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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
97/116

出陣式と皇子

新年、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

対協商戦争で、メアリは、アリシアの代将として、八面六臂の活躍を見せていた。

これを受け、主君であるアリシアはすこぶるご機嫌な様子だ。

彼女達二人は、今日も仲良く血なまぐさい戦場談義に華を咲かせている。

きゃっきゃうふふと、笑い合う彼女らの周りには、真っ赤なお花が待っている。

無論血染めの花である。

誠に麗しい、王国宮廷の日常だった。


だが、その陰で、一人の男が泣いていた。

その男とは、アリシアの乳にして、俺の義父でもあるラベルだ。

この男は、今もアリシアの執務机から見えるか見えないかの位置で、うろうろごそごそと謎のアピールを続けていた。

メアリの真似だろうか。

だがメアリと違い、この男の所作は純粋に目障りだった。


アリシアもラベルの動きを完全に無視する態勢だ。

我関せずというすまし顔で、メアリと二人、戯れている。


可哀想なラベルは、放置プレイを食らっていた。


俺はそんな彼を、見ていることができなかった。


なぜか?

それは、俺たち帝国軍にとって、ラベルが偉大な敵将であったからに他ならない。

王国の英雄ラベルは、手強く、粘り強く、そして狡猾だった。

ランズデール公ラベルは、紛れもない尊敬と畏怖の念をもって、我々にその名を呼ばれていたのである。


それが、なぜ、こんなことに。

俺は、耐えきれず目元を覆う。


ラベルの地道で鬱陶しい活動は続いていた。

アリシアが怒声をあげてこの男を追い払うより先に、俺は救いの手を差し伸べる。

ここは、俺が一肌、脱ぐしかあるまい。

俺は、義父を誘って別室へと移った。


「どうしたのだ、ラベル。今日の貴様は、ひたすらに鬱陶しいぞ」


「おお! 聞いてくれ、義息子よ!」


俺の嫌みは、分厚い筋肉に吸収されて受け流された。

素晴らしい被弾経始だった。

流石は七年間も無傷で戦場を生き残った男だ。


ラベルは、大きな身振り手振りで、無情な娘のやりようを訴えた。

漢の暑苦しい嘆き節だ。


ラベルの言い分を一言でまとめると、アリシアが出撃禁止を解いてくれないのだそうだ。

彼女は協商との決戦でも、代将にメアリを指名するつもりだと言っている。


俺は、ラベルに問題点を指摘した。


「だがなぁ、ラベル。その膝の骨は、一部が砕けたままなのだろう?」


「あぁ、何しろ、粉砕したからな。落馬したときに、乗馬に膝を踏み潰されたのだ。足がちぎれなかったのは運が良かったな」


ラベルはこともなげに、笑ってみせる。


一方の俺はたまらない。

止めろ。聞いているだけで俺の膝まで痛くなる。


「おい、やめろ」


俺は、ラベルの口上を遮った。


ラベルは、治療のために大手術を決行した。

詳しいことは痛そうだったので聞かなかったが、膝の切開までする、それはもう大変な手術であったそうだ。

故に後遺症も残ったし、膝の可動域も狭くなっている。


そんな故障した体でも、身体強化の魔法を使い、馬鹿げた戦闘力を誇るラベルの能力は凄まじい。

だが、魔法の力に頼っている現状が、安心できるものではない事も確かだった。

事実、魔力が切れると、古傷に激痛が走るそうだ。


痛い話はこれぐらいにしよう。


アリシアが父親を心配して、後方にとどめ置こうとするのも当然のことだ。

だがラベルは、納得できないと熱く語る。


「俺はまだ戦える。こうも腫れ物扱いされて、前線から引き剥がされるのは、納得出来ん」


「面倒な男だな。であれば父親の特権でもなんでも使って、勝手に出撃すれば良いでは無いか。アリシアは押しに弱いぞ」


「いや、駄目だ。万が一、アリシアに嫌われでもしたらと思うと……。私は、生きていけない」


ラベルは、広い肩を落として、悄然とうなだれた。

大きな手で顔を覆う。

よよよ、と泣く様が、最高に面倒くさい。

娘の尻に敷かれるのも、いい加減にしろ。


ただ、俺もアリシアの尻に敷かれる予定である。

その点、ラベルは先達と言えなくも無い立場であった。


仕方有るまい。


俺は、この男の参戦について、アリシアに取り成すことにした。

正直、視界の隅をうろうろされるのも、うんざりであったのだ。

特に夏場は、この男が近くにいると、体感温度が上昇して辛いのである。


俺は、ラベルに待機を命じてアリシアの元に戻った。

彼女は、ちょうど執務に一区切りついたようで、側近達と談笑しているところだった。

