出陣式と皇子
新年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
対協商戦争で、メアリは、アリシアの代将として、八面六臂の活躍を見せていた。
これを受け、主君であるアリシアはすこぶるご機嫌な様子だ。
彼女達二人は、今日も仲良く血なまぐさい戦場談義に華を咲かせている。
きゃっきゃうふふと、笑い合う彼女らの周りには、真っ赤なお花が待っている。
無論血染めの花である。
誠に麗しい、王国宮廷の日常だった。
だが、その陰で、一人の男が泣いていた。
その男とは、アリシアの乳にして、俺の義父でもあるラベルだ。
この男は、今もアリシアの執務机から見えるか見えないかの位置で、うろうろごそごそと謎のアピールを続けていた。
メアリの真似だろうか。
だがメアリと違い、この男の所作は純粋に目障りだった。
アリシアもラベルの動きを完全に無視する態勢だ。
我関せずというすまし顔で、メアリと二人、戯れている。
可哀想なラベルは、放置プレイを食らっていた。
俺はそんな彼を、見ていることができなかった。
なぜか?
それは、俺たち帝国軍にとって、ラベルが偉大な敵将であったからに他ならない。
王国の英雄ラベルは、手強く、粘り強く、そして狡猾だった。
ランズデール公ラベルは、紛れもない尊敬と畏怖の念をもって、我々にその名を呼ばれていたのである。
それが、なぜ、こんなことに。
俺は、耐えきれず目元を覆う。
ラベルの地道で鬱陶しい活動は続いていた。
アリシアが怒声をあげてこの男を追い払うより先に、俺は救いの手を差し伸べる。
ここは、俺が一肌、脱ぐしかあるまい。
俺は、義父を誘って別室へと移った。
「どうしたのだ、ラベル。今日の貴様は、ひたすらに鬱陶しいぞ」
「おお! 聞いてくれ、義息子よ!」
俺の嫌みは、分厚い筋肉に吸収されて受け流された。
素晴らしい被弾経始だった。
流石は七年間も無傷で戦場を生き残った男だ。
ラベルは、大きな身振り手振りで、無情な娘のやりようを訴えた。
漢の暑苦しい嘆き節だ。
ラベルの言い分を一言でまとめると、アリシアが出撃禁止を解いてくれないのだそうだ。
彼女は協商との決戦でも、代将にメアリを指名するつもりだと言っている。
俺は、ラベルに問題点を指摘した。
「だがなぁ、ラベル。その膝の骨は、一部が砕けたままなのだろう?」
「あぁ、何しろ、粉砕したからな。落馬したときに、乗馬に膝を踏み潰されたのだ。足がちぎれなかったのは運が良かったな」
ラベルはこともなげに、笑ってみせる。
一方の俺はたまらない。
止めろ。聞いているだけで俺の膝まで痛くなる。
「おい、やめろ」
俺は、ラベルの口上を遮った。
ラベルは、治療のために大手術を決行した。
詳しいことは痛そうだったので聞かなかったが、膝の切開までする、それはもう大変な手術であったそうだ。
故に後遺症も残ったし、膝の可動域も狭くなっている。
そんな故障した体でも、身体強化の魔法を使い、馬鹿げた戦闘力を誇るラベルの能力は凄まじい。
だが、魔法の力に頼っている現状が、安心できるものではない事も確かだった。
事実、魔力が切れると、古傷に激痛が走るそうだ。
痛い話はこれぐらいにしよう。
アリシアが父親を心配して、後方にとどめ置こうとするのも当然のことだ。
だがラベルは、納得できないと熱く語る。
「俺はまだ戦える。こうも腫れ物扱いされて、前線から引き剥がされるのは、納得出来ん」
「面倒な男だな。であれば父親の特権でもなんでも使って、勝手に出撃すれば良いでは無いか。アリシアは押しに弱いぞ」
「いや、駄目だ。万が一、アリシアに嫌われでもしたらと思うと……。私は、生きていけない」
ラベルは、広い肩を落として、悄然とうなだれた。
大きな手で顔を覆う。
よよよ、と泣く様が、最高に面倒くさい。
娘の尻に敷かれるのも、いい加減にしろ。
ただ、俺もアリシアの尻に敷かれる予定である。
その点、ラベルは先達と言えなくも無い立場であった。
仕方有るまい。
俺は、この男の参戦について、アリシアに取り成すことにした。
正直、視界の隅をうろうろされるのも、うんざりであったのだ。
特に夏場は、この男が近くにいると、体感温度が上昇して辛いのである。
俺は、ラベルに待機を命じてアリシアの元に戻った。
彼女は、ちょうど執務に一区切りついたようで、側近達と談笑しているところだった。
俺が話を切り出すと、アリシアは黙って先を促した。
