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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
95/116

前哨戦と皇子

アリシアは、聖女などではない。



協商軍は、王国東部へと侵攻した。

彼らの軍は、東部諸侯の手引きに従い、王国領土内への迅速な進出を果たす。

主要街道をつっきって、わずか二日の内に王都までの道のりの約半分を踏破した。


彼らの快速は、携行する食料を切り詰めたがゆえであった。

輜重隊隊を伴わない身軽な彼らは足が速い。


必要な物資は、現地調達する。

これは蛮族軍と同じ戦略であった。


そして、彼らは第一の戦略目標を達成するために動き出す。


すなわち物資の調達だ。

王国から財貨と食料を奪うため、彼らは略奪に兵を走らせたのである。


協商軍を手引きした頭部の諸侯は、この事態に仰天した。


「これは。一体どういうことだ!?」


「見ての通りだ。遠征費用の先払いだと思え」


侵略者達は、東部諸侯の抗議を鼻で笑って一蹴する。


他国の軍隊を招き入れておきながら、なんと悠長な物言いであろうか。

協商の将校達は東部諸侯の平和ぼけをあざ笑った。


「対価はもらえるときに、漏らさずもらっておくものだ。徹底的にやれ」


協商は領内の荒廃が著しい。

その紛争地帯からやって来た武装集団のやり様は、推して知るべしである。

無論、軍規などあろうはずもなかった。

彼らと盗賊団との違いは、後ろ盾となる国家の有無ぐらいのものだったのだ。


一方、迂闊な東部の諸侯達は、今更ながらの後悔に歯がみする。

何という失策だ。

彼らは、自らの判断を棚に上げて、この決定をした他の諸侯の不明をなじった


盗賊を自宅に引き入れる格好になった彼らにも、彼らなりの言い分はあった。

敵であるアリシアが、季節一つ変わらぬうちに王都を制圧し政権を樹立したのだ。

この電撃的なアリシアの登極に対抗するためには、情報の裏取りをしている時間的余裕など無かったのである。


協商がここまで荒んだ決断をするとは、彼らは考えていなかった。


加えて東部諸侯はまとまりを欠いていた。

誰がともなく言い出した協商軍の誘致策について、皆がなし崩し的に賛同した。

そして、発案者も責任の所在も曖昧なまま、合意を形成した結果がこのざまであったのだ。


アリシア達のような戦場暮らしが長い人間からすれば、ありうべからざる失態である。

敵の評したとおり、まさに平和ぼけであっただろう。


協商軍の脅威にさらされた街道沿いの領主達は、泡を食って王都に走る。

彼らは今更ながらに、アリシアに庇護を求めたのだ。

東部諸侯の一人が、許しと助力を恋うべくアリシアに謁見を願った。


「我らを救うため、何卒、陛下のお慈悲を賜りたく」


「他に言うことはありませんか?」


対する玉座のアリシアは、氷の彫像のようであった。

その眼差しは、針のごとき鋭さをもって見下ろす男をさし貫く。


使者は、脂汗をかき平伏した。

苦しげに言葉を絞り出す。


「東部の民は、王国の民でもあります。陛下を王と仰ぐ者達です。何卒、援兵をおつかわしください」


「ええ、勿論、知っています。そして裏切った貴方の領民でもあるのです」


「しかし民草の命は、皆等しく守るべきものです」


この男は、領民の命を盾に言い募った。


アリシアの配下である諸侯は、この場に臨席していた。

裏切り者の言い分を聞いてやろうと、彼らはアリシアの元へと駆けつけたのだ。

その彼らから、怒気が湯気のように立ち上る。


何を、おためごかしを。


諸侯が怒声を発する前に、アリシアがあきれたようにため息をついた。


「いいですか。よくお聞きなさい」


そして女王アリシアは語った。

彼女の統治における哲学を。

是非とも、失策ばかり繰り返した隣国の国主にも効かせてやりたい内容だった。


我が兵は、私と私の王権を支えるために、命を捨てることも厭わないでしょう。

彼らは、これまでの働きによってその忠誠を証明してくれました。


故に私は、彼らの献身に報いなければなりません。


