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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
89/116

怪談とわたし

嵐の夜だった。


私の私室には、四人の側仕えとアデル、そしてこの度、女官長に就任が決まったクローディアの、計七人が集まっていた。

この日、私たちは、女だけで集まって、怪談話に興じていた。


王国、夏の肝試し大会を開いていたのである。


私の部屋は、元は王女様のために用意されたものだ。

居室や書斎、バスルームから、侍女の控室まで備え付けた、豪華な一室である。


「アリシア様にかかると、小さな客室でも『豪華』とお褒めの言葉をもらえそうですわね」


メアリの言葉だ。

すまんね、語彙力不足で。

でも、私からすると、「豪華」としか言い様がないのだもの。

仕方ないじゃない。


南向きの、このお部屋は、日当たりもよく、とても居心地が良い。


広い窓の外には、白くてちんまりしたテラスまで、備え付けられている。

部屋の調度品も、しつらえも、まさにお姫様向けといった様子の可愛さであった。


テラスに顔を出せば、中庭からこちらを垣間見たりもできるようだ。

ひょこひょこ巣穴から顔を出す、穴兎のチラリズムで、通りがかったジークを誘惑してみたい。

彼は、反応してくれるだろうか。


メアリ辺りで試してみても良いのだが、下手に野生動物の真似をして彼女を挑発すると、狙撃されてしまうのだ。

狩猟民族の血が騒ぐらしい。


からかうのも命がけである。


当初、私は、前王妃の居室を、使う予定であった。

だが、彼女の部屋は、私には、華美にすぎたのだ。

加えて、装飾過剰気味の王妃の部屋は、使い勝手が悪かった。

先入観もあるのだが、前の主人とは、趣味があう気がしなかったので、別のお部屋に移ることにしたのである。


今の私の部屋は、私達が入城した当時、固く閉ざされていた一室だった。

だから、アリシアの居室として綺麗に改装してもらったのだ。


私のお部屋の周りには、侍女用の居室も準備した。

私の側仕えは、そこに詰めることにしてもらい、私達の王城生活がはじまったのだ。


広くて大きなお城住まいだ。

私も、一度ぐらいは、夢に見たことがあった。


そんな、乙女憧れの生活を始めた私は、早晩、問題に直面した。


「人が少なすぎて、夜、怖いのだけど」


「風が強い日は、特に恐ろしいですわ」


私の言葉に、女子力高めのエリスが同意してくれた。

残りの三人は、割と平気そうな顔で、へーとかほーとか言っている。


怖い派と怖くない派で、二対三か。


でも、本当に夜が怖いのである。


私達は、元王家に仕えていた女官達を、信用上の問題から、解雇していた。

メアリが育成していた、ランズデールの侍女部隊は、まだこちらに到着していない。

ジークは、「しばらくは司令部に詰める」とのこと。


彼の入城は先延ばしだ。


アリシアの私室の周囲に配した警備兵は多いのだが、彼らを私達の居住区画に入れるわけにはいかなかった。


結果、私の居住スペースの周りだけ、人口密度が低くなっていた。


ドーナッツ化現象というやつだ。


日が沈み、みんなが退勤してしまうと、王城は、幽霊屋敷みたいになった。

特に夜の静けさは、閑静を通り越して、不気味なぐらいである。


私の、お化けに対する耐性は、人並みだ。

一人で真っ暗闇の中に取り残されたりすると、やっぱり怖いのである。


いや、幽霊って、物理攻撃が効かなそうなじゃない?

