表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
90/116

芸術とわたし

アリシアは激怒した。


自分で言うのもなんだけど、私は温厚な人間だと思う。

嫌なことがあって、ぷりぷり怒っていても、お風呂に入って一晩寝れば、ケロッと忘れている。


ぼけーっと過ごすのも好きだ。

ぼーっとしていると、いろいろなものと一緒に、悪い憑き物も頭の中からこぼれて落ちていく。

アリシアは若年性健忘症、とか言ってはいけない。

忘却とは、人類に与えられた慈悲であり、祝福なのである。


時々大事なことも忘れてしまうのだけれど、それは、あれだ。

メモとかに残しておけば問題ない。


私アリシアは、平穏を愛する、寛容で慈悲深い専制君主であった。


そんな私を、赫怒させる事態が発生したのは、アリシア狙いの誘拐未遂犯を撃退してすぐのことであった。


「宝物庫の中身と目録が合致しない、ですって?」


「は、はい」


私のいらだちを感じ取って、知らせを持ってきた童顔の丸っこい文官は、亀のように首を竦めた。

ひょこって感じだ。

可愛い仕草に、私のささくれた心が平静を取り戻す。


ごめん、貴方に八つ当たりしても仕方ないね。

アリシア、落ち着きなさい。

クールになるのよ。


自分に言い聞かせて、私は冷静になった。

まずは被害状況の確認をしなければ。


「具体的に、どれだけのもの失くなっているのか、まとめてちょうだい。目録に間違いが無いかも確認をお願いね」


「承知しました!」


私は、宝物庫の棚卸し作業を文官に命じた。


自分の家に伝わるお宝を確認しておくのは大事なことだ。

私は、貯金箱の中とか何度も確認しちゃう人間だ。

中身が増えるわけではないのだけど、なんでかついつい数えてしまうのだ。


報告を受けた日は、お昼ごはん中も、そわそわしてしまった。

メアリからも、落ち着くようにと、お小言をもらってしまった。


でも、どこかに泥棒が、潜んでいるかもかもしれないのだ。

のんびり、豚の生姜焼き食べてる場合じゃないと思う。


わたしは、肉を一切れ口にほおばった。


もぐもぐ。

うん、お醤油の香りが香ばしい。

これも、帝国からの輸入品だ。

王国でも作れないかなぁ。


そしてその午後、検品が終わった目録が私の手元にやってくる。

ざっと目を通した私は、声が震えるのを、抑えることができなかった。


「……どういうことなの、これは?」


欠品があった収蔵品には、品目の横に印がつけられていた。

見つからなかったもの、一部が欠けているもの、そして贋物にすり替えられているもの。

ざっと見ただけでも、収蔵している美術品の約半分に、何らかの印がつけられている。

その数は、軽く百以上。


「おそらくですが、横領や盗難にあったものと思われます」


私は、頭が灼熱するのを感じた。

百以上のお宝が、知らぬ間に、どこかに持ち去られたという。

帝国金貨に換算して何枚分になるだろうか。

千や二千ではすまないだろう。


煮えくり返るはらわたを抱えながら、私は、つとめて冷静に、自分に言い聞かせた。


落ち着け、私。

クールよ、クールになるの。

クールに、クール、クール、クール、ひょおおおおお!

