愚者の議会
エリシア達は、重厚な両開きの扉を開き議会室へと入る。
その空間は、円卓が置かれた子綺麗な部屋で数人の貴族風の老エルフ達の姿があった。
「今帰ったわ」そうミスラが言うと、軍の最高勲章を付けた1人の老エルフが口を開いた。
「勿論手ぶらで帰ってきたつもりではないよな? ミスラ都市長?」
「当たり前よ。エストリア帝国で有数の冒険者の手が借りられたわ」
ミスラがそう言うと、背後にいたエリシア達に視線がいっきに集まる。
正直、視線がかなり痛い。
「この青臭いガキがか笑わせるな!」
そう声を荒げたのは、別の老エルフだった。彼は、商業の最高指揮権を持つヴェルダ・オースティンだ。
ヴェルダはリアの角の存在に気づくと、明らかな嫌悪の表情を浮かべた。
「ちっ……魔族もいるのか、穢らわしい」
彼は、リアに対して憎まれ口を叩いた。
リアはそれに対して不快そうな表情を浮かべた。とは言え彼女はそう言う扱いには慣れているようで、直ぐにいつもの顔付きに戻った。
(なんですか。態度悪いですね……)
それと同様に不愉快に思っていたのは、エリシアだった。
彼女に取ってリアは、何ヶ月の間も行動を共にしてきた愛着のある存在――引いては家族とも言えるだろう。
それが、あの様に汚されては頭にくるものがある。
「貴方達、折角私達のために助けに来てくださった方々にその態度は何なの⁈」
ミスラは怒りが混じった声で。円卓まで駆け寄り思いっきり叩いた。
その衝撃で卓の上に置かれた、水の入ったガラスが倒れて水が溢れる。
「そもそも、勝手な行動を起こしおって! 先代の都市長、お前の父親の斡旋が無ければその地位に付けなかった分際で!」
「だったら、何も行動を起こさないで亡国にするつもりなの⁈」
「我々でどうにかすると言っただろ!」
ヴェルダとミスラの口論が始まった。議会室では2人の怒声が響き渡る。
「それに問題はない。我が国がモンスター如きに敗北するわけがないだろう! 頭までおかしくなった小娘がっ! 皆のものはどう思う? モンスターに国を滅ぼされると思ってる此奴とワシ、どっちが正しい?」
ヴェルダは辺りに問いかける。
「確かに、モンスターに敗北するなどありえんな。他国はモンスターに滅ぼされているが、それは他国が魔法に疎いからだ。我が国は優秀な魔導部隊がある……魔国連邦軍すら圧倒する彼らがいれば負けはない」
そう言ったのは、この中ではまた若い初老のエルフで、魔法省の最高顧問であるグーフィ・バスラだ。
「それ正気で言ってるの? そんなの誰かが流した出鱈目よ。500人の魔術師でどうやって魔王の軍勢倒すつもりなの⁈」
ミスラはそう訴えかけるが、彼女の発言に聞く耳を持つものは居なかった。
そればかりか、グーフィの発言に「そうだそうだ」「まったくその通りだ」と賛同するものばかりである。
彼らの罵声やら怒声が響くなかミスラは「不快な思いをさせてごめん。まさかここまで頭が悪いとは思ってなくて」と謝罪してくる。
「無能ばっかいると上も大変だねぇー」
アラストルはそう言った。いつも通りの呑気そうな声だ。
「第一、早くその魔族の娘をこの部屋から出さんかい! 同じ空気も吸いたく無い!」
その時、ヴェルダはそう言い手に持っていたグラスをリアに投げつけた。
「痛っ……!」
そのグラスは頭部に命中し、リアの額からツーっと赤い血が伝う。
「あ……だ、大丈夫ですか⁈」
エリシアはすかさず、リアの元へと駆け寄った。幸い、大して深い傷でも無いようだ。
「一応、大丈夫です……」
リアは回復魔法を発動し、自分の傷を瞬時に癒す。
すると、傷口はみるみるうちに小さくなり消えていった。
「あのクソ野郎……ただじゃ済まさない」
エリシアはヴェルダに殺気を飛ばし、彼の方へと歩いて行く。
彼女に取って、ある種の家族に近しい――そうでなくとも大切な存在が不理屈に傷つけられたのだ。怒りの感情が溢れるのも当然だ。
「一体何してるの⁈ 貴方のやってる事は人間のする事じゃ無いわ」
「ええい。魔族が怪我したくらいで騒ぎおって、彼奴のせいでガラスが割れただろうがっ、たっくもう」
2人の剣幕が飛び交う中を、エリシアは進んでいく。
ヴェルダは「流石に今のはやりすぎだぞ」と周囲の者に注意を受けるが、ミスラとの口論が加熱した彼の耳に届く事は無かった。
「ん? なんだ、目の前に立つな! 礼儀も弁えられるのか、多種族の連中は……」
エリシアはヴェルダが座っていた円卓の前にまで移動した。
「ぐっ……何をする⁈ 無礼者がっ!」
エリシアは徐に、そして容赦なくヴェルダの髪を掴む。
「う、うおぉ⁈」
エリシアはそのまま思いっきり円卓にヴェルダの頭を振り下ろした。円卓は、バキッという乾いた木材の音を立て綺麗に割れる。
ヴェルダは頭部を円卓に埋め込まれ、そのまま気を失った。




