写真とわたし
私は綺麗な服が好きだ。
着飾るのも好きだ。
大好きだ。
戴冠式。
その前日に、私は人生で最大のお洒落体験をすることになった。
楽しくもあり、ちょっと恥ずかしくもあるひと時であった。
ちなみにこの、私的おしゃれ最高記録は、しばらく後の結婚式でさっくりと上書きされてしまうのだが、その点については、不問として頂きたい。
戴冠式の当日は、式典の要項に従って、決められた動きをするだけだ。
主役の私であるが、実態はただ動くだけの大きな置物である。
「それだけでは、つまらんだろう。記念にもう少し楽しもうじゃないか」
そんなジークの提案で、新女王アリシアは、一日早くおめかしをして、戴冠式の体験会をすることになったのである。
女王様のドレスを着て、あほなことをして遊ぶのだ。
一種の前日祭である。
私のもっさりと豊かな髪の毛は、丁寧に編み込んでから、ハーフアップに結い上げた。
ドレスは、戴冠式当日にも着る予定の、素敵なものだ。
シルクの素敵な肌触りに、私はうっとりである。
最高級はやっぱり違うね!
すごく良いものってことぐらいしか、わからないけどさ!
違いがわからない女、アリシアである。
とても着心地が良い。
ドレスに施された、精緻な刺繍の数々は、繊細でちょっと儚げな容姿の私にぴったりであった。
アリシアちゃんは、か細くて繊細で儚げなのだ。
ドレスは、素材も、職人さんも、素晴らしいものを用意してくれたのだと思う。
私の目から見ても、とても丁寧な作りがよくわかった。
お化粧もバッチリした。
といっても、私の立場を考えると、ごくごく、薄めであるそうだ。
地色が白いので、私は随分と助けられている。
「どうかしら?」
私は、椅子から立ち上がって、ドレス姿をお披露目する。
ジークは、私のことを、とても綺麗だと褒めてくれた。
でも、その後に、ものすごい勢いで撫でくり回されたのには、困ってしまう。
嬉しいけれど、ちょっと子供扱いされている気がするのだ。
「きゃっ」
「おっとすまんな」
そんな事を思っていたら、ジークが私の変なところをさわった。
子供扱いじゃ無い。
この男、ただエッチなだけだ!
ジークに捕まった私が、あわあわしていると、鬼の形相を浮かべたクラリッサが飛んできて、彼を追っ払ってしまった。
「まったく、あの、バカ皇子は!」
「ジークハルト殿下は、少し、下半身に素直すぎますわね」
クラリッサはぷりぷりしていた。
女の子なんだから「下半身」とか言わないで、メアリ。
「とても綺麗ですわ、アリシア様」
「ありがとう」
メアリが、私のお気に入りの髪飾りをつけてくれる。
小枝のかわいい髪飾りだ。
それを髪にさせば、これで完成、できあがりである。
鏡を見れば、とても綺麗にしてもらえたのがよくわかる。
うれしいなぁ。
私は、部屋を出て、女王アリシアの立派な姿を皆にお披露目する。
日ごろは、着古した軍服姿でふらふらしているアリシアであるが、今は、メイクのおかげで、ぐっと美人になっている。
魅力は五割増しだ。
日頃の女子力が低めだと、伸び代があっていいな!
普段と違う私のギャップに、家族も友人達も、皆とても驚いてくれた。
特に、アデルちゃんは、綺麗だ、歴代最高だ、などと持ち上げてくれる。
うふふ。
手放しで褒められれば、私だって悪い気はしない。
でも、歴代の王国国王で、女王って私だけだよ、アデルちゃん。
順繰りに挨拶をしながら、最後は父に晴れ姿を披露する。
素敵になったよ、お父様。
ばっちり変身を決めた私の姿を見て、私の父は、目頭を押さえて、泣き出した。
そんなに感動しなくてもいいじゃない。
父、大きめのリアクションに、私は内心満更でもない。
「アリシア、こんなに綺麗になって……。上半身、素っ裸で、外を駆け回る野猿に育った時は、もうだめかと思ったぞ」
「お父様、そこはもっと、素直に褒めてくださいませ!」
私は顔に貼り付けた、アルカイックスマイルを投げ捨てて、失礼な父に抗議した。
私が、怒ってみせると、父はにっと笑ってから、頭をわしわしと撫でてくれる。
このちょっと乱暴な感じが嬉しい。
でも、セットした髪がだめになっちゃうわ、お父様!