我がスーパーパワーが、通用しない相手には、無敵のアリシアちゃんも、普通の女の子と同じくらいに、弱体化してしまうのである。

お化けに出会ったら、「きゃー!」とか可愛く叫んじゃうだろう。


しかし、夜の王城が怖いからと、逃げ出すわけにはいかない。

新女王アリシアの一挙手一投足は、王都のみんなの注目をあつめているのだ。

なんとか辛抱せねばならぬ。


そこで、例によって例の如く、私は側近達を、私室に招集した。

皆でいれば、怖くないの理論である。

カゼッセル要塞では個室派だったエリスも、「怖い」というとてもわかりやすい理由で、私の部屋に引っ越してきた。


こうして、一時的な、五人相部屋状態が、再開した。


「久しぶりで楽しいですね」


そう言って、クラリッサが笑っていた。

たしかに、久しぶりだったので、二人並んでベッドの上で、通販雑誌を広げてみたりした。

もう、王都の商店で買えるから、注文することはないのだけど、二人で、へんてこな商品をあれこれ品評するのはやっぱり楽しい。

同性ならではの気安さがある。


みんな大人だしね。


そして、この、相部屋状態を、耳ざといアデルが聞きつけた。

アデルは、実家の邸宅に寝泊まりしているのだが、生粋のお嬢様である彼女は、ルームシェアなるものに興味を持っていた。


「寄宿学校みたいで楽しそうね。今度、私も遊びに行っていいかしら。肝試しとかしてみたいわ」


アデルの提案だ。

彼女は、的確に私のツボをついてくる。

私は、学生時代、その手のイベントと、とんと縁がなかったのだ。

一度やってみたいなと、思っていたのである。


でも、少し心配なこともある。


「夜の王城で肝試しとか、雰囲気があり過ぎるくらいだけど、大丈夫? 本気で怖いよ?」


「余裕よ! 私のとっておきの怪談で、アリシアを涙目にしてあげるわ!」


アデルは、私の懸念を一蹴した。


「どうせなら、彼女も呼びましょう」


そして、アデルの実家に居候中の、元伯爵令嬢クローディアを伴ってやってきた。


クローディアは、私の数少ない、学生時代の友人だ。

彼女の実家は、宮廷貴族であったのだが、早めに王都を脱出して、今はバールモンド家に身を寄せている。

現在、彼女の身内は、全員が無役で収入なしの状態だった。


高貴な血筋のニートである。


「アリシアは、人手が足りないはずだから、再就職を狙うなら今がチャンスよ」


アデルのアドバイスに従って、彼女は私のところに、技能の売り込みにやって来た。

クローディアは、育ちのいい、お嬢様オブお嬢様とでもいうべき、女の子である。


幼少期、お猿オブお猿だった私とは、ものが違うのだ。


私は、軍人の知り合いは多いのだが、女の子の知り合いはほとんどいなかった。

お世話係の、深刻な人材不足にあえぐアリシアは、即日、クローディアの採用を決定する。

彼女は、ランズデール朝における、初代女官長の地位を得ることに成功した。


いや、だって、女官長の対抗馬が、酒乱気味のメアリなんだもん。

私に選択の余地など無かったのだ。


そして、クローディア初の出勤日に、親睦会も兼ねて、泊まりの女子会を開くことになったのである。

メインイベントは怪談話であった。



怪談の夜は、更けていく。


既にアデル、私、ステイシーの順で、お話を披露した後だった。

アデルが、開幕早々、容赦なく超怖い話をぶち込んできたせいで、部屋の空気はひえひえだ。


自分で語っておきながら、アデルも、自爆気味に怯えていた。

今は布団を肩まで被って、周囲をきょろきょろ見回している。


なんでそんな話しちゃったのさ、アデルちゃん。

私は苦笑気味だ。


私も、一つ、自分の知っている怖い話を披露した。

北方遠征の帰り、森を案内してもらった時の体験談だ。


ある日、森の中、私は、熊さんに出会ったのだ。


あれは、なかなかの恐怖体験であった。

奴はとてもビッグな生き物だった。