「今回の決戦では、ラベルに右翼の指揮を任せようと思うのだが、どうだろうか」
思うところがあったのだろう。
アリシアは、訳知り顔で唇の端を持ち上げた。
「父から、何か頼まれました?」
「いや、違う。あまりに鬱陶しかったので、適当に餌を与えようと思ったのだ。これで、少しはましになるだろう」
「お父様の扱いが、だんだん、ぞんざいになってきている気がします。私は楽しいですけれど、それでいいのかしら?」
本当に、ジークは、お父様と仲良しなんだから。
アリシアは、そう言っておかしそうに笑った。
ラベルと、仲が良いと言われると、嫌では無いが、嬉しくも無い。
複雑な男心だ。
実際、俺にとってのラベルは、近所のおっさんのような存在だった。
毎度毎度、事ある度に汗と謎の汁まみれにされるのだ。
ラベルは俺の中で、そういう生き物として定着していた。
アリシアは、なにやら思案しているようだ。
彼女は、父親を大切にしている。
大丈夫とわかっていても、やはり心配なのだろう。
しかしここで助言が入る。
メアリがラベルに味方したのだ。
「今回の決戦場は王都の近郊です。遠征の負担もありませんし、ラベル様に体を動かして頂くには、ちょうど良い機会かと思いますよ」
アリシアは首肯し、この腹心の進言を容れた。
「そうね。なら、お父様にランズデール隊の指揮を任せましょうか」
こうして、前ランズデール公ラベルの戦争参加が決定したのである。
実に四年ぶりの戦列復帰であった。
俺は、出撃許可が出たことをラベルに伝えた。
感激したラベルは、またしても俺に抱きついた。
例によって例のごとく俺を分厚い胸板が包み込む。
「ありがとう、ジークハルト君! 君は最高の男だ!」
ああ……。
なぜ俺は、この展開を予想できなかったのだろう。
こうなることなど、わかりきっていたというのに。
俺は心の中で呟いた。
俺の中で、義父との接触経験値が無駄に増えていく。
俺は、そんな人生を望んだわけではないのだが、どこで方向性を間違えたのか。
アリシアが、やたらと構われたがるのは絶対にこの男の影響だ。
彼女の抱擁は俺にとって癒やしだが、ラベルのそれは嫌でしか無い。
過剰なスキンシップは、ハラスメント行為である。
だれかこの男に、その事実を教えておけ。
男相手にもセクハラは成立するのだぞ。
ラベルは、相変わらず肉厚で、暑苦しく、そして強かった。
困ったことに、俺には、このラベルの豪腕を、振りほどくだけのパワーが無かったのだ。
まこと、身体強化とは恐ろしい。
俺は、力づくで押し倒された乙女のような心持ちで、この男の抱擁を受け入れた。
傍目にも、俺の瞳から光が消えていくのがわかったそうだ。
だったら黙って見てないで、俺を助けろ、クレメンス。
そして、俺たちは、出陣の日を迎えた。
またしても、ラベルにごっそりと気力を削られた俺であったが、なんとか決戦前に気持ちを立て直すことに成功する。
決戦の地は、王都近郊の地ガーディセリだ。
大軍が展開できるだけの広さがある平原で、厄介な断層などもない。
大規模な会戦には、うってつけの場所であった。
出陣を前に、俺は会議室で、幕僚達と作戦の最終確認を行っていた。
部隊の編成も含めて、全ての準備は完了済みだ。
もっぱら、無骨な冗談を交えた雑談の場になっていた。
その、むさ苦しい男共がたむろする部屋に、アリシアがやってきた。
彼女は、夏の華やかなドレス姿だ。
彼女は、前日、出撃する男達を鼓舞するのが女王の勤めだと、ステイシーにけしかけられていた。
体の線がよく見える。
男共は堪るまい。
「どうした、アリシア」
「ジークが出発する前に、二人きりで話がしたくって」
もじもじとした様子の、アリシアだった。
俺は、電光石火のスピードで、同室の幕僚達に退去を命じる。
手を振って野良犬を追い払うように、むくつけき男共を追い散らした。
さっさと出て行け。
駆け足だぞ、駆け足。
会議は終わりだ。
最後の邪魔者が、含み笑いを堪えながら俺の部屋を後にする。
その背中を見送りながら、俺は、アリシアを膝の上に抱き上げた。
アリシアは、はにかみながらうつむいた。
「すみません。こんな時にわがままを言ってしまって」
「いや、単に暇でたむろしていただけだ。何の問題もない」
「なら、良かったです」
アリシアが甘えるように顔を寄せる。
彼女の唇は、湿っていた。
アリシアの吐く息は、甘くて熱い。