もう一度言います。

彼らの献身こそが、報われなければならないのです。

ゆえに私が、まず第一に考えるのは、今、私に仕える者達の事なのですよ。


貴方は王国の民のためと言いました。

我が兵も、王国の民なのです。


ここで私を裏切った者のために、忠実に付き従う者達の命を危険にさらす事が、彼らに報いることになるでしょうか。

否。

それは、断じて、否です。


私は、そんな事は認めない。

女王である私は、私を支える者達にこそ庇護を与え、恩恵を施す義務があるのです。


これが私の回答です。


東部の民は、私に背いた貴方が預かる民です。

貴方が、その命をもって守るべきでしたね。


「王とは、私個人の善意や信念によって立つのではありません。支える者達の信認によって立つのです。その意味を良く覚えておきなさい」


アリシアは、なおも助力を願う男を顧みること無く謁見の間を後にした。

謁見の場に居合わせた王国の諸侯は、満腔の同意といやました忠誠の眼差しをもってアリシアの背中を見送る。

一部の涙もろい激情家は、涙まで潤ませていたという。

だがお前は、反応しすぎだウェルズリー。


諸侯はアリシアの言外の意を汲んで、この厚顔無恥な男を捕縛し監獄へと放り込んだ。

男は、自領に残した私兵の有用性についてなにやらわめき散らしていたが、諸侯は相手にしなかった。

お前の助力など必要ない。


監獄に放り込んだ旨、事後報告を受け取ったアリシアは短く礼を言ってから、この件を終わりにした。


人命を尊ぶ倫理観と、無差別の博愛主義は別物だ。

もしアリシアが、民を救うためと称し無責任に兵権を振りかざすような人間であれば、諸侯も俺も彼女を支持したりはしなかっただろう。

彼女は自らの地位に伴う責任と、果たすべき役割をよくわきまえていた。


もう一度言う。

アリシアは、聖女などではない。

彼女は、俗界の王国を統べる女王であったのだ。


俺はアリシアの後見人だ。

だが正直に言って、彼女にそんなものが必要とは思えない。

このまま帝国に連れ帰り、彼女を皇帝の座に据えたとしても、なんの違和感もなく国を導いていくだろう。


仮に、アリシアと帝位を争ったとして、俺は彼女に勝つことができるのだろうか。

性別と年齢による優位を差し引くと、実績も含めて負けているのではないだろうか。


あるいは、もしかして、もしかしてしまうかもしれない。


俺はアリシアが、俺と血を分けた妹では無かったことに、深く深く感謝した。



東部の王国民は、アリシアに反旗を翻した領主達の失策に巻き込まれた形になった。

間接的な被害者である。


だが彼らは、自らの保身にかまけて判断を誤った領主達ほど間抜けでは無かった。

安全な館にお住まいの領主様は知らないかもしれないが、他国の傭兵など狼藉者の別名でしかない。

市井に暮らす人間にとって、油断は直接の生死にも関わってくるのだ。

彼らが用心するのは、当然だ。

東部に暮らす王国民は、領主が口にした安全という言葉など信じていなかったのである。


特に農村た地方の街は、高い城壁に守られているわけでもない。

蛮族の攻撃を受けた北方では、難民が出たとも聞いている。

彼らにも、明日は我が身という危機感があったのだ。


東部の庶民達は、他国の軍隊が来ると聞いて彼らなりに備えることにした。

王国騎士団による略奪の記憶も新しい彼らは、市壁のある近くの街へと自主的に避難したのである。


そして、彼らの悪い予想は的中する。

果たして協商軍という名の来訪者は、紛れもない強盗の群れであったのだ。

襲撃を受けた東部の諸都市は、それ見たことかと門を閉ざし籠城の構えをとった。

気のつく指導者を持つ街に至っては、領主を見限り直接アリシアの元へ使者を送る者達までいた。


ただ、対処を誤った街や村も存在した。

ランズデール家と確執があった領主達の領地では、協商軍はまるで救世の騎士達のように喧伝されていた。

その地では悲劇が生まれた。

無防備に協商の軍を受け入れた都市は賊兵に蹂躙されたのだ。


結果的に、アリシアとの確執が大きい領主の治める地ほど被害が拡大することになったのは、皮肉という他ない。


