働かざるもの食うべからず
レタスは工場で育てる事が出来ると、ある日テレビで見たことがあった。人口的な光を当てて、効率よく育つのだそうだ。しかし、太陽の恩恵には到底敵わないだろう。レタス以外の野菜も育てられるように、実験を繰り返しているのだという。それだけ、太陽は偉大で、人間に真似できないのだ。
しかし、改めてここは別の世界。俺たちは、魔石を利用し米の苗を完成させた。小屋の中には、若い葉が苗箱の中で生い茂っている。その緑色はそれほど深い色ではなく、十分に光が注がれていたことが目に見えた。長さは15センチほどで、太くたくましく伸びている。以前ルツにもやってもらった仕事を、ここサンドリンでもやってもらっていたため、苗には何の不安要素も無かった。
「明日からは田植えだな」
今まさに言おうとしていた事を、隣にいたベルナムさんが先に言ってきた。両手を腰に当て、胸を張っている。その顔には、自信とやる気があふれ出していた。
「ベルナムさん、これから少し手伝ってもらっていいですか?」
「あぁ。構わないが……」
不思議そうに俺を見つめる。もう時間は夕方になっていて、これから仕事をするのかと思っているのだろう。
ベルナムさんと棚田に向かった。一番手前にある、1の1の田んぼ。そこは明日の田植え予定地だ。この棚田にも、排水用の筒が刺してある。俺はそれを、田んぼの土から3センチ程になるまで押し込んだ。その瞬間、水面より中に入った筒が水を飲んでいった。
そうして見せながら、ベルナムさんの方を向いて言った。
「これを予定地でやっておきましょう」
田植え時、水がたっぷり入っていると不便な事が多い。機械で行っていた時には、通る場所に線が引かれる。水が入っているとその線が見えないのだ。ただ、今回はそのような理由ではないことは言うまでもない。他の理由として、水があるとせっかく植えた苗が浮いてしまう事と、田植えをしながら肥料を撒くのに不便という点。植えた苗の傍に、少しくぼみを作り、そこに肥料を撒いて土をかぶせる。これをするには水が邪魔なのだ。
少しの時間田んぼを回り、ベルナムさんが帰って来てから一緒にご飯を食べた。明日は朝早くからの作業になるため、みんな早めに休んでいった。
「アグリ君。エミヤが世話になったみたいだね」
ブロードさんの寝室で目を閉じていると、まだ起きていたようで声を掛けてきた。あの時の事を話しているのだろう。
「いえ。エミヤには俺も助けてもらってますから」
何も見えない部屋の中。ブロードさんのいつもよりゆっくりで低い声だけが聞こえる。
「船に乗ったそうだ。彼女の両親は」
「えっ……、それって」
思わず聞き直してしまったが、ブロードさんの説明がなくともその意味は理解できた。逃亡したのだと。ただ1人の娘を置いて。
「エミヤには」
「言っていない。両親の事は彼女から聞いてくるまで言わない事にしていてね。彼女もあまり触れられたくないのだろ」
俺は力なく「そうですか」と答えるだけだった。
エミヤはここに来てどう感じているのだろうか。もし俺が、ルツの件であのメンバーをここに連れてこなかった場合、彼女はどうなっていてたのだろう。そんな考えが頭の中を通り、なかなか寝付けない時間が続いた。ブロードさんも寝ている気配がなかった。すると、今にも消えそうな声でが聞こえた。
「いつの日か、楽しいと彼女は言っていたよ」
働かずもの食うべからず。田植えの時期にはこの言葉をよく聞いていた。前の世界では、田植えの時期はちょうど長期休暇があり、親戚一同で田植えを行う家庭が多かったからだ。田植えに参加し手伝った物だけが新米を送ってもらえるという訳だった。当時、俺はこれに疑問を抱いていた。なぜなら、田植え自体、大した労力は要らないからだ。2人か3人も居れば十分だ。親族が集まった所で見ているだけの人が多く、働いている様子は無いのだった。
