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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
99/116

侵入者とわたし

ジーク達は、協商軍を迎え撃つために出陣した。

見送りを済ませた私は、早速、自分の準備に取りかかる。

歓迎の準備だ。


協商からの招かれざるお客さん達を、お出迎えするのである。


「ステイシー、準備は出来てる?」


「はい。別館の第五会議室を手配済みです。参りましょう」


ステイシーは、仕事に関しては信頼できる。

私は満足げに頷いた。



今、協商は非常に厳しい状況にある。

内に蛮族の問題を抱え、外では王国と帝国の二カ国連合を相手に、戦争をすることになった。

国の大事だ。

極めて危機的な状況である。


だが、彼らには、この状況を打開する手立てが二つあった。


一つは、戦場で帝国の第一皇子ジークハルトを捕虜にすることだ。

ジークの身柄を抑えれば、彼らは外交的に極めて優位な立場に立てる。


そしてもう一つ。

女王アリシアを、誘拐するという手段も考えられた。

実はこの手も、ジークを捕まえるのと同様の効果が見込めるのだ。


戦争に卑怯もへったくれもない。

か弱い女性であろうと、狙えるところは狙うのである。


ジークは、アリシアの事が大好きだ。

だから私を人質に取られちゃうと、彼はなんでも言うことを聞いてしまうのである。


えへへ。

照れちゃうぜ。


勿論、作戦の難易度はどちらも高い。

私は、同じくらいの難易度だと思う。


クラリッサは、「片方、無理すぎる・・・・・・」って遠い目をしていたけれど、ジークも私も人間だ。

だから、万が一ってことが考えられる。

ゆえに、成功の可能性は微粒子レベルで存在するはずなのである。


協商は、突然のお部屋訪問に実績があった。

私も、肝試しでガールズトーク中に、どっきりを食らったことがある。

迷惑なサプライズ行為が大好きな協商国。

彼らはどうやら、私たちが知らない隠し通路をいくつも把握しているようなのだ。

そんな秘密の抜け道を使って、アリシア誘拐を目指す特殊部隊が、王城へと侵入してくる可能性が高い。


周辺警戒中のステイシーが、既に王宮の敷地内で怪しい人影を補足していた。


「奴ら、一掃したつもりだったのですが、申し訳ありません。我々の手落ちです」


「気にしないで、ステイシー。お部屋から害虫を駆除する時は、二回に分けて煙を炊くのがこつなのよ。だから、もう一度やっつけてやりましょう」


お部屋の害虫を退治するときには、二回、時期をずらして、もくもくと煙でいぶしてやるのが効果的だ。

最初の煙責めで今いる害虫を一掃してから、二回目で卵からかえった幼虫を全部やっつけるのである。

農家や田舎の貴族宅ではよく行われる。

火事と勘違いされるので、ご近所様への周知も忘れてはいけない。


お部屋のお片付けが苦手なステイシーは、私の生活の知恵に目を見張っていた。


「なるほど、こんな所にも戦いのヒントがあるのですね!」


あるのです。

いや、関係ないけどね。

ちょっと似てるかなって思ったのである。



私を狙うのであれば、軍の主力が出払っている今が絶好のチャンスだ。

戦場でジークを捕まえるのは、確実性に欠ける。

しかし、城にいる女王アリシアは、居場所がはっきりしているし、追い詰めるのも容易い。

アリシアがか弱い乙女であることを知る協商であれば、このタイミングで仕掛けてくるだろう。

私には確信があった。

なぜなら、アリシアはか弱い乙女であるからだ。

この点、口を酸っぱくして主張しておきたい。


だが、ただ待つだけでは芸が無い。

私は、敵の動きを誘導するために誘いをかけることにした。

誘拐を警戒して、隠れるふりをしてみせるのである。

そして、城の外れの会議室に引きこもり、敵をおびき寄せるのだ。


私は、武装して隠れ家のように見せかけた部屋に立てこもる。

同時に、アリシアの影武者を謁見の間に配置して、そちらの警備を手厚くする。

