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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
79/116

内応者とわたし

「おかえりなさいませ、お嬢様」

おかえりなさいませ。


ディエンビアル盆地から帰還した私を、侍女服姿のメアリが迎えてくれた。

彼女が率いるのは、同じく侍女服を着た女の子たちだ。

メアリが、わざとらしい恭しさでお辞儀する。

彼女に唱和するように、女の子たちの挨拶が続いた。


居並ぶメイドを見渡せば、見知った顔もちらほらあった。

地元民を雇ったに違いない。


地元民による、唐突なお貴族様向け対応である。

絶対メアリの差し金だ。

この女、また、新しい遊びを始めたのか。


ほんとに人生満喫してるよなぁ。


私は、ちょっと遠い目になった。


しかし、遊戯というなら、受けて立つのが主の役目。

私もお嬢様パワー全開で迎撃だ。

私は、優雅な仕草で進み出る。

それからたおやかに微笑んだ。


「ただいま戻りました。出迎えご苦労様。皆に変わりはないかしら? 」


なお装備は戦場帰りで、頭はボサボサ、汗はダクダクだ。

私の高貴な美貌(笑)から、アトモスフィアだけ感じてくれ。


「はい、皆、恙無く過ごしておりました」


アリシア渾身の令嬢モードを、メアリはさらりと受け流す。

さすがメアリだ。

小揺るぎもしない。

私は内心、歯噛みした。


ちなみにであるが、私がこの領館を出立したのは、三日前だ。

「変わりはないかしら」などと聞いては見たが、たった三日でなにが変わるんだよって話である。


いや、三日もあれば、メアリがメイドごっこに精を出すぐらいの暇は、あったということだ。

主人が汗水たらしている間、この女は涼しい館の中で、女の子たちに演技指導をしていたわけだ。


ふざけるなよ!

メアリは、とんでもない女であった。



「私はすることが無さそうですわね。今回は留守番していますわ」


今回の作戦参加者を募る会議の席上で、メアリが言い放った台詞である。

私は、当然のごとく、ディエンビアル盆地の戦いにも、メアリが付いてくるものと考えていた。


その予定が、根底からひっくり返った瞬間だった。

さらにメアリは、こうも言った。


「アリシア様のご用命とあらば、もちろん否やは、ありません。その時は、お供いたしますわ」


彼女は言外にこう言ったのだ。

メアリがいないと寂しいなら、おねだりしてくださいませ、アリシア様、と。


この時のメアリは、慈母のような優しい笑みを浮かべていた。

メアリは、もういい歳した主君を、お子様呼ばわりである。


ば、馬鹿にするなよ!