しかし、今は考えが変わった。1人でも多くの人手が欲しい。美味しい米を作るため、作業量が格段に増えた。村でしていたような直まきの方がよっぽど楽だと感じる。
「これは、美味い米が育ってくれないと困るな」
「当たり前です」
足場の悪い田んぼの中、手元に苗が無くなったので体を起こすとちょうどエミヤが居た。今日は、汚れてもいい服を着ているようで、まだ始めて数時間。すでに泥をかぶっていた。エミヤは、頬を膨らませながら続ける。
「ここの存続はあなたにかかっているのですから」
そうだ。俺がここで米を作れなければ、この国は終わりを迎える事になる。
それを分かっていながら「そうだな」と軽く返すと、エミヤは怒ってしまうのだった。
この日の朝、日が昇り切らない時間から苗に水を撒いて、田んぼまで運んだ。メンバーが集まり次第、田植え作業に移った。田植えの手順とやり方は事前に講習を開いておいた。俺が田植え前からサンドリンに泊まっていたのはそのためだ。
今回、わく転がしと呼ばれる道具を用意した。これを前へ前へと転がすと、土に印が付く。これに苗を合わせる事で、均一に、そしてまっすぐに植えることが出来る。
事前に7人1組を作っておいた。この7人で1枚の田んぼを植えていく。
4人が苗を植えて、2人が肥料を撒く。もう1人が田んぼの外から植えてる人に苗を投げ渡す。4人は2条ずつ植えている。俺も各田んぼに何度も足を踏み入れて、みんなと一緒に田植えをしたのだった。
「えーっと。ここが21枚。次が、17枚か」
田植えが半分ほど終わった頃、雨がひどく降っているため今日の作業は中止となった。その時間を利用して使った苗の量から、田んぼの大きさと収穫量の計算をした。通常は、田んぼの大きさを計り、そこから苗と肥料の量を出す。田植え機は、苗同士の幅から株の太さまで細かく設定できるためだ。今回はその逆から計算してみているのだ。
「3割って言われてもなぁ」
計算をしながら頭をかく。ブロードさんから言われた米の3割を納める条約。生産量が出たとして、どうやって3割と決めるんだ。何か共通の規格を決める必要があるのかもしれない。
賢治さんに計りでも作ってもらおうかと考えていると、部屋の扉がたたかれた。「はい」と首を回すと、入って来たのは意外な人物で、不意に名前を呼んでしまう。
「ぺインクさんとペンナ」
俺の視線が止まった時、小さく頭を下げて近づいて来る。
ペンナは魔法使いだ。両親と共に、このサンドリンに来た人の1人。
「すみません、お仕事中に。ブロードさんからこちらに居るとお聞きしまして」
ぺインクさんが落ち着いた様子で俺の前に飲み物を置いた。ペンナの方を見ると、緊張しているのか母の背に体の半分を隠している。
俺も少し動揺してしまっていた。今考えると、面と向かって話すのは初めてだからだ。そんな気持ちを声に出さないように気を付ける。
「どうされたんですか?」
少し間をおいて、ぺインクさんが口を開く。
「実は、私の母から手紙が届いたんです」
また間が開き、意を決したように俺の目を見た。
「両親の介護のため、私と夫のガイオが家に戻る事を許していただけませんでしょうか……」
俺は深く考えるのを止めて、すぐに結論を出した。おそらく、ブロードさんも同じ考えだろう。
「構いません。行ってきてください。家族3人で」
その瞬間2人はパッと明るい顔になった。
俺もいろいろ考えがよぎる。だが、家族の事には、足を踏み入れる権利は無い。
今後、他の家族に同じような出来事が起こった時も、同じ判断を下すだろう。何か起こった場合は、その時にみんなで話し合えばいい。
「ありがとうございます!」
2人は、嬉しそうに部屋を出て行った。俺は机に向き直り、仕事を続けた。
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