だが、被害にあった都市の数は、多くは無かった。



協商軍は略奪のために、おおよそ千名程の集団をいくつも作り王国の各都市へと派遣した。

王国東部に住まう民はそれに抵抗する。


しかし、市民の持つ武力には限度があった。

本来、この地を守るべき東部諸侯の軍はアリシアと戦うために出払っているのだ。


到底、賊軍の本格的な攻勢に耐えられない。

籠城したとしても、せいぜいもって数日程度だ。


早晩、抵抗は潰え東部の諸都市は協商軍の収奪にさらされるはずであった。


「はずであった」と言った時点でこの後の展開がばれてしまいそうだ。

だが、無論、そうはならなかったのである。



「よーし、予想通りです。ありがたく背後をつきましょう」


メアリが、闘争心あふれる笑みを浮かべる。

東部のとある城市からほど近い森の中で、彼女の指揮する騎兵部隊の一団が、略奪目当てに、のこのこと現れた協商軍の動きをうかがっていた。


蛮族スレイヤーであるアリシアとその愉快な仲間達は、この手の略奪者を駆除する専門家だ。

彼女達は、蛮族および蛮族に類する集団の動きを先読みすることに長けていた。

今回の戦争でも、当然のごとく協商軍の動きを予測していたアリシアは、その隙をつくべく兵を配していたのである。


おおよそ数百程度の小集団で、分散、展開したランズデール騎兵隊は、十数個の隊にわかれて、東部のめぼしい都市周辺に伏せていた。

物資の略奪に来た協商軍から、その代価として首と命を徴収するべく、彼らは手ぐすね引いて待っていたのである。


ランズデール騎兵隊お得意の奇襲による各個撃破策だ。


この待ち伏せによる奇襲作戦を、現地で指揮したのがメアリだった。

彼女は全部隊の統括にあたるとともに、自身も一隊を率いて協商軍の襲来を待ち受けていた。

彼女らの戦意は、恐ろしく高かった。


女王であるアリシアは、身重であることもあり王城に留まっている。

だがそのことが、ランズデール騎兵隊の作戦行動に与えた影響は、極めて軽微であった。


「今回の作戦に関していえば、私とメアリ、どちらが指揮しても結果は同じでしょう」


そう言って、アリシアは笑う。


今回のランズデール騎兵隊による伏撃は、各都市の周辺で一斉に展開される。

アリシアが陣頭で指揮したとしても、参加できる戦闘は一度きりだ。

であれば、彼女が陣頭に立つ意味は薄い。


それどころか、おそろしい総司令官から解放されて、ランズデール騎兵隊の者達は、いきいきと羽を伸ばしていた。

男達の意気も荒い。


アリシアは、慎重な娘だ。

その性格から常に安全を気にして、配下の者達にも口うるさく指示を出す。

彼女は馬上の上から、やれ前に出すぎるなとか、やれ敵を倒すより身を守れとか、こまごまとしたお小言を何度も何度も繰り返すのだ。


耳にたこができてしまう。

すでに訓練で、手指や足はたこだらけだ。

この上顔の横にまでまだ増やせというのか。


殺し合いをするのに安全もへったくれもないじゃないかと、騎兵隊の面々は思うのだが、彼らはアリシアが怖くて口答えすることができない。

だが今日は、そんな小うるさいアリシアお嬢様が不在であった。

そして、代わりに指揮を執るのは、前進主義のメアリ千騎長である。


これは、期待に胸が高鳴ってしまう。


そして、メアリは、彼らの期待にバッチリ応えた。

このランズデールで上司にしたい女No.1の千騎長は、アリシアから素敵なお言葉を頂戴することに成功したのである。


「最大限の効率をもって、敵の排除に務めて頂戴」


「それは、殲滅せよという事でよろしいですか」


「はい、よろしいです」


頼むわね、メアリ。

女王アリシアからの下知をメアリは、慎ましやかな従僕の態度で拝領した。

そして、騎兵隊の詰め所に戻った千騎長メアリは、獰猛にゆがむ口元から歯をむき出しに宣言する。


「喜べ貴様ら。久々に、やりたい放題の許可を得たぞ!」


「うぉー!」


ランズデール騎兵隊の男共は、歓呼をもってアリシアのお言葉を復唱した。

流石は、俺たちのアイドル、メアリ様だ! 話がわかる!


彼らは叫んだ。


キル・ゼム・オールだ!

繰り返す、キル・ゼム・オールの指示が出た!