そうすれば、敵は本物のアリシアの警備がすっかすかでも、目立たないようにするための作戦だと思い込むはずだ。


どうよ、この作戦。


疑似餌のアリシア女王様を使って、協商の工作員をつり上げる。

そして、奴らを捕まえて、前回の協商工作員掃討作戦では洗い出せなかった王宮の秘密通路を、今度こそ吐かせてやるのだ。


今回の作戦は、メアリを除く私の側近にだけ知らせてあった。

ジークにも父にもメアリにも教えていない。

この時に実はちょっとだけ揉めたのだ。


不満を言ったのは、私のかわいいクラリッサだ。


「私も近衛騎士なのですが。私だけ、また安全な場所で待機ですか?」


またも仲間はずれにされた彼女は、唇をとがらせた。


クラリッサの担当は、私の身辺警護では無く、侵入してきた協商の工作員を追い詰める係だ。

敵が居ない場所で待機して、頃合いを見計らって、警備兵を引き連れ突入する役割である。


仕事熱心なクラリッサは、護衛として私の側にいたいと主張した。

でも、私は、警備兵の指揮を彼女に押しつけた。

彼女はぶーたれていたが、ここは我慢してもらうしかない。

アリシアによるクラリッサ過保護モードは、現在も継続中なのだ。


ごめんね、クラリッサ。

でも、殺しても死なないほどの頑丈さが、今回の作戦の参加条件なのだよ。


そして私達は、決戦の日を迎えたのである。



私は決戦場となる第五会議室で、読書をしながら敵の襲来を待ち受けていた。


来るかな来るかなー、協商のおっさん来るかなー。

鼻歌交じりで部屋に待機すること二刻ほど、お昼も間近なタイミングで、彼らは来た。

私の読み通りであった。

影武者のほうが狙われちゃったらどうしようかと心配していたのだが、幸いなことに杞憂であった。

私の影武者として玉座に座っている女の子には、危なくなったらズラを投げ捨てろと言っておいたのだが、それでも心配だったのだ。


私は、ステイシーと二人、完全武装で彼らを迎える。

第五会議室は、王城でも外れのにあって、逃げ場の無いどん詰まりの大部屋である。

そこに、ぞろぞろと協商の覆面男達が入ってきた。

でかいのもいれば小さいのもいる。


だがね、君たち。

レディの部屋に入るのだから、ノックぐらいするのが礼儀じゃ無いのかね。


情報を吐かせるのが目的なので、先制攻撃などはかけたりしない。

彼らが部屋に入り込むのを、私とステイシーは大人しく見守った。


数だけは数え上げる。

侵入者は、合計十五人だ。


「通行量調査と同じ要領で数えるのよ」


小声でステイシーに言ったら、ちょっとだけ受けた。

ステイシーは、私に対してだけは笑いの沸点が低いのだ。

わたしのつまんない冗談でも笑ってくれるので、楽しい。


一部の人間は、完全武装の私や殺風景な部屋の様子に、少し驚いた様子をみせた。

ちょっと場慣れしてしていない人間が混じっているのが気になる。

あと、女の子が混じっていた。

小さい子だ。

メアリよりも背丈が低いから、本当に子供だろう。


この子はなにかの魔法使いかしら?


見守る私達。


そしてここで、予想外の事態が発生する。

協商の侵入者達のうち、部屋に最後に入ってきた男が、大人物だったのである。


男は一人だけ、顔をさらしていた。

私は先日の作戦会議の席上で、この男の顔をみたことがあった。

似顔絵であったけれど、よく似ている。


ひょろりと背が高く、戦闘力は低そうな風体だ。

一見柔和そうなに見えるが、目元に険がある。

底意地の悪い外交官のようだ。

一般的な価値観に照らし合わせれば、美丈夫なのだろう。


その男は私の前に立つと、慇懃に一礼した。


「アリシア女王陛下ですね。お初にお目にかかる。ジェレミア・デッラ・マンチーニと申します」


「たしか、この戦争の元凶となった男が、ジェレミアと言ったわね。ご本人かしら?」


表情を殺して私が問いかければ、対面の男が鷹揚に頷いた。


ジェレミア。


現在の協商の最高権力者だ。

なんと本人自らのご出馬であった。



私は、ジェレミアと見つめ合っていた。

目と目が合う瞬間、敵だと気付いた。

最初から、敵じゃないかって?