そしてたしかに、アデルちゃんのお父さん、バールモンド辺境伯によく似ていた。

特に、胸毛のモジャモジャ具合は、そっくりであった。


三年前の話になる。


当時、私とメアリは、三人の護衛と一緒に、北部の山林を歩いていた。

近隣領主の方に、狩りのお誘いを頂いたのだ。

私達二人は、猟場の下見に来ていたのである。


当時は、長きに渡る蛮族との戦いに、ようやく目処がついたところであった。

山に入る人間は少なく、道も森も荒れていた。


加えて、雨が降ったばかりで、足場が悪かったのもまずかった。

一人の護衛が足を滑らせて、傾斜のきつい斜面から滑落してしまったのである。


甲冑を着込んだ彼は、滑り落ちるうちに勢いがついてしまい、ごろごろと谷底まで転がっていった。


「私が、救助にあたります。メアリは人を呼んできて」


「了解しました、アリシア様」


救助活動は、初動が大切だ。

今ここにいるのは、私とメアリ、それに随員の騎士二人。

護衛を、メアリと私で一人ずつ分配し、私は救助を担当、メアリには救援を呼びに、走ってもらう。


そして私の方についた随員には、連絡係として、その場に待機してもらうことにした。

私の場合、単独行動のほうが身軽に動けるのだ。

メアリならともかく、並の騎士ではついてこれまい。


私は、一人、山の斜面を駆け下りた。


滑落した男は、すぐに見つかった。

彼は、谷底近くまで転がってしまったが、幸い大きな怪我はしていなかった。

打ち身と、小さい傷ばかりだ。


「申し訳ありません、アリシア様」


「大した怪我がなくてよかったわ」


顔にできた擦り傷を撫でながら、彼は、面目なさげに謝罪する。

私は安堵して微笑んだ。

それから、私はこの騎士に手を貸し、二人で山の斜面を登った。


道から谷底まで降りて戻るまで、およそ半刻ほどか。

救助は無事完了し、私はほっと一息ついた。


無事帰還できそうだ。


そして、最初の道まで私たちは山の斜面を登っていった。

私たちは無事、もといた道までたどり着く。


しかしここで問題が発生する。

今度は連絡のため待機させていた男がいない。

彼は忽然と姿を消していた。


「誰も、いませんね」


「変だわ」


すわ、神隠しか、と思われたが、違った。


私たちは、周囲をよくよく観察し、そして見つけたのだ。

そこに何かがいた跡を。


足跡などは無かった。

騎士を隠した犯人は、用心深く、藪から手だけを伸ばして、獲物を引きずり込んでいた。


争った形跡は無い。

だが、茂みの中に、重いものが引きずられたような跡が続いていた。

私は、救助した兵と顔を見合わせる。


「あなたはここで待機ね。わたしは追いかけるわ」


「ひえぇ」


大の男が、情けない声をあげるな、バカタレ!

びびりまくっている小心者の騎士を置き去りにして、私は、獣が通った道を、一目散にひた走る。

連れ去られた、騎士の命が心配だった。

あるいは、もう喰われてしまったか。


私の危惧は、幸運にもはずれた。


彼は、生きていた。

頑丈な甲冑が幸いして、熊は仕留めるのを後回しにしたらしい。


だが、彼は頭部に一撃もらってしまい、ズルリと皮が剥けていた。

一部、頭骨がむき出しになるような、ひどい怪我だった。

出血もしている。


私は、彼の剥がれた皮を戻し、応急処置をして固定した。

それから急ぎ、元来た道へと取って返す。

血を流し、彼自身も酷く怯えていたが、幸い歩くのに支障はなかった。


道を急ぐ私達。


そのとき、ふと、私は背後を振り返った。

気配を感じたのだ。


なにものかの気配、というか視線を私の感覚がつかまえた。

私は、木々の間に視線を走らせて、そしてやつとの出会いを果たす。


目が合った。


「そこに、熊が、いたわ」


ひゅっと、みんなが息を飲む。

アデルは涙目だ。

クローディアは、布団をかぶって饅頭みたいになっている。

メアリは熊鍋おいしかったですね、と先にオチを口走った。


おいこら!