私だってもう十八歳、独り立ちする時期である。

こんなふうに言われては、黙っている訳にはいかないのだ。


「なら、メアリには留守居を任せます。頼んだわよ」


私は毅然と言い放ち、そして戦地に旅立った。

メアリと別行動になるのも、今回が初めてというわけではない。

彼女が傍にいなくても、どうという事はないのである。

乳離れできない子供扱いは、金輪際やめていただこう。


私は、意気揚々と、空元気を振りまきながら出発し、若干ホームシック気味になって帰ってきた。


・・・・・・いや、だって、しょうがないじゃない。

実際問題、メアリがいないと落ち着かないんだもん。


ちなみにであるが、メアリのメイドごっこは、お仕事の一環であった。

彼女は、私アリシアの女王戴冠を見越して、傍で仕えるお世話係を、集めていたのである。

私が王都に行くときは、彼女らが随行してくれるらしい。


「アリシア様の側付きは、見知った顔だけで編成します」


メアリは言い切った。


彼女は、人品を見定めるのに時間をかけるより、気心の知れた地元民を集めて、教育を施すことにしたらしい。


田舎町のランズデールには、都会に憧れる女の子たちも多い。

メアリは、そんな女の子達に、声をかけて回っているのだそうだ。


「でも、あの子達、王都で上手く馴染めるかしら」


「私達が馴染む必要などありません。数で圧倒し、こちらのやり方を押し通します」


お、おう。


私は若干鼻白んだ。


私は、足掛け数年ではあるが、王都に住んでいたことがある。

だが結局、都会暮らしには、馴染むことができなかった。

私みたいな田舎者からすると、文化的な壁が厚かったのだ。


あと、私が、人と仲良くなるのが、少し苦手だったのも、理由の一つではあるかもしれない。


メアリは、これを心配した。

そして、いろいろ考えた結果、私を周囲に馴染ませるのではなく、私の周りを、ランズデールの色で染めてしまうことにしたのだそうだ。

これなら、人見知りのアリシア様が、女王の座についたとしても、適応障害を起こすことはない。

大変、パワフルかつ合理的な発想である。


ランズデールから派遣されるメイド部隊は、第一波で中隊規模になるそうだ。

その後も必要に応じて、練成、増派するとのこと。


「教育課程は定型化しておきます。状況が安定次第、現地人からも徴用いたしますわ」


「あ、はい」


考えてみれば、今の王妃に仕えている侍女団など、信用できるわけがなかった。

なるほど。

たしかに今のうちに、準備をしておくのは理にかなっている。


「王宮に巣食う香水臭い者共など、私達で駆逐してやります。私共にお任せ下さい! 」


メアリに教育を施されたのだろう。

勇ましく胸を張る女の子達の気勢が、頼もしかった。


すごいなぁ。

私は、若干気圧されつつも、笑ってしまう。

メアリお母さんと愉快な仲間たちに任せておけば、私の新生活も安心だろう。



さて、戦後処理だ。


私たちは、今回の戦いで、完全勝利をおさめていた。

沢山の戦果を得て、私たちは帰還したのである。

そんな私達を領地で出迎えた、ランズデール公ラベルの第一声が、これだった。


「そんなに沢山、うちでは飼えんぞ。元いた場所に返してきなさい、アリシア! 」

「そんな、お父様、なんでそんな酷い事言うの! 」

図らずも、捨て猫を拾ってきた女の子と、厳しいお父さんの会話みたいになってしまった。


騒動の種は、王国兵の捕虜である。

彼らの処遇を巡って、問題が発生してしまったのだ。


グエンディエル盆地の戦いで、私たちは、二千近くの捕虜を得た。


二千という数字は、かなり多い。


私が三年間、散々に戦争して、帝国の側で発生した戦死者が二千弱だ。

この数字の大きさが、ご理解頂けるのではないだろうか。


しかもである。

捕虜はこれだけではなかったのだ。


なんと、アランの強行軍に置いて行かれた兵達が、脱走兵として投降していた。

中には、最初から逃げ出す事を見越して、わざと隊列から離れた者もいたらしい。

彼らは白旗を挙げて、我がランズデール領に到着し、そのまま捕虜となった。


この数、二千強。


合わせてほぼ四千人だ。

ちょっとタダ飯を食わせるには、多すぎる人数である。


さあ、この捕虜をどうしたものか。

まずは受け入れ先を探さなければならないだろう。


「うちの領地には、とても収まりきらん」


ラベルは、ランズデール家代表として、領地の収容力が限界に達したことを表明した。


「お断りいたしますわ」


アデル嬢は、バールモンド家代表として、王都の人間の受け入れを拒否。


「要らんな。むしろこちらから、王国に人を移したいぐらいだ」


ジークハルトは、帝国の状況を説明。

こちらも、人を受け入れるのは難しいとのこと。


「じゃあ、新王国の直轄領で、面倒見るしか無いじゃない……」


私はため息をついた。


人間は感情の生き物だ。

人が余ったからと言って、人口が少ないところへ、右から左に動かすわけにはいかないのである。


王国兵の評判は、非常に悪い。

地方に住む住民の感情を考えるに、彼らの受け入れ先を探すのは、中々大変そうであった。


「ウェルズリー卿に、ご相談はしないのかしら? 」


「アデル、本気で言ってる? 」


「いいえ」


答えを知りながら、当然の質問をしたアデルは綺麗な笑顔だ。

私は眉をひん曲げながらの苦笑いである。


私が、捕虜の受け入れをお願いすれば、ウェルズリー侯は、二つ返事で了承してくれるだろう。

だが、その後の王国兵の扱いは、どうなるか予測がつかない。


というか、どう考えてもダメだろうな。


私は、うーんと頭を抱え、そして一つ閃いた。

以前、私達で対処した、難民問題の解決策に、一つ工夫を加えてみてはどうだろう。


「ジーク、一つ聞かせて頂戴。帝国では、屯田兵って試したことがあるかしら?