そう言うんじゃなくて、もっと本質的に私とは敵同士ってことだよ。

間違っても恋に落ちたりはしなさそうだ。


そして、この状況と私の勘が言っていた。

こいつは多分、本物のジェレミアだ、と。


この男は、自ら赴いて蛮族との交渉をまとめていた。

加えて、協商における議会の乗っ取りも、自分自身で議場に乗り込んで実現させている。

敵の首領には、危険を顧みない度胸があるのだ。


勝算あってのことであろうが、それでも、なかなかに胆力がある行為だ。

おそらく、私とやり合うために、危険を冒して出向いてきたに違いない。

王城の防犯上の問題を解決するために工作員をおびき寄せたのだが、とんだ大物が引っかかってしまった。


私は、内心小躍りした。


そんなことはつゆ知らず、ジェレミア(手柄首予定)が口を開く。


「アリシア陛下には、我らとご同道願いたい」


言葉遣いこそ丁寧だが、内容は命令だ。

私は、可愛く小首をかしげた。


「その前に、いくつか質問をしたいのだけど、よろしいかしら?」


のん気な声で出鼻をくじく。

今日の私は、凄腕の交渉人ネゴシエーター・アリシアだ。

情報とかいっぱい引き出しちゃう。


小娘のマイペースな反応を受けて、ジェレミアは笑みを深めた。

貼り付けた仮面の様な表情からは、その内心を読み取ることはできない。

少なくとも、私では無理だ。

でも、私がさっぱり怖がっていないのがわかったのだろう。

ちょっといらついてそうな感じはした。


「時間稼ぎでしたら、無駄ですよ。陛下」


「ええ、その気も無いから安心して頂戴」


私はあくまで自然体だ。

実際問題、時間稼ぎの意図はない。


ジェレミアは一瞬、考え込んだが、その逡巡は短かった。


「では、どうぞ。手短にお願いしますよ」


「最初の質問。あなた達は、どうやってここまで来たのかしら」


「ああ、それですか」


得心したように、ジェレミアは頷く。


「陛下は、透視の魔術をご存じですか」


ご存じないです。


そんなものがあるのか。

私は内心、目を見張った。


これでも私は物知りなつもりだ。

だが、寡聞にして、そんな魔法は聞いたことがなかった。

相当に珍しい。

新種かも知れない。

私が、確認のためにステイシーに目をやると、彼女は頷いていた。

帝国の諜報部では知られているらしい。


すごいな。世の中には、私の知らないことが沢山有る。


ところで、その魔法を使われると、私の服とかもスケスケになっちゃうのだろうか。

なんておそろしい魔法だ。

ジークには、絶対に教えるわけにはいかない。

私のおっぱいとか、じろじろ見られてしまう。


私は交渉そっちのけで、彼氏のエロボイスを脳内再生し始めた。

そんな色ぼけアリシアよりも、ジェレミアはよほど真面目だった。


「我々は、一人、その魔法使いを飼っていましてね。それに案内させたのです」


ジェレミアは、目線を後ろのフード付きローブの一団に送る。

この男の言い方が引っかかったが、その透視の魔法使いがそこにいるらしい。


確保したいな。


私は思った。

全滅させずに、捕まえよう。

私は、計画を修正する。

そして私は、握り混んだ暗器の照準を、ジェレミアの脇を固める大柄な男の方へと変更した。

魔法使いは後回しだ。

そもそも魔法使い達からはあまり害意を感じない。


魔法と言えば、もう一点、確認しておかねばならない事があった。

敵の布陣を眺めながら私は当然の質問をした。


「それと貴方たちは、私の能力については、ご存じないのかしら。アリシアが身体強化の魔法使いで、殴り合いにも強いことは、よく知られていると思うのだけど」


「ええ、アリシア陛下は、大層お強い女性だと聞いていますよ」


ジェレミアの言葉と共に、私の体に違和感が走る。

この感覚には覚えがあった。


「魔封じです。陛下はご存じないかも知れませんが、これで貴女は動けない。残念でしたね」


そういって、この男は小さく肩をすくめた。