いや、でかい野生動物って本当に怖いのだ。

メアリはお尻と一緒で、神経太いから、平気かもしれないけどね。


私は、お話を再開した。


当時の私も、怖がるアデルやクローディアと、似たりよったりであった。

怖くて固まったのだ。


熊が迫っていた。

先程、完全武装の騎士を連れ去った、野生の獣である。

その野獣が、私に対して、明確な敵意を向けながら、追いすがっていた。


熊の体長は、父ラベルより、さらに頭二つ分ほど高い。


その巨体が、私達の後ろを、音もなくついてくるのだ。

体重なんて私の十倍以上あるだろうに、ほとんど足音をさせない。

とても怖かった。


後で聞いた話だが、大きな肉球のおかげらしい。

肉球すごい。

ぷにぷにするだけの、素敵器官じゃなかったのね。


するすると、木々の間をまるで幻みたいに、熊が走る。

奴は、凄腕のハンターであった。


連れ去られた騎士は、殺されてはいなかったものの、熊に獲物として、認識されていた。

熊の所有物に対する執着心は、凄まじい。

私アリシアは、熊の獲物を横取りする格好になってしまったのだ。


私は、男を先に逃がし、一人、熊と対峙した。

負ければ生きながら、肉や腸を喰われることになるだろう。


「あの時は、さすがの私も恐怖で、魂が震えたわ」


「でも、勝ったのでしょう?」


「はい」


「どうせ震えたのも、武者震いですわよ」


メアリは身も蓋もないことを言う。


ご指摘の通り、私は熊との一騎打ちに、からくも勝利を収めたのだ。

私は、熊にむしゃむしゃされることは無かった。

代わりに土鍋につっこんで、むしゃむしゃしてやったのである。


やつとの戦いでは、幸運にも助けられた。

熊と向かい合った私は、どう戦うべきか、さっぱり見当がつかなかったので、格闘戦に賭けたのだ。

これが正解であった。


私は小柄だ。

体格差が大きい相手は、密着して戦ったほうがよい。

熊が立ち上がった瞬間に、私は、奴の腹へと飛び込んだのである。


そして気がついた。

熊って、お腹に潜り込まれると、為す術がないんだね。


懐に入りこんだ私に対し、熊はばたばた暴れるだけで、有効打を放つことができなかった。


もちろん多少は引っかかれたりもした。

戦い終わって、装備を確認してみたところ、皮鎧がごっそり削られていたけれど、その程度ならさしたる脅威ではない。


熊の厚い胸板、というかおなかの毛に埋もれながら、私はかっと目を見開いた。


いける。

あと、熊の毛ってあんまりもふもふしてないな。

たわしみたいだ。

超チクチクする。


熊とゼロ距離で密着した私は、攻撃に移る。

奴の脇の下から背中まで、ぬるりと下から潜り込み、私は熊のぶっとい首に、腕を回したのだ。

そこから、暴れる熊とロデオをしたりもしたけれど、最後は、奴を窒息させて倒すことに成功した。

抜手で体の中に手を突っ込んで、気道近くを直接握りつぶしたのだ。


こんな真似ができるのは、多分人類で私だけだろう。


首が太すぎて腕が回らなかった時は、焦った。

とにかく無我夢中であった。


私は熊を打ち倒した。


「最後は、鍋にして、みんなで食べたよ」


「お味はどうでした」


エリスが興味津々に問いかける。

血湧き肉躍る話が好きらしい。


「あんまりおいしくなかったよ」


へー。

すごーい。


感嘆の声が上がる。

アデルは、ちょっと悩んでいた。


「でも私たちでは、どうしようもありませんね」


「アリシア様がいれば、大丈夫なんじゃない? 」


「なるほど。では、『熊より怖いアリシア様』というのが、今回のお話のオチですわね」


熊が出たら、アリシア様に守ってもらいましょうか。


エリスの言葉にみんなが笑う。

地元に時々熊が出るアデルちゃんは、笑い事ではないらしく、真剣になにかを検討するふうだった。


可愛い女の子の騎士役なら、悪い気はしないかな。

物理攻撃が効く相手なら、どんどん私に頼ってくれたまえ。



私たちは、楽しく怖がったりしながら話を続けた。

窓の外では、一向に雨音が止む気配はない。

むしろ、雨脚が強くなってきたようだ。


暗い夜を引き裂いて、稲光が走る。

閉め切ったカーテンの隙間から、漏れる雷光が、室内を白黒のコントラストに染め上げた。

続くのは落雷の轟音である。


ドンガラガッシャーン!