「小規模なものならあった。だが土着化した兵は扱いが難しいからな。帝国では、実績が少ない」


「無くはないのね」


私は、こめかみを指先で叩く。


屯田兵。


平時は畑を耕して、有事は戦いにあたる兵隊のことである。

王国の場合は、田んぼじゃなくて畑だけど、屯田兵だ。

字面はあまり気にしてはいけない。


軍隊にもいろいろある。

そのほとんどは、物を食うばかりの集団だ。

基本的に、生産には、寄与しない。

故に、国で彼らを喰わせるためには、他の人達に働いてもらい、その食い扶持を稼いでもらう必要がある。


軍隊とは、基本的に、無駄飯ぐらいなのである。


この問題に対する一つの回答が、屯田兵だ。

普段は畑仕事をして、農閑期には訓練し、有事に備えてもらう。

兼業農家ならぬ、兼業軍人とでもいえば、いいだろうか。

兵隊に食い扶持を、自分で稼いでもらおうという仕組みである

王国が、国家として警戒すべきは、北方の蛮族による襲撃だ。

国土の防衛を考えるなら、相応の兵力を国境に貼り付けておく必要がある。


だが、これに常備軍を用いると、国庫が酷い勢いで圧迫されてしまう。

国庫には、私のおやつ代も入っているのだ。

無駄遣いするわけには、いかないのである。


もちろん、軍事費をケチって、ノーガードというわけにもいかない。


そこで、常備軍に代えて、半士半農の兵団を、土地の防衛に充てるのだ。

自衛だけしてもらえれば、王都からの援軍が間に合うだろう。


私は、このアイデアを披瀝した。


「悪くないな」


「その案でしたら、歓迎しますわ」


ジークとアデルからは賛同をもらった。


ランズデールは、蚊帳の外なので、父は傍観の構えだ。


でも、お父様はアデルちゃんと結婚するかもしれないんだから、他人事じゃ済まないよ。


概ね、感触は良好だな。

クラリッサとも協議したが、「悪く無さそうですね」とのこと。


でも、手配は大変じゃないかしら。

私は、彼女に尋ねてみたが、「どこが難しいの?」と、かえって不思議な顔をされてしまった。


私は、クラリッサの処理能力について、深く考えるのをやめた。



私は、捕虜になった王国兵の代表を集めて、この計画を説明した。


「屯田兵ですか……」

彼らは案の定、難色を示す。


彼らの入植先は、王国北方、国境線近くの辺土である。

対蛮族最前線だ。

王都の生活と比べれば、非常に不便かつ大変だ。


立場上、不満が言えないとはわかっていても、彼らからは気が進まぬ様子が窺えた。


私の横で、短気なアデルが、殺気を放つ。

待て待て、落ち着け、アデルちゃん。


アデルにしてみれば、地元を馬鹿にされたようなものである。

怒る気持ちもよくわかる。

だが、未知の土地へと送られる、王国兵達の心情も、また、わからんでもないのである。


だが、実際問題、彼らには行き場がない。


私は、王国の軍政にも手をいれる予定だ。

王都は、王国中央に位置している。

ここに配備する常備軍は、展開力を重視した騎兵部隊を主力に据える予定なのだ。


今の王家のように、「王都だけ安全ならそれでいい」なんて方針は、かなぐり捨てる心づもりである。


今回の戦いでも、食料の補給を絶たれたら、王都はすぐに困窮した。

王都にべったり戦力を貼り付けても、意味なんて無いことが、わかってしまったのである。


ゆえに、王国兵の多くは、失業することになる。


不本意でも、この条件を飲んでもらうしか無いよなぁ。


でも、このままだと、無理強いする形になってしまいそうだ。

私は、気が重かった。


そんな気まずい空気の中、私の言葉を聞いていた、王国兵の一人が挙手をする。

私が発言を許可すると、彼は立ち上がって敬礼した。