小馬鹿にするような仕草だ。

声には、自信が満ちあふれている。


魔封じの魔法。

それを、私にかけたというのは本当だろう。

体を動かすのに、引っかかる様な感覚がある。


だが、私はこの魔法を知っていて、自分で体験したこともあった。

魔法使いでは無いのだが、同様の効果を持つ魔術具を使ったことがあったからだ。


その、ジークとエッチなことをするときに、使ってみたくって。

使用動機とか、これを使うことになった経緯とかは省く。

絶対に秘密だ。


その魔術具は、複数人の捕虜や犯罪者をまとめて拘束できるとても強力な代物で、「百人までなら大丈夫」という触れ込みだった。


結果から言うと、百人封じることができても、アリシア一人は無理だった。

最初はたしかに効果を発揮して、「いける!」と、私もジークも興奮気味に内心でガッツポーズを決めたのだが、私がちょっと気を緩めた瞬間に、ぼしゅんと音を立てて、動かなくなってしまったのである。


原因は容量オーバー。

魔術具は即死だった。

翌朝、備品を管理する士官の方に、こっぴどく叱られたのは、早く忘れたい思い出である。

また、エロ話で申し訳ない。

でも魔法はエロ転用しやすいのだ。

許して欲しい。


ジェレミアは、探るような目線で私の体を眺め回していた。

私は、フルプレートの完全武装だ。

身体強化なしでは、ほとんど身動きできないだろう。

この男は、魔法の効果について私の様子を伺っているようだ。


だが、なめるように見つめないでもらいたい。

セクハラだぞ。


「今日は念のため、五人ほど連れてきました。身体強化の具合は如何ですか、陛下?」


なんともないです。


魔封じの魔術師が、一人あたり、どの程度の働きができるかはわからない。

だが、遠隔から魔法を封じるなど、相当に難しいのではないだろうか。

ちなみに、以前、ジークと使ったときの魔術具は、私に紐が付いた指輪型の端末を付ける類いの物だった。

本体は箪笥みたいなサイズで、指輪から魔力を吸い出しつつ、中和させる仕組みであった。


協商の魔術師達は、頑張って仕事をしているようだ。

だが、私に与える影響は、ほとんど皆無である。

おそらく、彼らがしていることは、象を麻糸五本で拘束しようと頑張るようなものなのだろう。

体感だけど、朝ご飯を抜いた日の昼飯前と同じぐらいのパワーが出せそうな気がしている。


全然まったくこれっぽっちも効いてないぞ、と答えるべきか私は悩んだ。

私が、瞳に力を込めてジェレミアを睨んでやると、この男は可笑しそうに破顔した。


「女王陛下は大変にお可愛い。そう睨まないでください」


ジェレミアの声には、嘲りの色が強い。

私の神経を逆なでするようだ。

でも、元王太子とその取り巻きに散々いじめられていた私の煽り耐性は高い。

こんなものではへこたれない。


むしろ、私は頬が緩まないように努力するのに必死だった。

顔面の筋肉がぷるぷる震える。


これが悔しさで、震えているように見えたのだろう。

ジェレミアの周りの男達まで、笑い声を漏らしていた。


一方の魔法使いたちに目をやると、怯えたような雰囲気を発している。

彼らは、私に魔法が効いていないのがわかっているのだ。


でも、彼らは、ジェレミアにそのことを教えようとはしなかった。

やっぱり、ちょっとひっかかる。

これは私の憶測かしら。


ステイシーに目をやると、彼女もちょっとだけ唇の端を持ち上げて私に答えた。

彼女もご機嫌であった。


透視ほど珍しくはないが、魔封じの魔法使いも大変貴重だ。

例えば、捕虜や犯罪者の魔法使いを捕まえた時に、能力を封じたりも出来る。

しかも、人様を騒がせる他の魔法使いとは違い、魔封じの魔法使いは単体では悪さをしたりできない。

魔法使いがいない所では、完全な一般人である。

ゆえに、とても使い勝手が良い魔法使いなのである。

帝国にとっては、特にありがたい存在だ。

ステイシーがご機嫌になる理由である。


欲しいなぁ!