ぶっちーん。


「クールになんぞなれんわ、馬鹿者!」


「ひぇー!」


私は、椅子から立ち上がり、力一杯吼えた。


文官殿は、怖がって、首と一緒に肩まで引っ込める。

ほんと亀みたいな人である。

私は亀、好きだよ。


宝物庫に収められているのは、王家伝来の品々だ。

相応に価値があるものが多い。

一番高いやつなんて、私の軍人時代の給料、ウン十年分である。

絵画一枚で、アリシアを、半永久的に働かせることができるのだ。


そのお値段のすごさがわかるだろう。


ゆえに、この盗難事件、断じて見過ごす訳にはいかないのである。


財布の中を漁られて、黙っているアリシアはいない。

私は、即時の対応を指示して動き出した。


「ジークハルト殿下に連絡を。私も宝物庫に向かいます」


それから、私達は宝物庫に向かったのである。

私は、ぞろぞろとおつきの人員を引き連れて、厳重に施錠されていたはずの美術品の保管場所へと足を踏み入れる。

警備の実態は、厳重でもなんでもなかったけどね。


宝物庫は、それなりの広さがあった。

ちょっとした展示場ぐらいの広さがある。

あるいは、美術館の裏側は、こんな感じであるのかもしれない。


幸いというべきか、宝物庫自体の管理はきちんとされているようだ。

夏だと言うのに、半地下構造の庫内は、ひんやりとして涼しい。

魔術具のおかげだろう。


「まずは贋物と判明したもの、欠損があったものを運び出しましょう」


「承知しました」


私達が、忌々しい紛い物を、倉庫から撤去していると、間もなくジークが到着した。

彼は至極、落ち着いた様子であった。


この余裕は、お金持ちだからかしら。


対する私は、貧乏暮らしが長い。

とてもじゃないが落ち着いてなど、いられなかった。

ジークが来てくれたと言うのに、我が心中は、穏やかならざるままだった。


彼は、怒ったり悲しんだりと、忙しなく表情を変える私を見て、相好を崩した。

アリシアが右往左往するところなど、中々見られないからな、とのこと。


うおー。

ジーク、ほっこりしてる場合じゃないんだぞ。


私が怒ってみせると、ジークは笑って答えてくれた。

声音も、宥めるような穏やかさだ。


「予想していたことだ。あの王家のザル警備で、宝物庫の中身が半分残っていたなら、運が良かったと言うべきだろう。あまり気にするな、アリシア」


「あまり気にするな、って、ジーク。何を呑気なことを! 私の蔵から、お宝が無くなっちゃったんですよ!?」


「アリシア様の蔵じゃなくて、王家の宝物庫ですわよ」


メアリに突っ込まれた。

でも、王家の物は王様の物、王様のものはすなわちアリシアのものでしょう!?

私が堂々と、国庫の私物化を宣言する。

私の事をよく知っている人たちは、大笑いだ。


でも、私と付き合いが浅い、文官の人たちは頬をヒクつかせていた。

い、いかん。

ごうつくばりな女王だと誤解されてしまう。


「アリシアは無駄遣いしないだろうし、そのほうが管理が行き届いて、良いかもしれんな」


ジーク、ありがとう。

ナイスフォローだよ!


私のお財布の紐は、非常に硬い事で有名なのだ。

お金の管理は任せて欲しい。

やりすぎると国が不景気になっちゃうから、気をつけないといけないけどね。


メアリは呆れ顔だ。


「殿下まで、おかしなことを仰らないでくださいませ。アリシア様が本気になってしまいます」


なにいってるんだい。

私はいつだって本気だぜ、メアリ?

もっぱら、お金の事にうるさいアリシアが、意味もない騒音をまき散らす中で、担当の人たちは、手際よく作業を進めていった。

そして、宝物庫の外に、いままで保管されていた、ガラクタの山ができたのである。


すり替えられた贋物を、後生大事に抱えていても仕方がない。

とっとと処分するべきだ。


私は、宝物庫から運び出された贋物の数々を、眺め渡す。

どれもこれも、価値なんてなさそうなものばかりであった。

素人目に見ても、お値段をオープンする前に、「あ、これ偽物ですね」ってわかる感じの出来栄えである。

偽物なら偽物で、もうちょっといい仕事をして欲しい。


その中でも、私は一つの肖像画に目をつけた。

ひどく稚拙なできばえの、男性の絵だ。

美術を専攻する学生が、授業で描いたもののほうがまだましだろう。

絵の中で、ニタリと笑う男の顔が腹立たしい。


「こいつめ」


私が小突くと、拳が帆布を貫いて、彼の顔に大きな穴が空いた。

なんと画布まで安物だった。


くそっ。

最初から駄目な絵だったけれど、更に駄目にしてしまった。


ちょっと悪いことをしたかとも思ったけれど、どうせ焼き捨てるのだ。

知った事か。


私の癇癪にジークが、たまらず吹き出した。

私は真っ赤になって遺憾の意をしめす。


もうもう! 笑い事じゃないよ、ジーク。


これはお金に関わることなのだ。

お金は、時として、命よりも重いんだよ……!