「ぎゃーっ! 」


悲鳴を上げたエリスとアデルが、首を竦めて、クラリッサに抱き付いた。


恐怖耐性が低めの新参クローディアなど、布団の上から枕までかぶせ、複合装甲で身を固めた鉄壁の防御態勢だ。

彼女は、初対面であるはずの、クラリッサのあぐらの上に乗っかって震えていた。


クラリッサが苦笑する。


「なんで皆さん、私の周りに集まるんですかね」


多分、安心感があるからじゃないかな。


私もこの機会に、誰かにひっつきたいのだが、隣接メンバーに恵まれなかった。

私の隣はメアリとステイシーだ。

メアリは、禁酒を言い渡したせいで、若干機嫌がよろしくない。

ステイシーに触るのは、心理的に抵抗がある。


ステイシーからは、時々邪悪な気配が漂うのだ。

気づいてはいるのよ。

でも彼女は、優秀だから手放せないのだ。


「では次は私ですね」


そして女の子の避難所になっていたクラリッサが、お話を披露する番になった。


彼女にくっついていたアデルとエリスは、二人、手を取り合って身を引いた。

クローディアは、尺取り虫のようにひょこひょこと、私の方に這いずってくる。

クローディアの動きが、既に若干のホラーだ。


そしてクラリッサは、いつもよりも幾分、低めの声音で語り始めた。


「これは、ある貴族家に仕えた、家庭教師から聞いたお話です。その貴族の一家は、父と母、そして学校に入学したての少女の三人家族でした……」


この家庭教師の女性は、ほとんど専任で雇われていた。

女の子は、人なつっこい娘で、彼女ともすぐに仲良くなったそうだ。

主人と使用人というよりも、年の離れた親戚のような付き合いであった。


ある日、両親がパーティーに招待される。

たった一泊ではあるが、彼らは自宅を空けることになった。


その日、家庭教師は、午後一杯、女の子との授業が入っていた。

教え子と二人で、日が暮れるまで勉強した家庭教師は、ふと中庭に目をやった。


二体、見慣れぬ像が見えたらしい。

家庭教師は、女の子に尋ねた。


「お庭に、新しく像を置いたのですね。女神像かしら。でも、ちょっとお庭の雰囲気から浮いていますわ」


家庭教師は、教え子に向かって、冗談まじりに言ったそうだ。

女の子も窓辺に近づき、中庭に目をやった。


像を見た彼女は、真っ青になって家庭教師を振り返ると、叫んだ。


「今日は、泊まっていってくださいませ! それから、扉と窓を塞ぐのを手伝って下さい!」


突如、血相を変えた女の子に面食らったものの、家庭教師は、教え子の言葉に従った。

部屋の中の調度品を引きずって、扉の前に積み上げる。

女の子は、絨毯に跡がつくのもお構いなしで、懸命に扉の前に積み上げる。

とにかく慌てた様子であったそうだ。


ベッドも一部分解して、窓を塞ぎ、扉の後ろは机や椅子や衣装棚で完全に封鎖した。


それから、日が沈み、夜は更けていった。

時計の針が進むのが、ひどく緩慢に感じられた。


そして深夜。


がちゃがちゃがちゃっ。


ドアノブを、外から回す音がしたそうだ。


当たり前の話だが、深夜に私室をたずねてくるような相手に心当たりは無い。

故に、ドアの先にいるのは得たいの知れない何かで間違いなかった。

賊か、怪物か。


しばらくドアノブと格闘していた侵入者は、、それが施錠されているとわかったのだろう。

今度は、部屋の扉になにか重いものをぶつけ始めた。


ハンマーだろうか。

ガン、ガンという打撃音に、木製の扉が悲鳴をあげる。

衝撃と振動が走るたび、二人は生皮を剥がされる思いがしたそうだ。


だが、扉は頑丈だった。

得体の知れない何者かが、部屋に入る込むのを阻止したのである。


しばらくして、部屋はまた静かになった。


諦めてくれた。

ほっと、ベッドの上で胸をなでおろす、二人。


その安堵を、切羽詰まった声が切り裂いた。


「お嬢様、開けてくださいませ! 私です、お嬢様、扉を開けて、私を入れてくださいませ!」


今度は聞き慣れた使用人の声がした。

助けを求めて扉を叩く。


どん、どん。


必死の懇願が、扉のノックとともに続いた。


開けて下さい、お願いです、開けて、開けて下さい。


声は、いつまでたっても止むことはない。


「決して、答えてはいけませんよ……」

家庭教師は、女の子にそう言い聞かせながら、彼女の肩を抱きしめた。

使用人の声は、最初、懇願するようであった。


だが、埒があかないとみるや、突如として様変わりする。


「開けてぇ! ねぇ、開けてぇ! いいから、すぐに開けてよぉ! 中にいるんだろぉ? ちょっとだけでいいからさぁ、ちょっと動かしてくれるだけでいいからさぁ……」


何かが絡みつくような、粘着質な呼び声は、夜通し続いたそうだ。