私は、周囲を見渡し、ジェレミアに視線を戻す。

敵の戦力を改めて分析したのだ。


いままでの情報を総合すると、魔法使いは戦力外だ。

戦えそうなのは、わずかに十人弱。

しかも強そうなのは、その内の五人程度である。


これなら、ステイシー一人でたためてしまう。

それで、第一級戦犯に加えて、大量の魔法使いまで捕まえられるのだ。

手柄取り放題だ。


ジェレミアは酷薄な笑みを浮かべ、それに相対するアリシアは内心でニタニタと嗤う。

悪人同士、良い勝負であった。


私は、内心の喜びを取り繕うために、顔をしかめた。

結果、いつもの仏頂面になる。

この私のしぶい顔が、魔法を封じられて困っているように見えたらしい。

ジェレミアは余裕を深めていた。


「さあ、抵抗の無意味さも、私たちの能力もわかったでしょう。無駄な抵抗は止めて私に付いてきてもらえますか」


「無駄かどうかは、試してみないとわからないでしょう?」


そして私は、武装へと手を伸ばす。

ジェレミアが私を制した。


「あまり、おてんばが過ぎるのは感心しませんな。女王陛下」


ジェレミアの口が三日月を描く。

私は、抜き放った鉄剣を構え、ジェレミアを凝視した。


今までの交渉を通じて、私はこの男からは、人間らしい感情を感じなかった。

まるで、悪意で動く操り人形のようだ。

美しい姿勢を保ったまま、作り笑顔を浮かべて嘲るこの男は、ホラーチックな道化を想起させる。


ジェレミアは蛮族を引き入れて、同国人の尊厳を踏みにじった。

その後も、彼らを手引きして協商や王国で暴れさせている。

良心の呵責などとは、無縁なのだろうか。

先入観もあるが、若干人間離れした雰囲気を私は感じていた。


ジェレミアの言葉が脅迫染みていく。


「生きてさえいれば、人質にはなるのです。貴女も、蛮族のことはよくご存じでしょう。美しい女性は喜ばれる。貴女の命は助かっても、お腹の子には障りがあると思いますよ」


私は黙ったまま、しつこくジェレミアを睨んでいた。

この男が、どこまでしゃべるのか、気になったからだ。

私は剣を握ったまま、相手をじーっと見つめる。


未だに、諦める様子を見せない私に、ジェレミアはここへきて苛立ちを見せた。


眉間にしわを寄せ、口元の笑みを消す。

たちまちその相貌は、邪悪な物へと変化した。

貼り付けた貴公子染みた柔和さがはがれ落ちると、梟雄の素顔が露わになる。


悪人面だが、こっちの顔の方が私の好みであった。

最初からその顔で来いよ、ジェレミア。


「武器を捨てろ、アリシア。大人しく従えば、蛮族に差し出すのは許してやる。代わりに俺の相手をしてもらおう。自分の女をぼろぼろにされて、ジークハルトがどんな顔をするか。寝取られ皇子の嘆く顔は、さぞかし見物だろうな」