「埒があきませんわ。ジークハルト殿下、アリシア様を宥めていただけませんか」


「そうだな。もう少し見ているつもりだったが、あまり遊ぶと障りが出そうだ」


怒りと悲しみで、赤くなったり白くなったりしている私を見かねて、メアリが諫言する。

優しいジークが、私のフォローをしてくれた。


「そう怒るな、アリシア。なんなら、紛失した分の美術品については、帝国で所有権を買い取ろう。おおよその評価額の半値でどうだ?」


「え、よろしいんですの!? 」


偽物の数々を、半額でお買上げ。

これなら損失をだいぶ埋め合わせられる。

願ってもない申し出だ。


私は、反射的に喜んでしまった。


けれど、すぐに不安になる。

だって、彼の提案は、帝国にとっては絶対に損だからだ。


これは、盗品をめぐる帝国法の話になる。

盗まれた物と知らずに物品を購入した場合、その所有権は買った人に移るのだ。


元の持ち主は、美術品を買い戻す権利があるのだけれど、それだけだ。

美術品を取り戻したければ、お金は払わなくてはならない。

盗品市場から流れた盗品が、どこかで売れてしまっていると、もうどうしようもないのである。


だから、元の持ち主の所有権なんて、基本的には無価値だ。

こんなもの買い取っても、銅貨一枚分の得にもならない。


大丈夫かな?