捕虜生活の中で、無精髭を生やした男の目には、王国兵には珍しく、未だに消えぬ覇気があった。


「我々で、王都の城壁を落とします。この功績をもって、我々をランズデール閣下の麾下に加えていただくことはできませんか」


「ほほう」


この言葉に、ジークが興味を持った。

私も、ちょっと好感度アップである。

特に、私のことを、ランズデール閣下と呼んだ点について評価したい。


殆どの捕虜は、私のことをアリシア様とか殿下と呼ぶ。

しかし、この男は、珍しく、このアリシアを指して、ランズデール閣下と言った。


私をその名で呼ぶと言うことは、軍人時代の私を、知っているということだ。


私たちは、この王国兵の男から詳しい話を聞くことにした。


この男は、一兵卒からの叩き上げで、部隊長にまで上り詰めたのだそうだ。

今は王都外壁の守備隊に所属している。


しかし、ここまでは昇進できたものの、彼は平民出身であったために、以後は冷や飯を食わされることになった。

家族が王都にいる関係もあって、王都の王国軍にいたのであるが、既に王家のことは見限っていたそうだ。


連合軍への寝返りのタイミングを図っていた彼は、アランの出撃時に部隊を紛れ込ませ、それからすぐに逃げ出したらしい。

彼らは、逃亡兵枠で、ランズデールに来た人間の一人であった。


ここでアランが、自部隊の兵士の所属すら、把握できていなかったことが判明するが、それはこの際どうでもいい。

大事なのは、この男が、王都外壁の守備隊に所属していて、守備兵たちの内応を、内側から手引できるという点だ。


「王国を裏切るのか? 」


「裏切りではなく、正道に立ち返るだけです」


彼の言葉は淀みない。

内部から、突入部隊を手引し、奇襲によって城壁を制圧する。

王都の城壁は、それ自体が小さな砦の集合体だ。


これを内側から制圧してしまえば、私たちは、王都攻略にあたって、強力な拠点を手に入れられるのである

というか、攻囲する必要すらないな。


戦争としては勝利確定である。


「領軍にせよ、帝国軍にせよ、うまく行けば損失を減らせるはずです。失敗しても死ぬのは我々だけ。悪くない取引だと思いますが? 」


男の視線は強い。

私は頷いた。


「詳しく話を聞きましょうか 」


その場で手早く作戦の概要をまとめ、妥当性を評価する。

成算は非常に高かった。


あの王都を正面から囲うのは面倒だ。


短い討議の結果、王都外壁を攻略するための奇襲作戦が決まったのである。



奇襲作戦に参加する王国兵は、危険を伴う任務に従事することになる。

彼らから、作戦への志願者を募った所、およそ四分の一、千人ほどが作戦への参加を希望した。


残りの捕虜たちは、すっかり厭戦的な気分になっていた。

彼らは、田舎で畑を耕すことにしたらしい。

有事には、剣をとらねばならないのだが、それはそれだと割り切ったそうだ。


一方の我々、連合軍だ。

奇襲作戦に際して、こちらも指揮官と、一部の精鋭を派遣することになった。


話し合いの結果、私アリシアが、現場を統括することになる。


当然だろう。

城壁内の回廊なんて、少人数しか展開できないのだ。

動きを拘束されない限り、無敵モードが約束されるアリシアの独壇場であった。


で、問題はその他の作戦参加者である。


「今回は、私もお供いたします」

「ええ、私も、もちろん同道いたしますわ」


メアリとステイシーはすぐに参戦決定だ。

この二人には、私の護衛を担当してもらう。

一人は怖いので助かります。


そして、クラリッサは、お留守番だ。


「私は北方の開発計画でも練っておくかなー」


今日のお夕飯は、芋の煮付けにするかなー、ぐらいの感覚で、国策をまとめてくれるクラリッサは、やっぱりちょっとおかしい。