俺は一年ほど、アリシアやメアリと付き合ってきた。

北伐にも彼女らとともに参加している。

故に俺は、この二人と彼女らが指揮するランズデール騎兵隊の本気を知った気になっていた。


これはとんだ勘違いであった。


「北方遠征は、損害を抑えるために大人しい運用をしたのです。今回はもっと攻撃的だと思いますよ。指揮官、はあのメアリですしね」


そう言って、アリシアは、無邪気に笑っていた。


俺は記憶を探った。

帝国北方でアリシアが繰り広げた戦いは、果たして「大人しい」などと表現できるものであっただろうか。

アリシアと彼女の率いる騎兵隊は、蛮族共を蹂躙していたように思うのだが、俺の記憶違いであっただろうか。


俺は訝しく思ったが、想像だけ膨らませても恐怖がいや増すばかりである。

ただ、実績をもって判断すれば良い。

おれはそう言い訳して、深みにはまる前に思考を打ち切った。



恐るべきランズデール騎兵隊。


そんな敵手が、背後に潜んでいるとも知らず、略奪目当ての協商軍が都市への攻撃を開始した。

市壁を囲むように展開し、守りの薄い場所をさぐりつつ壁に取り付き攻めかかる。

幾つもの攻城はしごが市壁へとよせられ、その上を協商兵がよじ登る。


籠城の構えをとる守備兵達は、これを必死に迎え撃った。

ここを抜かれれば、市内に住む家族の身が危ないのだ。

彼らは、決死の覚悟で抵抗した。

城壁上に次々とかかるはしごを押し返し、石を投げつけ敵兵と切り結ぶ。


目の前の獲物の悪あがきを、協商軍はあざ笑った。


街を守る兵は少ない。

熟練兵のほとんどを出撃させている。

守備兵は、留守居を任せられた新兵や予備役ばかりであった。


これを破るなど、難しいことではない。

現に城壁のそこかしこでは、はしごを登りきった協商兵が既に白兵戦へと移行していた。


頃合いと見て、協商軍が本格的な攻勢に移る。

この街を一気呵成に攻め落とすのだ。

協商兵は鼻息も荒く、収奪への夢を膨らませて、威嚇の声をあげた。


こうして、協商軍は前掛かりに攻撃を開始し、自らの背後の警戒を怠ったのである。


そんな彼らのすぐ後ろには、馬蹄の音が迫っていた。


この時、協商軍は、襲撃側であるランズデール騎兵隊に対し、二倍近くの兵力を擁していた。

だがその戦力は、市壁の前に展開し、完全に分散しきっていたのである。


騎兵に対抗するためには、歩兵は隊列を組み組織だって戦う必要がある。

城攻めに気をとられた協商軍には、その備えが存在しなかった。


そんなもの、騎兵隊にしてみれば、格好の獲物であった。

協商軍は武装した敵手ではなく、たんなる狩猟のえものであったのだ。


そして、ランズデール騎兵隊は、もろい協商の布陣を背後から襲撃した。


最初の犠牲者が迫る騎兵隊の存在に気づいたとき、馬上の敵は彼を槍の射程に捕らえていた。

男が警戒の叫びをあげる前に、先頭をひた走るメアリの槍がひらめく。

その協商兵は喉を貫かれ、口を大きく開けたまま声も無く絶命する。


「屠れ」


メアリが短く号令する。

それに、騎兵隊が歓呼をもって応えた。

迅速に協商軍の後背に忍び寄った狩猟者達が、その存在を誇示するように咆哮する。

そしてその声は、間もなく剣戟と鈍器の激突音にとって代わられたのだ。


両軍が激突した。


肉薄した騎馬隊の先頭集団が、協商の隊列に食いついていた。

馬上から突き出す槍の穂先が、次々と協商兵を討ち取っていく。


一方で、突如として背後にあらわれた謎の軍集団に、奇襲を受けた側の協商軍は動転した。


こいつら、どこから湧いて出た!?


