、田んぼだ。俺が作っている米と背丈はそう変わらなかったが、違う物も混じっているように見える。


「こいつら、時期に米より伸びそうじゃないか」


 サムソンさんが言っているのは、雑草の稗だった。米と同じイネ科で見た目もよく似ている。しかし、田植えをしていたい場所から生えているので一目瞭然だ。


「んー、手で抜くしかないですね。ここまで伸びてしまったら……」


 残念なお知らせを伝えるかのように、声を小さくして言った。


「そうか。そうだよな……。仕方ないよな」


 何だか嫌な予感がしたため、菓子を渡して帰ろうと決めた時、サムソンさんは片方の眉を上げながら言ってくる。


「お前、詫びに来たんだよな」

「えっ、えぇ……」

「今日中に頼んだぞ」


 すべて言わなくても分かるよなと言う言葉を目で言っている。これは断れる気がしなかった。


「分かりました……」


 俺はすぐに田んぼへと入ってひえーと声を出すのを我慢しながら、抜いていく。

 まさかこんなことになるとは……。ここから孤児院までの距離は、それほど遠くはないが20分はかかる。リラヤのお土産を探す時間を鑑みるに、かなりのスピードで終わらす必要がある。田んぼはそれほど大きくない物の、大変な一日になりそうだ。

 稗はかなり重い。土も濡れているため、根にはたくさんの土が付き落ちない。20本も抜けば抱えきれなくなる。何度も行き来しなければならなかった。服には、土も花粉も付着している。日が傾き始めて焦りも生じてきた。

 残り半分くらいと言う時には、空は赤く染まり日が山に隠れそうだ。


「もう店が閉まる時間だ……。1回戻って、何か買ってから続きするか」


 田んぼから出て、服に着いた汚れを払う。


「終わったのか」


 陰からいきなり太い声が聞こえ、体が跳ね上がった。


「い、いえ。やる事があって、それをしてから再開しようかと……」


 身を小さくしながら言うと、空気が一気に凍り付いた事を感じとった。初めてじゃない、この感じ。

 サムソンさんは俺の前に立ち、ハンマーのような重く固い声を俺に浴びせる。


「甘えてんじゃねぇ!」


 サムソンさんから罵声と共に、頬に衝撃が走る。数秒遅れて痛みが体全体を走った。目線が、一瞬にして別の方を向いた。その瞬間、体の奥が締め付けられた。押さえられ、縛られ、刃物を心臓に突き立てられているように感じた。額から、首から、背中から寒く冷たい物が通る。足ががくがくと震えて、手がぴくぴくと勝手に動いているのが自分でも分かった。


「やれっつたらやるんだよ! それがお前たちの仕事だろ! 人生舐めてんじゃねーぞ」


 口の中で鉄の味がする。過去の事が、思い出が。脳裏を心を埋め尽くそうとした。それを必死で食い止める。謝ろうとする口を必死で結んだ。俺はもうこんな人に屈したりはしない。みんなを守るのも、俺の役目だから。これも俺の仕事だから。もう農業だけやってればいいなんて思わない。

 俺は持ってきた菓子をサムソンさんの胸に押し当て、睨みつけた。


「俺たちだって、お客さんを選ぶ権利があります。俺は働くみんなを守るため、あなたの名前を組合から抹消させていただきます。会費は後日返金いたしますので、今後は私たちに関わらないでください。では、失礼します」


 俺は、荷物を無造作に持ち上げて、早足でその場を去った。これでよかったんだと自分に言い聞かせて。


 孤児院に帰る頃には、もうみんな晩ご飯を食べ終わっていた。リラヤの姿はその場には無く、部屋で顔を見たとたんベッドの中に隠れてしまった。俺の精神状態も正常ではないと自覚していた。でも院のみんなには気付かれないように気を付ける。ジンさんを見習って、院の中で仕事のネガティブな話はしたくない。

 声に違和感が出ないよう気を使って謝る。


「ごめん、遅くなった」


 怒るかと思っていたのだが、リラヤは俺の事をじっと見つめ「え……」と声を出した。


「良い物作って来るからちょっと待てて」


 腫れてきた頬を隠すように部屋を出て、台所に立つ。晩ご飯の片付けも済んでいて綺麗だった。


「ダリアさん、遅くにすみません。アイス作ってもらえませんか?」

「えぇ、良いですけど。今から何かするんですか?」

「リラヤとの約束ですから」


 ダリアさんにドライアイスを貰って、用意した材料を、冷やしながらかき混ぜた。必死に、出来るだけ早くかき混ぜる。腕も痛い、手だってヒリヒリしてきた。立っているのもしんどい。今にも眠ってしまいそうだ。でも、今日はこれを終わらせるまで眠ってはいけない。


「手伝いましょうか?」

「ありがとうございます。もうすぐなので、お皿を出してもらえますか?」


 支えている左手が、冷たく感覚が無くなって来た。でも、体は熱い。残る夏の暑さは俺の体力をぐんぐんと奪っていく。

 しばらく右手を動かし続けると、次第に重くなっていくのが分かった。固まって来た。


「もう少し」


 アイスクリームの出来上がりだった。前から気になっていた生クリーム。何かきっかけが無いと手が出ない値段だったがこれもリラヤのおかげだ。

 溶けてしまう前に、皿に乗せたアイスを部屋まで運ぶ。


「リラヤ! 出来たよ!」


 この日、初めて食べたアイスクリームはリラヤに笑顔をもたらした。作った俺は渡せたことに満足してしまって、笑顔を見る前に眠ってしまっていたらしい。

Next:出荷準備

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