でも、お願いします。


さて残りの主要メンバーだ。

全員が参加を希望した。

まずは我が父ラベルである。


「今回は私も参加させてもらいたい」


「却下」


足が悪いのに、階段昇り降りする作戦に参加させられるわけ無いでしょう。

父はがっかりしていたが、素直に引き下がった。


次にジークハルトが言った。


「俺は、脚には自信があるぞ」


「却下です」


私がすかさずダメ出しをする。

ジークはちょっと不満顔だ。

でも私が反省用の鎧を出すと、顔色を変えて、首を振った。


すごい旋回速度だ。

そんなにこれを着るのが嫌か。

あのわがままなジークが、一発で素直になってしまった。

元アランの鎧は、対ジーク用の必殺兵器である。

あの木偶もたまには役に立つじゃないか。


私は意地悪げに唇を歪めた。

そして、最後に残ったアデルである。


「私も参加するわ」


「却下します」


「却下を却下しますわ」


なんだと!

アデルは生意気だった。

私とアデルで睨み合う。


アデルはリスみたいな女の子だ。

今は邪悪なリスみたいな顔で、私のほうを眺めていた。


なにか文句でも有りますの?

アデルは挑発的に肩をそびやかす。

やる気だね、アデルちゃん。

ならばその覚悟、見せてもらおうじゃないか。


「じゃあ、試験をしましょう」


「試験の内容次第ですわ」


「誰でもできることよ。体力測定。いざとなったときに、逃げられないと困るでしょう?」


私の言葉に、それもそうね、とアデルは無警戒に頷いた。

会議はこれで決着した。

私的には、アデルちゃんに不合格の判子を押せば、おしまいである。


そして試験である。

アデルの試験は屋内で行う。

彼女には、動きやすい恰好で来るように申し渡した。

見届人は、私と父だ。


「なぜ、私も一緒なのかね」


「そのほうが捗るからですわ」


よくわからんな。

父は小さく肩を竦めた。


ふふん。


すぐにわかりますわ、お父様。


「アデルです。参りましたわ」


そして、父と私が待つ部屋へ、アデルが遅れてやってきた。

彼女がしゃなりとお辞儀する。


アデルは、現在、父に求婚中だ。

ゆえに、見た目に気を配る様子がうかがえた。

膝丈のスカートに、柔らかい生地のブラウスを着て、試験だというのに、彼女は女の子らしさを忘れていない。

清楚な雰囲気の中に、スポーティーな感じが同居する素敵な装いである。


いいねいいね、とても可愛いよ、アデルちゃん。

私は内心ほくそ笑んだ。


「じゃあ、試験の内容を説明するね。この台を登って降りてもらいます」


私が指差すその先には、一つの平べったい台があった。

台の高さは、アデルの膝の真ん中ぐらいだ。

低くて安定感がある、木の台である。


アデルは首を傾げた。


「それだけですの? 」


「持久力を測りたいからね。合計で千回、登って降りてを繰り返してもらいます。早さは歩く速度でいいよ」


「ふーん、わかったわ」


アデルは無感動に同意した。


知っている人も多いかしら?

そう。

今から始めるのは、踏み台昇降である。


台の上を昇り降りするだけの、大変に退屈で、無駄にしんどいあれである。

これを千回こなすのは、かなりきつい運動だ。


しかし、アデルお嬢様は、この手の話に詳しくない。

彼女は、この作業の難易度を、がっつり過小評価した。


「随分、簡単な試験ですのね」


正に恐れを知らぬ大言壮語である。

傍で見ていた父は、あちゃーって顔で額を叩く。


父が私の方を見る。

その表情は、苦笑交じりだ。


おい、アリシア、流石に酷くないか?