俺が話を切り出すと、アリシアは黙って先を促した。


「今回の決戦では、ラベルに右翼の指揮を任せようと思うのだが、どうだろうか」


思うところがあったのだろう。

アリシアは、訳知り顔で唇の端を持ち上げた。


「父から、何か頼まれました?」


「いや、違う。あまりに鬱陶しかったので、適当に餌を与えようと思ったのだ。これで、少しはましになるだろう」


「お父様の扱いが、だんだん、ぞんざいになってきている気がします。私は楽しいですけれど、それでいいのかしら?」


本当に、ジークは、お父様と仲良しなんだから。

アリシアは、そう言っておかしそうに笑った。


ラベルと、仲が良いと言われると、嫌では無いが、嬉しくも無い。

複雑な男心だ。


実際、俺にとってのラベルは、近所のおっさんのような存在だった。

毎度毎度、事ある度に汗と謎の汁まみれにされるのだ。

ラベルは俺の中で、そういう生き物として定着していた。


アリシアは、なにやら思案しているようだ。

彼女は、父親を大切にしている。

大丈夫とわかっていても、やはり心配なのだろう。


しかしここで助言が入る。

メアリがラベルに味方したのだ。


「今回の決戦場は王都の近郊です。遠征の負担もありませんし、ラベル様に体を動かして頂くには、ちょうど良い機会かと思いますよ」


アリシアは首肯し、この腹心の進言を容れた。


「そうね。なら、お父様にランズデール隊の指揮を任せましょうか」


こうして、前ランズデール公ラベルの戦争参加が決定したのである。

実に四年ぶりの戦列復帰であった。


俺は、出撃許可が出たことをラベルに伝えた。

感激したラベルは、またしても俺に抱きついた。

例によって例のごとく俺を分厚い胸板が包み込む。


「ありがとう、ジークハルト君! 君は最高の男だ!」


ああ……。

なぜ俺は、この展開を予想できなかったのだろう。

こうなることなど、わかりきっていたというのに。


俺は心の中で呟いた。

俺の中で、義父との接触経験値が無駄に増えていく。


俺は、そんな人生を望んだわけではないのだが、どこで方向性を間違えたのか。

アリシアが、やたらと構われたがるのは絶対にこの男の影響だ。

彼女の抱擁は俺にとって癒やしだが、ラベルのそれは嫌でしか無い。


過剰なスキンシップは、ハラスメント行為である。

だれかこの男に、その事実を教えておけ。

男相手にもセクハラは成立するのだぞ。


ラベルは、相変わらず肉厚で、暑苦しく、そして強かった。


困ったことに、俺には、このラベルの豪腕を、振りほどくだけのパワーが無かったのだ。

まこと、身体強化とは恐ろしい。

俺は、力づくで押し倒された乙女のような心持ちで、この男の抱擁を受け入れた。


傍目にも、俺の瞳から光が消えていくのがわかったそうだ。

だったら黙って見てないで、俺を助けろ、クレメンス。



そして、俺たちは、出陣の日を迎えた。


またしても、ラベルにごっそりと気力を削られた俺であったが、なんとか決戦前に気持ちを立て直すことに成功する。


決戦の地は、王都近郊の地ガーディセリだ。

大軍が展開できるだけの広さがある平原で、厄介な断層などもない。

大規模な会戦には、うってつけの場所であった。


出陣を前に、俺は会議室で、幕僚達と作戦の最終確認を行っていた。

部隊の編成も含めて、全ての準備は完了済みだ。

もっぱら、無骨な冗談を交えた雑談の場になっていた。


その、むさ苦しい男共がたむろする部屋に、アリシアがやってきた。

彼女は、夏の華やかなドレス姿だ。

彼女は、前日、出撃する男達を鼓舞するのが女王の勤めだと、ステイシーにけしかけられていた。

体の線がよく見える。

男共は堪るまい。


「どうした、アリシア」


「ジークが出発する前に、二人きりで話がしたくって」


もじもじとした様子の、アリシアだった。


俺は、電光石火のスピードで、同室の幕僚達に退去を命じる。

手を振って野良犬を追い払うように、むくつけき男共を追い散らした。


さっさと出て行け。

駆け足だぞ、駆け足。

会議は終わりだ。


最後の邪魔者が、含み笑いを堪えながら俺の部屋を後にする。

その背中を見送りながら、俺は、アリシアを膝の上に抱き上げた。


アリシアは、はにかみながらうつむいた。


「すみません。こんな時にわがままを言ってしまって」


「いや、単に暇でたむろしていただけだ。何の問題もない」


「なら、良かったです」


アリシアが甘えるように顔を寄せる。

彼女の唇は、湿っていた。

アリシアの吐く息は、甘くて熱い。


俺が腰に手を回すと、彼女は手をその上からかぶせた。

アリシアは愛しげに、下腹へと俺の手を導く。


「少し、お腹周りが、目立つようになってきた気がします。あの、太ったわけじゃないんですよ」