二人はベッドの上で抱き合ったまま、ずっと震え続けていた。


そして、長い長い一夜が開ける。


翌朝、帰宅した両親が見たのは、荒れ果てた屋敷の惨状だった。

家中が荒らされて、絨毯には、おびただしい数の靴跡が残っていた。


押し込み強盗が入ったのだ。


彼らは大慌てで、娘の部屋にいそぐ。

扉をなんとか叩き壊した両親を待っていたのは、憔悴しきった二人であった。


彼女たちは、生き残ったのである。


調査の結果、その当時世間を騒がせていた、強盗団の仕業であったことが、判明する。

住み込みの使用人が、引き込み役であったそうだ。

もし、深夜の声に答えていたら、彼女たち二人の命は、間違いなくなかっただろう。

部屋にバリケードを築いて立てこもった女の子の判断は、まさにファインプレーであった。


この教え子の女の子は、目が良かったそうだ。


「中庭にあった像から、人の眼が覗いていたの。その中の人と、目があった気がしたのよ」


女の子は、とっさの判断で、部屋の中に立てこもることにしたらしい。

重い衣装棚も、二人がかりであれば動かせた。


命からがら救助された二人は、お医者のところへ搬送されたそうだ。


「幸い、二人は無事でした。でも結局、強盗団は見つからず、事件の捜査も、打ち切られてしまったそうです。もしかしたら、その強盗団は残っていて、別の誰かを狙っているのかもしれません……」


「ぎゃーっ!」


悲鳴が、怖がり女の口からほとばしる。

私もちょっと乗っかって、きゃーと可愛い感じで叫んでみた。

ここで練習しておいて、ジークの前で披露するのだ。


その時だった。

部屋の扉を乱暴に叩く音がした。


ドンドンッ。


アデル、エリス、クローディアの非戦闘員三人が、また「きゃーっ」と悲鳴をあげた。


残る四人の顔からは、表情という表情が抜け落ちた。



すごいタイミングであった。

すわ、幽霊かと思わせるような。


これが仕込みなら、このドッキリの仕掛け人には、ご褒美をあげねばなるまい。

だが、そうではなかった。


この時間に、私の部屋に人がたずねてくることはありえない。

夜中にお部屋に押しかけるような、非常識な警備兵を、私は雇った覚えはないのである。


もし緊急の連絡があれば、ステイシーに魔術具で、信号が飛ぶ手はずになっている。


「ステイシー」


「部下からの連絡は、来ていません」


そして、致命的な返答が、彼女から返ってきた。

この瞬間、今扉をたたいたのは、招かれざる客だと確定したのだ。


私と警備担当のステイシーの間で、手短に情報が交換される。

メアリはベッドから降りて、武装を確保しに行った。


アデルは、異様な空気を嗅ぎ取ったようだ。

眉根をしかめる。


「どういうこと?」


「賊よ。多分だけど」


え、ほんとに?

うん、ほんとに。


目を丸くしたアデルと、短くやり取りをする。

私たちは既に、臨戦態勢に移行していた。


肝試しは楽しい。

でも、実は私は幽霊を信じていないのだ。


もし怨念なんてものがこの世に存在するのなら、間違いなく私は取り殺されているからだ。

それぐらい私は人を殺してきた。


憎悪で人が斃せるならば、王太子の撃破も、さぞ楽だったことだろう。

間違いなく私とメアリの怨念で、あの男は死んでいたはずだ。


だが、そんなことはできなかった。

ゆえに死霊も生き霊も、この世には存在しない。


要するに、今私の部屋の入り口をノックをしたのは、人間だ。

そして、その音の主は、護衛にあたるステイシーの部下でもないという。


であれば、敵以外にはありえない。

単純明快な理由であった。


しかし、どういうことだ? 警戒網を抜かれたのか。


疑問は尽きないが、状況の打開が最優先だ。


私とメアリは、立ち回りの邪魔になるスカートの裾を、破いて捨てる。

これから寝間着は、ズボン型のパジャマにしたほうが、良いかもしれぬ。

クラリッサは、防具を身につけ、ステイシーは、冷徹な顔で剣を抜いた。


扉がノックされたのは、一度きりだ。

施錠は厳重で、それこそ熊の体当たりでも、あの鉄扉は突破できまい。

ただ、通気口を押さえられると、不覚を取る恐れがあった。

火を放たれても厄介だ。


「こちらは、非戦闘員三名よ。セーフルームへ避難するわ」


「必ずしも、賛成はできない案です。アリシア様でなければ、反対していましたわ」


ステイシーからは、条件付きで賛同をもらった。

解釈に迷ったけど、一応、条件付きの賛成でいいんだよね。


「ステイシーは解錠。賊の開扉と同時に、私が鉄針を投射。目前の脅威を排除した後、退避します。前衛は私とメアリ、後方はステイシーとクラリッサ。被護衛者はエリス、クローディア、アデルの順に続いて」