私は、心配したが、彼は力強く請け負ってくれた。


大きな手でべしべしと力強く、でかい贋物の絵画をたたく。

彼がぞんざいに扱っているそれは、縦は私の背丈よりもずっと高く、横は、メアリのお尻十五個分ぐらい幅がある大作だった。


鑑定の人には「せいぜい大銀貨一枚ですね」とお墨付きを頂いた、額縁のほうが高いらしい逸品である。


「金にする以外にも、いろいろと使い方がある。問題ない」


「では、お言葉に甘えさせてもらいますね。ありがとうジーク」


「ああ、お安い御用だ。任せておけ」


ジークは気負ったふうでもなく、取引のために文官を呼びつけた。

権利譲渡のために書類の準備を始める。


金貨に換算して数千枚の取引を、お安い御用と言えてしまう、この財力。

ジークってホント素敵。


私はお金のパワーにうっとりだ。

私の隣にたつメアリは、対照的なジト目である。

そんな目で見ないでおくれ。


ともかくも、一部の問題は、これで落着した。


「それより、残った本物の美術品だが、どうする?」


「といいますと?」


「昨晩、城にまで侵入者があったのだ。宝物庫にも、警備の穴があると見るべきだろう。価値がある物をそのままにしておくのは危険だ」


「うっ。たしかに」


そうだ。


今、無事だった美術品も、安全なわけではないのである。

保管場所を変えるなりして、避難させなければならない。


ただ、私は、美術品そのものに価値を見出しているわけではない。

あくまで金銭的なものを問題にしている。

死蔵している美術品に、警備の人間を貼り付けて、費用をかけるのも馬鹿らしい。


少し考えてから、私は、この動産を、有効活用することにした。


「戦勝の褒章として、みんなに配ってしまいましょう。彼らに所蔵してもらった方が、王家の蔵よりは安全でしょう」


「お金にうるさい割に、こういうところは、気前が良いよな。アリシアは」


「ケチというわけではないのですよ、アリシア様は。仰ることは、いちいち、みみっちいですけれど」


うん。

メアリ、フォローありがとう。

でも、君が私のことをどう思っているかは、よーくわかったよ。


盗人に渡すのは悔しいが、頑張ってくれた支持者に配るのであれば、抵抗はない。

美術品には、価値がある。

配られてから、どういう扱いになるかはわからないが、それぞれ、有効に活用してくれるだろう。


今の領主諸侯は皆、貧乏だ。

価値ある品を、ぞんざいに扱って、だめにするような人間もおるまい。


私は、美術品を、戦争を頑張ったみんなに、報償として配ることになった。


この分配には、当然、帝国も参加する権利がある。

というか戦功に関して言うなら、帝国軍は一番だ。


その代表であるジークにも話を持っていったのだけど、彼からは「いらん」と固辞されてしまった。

アリシアをもらうから、他のものは不要だそうだ。


唐突に惚気をぶち込んでくる、ストロングスタイルだ。

当事者のアリシアは赤面するしかない。

でも、私は美術品ではないよ。


生ものだからね。



領主諸侯は無骨な武辺が多い。

美術品をもらったとして、彼らは喜んでくれるのだろうか。


全員とは言わないけれど、芸術に興味がある人は少なそうだな。

そんな私の心配は、杞憂であった。


領主諸侯は、見た目はごついおじさん達だが、見た目にそぐわず文化人が多かったのだ。

その筆頭は、バールモンド辺境伯であった。


「素晴らしい! まさかこんなものを頂けるとは。感謝いたします、陛下!」


「お父様……」


なんと、むくつけき大男である彼は、絵画に関しては一家言を持つ、一端の収集家であったのだ。

特に、後期なんちゃら派の絵が好きなのだそうで、いろいろと集めているとのこと。


実は集めるだけではなく、自分でも嗜むとのことで、彼の手による風景画を、一枚お礼にもらってしまった。


伯は、無骨な見た目とは裏腹に、大変に風雅な趣味をお持ちであった。

もっとも練習の時間が取れないせいで、あまり上手くはないのですが、そう、ご本人は謙遜していた。


私には違いがよくわからないが、なかなか格好いい、冬の森の絵であった。


「もともと、才能もないでしょうに……。下手の横好きというやつですわ」


アデルちゃんは呆れ顔だ。


伯お手製の油彩を受け取り、代わりに王家所蔵の絵画を譲る。


憧れの一枚をゲットできた伯は、大層喜んでくれた。

あんなに感謝してもらえるのなら、描いた人も本望だろう。

貰い手を探して、正解だったと思う。


伯から頂いた絵は、作者の銘をを入れて、どこか適当な客間にでも、飾っておくことにした。


諸侯には、伯をはじめとした文化的素養が高い人たちもいたが、そうでない人も無論いた。

彼らは、「すごいらしいが、よくわからん」とみんなして首をかしげたので、鑑定額がお高い順に配ることになった。


父のラベルなども、「別にいらないなぁ」って顔をしていたけれど、私は半ば強引に余り物を押し付けた。

父は不満を言った。


「よりによって、割れ物ではないか!」


彼に回したのは、引き取り手がいなかった、磁器の数々だ。


「壊しそう」


みんなは、父が口にしたのと同じ理由で、受取を拒否したのだ。


「でも、お父様、このツボとか、艶があってきれいですわ」


わたしは、勢いだけでセールスをする。


ほら、ご覧ください。

このぽてっとした感じが、メアリのお尻のラインにそっくりで、とってもいい感じ。


ん、なんだい、メアリ。

言いたいことがあったら言ってごらん?