東部諸侯の間抜けぶりを見て、王国軍もその程度とアリシアの力を侮ったのが彼らの敗因だった。


アリシアの軍は強い。

協商の軍よりも、そして大変に悔しいが、おそらく帝国軍よりも強い。

その戦力は、大陸最強だろう。


その最強の軍団における最精鋭の騎馬隊が、隊列すらままならない歩兵の群れを襲ったのだ。

無論、勝負になるはずも無く、その戦いはまさに蹂躙であった。

ランズデール騎兵隊の突撃は背後から突き刺すような衝撃力で、ろくな抵抗すら許さずに、協商の陣列を粉砕する。

無数の槍が振るわれる度に協商の兵は一人づつその数を減らし、ランズデール騎兵隊は、ただでさえ薄い敵の隊列をぼろ布のように切り裂いた。


その騎馬集団の先頭をひた走る、小柄な騎兵の長槍が、一段上の軽やかさで、右に左に翻る。

指揮官先頭を体現するメアリは、今日も最前列で戦っていた。

そして彼女の槍先が協商軍指揮官の首に狙いを定め、するりと無造作に繰り出された。


その指揮官の男に、事態を認識するだけの時間はあったのだろうか。

攻城戦を指揮するため檄を飛ばしていた将校は、奇襲への対処を命じる間もなく討ち取られた。

そのまま物言わぬ骸となって槍先にぶら下がる。


動かなくなった敵将をメアリは無感動に眺めやると、無造作に槍を打ち振った。

夏草が低く茂る地面に仕留めた敵手が投げ出されて、どう、と地面の上をはねる。


三下の首になど興味は無い。


そう言わんばかりの無頓着さで、メアリはさらなる敵手をもとめ、乗馬に拍車をかけて前進した。


指揮官の戦死により頭を失った協商軍の兵達には、二つの選択肢が残された。

逃げるか、戦うかだ。


この判断は、いずれも甲乙つけがたいものであった。

どちらの道を選んでも、結果は大差無かったからだ。


無謀にも剣を取り、あるいは槍を担いで戦いを挑んだ者達は、倍する数の騎馬兵に囲まれて武器を振るうことさえ許されずに倒された。


「あの世で鍛えなおしてこい」


騎兵隊の一員が、賊兵を切り伏せながら吐き捨てる。

技量も拙い歩兵が、それも単独で騎兵に抗する術は無い。

しかも騎兵隊の先陣を切るのは、メアリを含めた精兵だ。

彼らは、まるで子供をあしらうかのように、協商兵を刈り取っていく。


向かうそばから、友軍の兵が倒されていく。


この有様に恐れをなし逃走を選んだ者達は、多少ではあるが長生きすることに成功する。

もっとも結果的には、その死に場所をわずかに移動させたにすぎなかった。


背後から襲撃された協商軍は、前に逃げようにも都市の城壁に阻まれたのだ。

退路を断たれた彼らは、わずかに残された城壁前の逃げ道を我先にと走りだす。

そして城壁に登ろうと悪戦苦闘する友軍の群れに、衝突したのである。


味方に進路を遮られ、混乱に右往左往する集団の後ろから、ランズデール騎兵隊が追いついた。

メアリが指揮する騎兵隊は、いっそ悠然とした足取りで背後から迫り、そのまま敵をぺろりと平らげた。

彼らは大食いであり、また早食いの名手であった。


城壁までたどり着いた騎兵隊は、部隊を二分、そのまま市壁の外周をぐるりと一周するようにして敵を掃討する。


そしておよそ一刻にわたる戦闘の後、この奇襲作戦は終結した。


メアリは有言実行の女である。

屠れ。

彼女の命を忠実に守り、ランズデール騎兵隊は容赦なく追撃を行って、協商兵を一人残さず討ち取った。


後には夏草と、元は協商兵だった人馬の亡骸だけが残された。



