今の終わり、次の始まり
気が付けば、ミリスは地面に倒れ伏せていた。
それも酷い有り様で、四肢の感覚が全くない。目もまともに見えない。ただ一つ、朧げに見えるのは真っ赤に染まった周囲の様子だけ。
「私の操血術で肉体を治すのは容易いが、お前は魂が消耗しきっている。どう足掻いても助からない……」
そう言ってきたのは、ラウエルスだった。彼女は無傷だった。魔力と魔力のぶつけ合いは、彼女が打ち勝ったのだろう。
「すべてを賭けても、私の命には届かなかった訳だ。それで一つ聞いても構わないか……?」
「なに……よ……」
「大切な人を蘇らせる為に、私の命が必要だと言ったが、それとこれがどう関係が?」
「世界を分岐させる魔法――その発動条件は、数多の魂と発動者の死……」
「なるほど。それで私の命を狙っていたのか」
ラウエルスはそう言うと、深い溜息を吐いた。
「どうせ誰かに吹き込まれたのだろう? 私を殺せば、願いが叶うと――」
ラウエルスはそう言うと、深い溜息を吐いた。
「それを吹き込んだのは何処の人間だ? 友愛教か? 悪魔の崇拝者か? 七勇教か? それとも貴族、いやっ、商会連合か? 冒険者組合か? それと漂神聖教の連中か? 私の命を狙う奴など腐る程いるからな」
「……友愛教の……司祭」
「今度は友愛教か」とラウエルスは再び深い溜息を吐いた。
彼女の口ぶりからして、この様な事は日常茶飯事なのだろうか。
「あなた……随分……嫌われている…ね」
「身内からも疎まれているからな。それ程までに私が怖いらしい」
ラウエルスはそう言い合えると、その場を立ち去ろうとする。
「今この場には、私が魔力に変換し損なった魂の欠片が漂っている。欠片と言えど、これだけの数があれば充分足りる筈だ」
「え……? それ、って……」
まさか、あの世界を分岐させる魔法が使えると言う事なのだろうか。
「その大魔法も使える筈だよ」
ラウエルスのその発言に、ミリスは一瞬思考が止まる。
「本当に、本当なの……」
「多分。確証は出来ないけど」
「そう……よ…かった、良かった」
ミリスは安堵からか涙が頬を伝った。それと同時に安心感からか意識が消えて無くなりそうになったが、必死に耐える。
「もう一つ質問するが、そこまでの事を誰の為に?」
「姉様よ……私の大切なたった一人のね」
それを聞いたラウエルスは微笑を浮かべた。まるで自分ごとの様に。
「そうか、姉の為か……まぁ詳しくは聞かないよ。全ての魂を消費した私は弱い。この状況で襲われでもしたら困るし、私は逃げるよ」
彼女はそう言い捨てて、今度こそ立ち去った。
「……やる…な…ら早くやらないと……」
そうとなれば、早くやらなければならない。次の瞬間に事切れていたっておかしくはない状況だ。
ミリスはそう言い、例の魔法を発動させる。
周囲に漂っている魂の欠片が、自分の身体に取り込まれていくのを感じる。無数の魂が、自身のそれと結合し一気に燃えて消えゆくのを体感する――。
それと同時に、視界がだんだんと暗くなっていく。凄まじい眠気が襲う。
気づけば視界は暗転し、目の前にはエリシアと思わしき人影――いや、真っ黒な人影で誰かの識別は分からない。
しかし、それがエリシアだと直感的或いは本能的に確信した。
「姉様、次に目を覚ましたらしっかり逃げて」
ミリスは、この黒い影が始まりであり、自分の終わりなのだろう。
きっとこの言葉はエリシアに届くだろう。そう思った。
「今更都合が良いのはわかってる。許されなくても良い...それでも私は......」
もっと言えることはある筈だ。ある筈なのにどうも言葉する事が出来ない。
ただ一つ。直接的な言葉で端的に言うとするなら――。
「愛しているわ。姉様......」
それくらいしか言葉が出なかった。気恥ずかしいが、今更気にする事でもないだろう。
それから、意識は薄れ辺りの暗闇に肉体が薄れていく。
ただ実の姉が幸せになってほしい。それだけが消えゆく彼女の唯一の願いだ。
とりあえず外伝的なお話はここまでです。次話からは本編に戻ります。




