油かす
日が高い間は、仕事を中断するように伝えてから早くも1か月がたとうとしていた。アブの時期が過ぎ去り、エルルの月がやって来る。完成した魚かすが順調に量を増やす中、俺はもうひとつの肥料、油かすを手に入れようとしている。最初はゼロから製作を考えていたが、コストや時間的ロスを考え、頼るべき所に頼ろうと決意したのだ。
「こんにちは」
相変わらず薄暗い店内。不気味とも思える涼しい空気が漂っている。
しばらく待っていると中からお兄さんが出て来てくれた。
「アグリさん、毎度!」
「こんにちは、アブイラムさん」
いつも店まで油を届けてくれる、油店の息子、アブイラムさんだ。今日も作り笑顔で接客してくれていた。外の作業場ではアブイラムの両親だろうか、作業している音が聞こえる。
「今日も油ですか?」
アブイラムは注文票を手に取って確認し始めた。
「今日は、違うんです。ちょっと相談がありまして」
「相談?」
立ち話もなんですからと、アブイラムは椅子を持って来てくれた。右手に持ってきた麦茶も出してくれる。ちょっとぬるいお茶を飲んでから本題に入る。
「いつも売ってもらってる油ってオリーブですよね?」
「はい、その通りです」
「他の油は作ってますか?」
アブイラムはレジに使っている机の引き出しから、一枚の紙を出して来た。見ると、取り扱っている商品が一覧できるカタログだった。そこに油の種類も書いてある。
「オリーブ。魚。米。パーム油」
カタログを見ながらアブイラムが追加で説明をしてくれる。
「オリーブ油がうちの代表格です。米油とパーム油も安定的な生産は可能です。魚油は、時期によって作れない場合がありますね」
「油って搾って作ると思うのですが、搾りかすはどうしてますか?」
アブイラムは目が点になったように俺を見つめて動かなくなった。
「絞りかす、ですか? 処分してますね」
「よし」と心の中でガッツポーズをした。
「アブイラムさん、それ譲ってもらえませんか!」
その後、2人でアブイラムさんの両親に会った。同じことを相談すると、好きに持って行っていいと言ってくれた。お金を払う事も伝える。
「構わない。お得意さんだからね。そのくらいはさせてくれ」
アブイラムのお父さん。アブサムロさんが表情ひとつ変えず言ってくれた。見た目はちょっと怖そうだったが、優しい人のようだ。両手いっぱいの搾りかすを受け取って、店を後にした。
今日貰って来たのはオリーブの搾りかすだ。薄い黄緑色をしたそれは、きっとサンドリンの田んぼに良い影響がある事だろう。これをそのまま田んぼに蒔いても問題は無いが、どうせならこれでたい肥を作りたい。少し時間はかかるが、サンドリンの棚田が完成し、雪が降る前に蒔けば、きっと良い土で春を迎えられるはずだ。
軽い足取りで孤児院に持って帰り、肥料作りへと移ったのだった。
夏本番、夕方になり暑さが落ち着いたある日。トマトの畝に追肥として油かすを撒いていた。貰って来た油かすをたい肥にして使っている。トマトの木と木の間に少しずつ置いていく。甘いトマトが生る事を祈りながら。
明日の準備のため収穫作業をしていたアルタスがカゴを持ってやって来た。次の収穫はトマトのようだ。
トマトの木は俺達の身長を優に超し、140センチ程にまで成長していた。トマトは枝の下の実から赤く完熟に近付いていく。上の実は青いが下になっている実は赤いのだ。ただ、ヘタの部分はなかなか赤く染まらずに青いままだった。そんな疑問を素直に聞いてくれるアルタスは、トマトを1つ収穫しながら言った。
「アグリさん。これ頭の部分だけ青いのは大丈夫なんですか?」
以前、売っているトマトはすっぱいとの話をした時、市場にトマトを見に行った。俺も父が作ったトマトしか食べた事が無く、売っている物が分からなかったのだ。そこでみんなで下見をしに行くと、どれも真っ赤なトマトで美味しそうなものが並んでいた。ヘタの部分だけ緑色のままなのは俺たちのトマトだけだった。
それでも、アルタスの不安そうな顔を吹き飛ばせる自信があった。
「大丈夫だよ、アルタス。あの真っ赤なトマトには理由があるんだよ」
「理由ですか?」
スーパーでも並んでいたトマトは、真っ赤に完熟する前から収穫している場合がある。畑から収穫し、選別や箱詰め、そして輸送。それからお店に並ぶ頃にはあの真っ赤なトマトが出来上がっているのだ。
「という事は、赤くなってから採ったトマトの方が、完熟していると言う事ですか?」
「その通りだよ」
そうはいっても商売だ。見た目も重要とされるため、俺たちは真っ赤になった時点で収穫し、2日後の店に置く事と決めた。今後、注文以外はその流れで出荷していく事になる。
「僕、アグリさんの作るトマト以外食べられないんですよね」
少し照れくさそうに言ってくれたアルタスは、トマトの収穫を続けたのだった。
もうアルタスはこっちを向いてはくれなかったが、好都合だった。その言葉に俺の顔は緩んでしまい、変な顔をしていた事だろう。土から丁寧に仕上げた畑。肥料はもちろん、水分の調整も怠らなかった。きっとそのみんなの努力が良い実を付けたのだろう。俺がすべての工程を自分でしていたら、こんな事にはなっていないはずだ。みんなに俺が持っている物すべてを教えて、使えるようにしてやりたい。それがきっとみんなの未来に繫がるだろう。
「アルタス! そこの芽は摘んでおこうか。その方が、他のトマトにしっかり栄養が行くから」
「はい!」
アルタスは指示通り、余分に伸びてきた芽をぽきっと折った。
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