「ああ、知っているとも。それに、柔らかくなったな」


俺が手を動かすと、アリシアは、恥ずかしげに身じろぎした。


アリシアの臍の近くに触れてから、それ以外の場所も撫でる。

普段であれば、アリシアは俺の粗相を叱るのだが、今日の彼女は寛容だ。

目を瞑ったアリシアは、恥ずかしげに頬を染めながらも、俺の愛撫に体を委ねていた。


俺はアリシアに耳打ちする。


「あと、少し重くなったな」


「! ジーク! どういう意味!」


猛犬注意であった。

ひどいひどいと声を上げ、アリシアが俺の喉笛めがけてかじりつく。

彼女の犬歯が首に刺さる。


はっはっは、痛い痛い。

あと、初手から、急所を狙いに来るのはどうなんだ。

頸動脈狙いという辺りに、俺はアリシアの本気を感じた。


アリシアを宥めて、その体を下ろす。


彼女は、怒っているわけではなさそうだ。

脇腹をくすぐると、アリシアは楽しそうに笑いながら、足を暴れさせた。

声を上げてはしゃぐ様は、年相応のあどけなさだ。


しおらしいアリシアも可愛いが、元気が良い、いつものアリシアも好きだ。

今回、王都に残すことになるアリシアは元気そうで、俺は安心した。


俺の鋭気は十二分だ。

彼女が膝からぴょこんと降りる。


「そろそろ、出発だ。留守を頼む」


「ええ、お任せください」


アリシアが俺の手を取る。

彼女の手は小さく、すこしだけ荒れが残っていて、暖かかった。


「ジーク、どうか、お気をつけて」


「ああ、必ず勝ってくる」


名残惜しげなアリシアに、もう一度だけ顔を寄せてから、俺は執務室を後にする。

やはり、アリシアは最高だ。

俺は意気揚々と、出陣式の会場へと向かったのだった。


死亡フラグ。


コンラートに言わせると、この手の行為は、行為者の戦死率をぐっと上昇させるらしい。

だが、俺はそんなものに縛られたりはしない。


やれるものなら、やってみろだ。

俺は絶対に死なんぞ。


なにしろ、俺は、この戦争が終わったら、アリシアと結婚するのだ。

だから、倒れるわけにはいかないのである。



「出陣される皆さんの、武運を祈ります」


出陣式。

アリシアは、戦いに赴く兵士達を閲兵した。


華奢な体にケープを纏い、アリシアが壇上に立つ。

彼女は、女王の出で立ちで兵士達を激励した。

美しく儚げな女王の姿に、兵はこの王国と女王を守らんと決意を新たにした。


アリシアは、そんな兵達の様子を見て、満足げな様子でうなずくと表情をあらためた。


彼女を知るものは気づいただろう。

その時、彼女の纏う空気が一変したことを。


アリシアは、その美しき相貌に獰猛な笑みを刻みつけ、再びその口を開く。

さっき俺にかじりついた、鋭い犬歯が覗いた。


「……などと、私にしおらしげな事を言わせたのだ。必ず勝って戻ってこい! 祝宴の準備はしておいてやる。気張れよ!」


一瞬、兵たちはあっけにとられた。

それからすぐに合点する。


ああ、そうだった。

我らが頭上に仰ぐのは、かのアリシア・ランズデールであったのだ。


アリシアの闘志が兵達に伝播する。

ある者は笑いをこぼし、ある者は「いつもと変わらぬではないか」と、あきれたように愚痴をこぼす。


兵隊を見下ろし、アリシアが拳を振るう。


「さあ、行け、者ども! 勝利を、我らが鉄と彼奴らが血で購うのだ!」


アリシアが雄叫びを上げ、彼女に従う軍勢は、歓呼をもって、それに応えた。

万を超す鬨の声が、空気を震わせる。

万雷のごとき、怒号の群れが、会場を支配する。

兵達の上げる気勢は、ただそれをもって、その場の全てを圧倒した。


これこそが、王国軍。

アリシアの元に集う兵団の、有るべき姿であった。


我らに勝利を。

賊兵共に鉄槌を。

侵略者共の増上慢に、死と恐怖をもって報いるのだ、と。


戦争に赴く我々にとって、これは一つの儀式であった。



この日、我々連合軍は、王都より出撃した。

その総兵力は二万四千。

同日、連合軍はガーディセリ平原に展開。

協商軍を待ち受けるべく、陣を敷いた。


それに遅れること数刻、協商軍もガーディセリに、その全戦力、約三万二千を展開させる。

両軍ともこの地を決戦の地と定めたのだ。


ここに、第一次協商戦争における、最大の戦いが始まろうとしていた。

ジークハルト「ちょっと、田んぼの様子を見てくる」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] だが、その陰で、一人の男が泣いていた。 その男とは、アリシアの乳にして、俺の義父でもあるラベルだ。 乳…?
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