世界の守護者
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神聖リベスタ帝国の南東に位置する貿易都市イエステルにて。
海に面するこの都市は、幾つもの国家や勢力と交易が盛んに行われ、教国の玄関口とも言われている。
人口は10万人を超え、教国特有の高度な魔法技術により、高いインフラを誇り、住民達の生活水準は非常に高レベルだ。
しかし、イエステルは現在、都市の大半が焼け落ち、住民の過半数が虐殺される凄惨な状況と化していた。
理由は、転移者ーー。
教国が次なる勇者となるべく呼び出した転移者の暴走により、この惨状が招かれたのだ。
その都市の、はずれにある要塞に一人の男の姿があった。
「最高だ……」
男はそう呟いた。
男の周りには、死体の山が形成されていた。この都市を襲撃され、要塞に逃げ込んだ貴族や平民、兵士達の惨殺された姿だ。
「俺は、なんだって許される! なんだってできる! なんだってやっていい! 異世界最高ぅ!!」
男は、その品のない声で高らかに言い放った。
男の名前は、高橋恭太。
この世界に召喚された者の一人だ。
「この世界で俺には誰も逆らえない!! 無敵だ! 俺を馬鹿にする奴はもう誰もいねぇ!!」
恭太は窓から外の景色を眺める。
要塞は都市を一望できる丘の上に建造されており、燃え盛る街並みの全てを見渡せた。
「いい景色だ。これで俺の強さを証明できた……」
彼はそう言い、微笑んだ。
自分は優秀な人間だ。それなのに周りの人間は妬んで、言いがかりをつけてくる。
口だけで何もできない。
自分が優秀だと思い込んでる。
ただの馬鹿。
うざい、むかつく。
ふと、自分を妬んでいた奴らの妄言が脳内に蘇る。だが、もうそんな事は言わせない。
「この世界だと、俺が優秀である証明ができる!」
きっと哀れに思った神様が、自分の優秀さを証明できるこの世界に呼び込んだのだろう。
幼い頃に頭の良さを祖父祖母に褒められた。成績は真ん中より上くらいだが、勉強をもっとすれば、学年一位だって余裕だ。運動は全く出来なかったが、きっと運動神経自体は良い方だ。練習すれば、どんな競技でもオリンピックにでも出れる。そうだ、そうである。努力していないだけで、自分はなんだって出来る。それを妬む周りの人間が努力させる気にさせないのだ。自分の優秀さを認めない親も同級生も、教師も、この世界の馬鹿達も死ねばいいのだ。
「そうだ! この国を滅ぼして俺の国を作ろう! 俺くらいの力を持っていれば、国の一つを収めて当然だろう。いや、世界征服だって出来るはずだ! なんならこの世界の新しい神になるのもありだな!」
自分の力を持ってすれば可能なはずだ。
この都市ですら、一撃の魔法で殆どの市街地を吹き飛ばせたのだ。この圧倒的暴力の前に敵う相手など存在しない――いや、してはいけない。
「そんな事はさせない」
その時だった。
背後から女の声がした。
恭太が振り向くとそこには、白銀の光沢を放つミスリル製の鎧を纏った女騎士がいた。
その女は、10代後半程度、引きこもりの高校生だった恭太よりは少し年上だろう。鮮やかな赤髪の持ち主だ。
「どっから入ってきたんだお前」
恭太はその鎧に見覚えがあった。
恐らくは、教国の最高位神官直轄の騎士団である"中央聖騎士団"の構成員だろう。
「また俺に逆らう馬鹿が死ににきたみたいだな」
中央聖騎士団は、少数精鋭の特殊部隊だ。構成員のレベルは高いらしいが、恭太はすでに何人もの中央聖騎士を殺害している。
この世界で有数と言われる戦力すら恭太の前では無力そのものだった。目の前の女も所詮は敵ではない。
「お前の様な狂人に聞いても無駄だろうが、何故この様な事を?」
「んなもん、俺の強さを証明する為だろうがっ! 近いうちこの世界は俺のものになる。その俺を狂人扱いだとかマジでむかつく」
その恭太の発言を聞いた女騎士は、呆れた様な微笑を一瞬浮かべる。
「何がおかしい! お前も俺の実力を認めない馬鹿の一人だろ! ゆるさねぇ、ただじゃ殺さねぞ!!」
女のその表情は、自分を妬んでいた人間達が共通して自分に向けてくる"それ"だった。
「残念だが、死ぬのはそっちだ。自分を絶対的強者だと勘違いして、暴れ回る馬鹿を野放しには出来ない」
女騎士はそう言うと、手に持っていた両手剣を鞘から抜く。
両手剣を片手で構えた女騎士は、恭太に向けた。
「中央聖騎士ってのは、どいつも威勢だけはいいみたいだなぁ!? 先ずは手足を斬り落として嬲って……っ……!」
ーー次の瞬間、恭太の腕が地面に落ちる。
「えあっ……なんでぇ……う、腕があぁぁぁぁ!!!」