壊れ物を押し付けられた父は、実家まで運ぶのに、四苦八苦することになる。

私は、調子に乗って、沢山押しつけてしまったのだが、彼は、それらの磁器を一つも割ること無く持ち返ってくれた。

ちなみに白磁も青磁も、ちょうど今、価値が出てきている真っ最中である。

父が、買い手を探してみた所、引く手数多の大人気であったらしい。


「人が欲しがっているのを見ると、途端に手放すのが惜しくなるな」


父は、欲深な笑みを、顔に貼り付けていた。

すごくわかるよ。

でも、売り時逃しちゃだめだからね、お父様。


せっせと私は蔵のお宝を皆に配って回り、粗方引き取り手を見つけることができた。


だが、多少の売れ残りが出てしまった。

それらの余り物は、国立美術館を広げて、そちらに収蔵することになった。

王家の蔵に置きっぱなしでは、まさしく宝の持ち腐れだ。

価値があるというのなら、より多くの人に見てもらうべきだろう。


こうして、国事に使う品を除いて、私は、宝物庫内の美術品を、全て放出してしまったのである。



資産価値のある動産。

じつは、高価な品物は美術品や、貴金属類、宝飾品の他に、もう一種類ある。


酒だ。


「ワインってお高いのね」


「物によっては、同じ重量の金貨と交換になったりします。保存には気を使いますが、それだけの価値があるのです」


王家のワインセラーに私たちは来ていた。

私は、武勲に応じて美術品を配ったのだが、一人だけわがままを言う、女将軍がいたのである。


その女将軍とは、もちろんメアリだ。

彼女は、うっきうきであった。

一方の私は不機嫌ジト目だ。


あれだけ、お酒を控えろと言ったのに、まだ、メアリは懲りていないのか。


「ちゃんと禁酒は守ってもらいますからね」


「節制するなら、飲んでいいって、コンラートが言ってくれたんですの」


メアリはニンマリ笑って言葉を返す。

この女、早速コンラートを籠絡したようだ。

とんでもない毒婦である。

酒毒を撒き散らす、女妖怪だ。


私も気をつけないと、こいつの撒き散らす酒気に、やられてしまう。


「今日は一本、一本だけですからね」


「はぁい!」


メアリは弾む足取りで、並ぶワインの銘柄を見比べていた。

上機嫌な鼻歌まで聞こえてくる。


今日ワイン蔵にやってきたのは、メアリと私だけだ。

他の三人にも報償を配ったのだが、彼女たちは、全員が現金での支給を希望した。

そりゃそうだ。


高いワインは、一本開けたら年収が、飛んでしまうのである。

堅実な人間であれば、一瞬の贅沢より、お金を選ぶものだ。


こんなものを喜ぶのは、よほどの酒狂いぐらいのものである。


つまりメアリは、酒狂いであった。

彼女は、アルコールの妖精の生まれ変わりだ。

間違いない。


隈なく、セラーの中を見て回る。

それから、メアリは、一本のワインを抱きしめて返ってきた。

二十四年物、どこぞの有名な醸造所で作られた逸品らしい。


「私、これにします!」


メアリは花咲くような満開の笑みだ。

恋人にだって、こんな笑顔を向けたことはないだろうに……。


「勝利の美酒ですわ、アリシア様。一緒に飲みましょう」


メアリに誘われた私は、その晩、私室でワインのご相伴にあずかった。

果汁で割って一口だけ頂く。

たしかに、それは、とても美味しかった。


でも、おいしさの大半は、メアリと一緒だったからだと私は思う。

その後、私ははずっと葡萄のジュースを飲んだのだけど、それも負けないぐらい、おいしかったから。


おいしい、おいしい。

彼女は、くぴくぴと酒盃を空けながら、ペラリとメモを取り出した。


何それ? 私が紙片を覗き込むと、メアリは嬉しそうに教えてくれる。


「次と、次の次と、次の次の次にもらう物をメモしておいたんです。予約させてくださいませ!」


そこには、ワインの銘柄と、棚の番号が書かれていた。


メアリは用意周到だ。

なんと、今日のワインセラー見学で、キープするワインまで決めていたらしい。


この執念には、さすがの私も脱帽である。


「……わかったわ。それには手をつけないでおくように、言っておく」


メアリは、満足気な笑顔を浮かべて頷いた。


彼女に、ここまで愛してもらえるのだ。

飲まれるワインも、幸せだろう。



宝物庫の棚卸しは終わった。

次に私たちは、雲隠れした盗品の捜索に着手した。

盗品は、売らなければお金にならない。

故に、盗品を扱う闇市場を押さえれば、流出を防ぐことができるのである。


諜報部隊の出番であった。

