半竜人と翼人
エリシア達は自宅の前まで帰ってきた。
しかし――。
「なん……ですか……これっ」
そこにあったのは、焼け焦げて灰になった家だったものだ。
「跡形もなく焼け焦げてるねぇ」
「わ、私の、家、が……」
エリシアは目の前に広がる光景が理解できなかった。
愛着のあった自分の居場所が――そして帰るべき場所が燃えて無くなっていたのだ。
「エリシア殿、ちょうど良いところに」
エリシアが唖然としていると、背後から何者かに声をかけられる。
背後を振り向くと、そこにはレイス・ラクラスがいた。
確か彼女は、中央近衛騎士団筆頭――と言う役職だったはずだ。
ウェレスの側近が何用だろうか。
「一体何があったんですか?」
「先日だ、何者かがエリシア殿の屋敷を燃やしたそうだ。犯人は捕まっていない」
「燃やされたって……」
一体誰の仕業だと言うのだろうか。
「それだけではなく、エリシア殿の領地で幾つかの村落が焼き討ちにされている。恐らく炎系魔法によるものだ」
「む、村が焼かれたって……は、犯人はっ!?」
「わかっていない。なんせ、生存者が一人も残らず焼き殺されていたそうだ」
「なんですかそれ……許せない」
エリシアは、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じる。
一体誰の仕業だと言うのだろうか。
今まで、手に入れられなかった自分の大切な物を、領土を、居場所を――引いては人命を弄ばれているのだ。
犯人に殺意が芽生える程度には、強い怒りを覚える。
「一つわかっているのなら、エリシア殿を狙った犯行だと言うことくらいだ」
「でしょうね、ピンポイントに私の家も燃やされていますし……」
「陛下から、暫く帝城で過ごしたらどうかとの事だったが、エリシア殿はどうする?」
確かに、代わりに泊まれる場所があるわけでもない。
ウェレスがそう言っているのなら、帝城に暫く居座っても良いかもしれない。
「では、そうさせてもらいます。他に行けるところもありませんし」
その時だ。
頭上を影が横切ったと思うと、空から地面に人型の何が落ちてくる。
「そうしてくれると、妾も嬉しいぞ?」
その人型の正体は、ウェレスだ。
「へ、陛下、帝城でお待ちくださいとあれ程……」
「そう気にするな、妾を害せる存在なぞそうおらん」
レイスを一蹴すると、エリシアに視線を向ける。
「見ての通り、エリシアは何者かに狙われておる。エリシアなら安心だとは思うがの……まぁ、心当たりがある、ここではなんだ、詳しい話は帝城の方で」
「心当たり……ですか」
この様子だと、ウェレスはこの件について何か知っている様だ。
その時だ。
ウェレスは、エリシアの背後にいるリッタとシュラに気づく。
「翼人族? 新しいエリシアの連れかの?」
「えぇ、新しい同居人です」
「そう言えば、魔族の娘はどうしたのじゃ?」
「訳あって、魔王選抜に参加する事になってしまいまして」
「ま、魔王選抜……生きて帰って来れるのか、それ……」
「私はそう信じています、そもそも――そうだと信じないと冷静にいられませんよ」
「そうじゃろうな……後で詳しく話を聞かせて貰おう……にしても――」
ウェレスは二人の翼人。
特にシュラの方に関して、何処かで見覚えがある様な気がしてならなかった。
「どこか、昔あった様な気がするの?」
ウェレスはシュラをじっと見つめる。
「いや、初対面のはず……まって、陛下って呼ばれてた?」
陛下――シュラの記憶が正しければ、陛下は一国の国家元首の敬称として使われていた筈だ。
そして、かつて自分の母が、エストリア帝国の女帝に世話になったと聞いていた。
「もしかして……」
シュラはめていた指輪をウェレスに見せる。
「んっ……そ、それは!?」
ウェレスは、その指輪を見てなんだったかと記憶を辿る。
すると、直ぐにその指輪のことを思い出した。
「私の母は、エストリア帝国の長――いえ、貴方からこの指輪をもらったと言っていた」
「お、おぬし、まさかルクスの娘か!?」
ウェレスは、ハッとした表情を浮かべる。
「そう……母、ルクスの子、シュラ。こっちは、リッタって言う」
「は、初めまして!」
リッタは、無邪気な笑顔をウェレスに向けた。
「ルクスは今どうしおるのだ?」
「私が幼い頃に、ドラゴンに殺された」
その事を聞いたウェレスの表情は、暗い落ち込んだものに変わる。
「そ、そうか、そうだったのか。すまぬ……妾が助けてに行ければ良かったのだがな。龍神の血族相手には、不干渉の契りがある……何もできなかった」
ウェレスは頭を下げる。
「帝国には帝国の、陛下には陛下立場がある事は理解している。それに、母は何度も助けられたと聞かされていた……」
「いや、助けられたのは妾の方もじゃ。こんな事で謝礼になるとは思わぬが、出来ることなら助力する」
「助かる。困った時は頼らせてもらう」
まさか、シュラとリッタの母が、ウェレスの知り合いだった様だ。
「陛下とシュラのお母さんが知り合いだったなんて、思いもしませんでしたよ……」
「まぁの、それももう十何年も前の話じゃよ」
あれは、まだウェレスが皇帝になって間もない頃だった。
翼人の国からきた、冒険者を目指していた少女。
まさか、彼女の子供とあいまみえるなどとは、予想出来た事ではない。
案外、人と人の繋がりというものは、狭いのかもしれない。