この言葉を聞いて、私はジェレミアの排除を決めた。



私の左手から打ち出された暗器が、いつもと変わらぬ鋭さで直線軌道を描き、ジェレミアの胸郭を打ち抜いた。

薄い体を突き抜けて、鮮血の糸を引きながら、扉の向こうへ飛んでいく。


見敵必殺。

先手必勝。

危険因子は即排除。


それが私のモットーだ。

やれるときにやる。

私は、危機感知センサーに従って強敵を最速で撃破した。


彼は、自分の身に起きたことを知覚するだけの余裕があっただろうか。

突然のアリシアの攻勢を前にして、彼は凶暴な表情をそのままに昏倒した。


自分の有利な分野で戦うべし。

私の得意な事は、物理攻撃だ。

そして、知謀を武器に戦ってきたこの男は、単純な暴力の前に無力であった。


私の放ったそれは、致命の一撃であった。

ジェレミアは即死する。

アリシアを、か弱い小娘と錯覚したまま彼は死んだ。

あっけない最期であった。


将来の禍根を断つため、私はジェレミアについて、もっと深く知る機会を私は捨てた。

この男が、危険そうであったからだ。

故に暴力をもって、強引に、この男を舞台から退場させる。

そう私は決断し、行動し、そして結果を得た。


残った者達は、あっけにとられていた。


私は、顎を持ち上げ傲然と通告する。

現実に戻ってきなさい。

その男が死んだのは、悪い夢なんかじゃないぞ。


「今のジェレミアの言葉をそのままお返しするわ。抵抗は無意味よ。大人しく私に従いなさい」


最初に動いたのは、魔封じの魔法使い達だった。


彼らは限界に達していた。

苦しげに呻吟していた彼らは、立て続けにその場にくずおれる。

私が魔法をぶっ放したせいで、その魔力にあてられたのだろう。


魔法が発生する仕組みは、謎に包まれている。

その中でも、魔力を中和してかき消す魔封じの魔法は特に謎が多い。

彼らは、謎のパワーの煽りを喰らい、出所不明のダメージを受けて気絶した。


一方で、積極的に動いたのは、ジェレミアが率いてきた実働要員とおぼしき男達だ。

全部で五人、指揮官は既に倒れたのだが、彼らはまだ諦めてはいなかった。

自分の立場を保証するため、女王アリシアを人質に取ろうと彼らは一斉に襲いかかってきた。


その彼らを遮るように、私を守って、しなやかな影が踊り出る。

ステイシーだ。


手練れの一撃を、やわらかに受け止め、剛力でもって打ち払い、刹那の空隙に切り返す。

敵の首筋には走った剣閃が、赤い筋を引いてひらめいた。

ステイシーは、流れるように立ち位置を変え、敵の動きを縛りつつ、常に一対一で切り結ぶ。

彼女は、多人数を相手にしながらも、見事な立ち回りをみせた。


私は、そんなステイシーを支援すべく、後ろからぽんぽんと槍を投げて援護した。

パワー馬鹿のアリシアは、単純な行動が得意だ。

逆に、乱戦が苦手である。

攻撃範囲内の敵全員を、ぶっ飛ばすぐらいしか能が無い。

繊細でセンスが必要な戦いをステイシーに一任し、私は火力支援に専念した。


結果的に、私とステイシーの作戦は上手くいった。

特に私の砲撃が強い。

至近距離からの一撃に、敵は躱すことも身を守ることも出来ずに、致命傷を負っていく。

瞬く間に三人が、体の真ん中を打ち抜かれて昏倒する。


「ステイシー、射線を開けて!」


「承知!」


ステイシーが力任せに、敵手を弾き飛ばす。

私はすかさず、投槍をなげ、相手のどたまをかちわった。


これで四人。


たちまちのうちに、実働戦力を打ち倒された残りの者達は、戦意を喪失した。


「ありえない……」


一人の男が、私を凝視しながら呟く。

いやいや、現実を直視しなさいよ。


次の投槍を手に構えながら、侵入者達を一瞥する。

私が、故ジェレミア氏の真似をして、にたりと唇をつり上げると、彼らは「ひっ」と呻きをあげてから、慌てて武器を手放した。


こうして、呼吸十個分ぐらいの間に、私は敵全員の無力化に成功した。


ジェレミアとその護衛とおぼしき男達は死んだ。

後には、魔法使いと、それ以外のよくわからない人間達が残された。


「降伏しなさい」


私が命じると、みな意外なほど素直に投降した。


「絶対的な暴力の前には、いかな魔法使いとて無力なのですわ」


このステイシーの発言は、大いに私の心を傷つけたが、私はその場での議論は避けた。

物事には、優先順位というものがあるからだ。


「整列!」


私が協商語で命じると、彼らは慌てて従った。

機敏な動きだ。大変結構。


そんな彼らから、ステイシーが順番に武器を取り上げていく。

意外なことに、魔法使い達は、全員が最初から丸腰であった。


それから彼らを部屋の隅に誘導してその場に座らせると、私はステイシーに捕虜の見張りを任せてから、部屋の外に出た。


敵が突入次第、私の護衛チームが駆けつける手はずだったのだけれど、未だにだれも来ないのだ。

心配しているわけでは無いが、人手が欲しい。

外の担当はクラリッサだ。

普段は手際のいい彼女らしくないなと訝しみつつも、私は部屋の外に出た。


そこで私を待ち受けていたのは、土木作業中の魔法使いであった。

彼は、私のお城の廊下を勝手に崩し、通路をがっつり塞いでいた。

完全武装の女王アリシアが部屋から出てくると、その男はめっちゃ慌てていた。

「何でお前が!」って感じだ。


うるせぇ、私がこの城の主だぞ!