私達が騒がしくしていると、先程、部屋を追い払われた変態ジークハルトが、なにかを抱えて戻ってきた。
「折角だ。今日の記念を、記録にも残そうと思ってな」
そう言って、彼が持ち上げて見せたのは、写真機であった。
写真機とは、写真という姿絵を瞬時に作ってくれる、便利な機械である。
ジークが持つのは、その中でも帝国軍の諜報部隊に配備されたばかりの、最新式だ。
少しでも動くと、ぶれて残像が出てしまう。
とても便利な機械だが、ちょっと扱いが難しいのだ。
「アリシアの晴れ姿だからな。帝国の本土から、急いで取り寄せたのだ。間に合って良かった」
そう言って、ジークは白い歯を見せて笑った。
新しいもの好きのジークは、いろいろと面白いものを持ってきてくれる。
ジーク自ら写真機を撮るということで、撮影会が始まった。
最初は、今日集まったみんなで集合写真を撮ることにした。
それから、おのおのに集まって撮影だ。
諸侯とも撮ったし、メアリやアデルとも撮った。
新任のクローディアは顔見知りをしていたが、エリスに引っ張られて、写真の中に収まっていた。
一番積極的だったのは、お髭のおじさまウェルズリー候だ。
私は、彼たっての希望で、密着ツーショットを取ってしまった。
結果、私は、後からジークに妬かれてしまい、候は、奥様から物理的に焼かれかけた。
候は、奥様が一番と常日頃から言っている。
愛妻家と恐妻家の境界は、大変に難しいと、私は強く実感した。
なにはともあれ、大変喜んでいただようだ。
私も満足であった。
一通り、皆との写真を撮り終わった私は、ジークと二人きりになった。
「さて、ここからはアリシアの撮影会だ。いい画を頼むぞ」
「私は、ジークと一緒に撮るつもりだったのですけれど」
「ああ、それは後回しだ。まずはアリシアの写真を撮る」
どうやら、これを目当てに写真機を持ち出したようだ。
ジークはなんだか楽しそうだった。
パシャパシャと、気分良く撮影してくれる。
写真機を固定する三脚が、かなり自由に高さを変えられるおかげもあって、ジークはいろんな角度から、私をレンズに収めていた。
綺麗な服を着て、メイクもばっちりしているせいだろう。
私も、大層、気が大きくなっていた。
「そうだな、もう少し、こう上目遣いで、下からのぞき込むように頼む」
「はい、ジーク!」
「いいぞ、アリシア。その表情だ! もっと、もっと!」
ジークが、いつもより暑苦しい。
なにかよくわからないスイッチが入っているようだ。
でも、私も似たようなものだった。
彼が、可愛い、綺麗だと、おだててくれるせいで、私のおすまし顔は、すぐにはがれ落ちて、お調子者の本性があらわになる。
ジークのリクエストは多岐にわたった。
「笑顔で可愛く」から始まって、憂い顔とか、もっと媚びろとか、怯えたようにとか、次々と指示が飛んでくる。
私は必死になって、ジークの希望に応えてみせた。
でもなんだか、怪しい雰囲気だ。
普通、このドレスで、脚は見せないよね。
あと、体へのタッチがちょっと多い気がする。
若干の疑問をいだきつつも、四半刻ほど、二人きりの撮影会を楽しんだ頃合いだろうか。
私は、はっと我に返った。
セクハラ大好きなジークに、危機感を頂いた訳では無い。
私は背中を濡らす、汗の冷たさに気づいたのである。
そして私は思い出す。
自分が、極度の汗っかきであったことを。
乙女のピンチであった。
夏場にドレスを着るときは、細心の注意を払ってきた。
だが今日は、体がひんやりする香油を塗ってもらったおかげで、このことを失念していたのである。
ジークと二人、夢中で撮影会を楽しむうちに、このひんやりオイルの効用が切れていた。
汗、すごい出そう。
というか現在進行形で、吹き出している。
これは、まずいぞ。
私は狼狽した。
今の私が着ている服は、明日もそのまま着用する。
この後は、リハーサルも控えているのだ。
戴冠式で披露する、最高級シルキードレスが、私から取れた出汁と油でギトギトになってしまう。
私から出た分泌物は、鍋にぶちこむ分には良いかもしれないが、ドレスを染めるには、向いていないのである。
いや、鍋に入れられるのも嫌だよ!