「了解」


「りょ、了解です」


私だって、お城住まいで寝所を襲撃されるのは、初めてだ。

意外と珍しい事態である。


このレアイベントに、初の顔合わせで遭遇してしまったクローディアは、もしかしたら何かを持っているかもしれない。


でも危ない職場だって、誤解されたらどうしよう。

「もう、辞めます!」って言われると、私、困ってしまうのだけど。

なんとか宥めて慰留させないと。


大丈夫だよー、こんな年に一回ぐらいしか無いと思うよー。


私は部屋の明かりを、全て消すように指示をだした。

それからステイシーにサインを飛ばす。


サインを受けたステイシーが、扉の横に立ち、がちゃり、がちゃりと鍵を外す。


三箇所も施錠してあるから、ちょっと大変そうだ。


「どうぞ。開いていますわ」


ステイシーが、招かれざる客に、立ち入りの許可を出した。


扉の外からは返事はない。

十数え、二十数えても、敵は動こうとしない。

ゆっくり数えた数字が、もうすぐ百に届きそうになったとき。

扉が叩きつけられるような勢いで開かれた。


扉の向こうの人たちは、ちょっと粘ったようである。

でも、その程度の溜めでタイミング外すほど、私たちはぬるい集中力してないよ。


私は、敵の先頭に鉄針を投擲した。

男が盾にしていた、木の机を貫通する。

男の体を、暗い色をした金属芯が縫いつけた。


男が激痛で動きを止める。

男の後ろにはもう一人の賊が続いていたが、部屋の暗さに怯んだところを、ステイシーに討ち取られた。


突入してきたのは二人、だが部屋の外にはまだ敵の気配がする。


そのとき、何かが、部屋の中に投じられた。

待ってましたとメアリが手にした鉄棒で打ち返す。


ナイスバッティング!

案の定、それは発煙筒だった。


廊下に、もくもくと白煙が広がっていく。

催涙弾ぐらいは、持ち込んでいるとみるべきだ。

制圧戦闘なら私たちも経験がある。

油断はないよ!