私は、眉をひん曲げて命令する。


「おい、お前なにやってる。すぐに瓦礫をどけろ」


「は、はい!」


大慌てになった魔法使いが何やら魔法を発動すると、がれきがびゅーんと飛んでいく。


なんでも、重力の方向を操ることができるらしい。

すごいな、こんな超魔法まであるのか。

私が監視する前で、瓦礫が全部飛んでいき、塞がっていた通路が通れるようになった。


ちなみにこの魔法、燃費が酷く悪いらしく、その日オーバーワークだった彼は完全にへばってしまった。

一日三回ぐらいしか使えないそうだ。

でも三回も使えたら、十分にすごい魔法である。


がれきに行く手を阻まれていたクラリッサと、警備兵達が突入してくる。

彼女の指揮の元、侵入者達は皆、捕縛され、こうして侵入者の排除が完了した。



最初に申し上げておく。


私は不器用な女だ。

私が、出来ることは多くない。

故に覚悟を大事にしようと決めていた。

大切なものを守るためには、可能性を捨て、自らの手を汚すことも厭わない覚悟だ。


ジェレミアは、協商の最高権力者であった。

彼の身柄を抑えれば、いろいろと役立っただろう。

交渉をする上でも、協商における影響力が大きい彼の存在は活きたはずだ。

だから私には、ジェレミアの命を助け、身柄を抑える選択肢もあったのである。


だが私はそうしなかった。

それ以上に、私はこの男から、危険な匂いを感じたのだ。


自分の体や、赤ちゃんについて危害を加えると言われたから、というのではない。

戦争において、弱い人間を狙うのは定石だ。

私も必要とあれば狙うだろう。

そこを突くのは、交渉人として当然のことであるし、交渉とは強気でするものでもある。

弱みを見せず、常に自分を大きく見せるのは大事なことで、その点、この男は良くやっていた。

私の尊厳を脅かすような発言も、効果を見込んでのことだろう。


だから、私の行動は怒りに端を発したものでは無かった。


私を動かしたのは、憤怒や嫌悪では無く、危惧と恐怖だ。

私は、ジークのことを心配したのである。


私は、ジークがこのずる賢そうな男に対して、分が悪そうだな、と思ったのだ。


彼は、善良な人だ。

そして、無益な殺生を好まない。

必要とあれば、敵を倒すことを躊躇しないが、話が通じる相手であれば、理性に従ってその命を助けようとする。

一年前、彼と敵対していた私はそれに救われたし、彼と帝位争いをした異母弟も命は助けられたと聞く。

彼は優しい。

それは彼の得がたい美点なのだ。


だが、ジェレミアに対しては、その美点が、悪い方向に働くのではないかと、私は恐れたのである。

ジェレミアは、間違いなく邪悪で、しかし話は通じてしまう。

私がこの男を捕えた場合、ジークは命まではとらずに国へと返すだろう。

私にはそれが心配だった。


例えば、ここでジェレミアの命を助けたとしよう。

狡猾なこの男は、この敗戦を糧に私たちの事を学ぶはずだ。

そして、私も、ジークももちろん無敵ではない。


十年、二十年と生きていれば、当然、問題も発生する。

その時に、この男がどう動くか。

私はこの男の潜在的な危険性を、高く評価していたのだ。


故に私はこの男を排除することにしたのである。


危ないから殺す。

私のやり方は、あるいは乱暴に、聞こえるかも知れない。


そんなあなたには、例えばこんな架空のお話しを想像してみてもらいたい。


男アリソンの物語だ。


アリソンは男性だった。

まったくモテない男性だった。

性格は根暗で、ぶっきらぼうで、人見知りが激しいうえに、乱暴者で有名である。

これは、モテない。間違いなくモテない。

案の定、異性からは、さっぱり相手にしてもらえなかった。