私から出汁とっても、美味しくないよ!
私は大慌てで、ジークを止めた。
ストップ、やめてやめて。
汗かいちゃうのは恥ずかしいし、匂いが気になるから、撮影会はおしまいだよ。
ジークは、私の訴えに、「ふんふん」と耳を傾けてから、こう言った。
「アリシアの汗はいい匂いだからな。心配することはなにもないぞ」
言い切った彼の笑顔は、大変に男らしかった。
「さあ続けるか!」
「何言ってるの、ジーク!馬鹿、馬鹿、エッチ!」
ジークは変態だ!ド変態だ!
うん、知ってた!
私は、楽しそうに笑うジークを追っ払って、側付きの皆を呼び戻した。
知っていたことではあるけれど、ジークってあんまり皇子様っぽくはないよなぁ。
「二人きりで何をされていたんですか」
「いたずらされていました」
「後で、締めておきます」
よろしくね、クラリッサ。
私は武闘派の侍女達に、後事を任せることにした。
ジークが変なことばかり言うものだから、余計に体が火照ってしまった。
身体を冷やすために、私はお部屋で休憩を取ることになった。
冷たいお茶を淹れてもらい、私は、ゆっくりクールダウンだ。
側近の皆は、それぞれ皆お仕事がある。
身の回りのお世話を一通りしてもらってから、私は一人、お留守番をすることになった。
着替えたほうがいいかな、とも思ったのだが、肝心のリハーサルが終わっていない。
ドレスを脱ぐわけにもいかないのだ。
ぽつねんと、テーブル前に取り残されて、私は、カップに注がれた緑のお茶を一口すする。
さっぱりとした口当たりに、ゆだった頭も冷やされた。
私、ドレスアップまでして、何やってるんだろ。
途端に冷静になる私。
これが、賢者モードと言うものか。
ジークとの撮影会を思い返す。
雰囲気に乗せられて、あられも無い格好の写真を、沢山とられてしまったように思う。
大丈夫かな。
流出したりはしないよね?