彼らは、王都の影で暗躍し、遺失物の捜索を開始する。

諜報部の皆さんは、さすがに凄腕であった。


なんとほとんど全ての盗品について、その売られた先を特定することに成功したのである。


一部は、陸路で帝国へと運びこまれたようだ。

既に売られて、他の人の手元に渡ってしまっていたものも多かった。


元々の所有権は、ジークということになっている。


どうするのかしら。

私は興味津々で、彼のやりようを観察していた。


ジークは美術品の返却は求めずに、彼が持つ所有権を捨て値で買い手に譲っていた。


「これは、気分の問題なんだ。折角良い品を買っても、それが盗品となると気分が良くない。実は、俺のものじゃ、ないんじゃないかと、引っかかりを覚えるのだ。だが、元の所有者から権利を譲られたのなら、大手を振って、自分のものだと自慢できる。この手の美術品を個人で所蔵する動機など、個人的な趣味か、さもなければ贈答品だ。気前よく権利を譲ってやれば、間違いなく喜ばれる。相手とよしみを通じるには、これで十分だ」


な、なるほどー。

わたしは頷くことしきりである。

たしかに、自分のお金で買ったものなのに、なんだか譲ってもらえたような気分になるね。


完全に錯覚なんだけれども。


彼は、ついでのように盗品市場を押さえて、流れた品を押収したりもしたそうだ。

戦争のどさくさに紛れて持ち出されたものも多く、意外に沢山回収できたとジークは驚いていた。


諜報部の人たちは、胸を張った。


「我々も仕事ができるところ見せておきませんと、予算を削られてしまいますからな」


とのこと。

ちょっと理由が切実だけど、大変、頼もしいです。


私は、昨年まで、この諜報部の人たちに狙われていたのだ。

改めてぞっとしてしまう。

知らぬが仏とはよく言ったものである。


諜報部の人たちの、水も漏らさぬ調査が進む。

そのうちに、この「アリシアのお財布が、勝手にごそごそ漁られてた事件」の主犯が明らかになってくる。


この窃盗事件、実は、組織だった犯行であったのだ。

かなり多くの美術品が、王国東部の商会を通じて、協商へと持ち出されていたことがわかったのである。

なんと、彼ら協商の諜報部隊が暗躍して、お宝を盗み出していたのである。


思い返せば、王国の防諜は、穴だらけであった。

帝国が外から王国の国政をやりたい放題に操縦したように、協商も好き放題にお金を泥棒していたのである。


彼らは、女王アリシアの私室近くにまで忍び込んだように、宝物庫からも、数多くの美術品を盗み出していた。


国家ぐるみの窃盗団だ。

とんでもない奴らである。


私は、盛大に機嫌を損ねた。

私は、去年まで、王国軍にいて、安い給料で頑張ってきた。

そうやって、私たちが必死に守り抜いた国のお金を、国王が無駄遣いし、無関係な協商が掠め取っていたのである。


私は、怒り心頭だ。

労働搾取の新形態がそこにあった。


奴ら許すまじ。


怒りに打ち震える私を尻目に、ジークが悪辣な笑みを浮かべていた。

その悪役面は、どういう意味なのかしら?


「ジーク、何がそんなにおかしいんです?」


「ああ、アリシアを笑ったわけではない。すまないな」


ジークはそう断ってから、彼のブラックスマイルの理由を教えてくれた。


「今、美術品の所有権は帝国にある。協商の連中は、それらを悪意をもって、盗み出したのだろう? 帝国の財産に手をつけたのだ。こちらから、協商に喧嘩をふっかけるときの、良い名分になるじゃないか」


「あっ、なるほど」


言わて初めて、気がついた。


今のこの状態は、帝国に所有権があるものを、協商が勝手に持ち出している状態なのである。


「悪意のない購入者であれば、所有権が移されるのは当然だ。だが、盗人に対してまで配慮する必要はない。協商の不法行為は組織的なものだ。盗品を返さないと言うなら力づくだな」


罰金含めて、精々賠償金をふんだくってやるとしよう。

ジークは報告の紙束を叩きながら、協商に対する外交圧力のかけ方について、語ってくれた。


悪巧みをするときの彼は、実に生き生きとしている。


やだ……、超かっこいい。

アリシア的には、相当な胸キュン案件である。


私はときめきに、たくさんピンクのハートを飛ばす。

ちょい悪な彼氏にだまされちゃう女の子の気持ちに、今なら共感できそうである。


ジークにやられて、うっとりと頬を染める私に、クラリッサから冷静な指摘が入る。


「アリシア様、目を覚ましてください。この男、言ってることは、ヤクザと変わりありませんよ」


でも、でも、私のものを取り返してくれるんだよ?