部屋の外で慌てたような気配が動き、そのまま遠ざかっていった。

すんすん、とステイシーは煙の匂いを嗅いだ。


「ただの煙幕ですわね」


なるほど。

であれば単なる時間稼ぎかな。


敵は撤退したと見てよさそうだ。


私は、部屋に転がる、賊の二人に目をやった。

メアリが足で死体をひっくり返す。


「装備を見るに、誘拐狙いかと思われます」


誘拐って誰狙い? などとは聞く気になれなかった。


十中八九、私が目当てである。


このアリシアを直接誘拐である。

帝国軍でさえ難しいと諦めたというのに、随分と度胸のある連中だ。


舐められてるなぁ。

そう言いたいところだけれど、私の寝室まで入り込まれては、あまり偉そうな口は叩けない。


どちらかと言えば、私達の負けだろう。

引き際もよく弁えている。

優秀な兵隊であった。


「まずは移動しましょう。隊列を組んで頂戴」


これ以上の調査は、明るくなってからのほうがよい。


襲撃を撃退した私達は、私室、セーフルームへと移動する。

暗い廊下を隊列を組んで、私たちはそそくさと移動した。

夜のお城の廊下は怖い。

思わぬエキシビジョンマッチに、アデルちゃんは硬い表情だ。

エリスはなぜか楽しそう。


そして、一般人代表のクローディアは、ガチ泣きしていた。


セーフルームは、固い扉に、窓際の通気穴と、体当たりで突破できる非常口を備えた素敵なお部屋だ。

最大十人が十日に渡って、立てこもれる。


毛布もある。


この毛布は、今なら新品だから臭くない。


古い毛布は、年老いたヤギみたいな匂いになるのだ。

臭くて眠れないことがある。

その点、新品の毛布はとても良い。

消毒液の匂いが、清潔感を醸し出す。


伝言を廊下の壁にインクで書きつけてから、私達は鉄壁のセーフルームへ潜り込んだ。

そこで一夜を明かす。

暇だったので、怪談話を続けたのだが、途中で飽きてしまって皆、就寝した。


一人だけ、場慣れしていない娘が、眠れなかったそうだ。


「大丈夫よ、そのうち慣れるから」


「は、はい。頑張ります」


エリスが力強く請け負うと、出勤初日に徹夜になってしまったクローディアは、こくこくと頷いていた。


エリスは、元気いっぱいな様子である。

でも、彼女が私達のところに来てからは、特に危ない事件は遭遇していないと思うんだけど。


「なかなか、神経が太い人ですわね」


対抗意識を燃やすアデルちゃんの台詞である。

非戦闘員の女の子でも、性格って大分違うよね。


翌朝、ステイシーの直属の護衛が、私達を迎えにやってきた。


朝食は、お部屋の中の非常食で済ませた。

伝統の保存食、黒パンだ。

酸っぱくてボソボソした食感が、懐かしかった。


私たちは、私室に戻ると、すぐに身支度をととのえた。


その後すぐに、幹部全員を招集しての会議である。

当然議題は、昨晩あった襲撃だ。


「こちらの被害は、警備の兵が一名死亡、一名重傷です。敵は王宮内の地理に詳しい模様。侵入者のうち二名の殺害に成功しましたが、身元が明らかになるようなものはなし。奥歯に自裁用の毒薬を仕込んでいました」


ステイシーが報告する。


「プロの仕業だな」


「誘拐のプロって嫌な響きですね」


嵐の日は、雨音が物音を殺す。


夜陰に乗じて侵入した賊が、一直線に私の私室をめざし襲撃を敢行したようだ。


警備の薄い箇所を、縫うように突破されていた。


私の私室は、改装を行っていた。

リフォーム業者に問い合わせれば、部屋の位置を割り出すぐらいは難しくない。


動きも装備も、洗練されていた。

少なくとも、単なる物盗りではないだろう。


ジークが唸る。


「アリシア狙いの誘拐未遂。そうなると、下手人は決まったようなものだな」


「えぇ、協商でしょうね」


協商。

静かだった隣国が、本格的に仕掛けてきたということだ。


挨拶代わりに、誘拐とは。

本当に面倒だ。


私はげんなりとした顔で、皆を眺める。

私は戦争より内政がしたいのだ。


黙って引き下がってくれないかなぁ。


だがしかし、ここで私は、自分の認識違いを知ることになる。


戦争は、もうたくさんだ。

そう思っているのは、私だけであったのだ。


会議に首を並べた男どもは、王国人も帝国人も、みなやる気を漲らせていたのである。


しまった。

内戦で、ろくに戦闘がなかったせいで、こいつら気合いを溜めっぱなしだ。


「ガス抜きにはちょうど良かろう。連中にその気があるのなら、相手をしてやろうじゃないか」


ジークの好戦的な発言に、皆が同意の頷きを返す。


やめて! やっと戦いが終わったのに、次の戦争をはじめないで!

私の願いは届かない。


男どもは、楽しそうに、兵の動員限界を確認し、防衛戦の話を始めていた。

メアリもノリノリだ。

奴は禁酒で気が立っている。

冬眠明けの熊のような状態だ。

不用意に仕掛ければ、血の雨が降るだろう。


さらに、今回の一件で面子を潰されたステイシーが、修羅の雰囲気になっていた。

ステイシーから殺気が漏れるのを私は初めて見た。


穏やかな心を持ちながら、激しい怒りで何かに目覚めてそう。

超怖い。


見渡す限り、ストッパーが一人もいなかった。


肝試しをしていたら、本物の悪党が現れて、最終的にはこの騒ぎである。


王国の女王になって、初の国際イベントが、隣国との戦争になるだなんて……。

私は、自らの抱えた業に、痛むこめかみを、おさえたのだった。


アリシア「王国北部の生態系は、アラスカかシベリアみたいなんやな」

アデル「ハラショー!」

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