ジークが持ってきた写真機は、一枚撮影をするたびに、原板となるフィルムを取り替える作りになっていた。
そして、撮影記録は全て、ジークが持っていってしまったのだ。
おそらく、諜報部で、現像してくれるのだろう。
写真機は、もっぱら敵地の偵察に使われる。
その被写体は、要塞や城郭みたいな防衛施設がほとんどだ。
場合によっては、離れた場所から、敵部隊を撮ったりもする。
そんな真面目なフィルムの中に、私のちょっとエッチな写真が混じる。
うぎゃー。
私は一人赤面する。
やっちまった感が半端ない。
考えただけで、また、汗が吹き出てきそうである。
いかんいかん、思考を切り替えよう。
済んでしまった事は仕方が無い。
くよくよ悩んでも、もう遅いのである。
いや、取り戻そうと思えば、取り戻せるんだけど、やっぱり自分の晴れ姿を見てみたい気持ちもあってだね。
私は、ひとりもじもじと、テーブルの上で悶えていた。
その私の赤っ恥を、これでもかと激写した写真機は、テーブルの上に置き去りにされていた。
ジークが置いていったのだ。
私は、それに手を伸ばした。
写真機のレンズを覗いてみると、周りの景色が違って見える。
四隅が少し丸みを帯びている以外は、とても鮮明な像が見えた。
すごいな、望遠までできるのか。
私がその機械を、ためつすがめつ、眺めていると、ちろりと黒くて平たい板の端が目に止まった。
これが、フィルムかな。
まだ、未使用っぽい。
面白そう。
私も、一枚撮ってみようかな。
私は、写真に興味を持った。
部屋の中を見回してみたが、めぼしい物は特にない。
なら自分の姿を撮ってみようか。
これができれば、ジークと二人で撮ったりもできるのだ。
思い立った私は、カメラのレンズの前に腰を下ろし、離れた場所からそのシャッターを切るべく、何かないかと考えた。
私の手元には、緻密な装飾を施された杖があった。
王錫だ。
この杖の先端には、ちょうど出っ張ったような部分があった。
写真機上部のボタンに、見事なまでにぴったりだった。
素晴らしいフィット感。
私は、この偶然の一致に運命を感じた。
無論、ただの錯覚である。
この棒を使えば、自分の姿を撮れるんじゃなかろうか。
自分を写真に収めるための棒、これすなわち、自撮り棒である。
王国の国宝、自撮り棒、そのお値段、金貨一千枚なり。
何事も挑戦だ。
私は手にした王錫で、ぽこぽこと写真機の頭をたたいた。
ボタンを押下するには、勢いが足りないようだ。
結構固いな。
「えい」
ドグシャ!
私が、自撮り棒を、ちょっと強めに振り下ろすと、写真機から押しつぶされたような音がした。
まさに異音。
「ドグシャ」に「カシャ」というシャッター音が重なったのだ。
カシャって音がしたので、無事、撮影は出来たのだろう。
やったぁ! 撮れたぁ!
私はピタリと静止してから、ゆっくりと十数えて、自分の姿をフィルムに焼き付けた。
うむ、ミッションコンプリートである。
さて、さて、冷静になろうか、私。
やったぁじゃないよね、私。
ドグシャっていったよ。
私はおそるおそる、異音を鳴らした、精密機械に手をやった。
写真機、大丈夫かな。
壊れてないよね。
なにしろ金属製の軍用品だ。
私は、いつもの調子で、乱暴にあつかってしまったのだ。
大丈夫、大丈夫、帝国製品は頑丈だから。
無事じゃないかな。
お願い、無事でいて!
私の儚い希望は打ち砕かれた。
写真機は、上の機構が小破してしまい、シャッターボタンが押せなくなっていた。
どうみても故障です。
本当にすみませんでした。
私は、軽率な行いで、素敵な機械を壊してしまったのである。
なんということを。
私は、頭を抱え込む。
ちょっとした思いつきで、とんでもない失策をやらかすことがあるのだけれど、まさか今この時にやってしまうとは。
ジークになんて謝ろう……。
言い訳を考えてみたのだけれど、「ちょっと自分を撮ってみようと、王錫で叩いたら潰しちゃいました。てへぺろ」としか言いようがない。
だめだ。
言い訳になってない。
普通におしりぺんぺん案件である。
この年になって、それは恥ずかしい。
おしりぺんぺんは、メアリに一度だけされたことがある。
ちょっとくすぐったかった。
ジークにやられたら、どきどきしちゃうな。
それではお仕置きにならないので、多分、普通に怒られるだろう。
ジークが戻ってきたので、私は正直に、自分の所業を告白した。
ジークは吃驚していたが、悄然とした私の様子をみて、笑って許してくれた。
「見たところ、外装が少し歪んだだけだろう。レンズも機構も問題無さそうだ。修理してもらうさ」
「よかったぁ。でも、ジークと一緒に撮りたかったです。そのために実験したのに」
「それは、たしかに、残念だな」
写真は沢山撮ったのだが、実はジークとのツーショットが一枚も無いのである。