やっぱり嬉しい。


私が、くねくねと喜びを表現していると、ジークはおかしそうに笑った。


「アリシアは、協商との戦争に気乗りしない様子だったな。今はどうだ?」


私は、ぐっと拳を固める。

そんなもの、私の答えは決まっている。


「私、やる気になりましたわ。私たちのお宝を、絶対に取り返してやるのです!」


「そうか、それは良かった。今回も頑張って勝とうな、アリシア」


ジークは満足げに頷いてくれた。

私の側近のみんなは、まーた始まったよといわんばかりのあきれ顔である。


でも、気にしない!

私も戦意に火がついた。


よく覚えておけ。

人の金に手をつけたら、戦争になるのだ!



最後に。

これは、完全に余談であるが、私から、少しだけ、芸術について語らせてもらおうと思う。


私は、王国の宝物庫から、たくさんの美術品を放出してしまったけれど、これを惜しいとは思わなかった。

芸術はまた生み出せば良いのである。


そして、私アリシアは、実は、芸術家であったのだ。


ふっふーん。


……いえ、あんまり褒められることではございません。

恥ずかしいから、あまり吹聴したくはないのだけれど、黙っておくのも卑怯だろう。

実は、私は一つだけ、ひょんな事から、芸術作品を生み出してしまい、美術史にも変な形で名前を残してしまったのだ。


その経緯を今から語ろう。


私は、諸侯にご褒美として、王家で保有していた収蔵品の数々を贈与した。

ここでめぼしい品々は、みな貰われていってしまい、残ったのは、処分や置き場所に困りそうな厄介者ばかりであった。


これらは、王国の公共施設に寄贈することになった。

だが、作品の受け取りに来た学芸員の人たちは、頭を抱えてしまう。


なぜかって?

