ウェタル市国侵攻-6
エリシアとラーシャーは、屋敷を出て裏庭に向かっていた。
その瞬間、屋敷の一角で大爆発が起こる。その衝撃でガラスが一気に割れ、耳をつんざく様な音が響き渡る。
「どうやら向こうは始まった様だな」
ラーシャーは静かに呟いた。
「ええ、そうみたいですね。しかしなんで私と一対一で戦いたい言ったのですか?」
「純粋に強者と戦ってみたかっただけだ。あの一撃を受けて確信した。お前の強さは規格外だ、俺の見てきた誰よりも強い……此処でお前を殺さなければ我々は敗北する。そう確信するくらいにはな」
「私に勝てる自信があるのですか?」
「自分より強い奴を倒す為の努力と工夫は相当したつもりだからな。負ける気は無い」
ラーシャーはそう言い、剣を構える。
「準備はいいな?」
「ええ、構いませんよ」
その瞬間、ラーシャーは剣を構えエリシアに襲い掛かってくる。
だが、エリシアはその斬撃を軽々しく避ける。
ラーシャーも隙を作る事なく、次々に剣を振り下ろしてくる。
「そんな事繰り返したって、私には傷一つ付けられないと思いますが?」
この程度の斬撃なら避ける事は可能だ。後はどう攻撃するのかが問題だが。
「だろうな」
だが、ラーシャーに焦りは無かった。
「い…っ…⁈」
その瞬間、エリシアの肩に激痛が走った。
ふと、肩に視線を向けると肩周りの肉が引き裂け、血が溢れ出ていた。
「この呪いの剣の効果だ。殺意を向けた相手の身体を時間差で削り取って行く効果がある」
「だから剣が当たらなくても問題無いって事ですか!」
激痛が走る中、エリシアは反撃に出る。
ラーシャーの頭部目掛けて、拳を振り下ろす。情け容赦の無い本気の一撃だ。
しかし、顔を狙った筈のエリシアの拳は盾に振り下ろされていた。
「な、なんで……!」
エリシアはすかさず蹴りを喰らわそうとするが、身体に変な力が入り、気付けば盾を蹴り付けていた。
更に盾はびくともしない。
「なんなんですか、その盾は……」
「魔法以外の攻撃を無効化させる盾だ。まぁ、魔道具だな。攻撃の全てを引き受けさせる加護がかけられている訳だ」
魔法以外を無効化させる盾――魔法が使えないエリシアには最悪な代物だ。
「だったら、攻撃が通るまで殴り続けるまでですよ!」
エリシアは、がむしゃらに何度も殴打と蹴りを繰り出した。
だが、しかし全ての打撃は幾ら身体を狙おうが、盾から最も離れた剣を持っている腕を狙おうが、背後に回って蹴り付けようが、気味が悪い程に盾に吸収されて行った。
暫くしてエリシアは、勝てないと直感した。
エリシアの今までの高揚が嘘の様に消え、冷や汗が彼女の身体中を伝い、漠然とした恐怖が襲った。
今までの交戦的な感情が嘘の様に消える。それと取って変わる様に恐怖感が込み上げてきた。
「どうした? 顔色が急に悪くなったが」
「……うっ」
エリシアは逃げ出そうと、後退りした瞬間だった。足首の肉が引き裂け、激痛が走る。
「痛っ……!」
恐怖で冷静になっただろうか、痛みが鮮明に伝わった。
「逃げても無駄だ。俺が殺意を向け続ける限り、呪いの効果は継続される。どうせ死ぬなら戦って死ねばいい」
ラーシャーは顔色ひとつ変える事なく、彼の顔付きが人とは違いすぎて判別は出来ないが、そう言い放った。
「死んだら10歳の時からやり直しですかね……それとも」
次に死んだらどうなるのだろうか。また10歳の時からやり直せるのか、それともやり直すチャンス等は無く、死んでしまうのかも知れない。
「嫌です。わたしはまだ生きていたいんですよ!」
死にたく無い。エリシアは強くそう思った。
ラーシャーはレーマなら問題無く倒せた相手だ。あの時何故不意打ちさせなかったのか、そもそも何故一騎討ちを望んだのか後悔しか無い。
エリシアは痛む右足を無理やり抑えて、地面を蹴り上げてラーシャーとの距離を一気に詰める。
エリシアの脳裏に一つの考えが浮かんでいた。
ラーシャーから盾を取り上げれば、良いのではないだろうか。
攻撃は絶対盾に吸収される――ならば、盾を力尽くで取り上げる事が出来れば、目の前のリザードマンは敵では無い。
エリシアはラーシャーの持つ大楯の淵を掴み、思いっきり力を入れて引き剥がす。
そうするとラーシャーはすんなりと、若しくはエリシアの力がよっぽどだったのか盾を手放す。
「どうですか、盾を奪ってやりましたよ」
「盾は取られたな。だがそれが狙いだ」
ラーシャーは微笑を浮かべた。
「それはどうい……うっ…ぇ…⁈」
その瞬間、身体中を引き裂く様な激痛が走る。それと同時に口から吹き出した。それに続く様に目から、そして耳から、身体中の穴という穴から血があふれだす。
「な、なん……これ……うっ、痛い、痛い痛い痛い痛いっ‼︎」
その激痛は今まで感じてきた物の比では無い。それこそ身体全体を貪り喰らわれ、臓器という臓器を潰されていると錯覚すら覚える程だ。
痛い。あり得ないほどに痛い。痛みしか感じとる事が出来ない。
死んだ方が楽――そう思えるほどの苦痛だ。
「盾の真の効果だ。所持者の手から離れ、他者が持った時、身体の内側を捻り、かき混ぜるといった物だ。まぁお前は助からないだろうな」
ラーシャーはそう言い、剣を構えエリシアにじりじりと近づいて行く。
だが、エリシアにはそんな事気にしている余裕はない。全身を襲う激痛にまともに思考が働かない。
次にエリシアを襲ったのは喉が潰れる感覚、全身の骨が砕ける鈍い音。
エリシアは地面に倒れ伏せる。叫ぼうにも声が出ない。
「責めたてもの情けだ。楽にしてやろう」
「ひぃ……あぁ……っ」
血と涙で濡れ、地面に這いつくばるエリシアに首を断ち切ろうと剣が振り下ろされた。
だがしかし、剣が首筋に触れるその直前、剣は鋭い金属音を上げ、バラバラに砕け散る。
「契約者が死ぬと困るんだよねぇー。ボク的にはさぁ」
ラーシャーの眼前に忽然と現れたのは、赤髪の黒衣に身包んだ少女の外見をした悪魔――アラストルだった。
「エリシアを殺したところでさぁ、君達に勝ち目は無いよ? なんたってボクがいるからねぇー」
アラストルは狂気を含んだ笑みを浮かべる。