「集合!」


市壁の城門を前にして、メアリが部隊を招集する。

軍を整列させた彼女は城市へと正対した。


それに合わせて、籠城する城門の上に年かさの男が立つ。

おそらくこの男が、街の代表者であろう。

恰幅が良いひげ面の男は、無骨な作りの甲冑があまり似合っていなかった。


姿をさらした男が進み出る。


「女王陛下の軍とお見受けする! ご助力、誠にもって感謝の念に絶えない!」


彼は朗々たる口上で、謝辞と共に自らの立場を述べあげた。


本来、貴殿ら迎え入れ、お礼を申し上げるべきところであるが、現在のあなた方を市街に入れることはできない。

この状況で、武装した者達を街に入れる訳にはいかないからだ。

また同時に、私の立場もそれを許さない。

代わりに謝礼として、金銭による支払いを認めてもらえないだろうか。


男の堂々とした物言いに、メアリは莞爾として笑う。


「謝辞はたしかに受け取った! 気遣いは無用だ! すぐに、我々は戻ってくる。それまで街を守っておけ! 総員、撤収!」


そしてメアリは、馬首を翻した。

騎兵隊も彼女に続く。

彼らは、帰途についた。


メアリは、この都市を囮に使ったのだ。

結果的に彼らを救うことになったが、彼女にその意図は薄かった。

自軍の損害の最小化と、敵の殲滅がメアリの目指すところであった。


東部の諸都市とは、未だにお互い敵同士である。

結果的に助けることにはなったが、感謝される謂われも無い。

彼らを助けたのは、成り行きのうえでのことであった。



ランズデール騎兵隊による大規模な奇襲作戦は、完全なる成功を収めた。


騎兵部隊による遊撃、そして奇襲。

帝国軍が、王国との戦争初期に散々に苦しめられた戦術だ。


その腕は、いささかもさび付いてはいなかった。

初見の協商がよく対処できるようなものでもなかっただろう。


この戦術は、一度限りのものだ。

次からは敵も備えてくる。

故に、アリシアの命を受けたメアリは、一度きりの機会で最大限の成果をあげるべく、追撃を徹底。

おびただしい戦果をあげた。


この日、略奪に出た協商軍の約半数の部隊が壊滅し、状況を危険視した協商軍は慌てて軍を再集結させた。

彼らは、一昼夜の間に、五千を超える兵力を喪失することになったのだ。


対するランズデール騎兵隊の戦死者は、三十四名。

このほとんどは、伏兵に勘づかれ、正面から戦闘することになった部隊に発生したものだ。

敵の殲滅には成功したものの、被害を出すことになった騎兵隊の指揮官は、戦後、このことについてアリシアに謝罪した。


アリシアは、笑って彼を許した。


戦場において、常に最善の結果を得られるとは限らない。

次に活かせばよいのだ。


彼の肩に手を置いたアリシアが、優しく語りかける。


「訓練、もう一度、一緒に、最初から頑張りましょうね」


男は、顔面を蒼白にして震えていた。



その日、協商は、必要物資を現地調達に頼る戦略の失敗を知る。

補給の道を絶たれた協商軍は、決断を迫られることになった。


進むか、退くか。

追い詰められた協商軍は、短期間での決着を目指し、王国中部へと軍を進めることを決定する。

そして、彼らは慌ただしく動き出した。


協商は、アリシアの掌の上で、踊っていた。


メアリ「賊は滅ぼす」

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