斬り落とされた断面から血が溢れ流れる。
「折角だ。自分が最も優れて強いと勘違いしてる屑の考えを正させてやる」
腕を斬り落としたのは、女騎士だった。彼女の知覚できない斬撃の一振りが、恭太の腕を斬り落としたのだ。
「それに個人的恨みもある。散々同僚を殺してくれたみたいだからな」
女は両手剣を構え、恭太に近づいていく。
「ひ、回復るぅ!」
恭太が回復魔法を唱えると、みるみる腕が再生し、痛みは消える。
「お、お前はなんなんだ!?」
恭太の周りに、常に不可視化された三重の結界を張り巡らせていた。それなのに、その結界が無効化され、腕を切り落とされていたのだ。
「私はミリアド・カーマダイン。聖騎士だ」
ミリアド――女騎士はそう名乗った。
恭太もその名前に聞き覚えがあった。
教国の聖騎士――その中の筆頭騎士の女は、転移者を遥かに凌ぐ強さを持つと言う話だ。
だが、そんなのは嘘はったりの作り話し、そうだと思っていた。いやそうで無くてはならないはずなのだ――それなのに。
「ふ、ふざけるなぁ!! この世界に俺を超えていい奴がいて言い訳がない!!!」
恭太はそう言い、片手を掲げる。
「災厄の炎!!」
次の瞬間、無数の魔法陣が瞬時に構築され、白色の光と高熱、爆風が辺りを包み込んだ。
耳をつんざく様な轟音と、全てを無に消す爆風と高温が周囲を完全に覆い尽くす。
この魔法は、恭太の持つ最大火力の魔法だ。
それ故に消費魔力を大きく、連続で一度しか使えない。だが、威力は絶大だ。
暫くして事が落ち着くと、視界が戻る。
要塞は完全に吹き飛び、辺り数百メートルが岩盤剥き出しの状態となっていた。
付近の山の殆ど削り、市街地の過半数も跡形もなく消えた。
人口十万を誇る都市だったそれは、空虚な巨大クレーターへと姿を変えた。
「どうだ!? 俺に逆らう奴はこうなるんだ!!」
見渡す限り、全ての地表を削り取った窪みの中心で恭太は叫んだ。
「それだけか」
だが、ミリアドは無傷でそこに立っていた。
「な、なんで、なんで生きてる!?」
「転移者ならば、私に傷をつけれると思っていたのだが……くだらない」
ミリアドはそう言うと、両手剣を地面に突き刺した。
「お前程度は剣を使う必要すらない。素手で相手してやる」
ミリアドはそう言い、恭太に一歩一歩迫っていく。
「……ば、馬鹿にしやがってえぇぇ!!!」
恭太は手を掲げ、炎の塊を出現させる。
「火球!」
それは、ミリアドに直撃する。だが、ダメージは一切入らない。
「氷弾!」
氷の弾丸がミリアドの頭部に直撃する。だが、無傷で前進してくる。
「雷撃!」
雷が、ミリアドの全身を襲う。だが、足の歩みは止まらない。
「風斬!」
風の刃が、ミリアドを斬り裂こうとする。だが、身体に傷をつけれない。
「漆黒の剛っ……」
恭太は魔法を詠唱しようとしたが、魔法を唱えられなかった。魔力が無くなったのだ。
先ほどの大魔法に加え、その前にも幾つかの高位魔法を使用していた。魔力切れになって当然だ。
そしてミリアドは、恭太の眼前まで迫っていた。
ミリアドは恭太を殴りつける。
「うがぅ!?」
恭太は情けない声をあげ、遥か後方に吹き飛んでいく。
魔力が無い恭太は、身を守る術も無く身体を強く打ち付けられ、人間の判別が出来ない程の肉塊となる。
即死だ。
「転移者と聞いて少しは警戒はしたが、するだけ損だったみたいだな」
恭太であった肉塊をミリアドは見下す。
流石に、この一撃で絶命するとは思っていなかった。多少なりとも警戒した自分が馬鹿らしい。
この転移者のせいで、何万、何十万の臣民が虐殺されてしまった。なぜ、この様なリスクを取ってまで異世界から勇者候補を召喚しようとする上層部に苛立ちを覚える。
自分で言うのもなんだが、勇者が居なくても自身がいるだけで、それ以上の役目は果たしてるだろう。
生まれ持った規格外の力を、この国の為に一身に注いでいるのだ。何が不満で、勇者を欲しようとしているだろうか。
所詮は、この世界の事など他人事の部外者に過ぎないと言うのに。
「筆頭騎士様、お疲れ様です」
その時だった。背後から一人の男が姿を現した。
彼は、教国でも数少ない転移魔法の使い手で、神官直属の諜報部隊に属する者だ。
「任務終わりに申し訳ありませんが、クサアス猊下がお呼びです」
彼は間を置かずに、そう言い放つ。
「わかった。聖都にすぐ帰る……転移魔法を頼む」
「承知しました」
任務後は、暫くの休暇を挟むのが規定だったが、それを無視しての呼び出しだ。
何かしらの、緊急事態があったのだろう。
ミリアドは、息着く暇もなく聖都へと帰還した。