俺が腰に手を回すと、彼女は手をその上からかぶせた。
アリシアは愛しげに、下腹へと俺の手を導く。
「少し、お腹周りが、目立つようになってきた気がします。あの、太ったわけじゃないんですよ」
「ああ、知っているとも。それに、柔らかくなったな」
俺が手を動かすと、アリシアは、恥ずかしげに身じろぎした。
アリシアの臍の近くに触れてから、それ以外の場所も撫でる。
普段であれば、アリシアは俺の粗相を叱るのだが、今日の彼女は寛容だ。
目を瞑ったアリシアは、恥ずかしげに頬を染めながらも、俺の愛撫に体を委ねていた。
俺はアリシアに耳打ちする。
「あと、少し重くなったな」
「! ジーク! どういう意味!」
猛犬注意であった。
ひどいひどいと声を上げ、アリシアが俺の喉笛めがけてかじりつく。
彼女の犬歯が首に刺さる。
はっはっは、痛い痛い。
あと、初手から、急所を狙いに来るのはどうなんだ。
頸動脈狙いという辺りに、俺はアリシアの本気を感じた。
アリシアを宥めて、その体を下ろす。
彼女は、怒っているわけではなさそうだ。
脇腹をくすぐると、アリシアは楽しそうに笑いながら、足を暴れさせた。
声を上げてはしゃぐ様は、年相応のあどけなさだ。
しおらしいアリシアも可愛いが、元気が良い、いつものアリシアも好きだ。
今回、王都に残すことになるアリシアは元気そうで、俺は安心した。
俺の鋭気は十二分だ。
彼女が膝からぴょこんと降りる。
「そろそろ、出発だ。留守を頼む」
「ええ、お任せください」
アリシアが俺の手を取る。
彼女の手は小さく、すこしだけ荒れが残っていて、暖かかった。
「ジーク、どうか、お気をつけて」
「ああ、必ず勝ってくる」
名残惜しげなアリシアに、もう一度だけ顔を寄せてから、俺は執務室を後にする。
やはり、アリシアは最高だ。
俺は意気揚々と、出陣式の会場へと向かったのだった。
死亡フラグ。
コンラートに言わせると、この手の行為は、行為者の戦死率をぐっと上昇させるらしい。
だが、俺はそんなものに縛られたりはしない。
やれるものなら、やってみろだ。
俺は絶対に死なんぞ。
なにしろ、俺は、この戦争が終わったら、アリシアと結婚するのだ。
だから、倒れるわけにはいかないのである。
「出陣される皆さんの、武運を祈ります」
出陣式。
アリシアは、戦いに赴く兵士達を閲兵した。
華奢な体にケープを纏い、アリシアが壇上に立つ。
彼女は、女王の出で立ちで兵士達を激励した。
美しく儚げな女王の姿に、兵はこの王国と女王を守らんと決意を新たにした。
アリシアは、そんな兵達の様子を見て、満足げな様子でうなずくと表情をあらためた。
彼女を知るものは気づいただろう。
その時、彼女の纏う空気が一変したことを。
アリシアは、その美しき相貌に獰猛な笑みを刻みつけ、再びその口を開く。
さっき俺にかじりついた、鋭い犬歯が覗いた。
「……などと、私にしおらしげな事を言わせたのだ。必ず勝って戻ってこい! 祝宴の準備はしておいてやる。気張れよ!」
一瞬、兵たちはあっけにとられた。
それからすぐに合点する。
ああ、そうだった。
我らが頭上に仰ぐのは、かのアリシア・ランズデールであったのだ。
アリシアの闘志が兵達に伝播する。
ある者は笑いをこぼし、ある者は「いつもと変わらぬではないか」と、あきれたように愚痴をこぼす。
兵隊を見下ろし、アリシアが拳を振るう。
「さあ、行け、者ども! 勝利を、我らが鉄と彼奴らが血で購うのだ!」
アリシアが雄叫びを上げ、彼女に従う軍勢は、歓呼をもって、それに応えた。
万を超す鬨の声が、空気を震わせる。
万雷のごとき、怒号の群れが、会場を支配する。
兵達の上げる気勢は、ただそれをもって、その場の全てを圧倒した。
これこそが、王国軍。
アリシアの元に集う兵団の、有るべき姿であった。
我らに勝利を。
賊兵共に鉄槌を。
侵略者共の増上慢に、死と恐怖をもって報いるのだ、と。
戦争に赴く我々にとって、これは一つの儀式であった。
この日、我々連合軍は、王都より出撃した。
その総兵力は二万四千。
同日、連合軍はガーディセリ平原に展開。
協商軍を待ち受けるべく、陣を敷いた。
それに遅れること数刻、協商軍もガーディセリに、その全戦力、約三万二千を展開させる。
両軍ともこの地を決戦の地と定めたのだ。
ここに、第一次協商戦争における、最大の戦いが始まろうとしていた。
ジークハルト「ちょっと、田んぼの様子を見てくる」