それらの余り物が、お客を呼べるような代物ではなかったからだ。

たとえ本物であろうとも、余り物は余り物であった。


要らないなぁ。


学芸員や鑑定の専門家達は、額を寄せ合って、残り物をためつすがめつしながら、その処分の仕方を相談していた。


そんな中で、王立美術館の主席学芸員が、一つの絵画に目をつける。


それは、一枚の油絵だった。

否、「元」油絵の廃棄物であった。


お粗末極まるタッチで描かれたその油彩画は、立派な額縁に入っていた。

髭を生やした貴族の男が、にたっと品のない笑い顔を浮かべている肖像画だ。

その男の顔面ど真ん中に、こう、とてもいい感じに、拳大の穴が開いていた。


まるで、正面から、渾身の力で殴りつけられたように。


なんとはなし、見た人間が、スカッとする構図であった。


学芸員の男は興味を持った。


「これは、なんだ?」


「これですか? これは、実は、アリシア陛下が……」


担当の文官が応対する。

彼は、この絵画と、そこに大穴が空いた経緯を説明した。


宝物庫の盗難を知らされたアリシア陛下が、状況の確認のために、足を運んだこと。

そして、あまりの惨状に立腹し、そのお粗末な贋作めがけて、拳を振るったこと。

彼は、客観的事実に基づいて、つらつらと経緯を述べあげた。

話を聞いた学芸員は、大層、感銘を受けた様子であった。


「ほう、ほうほう。それは良いな、とても良い。いけるぞ。面白そうじゃないか!」


常日頃から、芸術に触れている彼は、感受性が豊かだった。

その学芸員は、他の美術品には目もくれず、そそくさと、その絵を持ち帰ってしまった。


どうするかって。


決まっている。

美術館に展示するためだ。


その絵画、というか絵画をベースにした前衛芸術が、私がその生涯で、たった一つだけ残すことになった作品である。


表題は、「女王アリシアの怒り」。


はい。

あの、ぶん殴って穴を空けた元贋作が、私の作品として王立美術館に収蔵されてしまいました。

しかも、追い打ちをかけるようにメインの展示品として、美術館の中央に、デーンと展示されてしまったのである。

さすがは主席学芸員、館内での権力はなかなかのもの。


私はいい迷惑だ。


人気が出なければ、この絵も撤去されることになったはずだ。

だが、この男の見立てと、展示の仕方は、たしかに素晴らしかった。

そしてアリシアの守護精霊が、この手の赤っ恥案件を、基本、無視する性質であったことが災いした。


結果、この前衛芸術が、大人気を博してしまう。

制作者である私が知らぬ間に、美術館の目玉になってしまったのだ。


後に、この展示品のことを、私は知らされた。

私に関わる、恥ずかしい案件は、事後報告ばかりである。


笑いを噛み殺したメアリから、この不名誉案件について、とくとくと説明を受けた私は、頭に血が上るのを感じた。


これじゃあ、私が、暴力女みたいじゃないか。

とんだ風評被害である。

名誉毀損も甚だしい。


私は、美術館に飛んで行って、この展示物をすぐに廃棄するよう申し渡したのだが、「こんな素晴らしい作品を、処分するなどとんでもない」と、逆にお説教されてしまうことになる。


私の応対にあたった学芸員は、この作品が大好きなようだった。

彼は、滔々と語ってくれた。


旧体制派の虚飾に対する反抗、小さな女性の拳が、それを撃ち抜く様は、まさにアリシア女王の鮮やかな登極を、象徴するものだ。

額縁の絢爛さに不釣り合いなほど、お粗末な贋作は、旧王朝末期の、空疎と堕落を象徴するものであり、云々かんぬん。


作者であるはずの私は、弁のたつ学芸員に、あっさりと丸め込まれてしまい、這々の体で退散した。

その後も、この作品は、大変に話題を呼び、外国からはるばるこれを見に来る観光客もいたそうだ。

最終的には、王立美術館の大人気コンテンツとして、完全にその地位を確立してしまう。

私の治世で、王国が最盛期を迎えたことも手伝って、この作品も、押しも押されぬ有名作になってしまい、王国後期を代表する名作とまで、認定されてしまったのである。


わが不名誉作品の、声望と市場価値がガンガンと上がっていくにつれ、私は、芸術そのものに対する不信感を募らせた。


だってあれ、適当にぶん殴っただけだもの。

それが世紀の最高傑作なんて、どう考えてもおかしいでしょ!?

作者の不満を他所に、このパンチ穴付き絵画から派生したアトラクションまで生まれてしまい、沢山の女の子たちと、一部の男の子たちには、大層な人気を博したそうだ。


帝国人は馬鹿ばかりだと思っていたけれど、王国人も似たり寄ったりだ。

人類みんな馬鹿ばかりである。


私は、目に空虚な光を宿して、慨嘆した。


芸術とは、理解から生まれるものではない。

誤解と思い込みの産物なのだ。


これが、私が芸術に対して至った結論であった。


一つだけ、申し訳ないことがあるとすれば、あの肖像画の男性が、エドワードと勘違いされてしまったことだろう。


私が、王太子エドワードをぶん殴ったエピソードは、とても有名だ。

それと合わせて、エドワードの容姿が、絵画の男性と認識されてしまたのである。

時代が経つにつれ、王太子は、ちょっと貧相な、ちょび髭の中年であるというのが、世の共通見解となっていく。


結果、美形であったはずの我が政敵は、戯曲の中では、品のないおっさんみたいに描かれるのが慣例となる。

つくづく、誤解って恐ろしいな、と私は思い知らされた。

メアリ「芸術はパワー」

アリシア「芸術は破壊と創造」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機動強襲型令嬢アリシア物語 発売中です
一巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B0775KFGLK/
二巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B077S1DPLV/
三巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B078MSL5MY/
是非、お手にとって頂けると嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