でも、ある日、ひょんな事で知り合った、とっても素敵な女の子ジークリンデに、「ずっと好きでした」と告白される。

彼女は、明るくて、気立てが良くて、戦争しかできない自分のことも嫌ったりせずに認めてくれた。

ジークリンデは話し上手で、一緒にいるととても楽しい子だ。

しかも、とっても育ちが良い。

ちょっと抜けているところもあるが、そういう所も含めて彼女の美点であった。

アリソンは、そんなジークリンデのことを、とても大切に思うようになった。


でもジークリンデには、問題があった。

やたらと善良な彼女は、大して腕っ節は強くないのに、無鉄砲で、危ないことに平気で首を突っ込むのだ。

しかも悪人だろうと、許してしまう優しい人であった。

これは、危なっかしくて、目が離せない。


そんなジークリンデに、悪意をもって近づこうとする、狡猾な人間がいる。

そんなとき、貴方ならどうする?


私とジークの性別を入れ替えてみた。

これで、話がわかりやすくなったのではないだろうか。


アリソンなら、敵を闇の中に葬る。

ゆえにアリシアは、ジェレミアを殺害した。

彼が油断しきっている今が、危険を排除する最大のチャンスだったのだ。


もしここで奴を解放して、安全な政治の世界に入られてしまうと、私の手は、ジェレミアに届かなくなってしまうだろうという確信があった。


性根はともかく、道義的には、私とジェレミアは似たような位置づけの存在だ。

弱い者が死ぬ。

そのルールの中で、私もジェレミアは生きていて、この男が先に退場した。


ジェレミアは、他者を暴力で支配し、蛮族の手を借りて国を踏みにじり、そしてアリシアの腕力に屠られた。

弱肉強食。

その日、肉食獣ジェレミアは、食物連鎖の頂点に立つ、大怪獣アリシアに喰われたのである。



こうして、王城での工作員迎撃作戦は終了した。

侵入者は、全て倒すか捕縛済みで、こちらの被害は皆無であった。

一部、城の壁が崩れたが、それを除けば完全勝利と言っていいだろう。


全てを片付けた私が、ぱんぱんと両手を払って埃を落とす。


「大したことなかったわね」


「ええ。でも、大戦果ですわ。お疲れ様でした」


ステイシーの労いに、私は満面の笑みで頷いた。

私が右の拳を差し出すと、ステイシーが左の拳をぶつけてくれる。


この仕草、ちょっと格好良いと思う。

私のお気に入りだ。


私とステイシー、二人、無言で通じ合っていると、一人の女が割り込んできた。

私達を陰から見ていたクラリッサが、仲間はずれにされたと勘違いしたのである。

彼女は、今回の作戦中、部屋の外に配置されたことにも腹を立ていて、不平不満を盛大にぶちまけた。


「私だけ、また仲間はずれじゃ無いですか! 次は、絶対にお側でお守りしますからね!」


「クラリッサ、怒らないで。次があっても、多分、外で待機させると思うけど、それは、ほら、役割分担なのよ」


「もー!」


私の言葉に、仕事熱心で、アリシアが大好きなクラリッサは、大いに立腹して見せた。

彼女は臍を曲げしまい、私の言葉をさっぱり聞いてくれなくなった。


結果、私は、彼女を宥めるのに大変苦労をさせられることになる。

クラリッサのご機嫌取りが、この戦いで一番の難事業であった。


「来た、見た、勝ったね」


「若干、意味が違いません?」


私の言葉に、クラリッサが性分のように突っ込みを入れる。

その言葉に、私達は顔を見合わせてから、もう一度笑った。

こうして、もう一つの小さくて重要な戦いも王国の勝利で幕を閉じたのである。

クラリッサ「もー!」

アリシア「ぶー!」

ジークハルト「ひひーん!」

メアリ「牧場かな?」

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