あとで、誰かに頼んで、二人の写真を撮ってもらうつもりであったのだが、私が機材を壊してしまった。
私はがっかりしてしまう。
でも、私には、こんな時に頼りになる、有能な側仕えがいたのである。
「なら、私が描きましょうか。肉筆になりますけど」
万能の天才、クラリッサだ。
クラリッサは、スケッチが得意だ。
大体こんな感じかなー、ですらすらっと見事な鉛筆画を描き上げてしまう。
落書きですけどね、とクラリッサは謙遜するけれど、とても見事だ。
それ、私が知っている落書きと違うってぐらい、見事なのである。
とにかく彼女は、絵がとても上手なのだ。
クラリッサのタッチは、とても繊細で、少しだけ柔らかい。
二人の姿を描いてもらうなら、どんな姿勢が良いかな、と思ったのだけれど、結局オーソドックスな体勢にした。
私が椅子に座って、ジークはその隣に立ってもらったのだ。
私の左肩にジークが右手を置いてくれる。
「ジークもかっこよく描いてちょうだいね」
「へーい」
クラリッサが、おざなりな返事を返す。
「この女に、任せて大丈夫なのか?」
そう言ってジークは苦笑していた。
もちろん、大丈夫。
クラリッサは、自分の仕事に手は抜かないからね。
それに、私はよく知っている。
なんだかんだ言って、クラリッサはジークのことも大好きなのだ。
クラリッサは、速筆だけど、それでも仕上げるには、写真で撮るよりも、ずっとずっと時間がかかる。
この日は、素描だけで終わった。
その後に、何度も何度も手を入れて、クラリッサは、一枚の鉛筆画を描いてくれた。
その絵の中では、私は少し照れたように笑っていた。
ジークはわざとらしいキメ顔だ。
かっこいい。
私たちに贈られた、二人の記念の一枚は、とても素敵なものだった。
鉛筆画であるから、写真のように複製はできない。
普通の画用紙に、市販の鉛筆で書いたただの絵だ。
私は、それにクラリッサのサインを入れてもらい、額縁に入れて大切に保管した。
「専門の画家に頼んだほうが、いい絵を描くと思いますよ」
クラリッサはそう言っていたけれど、多分世界中の誰にも、こんな素敵な絵は描けないだろうと私は思う。
ジークにもお願いして、私はこの絵を譲ってもらった。
それは、数少ない、私の宝物になったのだ。
その後、私は戴冠式のリハーサルに向かった。
色々なところで立ったり、歩いたりするだけだ。
緊張はするけれど、ちょっと誇らしい感じもする。
私も含め、皆、会場の設営や、最後の点検に余念がなかった。
日も暮れるまで、みなで準備に明け暮れて、その日の作業は終了した。
明日は、戴冠式だ。
決戦前と同じで、どきどきするね。
私はベッドに潜り込むと、いつもの寝付きの良さを発揮して、すぐに眠りに落ちたのだった。
さてここで、私が壊した写真機と、無理矢理撮った一枚の顛末についても語っておこう。
準備が終わり、ジークは故障した写真機を手に、自室に戻った。
彼は、その写真機に収められた、一枚のフィルムに気がついた。
「これは・・・・・・。アリシアが撮ったのか」
幸い、それは露光して、だめになってはいないようだ。
中の画も無事だろう。
彼は、自分が撮ったアリシアの写真集に、私が自撮り棒で撮った一枚も入れて、現像を諜報部に依頼した。
そして、私、アリシアは写真家になった。
私が、撮った一枚が、写真展で、入賞してしまったのだ。
私が撮った自撮り写真は、ある意味で奇跡の一枚だった。
その写真には、何かをこらえるように、ぷるぷるした笑いを浮かべたアリシアが写っていた。
そんな彼女が、ぎゅっと握った王錫を振り下ろす、決定的瞬間だ。
カメラが衝撃で揺れたのだろう、まるで撮影者が殴られたように、被写体はぶれていた。
それが妙な臨場感を醸し出す。
そう、あたかも撮影者が、アリシアに王錫で折檻されているような……。
写真の現像を担当していた諜報部の間で、この写真はかなりの話題を呼んだ。
「これは、面白いかもしれないな」
報告を受けたジークは、その写真を受け取ってから顎を撫でる。
帝国人の間では、アリシアは人気だ。
本人は隠しているつもりだが、時としてお馬鹿な行動を起こす皇后アリシアは、ある種のマスコットのような扱いで、帝国民に親しまれている。
「よし、これをカメラを壊したアリシアへのお仕置きにしよう」
そして、面白がったジークと担当部局の人たちが共謀し、私が凶暴っぽくみえる恥写真を、展覧会に応募してしまったのだ。
「友達が勝手に応募しちゃってー」
まさか女王になってまで、これをやられるとは思わなかった。
しかも女優のオーディションなどではなく、由緒正しい写真展だ。
表題は「女王アリシアの怒り」
審査員には大受けしたそうだ。
……
いや、一応言わせてもらうね。
それ二番煎じじゃないかな!
