総力戦
水晶玉が割れると、ミリスの身体を黒い瘴気が覆った。
「傲慢の大罪悪魔との契約……?」
ラウエルスはその水晶玉に聞き覚えがあった。傲慢を司る大罪悪魔に、何かを捧げる事によりそれに見合った対価を獲れると言うものだ。
70年前、ある狂った悪魔崇拝者が命を代償に7つ作り出したらしいが、そんなものがまだ残っているとは思いもしなかった。
「私の残りの寿命と魂を全て捧げる――だから、今を脱せるだけの力をっ……!」
ミリスがそう吐き捨てると、彼女の魔力量が何倍にも膨れ上がる。それと同時に動悸と眩暈、身体中に鋭い痛みが襲う。
こんな誓いを立ててしまったのだ。残された時間はそう長くない。
今なら行ける――。
かの大悪魔が編み出した大魔法。後にも先にも彼にしか使いこなせないと言われていたあの"死霊系魔法の最高峰"――それすら行使できる。ミリスはそう確信した。
「死の舞踏」
ミリスを中心に黒い波動が辺りに瞬時に広がる。辺りの草木を、命を全て刈り取っていく。魔獣達は命を吸われ、その場に倒れる。
だが、肝心のラウエルスはやはり生きていた。
「まさか、これでも死なないなんてね」
ミリスは手を掲げる。その手先にありったけの魔力を蓄積させる。彼女の命を燃やして還元された魔力の塊は、眩い閃光を放っていた。
「これで終わりよ。貴方も私も……」
ラウエルスは苦笑すると、ミリスと同じように手を掲げた。
掌にどす黒い魔力の結晶体が形成されていく。
「私が内包する数十、数百万の魂――全てを魔力に還元したものだ」
ミリスは自分の命全てを、ラウエルスは取り込んだ魂の全てを魔力へと変えた。お互いが、お互いに使える最高最大の攻撃手段だ。
「まさか……自分の死に際がこんなのだなんてね」
魂を魔力に変換して打ち出す。魔術師の切り札――魂喰。
こんなものは弱い魔導士が、どうしようもない状況に陥り上位者に対して、せめて相打ちに追い込もうとする際に使うような技だ。
まさかそんな弱者の手段に頼らなくてはなるとは、笑えてくる。
対するラウエルスの魔法も原理は同じものだ。しかし魔力に変換するのは他者の魂なので、自分は死なないわけだ。
「操魂術・終極――怨」
ラウエルスは膨大な魔力の球体をミリスに向かって放つ。
ミリスもそれに対して、魔力の結晶体を放った。
――魔力がぶつかり合う異音と閃光が視界と聴力を奪った。
互いがどの様な状況に陥っているのか、それすらも分からない。
ただミリスがわかる事は、全身が強く痛む。それだけだった。




