シュラ
「遠慮せずゆっくりしてって」
リッタの家の中は、簡素な木のテーブルや椅子が置かれていた。
正直言って、翼人の文明レベルはそこまで高いとは言い難い。
その時、奥の部屋から一人の青髪の少女が姿を現した。
彼女は涼しげな雰囲気を纏っており、外見的年齢はエリシアと同程度だろう。
「人間のお客さん? 珍しいね、いらっしゃい」
エリシア達を一目見て、その翼人の少女はそう言った。
よく見てみると、その翼人の少女は片方の翼が無かった。
翼人は両翼が無いと空を飛べない。家の外にかけてあった梯子は、片方の翼をなくして飛べない彼女のためだろう。
「お姉ちゃん、帰ってきてたんだっ!」
リッタはそう言い、姉と言った人物に近寄る。
「大丈夫、怪我はなかった?」
「うん、平気だよ」
「ついて行ってあげれたら良かったんだけど、任務が急に入っちゃて……」
「ううん、大丈夫だよ。お姉ちゃんもお姉ちゃんで大変だもんね」
リッタはそう言うと、エリシア達の方へ振り返る。
「この人はね、私のお姉ちゃんのシュラって言うんだ」
リッタはエリシア達のこともお姉ちゃんと言ってくるが、シュラの場合は実姉だろう。
「にしても、人間がこんなところに来るなんて……ドラゴンに攻め入られ、滅びる運命しかない私達になんのようが?」
シュラは首を傾げた。確かに、こんな危険しかない僻地にわざわざ来る人間なんてそうそう居ない。
「まぁ、翼人と言う種族を見てみたいと思ってきたのですが……」
シュラは「そんな理由で」と不思議そうな表情を浮かべた。
そりゃ、その程度の興味本位でここまで来る人間は聞いたことがない。
「それでね。エリシアお姉ちゃんは、ドラゴンを一撃で倒せるくらい強いんだよ!」
「一撃、何かの冗談? だって相手はドラゴン、お母さんとお父さんだってなんとか二人で相手になるくらいだったあのドラゴンを?」
今は亡き、リッタとシュラの父と母はかつてエストリア帝国でSランク冒険者に上り詰めた猛者だった。
その二人も8年前にドラゴンに負け、子供を残しあの世に行っている。
そのドラゴンを一撃で沈めるなど規格外すぎる。
「嘘じゃないよ、この目で見たからね。それでこの国を助けてくれるって約束してくれたの」
「それは嬉しいけど」
シュラは、それが本当なら頼もしいのだが、どうにも信じられない。
「それじゃ、私は長に報告に行ってくるからね」
リッタはそう言うと、家から飛び出て行く。
「それで、本当にドラゴンを……?」
「一応まぁ、信じがたいでしょうが本当です……」
「それなら、頼もしいけど、本当に協力してくれるの? 見ての通りこの国、と言うかもはや国として成り得てないレベルの惨状だし、お礼に渡せるものなんてそうないよ」
「まぁ、助けるって言ってしまいましたしね。どうあれ、私はやりますよ」
とは言ってくれたものの、シュラ的には半信半疑だった。
「そう言えば、名乗り遅れたね。私はシュラ、この国の軍……と言っても、100人くらいしかいないんだけど……それの三戦士の一人だよ」
「私は、エリシアと言います。そっちの2人はアラストルとレーマです」
アラストルは「よろしくねー」といつもの調子で、軽く挨拶をする。
レーマは軽く頭を下げる。
三戦士――翼人の国の軍には、最も優れた3人の兵士達に与えられる称号だ。
10年前のかつての全盛期――と言っても、その時ですら軍の規模は500人ほどだったが、その時の三戦士はSランク冒険者級が2人、そこまでは及ばない物のそれに準ずる実力者の3人で構成されていた。
ちなみに三戦士のSランク冒険者級の2人と言うのは、シュラとリッタの父と母だった。
現在の三戦士はと言うと、シュラより若干強いのが1人、シュラより若干弱いのが1人、そしてシュラ本人だ。
ちなみにシュラの実力はBランク冒険者程度だ。三戦士の劣化具合があまりにも酷い。
「あっ、ちなみに私はエストリア帝国で冒険者をやってます」
「私の父と母も帝国の冒険者だったんだ。奇遇だね」
「そうなんですね。ちなみに両親どこに?」
「死んだよ。ドラゴンと戦って負けた」
エリシアは、気まずいことを聞いてしまったと後悔する。
「それは、聞きにくいことを聞いてしまい申し訳ないです」
「気にしなくていいよ。ここじゃ皆んなそんなもんだから……そういえば、エリシアのランクってどのくらいなの? ドラゴンを相手どれるなんてSランク以外ないとは思うけど」
「勿論、Sランクですよ。実力は本物なので安心してください」
シュラの表情を見る限り、エリシアの強さを信じきれていない様だ。
無理はない。ドラゴンを一撃で葬れるなど普通ではあり得ないことだ。それがSランク冒険者であっても。
そういえば、冒険者界隈でついたエリシアの二つ名は竜殺しであった事を思い出した。