女王アリシアが、また怒っていた。
いくらなんでも、短気すぎるぞ、この女。
この写真自体は、そこまで見るべきところがあるものではない。
それはそうだ。
ぽこんとシャッターを押した瞬間に、たまたま撮れたような代物である。
「猫が踏んづけて、撮っちゃいました」っていうのと変わらない。
でも、写真って、そういう技術だけを、見る物では無いんだね。
なんとこの一枚、私の引きつったような笑顔が、コミカルで可愛いと、大層な人気を博したのだ。
結果、審査委員特別賞を受賞した。
審査員共の目は、みな節穴だ。
この写真は、写真機を世に広めるための広告塔として、雑誌の表紙にも掲載された。
出版社には、「アリシア様はこんな顔しない!」というよくわからない批判と、「さすがアリシア様だ!」というやはりよくわからない賞賛の声が殺到した。
これも聞いた覚えがあるよ。
帝国の皆は、本当にぶれないよね。
どんだけネタかぶせてくるの。
ちなみに雑誌の売上は、そのときだけ、ぎゅんと跳ね上がった。
店頭では品薄が続出してしまい、ちょっとしたプレミアが付いたそうだ。
私のところにも、出版社から素敵なカメラと献本が送られてきた。
くそう。
私は、帝都の私室で、悔しさに拳を握り込んだ。
後ろからは侍女共の無責任な笑い声が聞こえる。
不本意な思い出ばかりが増えていく。
私の人生恥ばかりだ。
でも、私は、物を粗末にできない女だ。
写真機を壊してからは、深く反省もしていた。
折角頂いた雑誌を捨てたりはできない。
扱いに困った私は、この雑誌を物置の奥底に放り込んで、固く封印を施すことにしたのである。
この写真、そのまま二十年ほどは、倉庫の暗がりの中で眠っていた。
しかし、なんと、私とジークが増産した家族の一人が、倉庫の底から引きずり出してしまったのだ。
やたらと暗がりが大好きな、第七皇子の仕業であった。
その日も、大好きな物置の中で遊んでいたこの悪ガキが、若かりし日の母の肖像に興味をもってしまったのだ。
無邪気な好奇心の赴くまま、このちびっ子は、戦利品を持ち帰った。
そして、存在を忘れていた、タイムカプセルの中に潜む黒歴史が、その日、白日の下にさらされる。
なんと皇子は、そのお土産を、兄弟姉妹見せびらかしたのだ。
おい、こら、やめろ。
なにをするんだ、馬鹿息子!
私は、当時、家族の中では、威厳あるお母さんで通していた。
自分的には、完璧な動きをできていたと思う。
それが一発でアウトである。
私は、息子や娘に囲まれながら、「お母様可愛い」とか、「お母様変な顔」とか、散々に笑われる羽目になった。
皇后アリシアは、ただ真っ赤になってぷるぷると震えるばかりであった。
最初で最後の自撮り写真。
それは、私にとって、忘れることの出来ない一枚となったのである。
私は吠えた。
忘れさせろ、ばかー!
アリシア「恥の多い生涯を送って来ました」