このぐらいしておかないと、アデルは納得しませんわ。


父と私は、アイコンタクトだ。

二人、仲良く会話する。


気づかないのは、アデルだけだ。

彼女は、ラベルの視線を意識して、ちょっと緊張しているようだった。

可愛い。


私は内心で笑いつつ、アデルの試験を開始した。


「制限時間は四半刻以内。これをクリアできたら、作戦参加を認めます」


「ほんとにそれでいいの? 」


「ええ、私に二言はないわ」


アデルは、私の罠を警戒していたようだ。

拍子抜けしたように頷くと、上下運動を開始した。


登って降りてを繰り返す。


アデルが異常に気付くのに、さして時間はかからなかった。

彼女は、もともとは箱入り娘だ。


戦地に出るため鍛えてはいるが、基礎体力は、ちょっと運動ができる程度のお嬢様である。

彼女の息はすぐに上がり、苦しげに表情を歪める。

しとど流れる汗の筋が、首を伝って彼女の身体を濡らしていた。


アデルは、平気な振りを装って、私に問いかけた。


すっごいはぁはぁ言ってるから、しんどいのはばればれだけどね。


「今、これで、何回、終わったのかしら?」


「百五回だよ、アデルちゃん」


アデルが目を見開いた。


まだ、たったの百回ですの!?

喉まで出かかったその言葉を、アデルはぐっと噛み殺す。

それでも納得出来ないようで、彼女はラベルの方を見た。


「ああ、間違いない。正確には百四回だ。台から降りるまでで一回だからな」


父はこのあたりの決まりごとに、大変厳しい。

絶対に不正しない安心感があるけど、大雑把な性格の私としては、どっちでもいいんじゃないかと時々思う。


一方のアデルは涙目だ。


そんなぁ。

って顔をしてから、気合を入れるように「きっ」と眉間に力を入れた。

ちょっと可哀想かな。

でもノルマの回数は減らさないよ。


アデルは根性がある。

ひいひいはぁはぁと、息を荒げてはいるけれど、自分からは、絶対に参ったとは、言わなかった。


でも三百を過ぎたあたりで、体が先に音を上げた。

とうとう足元がおぼつかなくなって、アデルは、ぱたりとダウンする。


こうなることを見越したうえで、私は冷たいお茶や厚手の布巾を準備済みだ。

ぐったりした様子のアデルに、お茶を飲ませながら、わたしは結果を通達した。


「この有様じゃ、作戦参加は認められないね」


汗びっしょりのアデルが、私をじとっと睨めつける。

でも不満を口にする気力すら無いみたいだ。


ぐぬぬって感じで歯噛みしている。


あんまり怒らないでよ。

ちゃんと、ご褒美も用意してあるんだからさ。


「お父様、私、今から会議があるんです」


「おおそうか」


「だからアデルちゃんのこと、よろしくお願いしますね」


「ああ、任せておけ」


ん?

父は言いきってから、疑問符を頭に浮かべた。

アデルははっと目を見開いた。


気がついたかな? 感謝してよね、アデルちゃん。


わたしは、きらりん☆とウィンクだ。

友達の政略結婚を後押しする、今日の私はキューピットアリシアである。


私の弓は剛弓だ。

ラベルのハートも撃ち抜くぜ!


「それともだれか、お付きの人を呼んでくる、アデル?」


「いえ、結構ですわ!」


反射的に叫んで、アデルは頬を朱に染めた。

それから、自分の恰好に気付いて更に赤くなる。

すごいな、茹でたエビみたいだ。

アデルは色白だから、余計にそう感じる。


アデルは汗びっしょりで、ブラウスもすけすけだ。

一応、生地がしっかりしたものを選んだみたいだけれど、そんなの目じゃない発汗量だ。

滝汗である。

多少の防御など意味がない。

相当艶めいた恰好だ。

嫁入り前の女の子的には、ちょっとまずい見た目であった。


アデルはかわいい。

でも、彼女は、そういうところを人に見せるのを嫌がるのだ。

隙がないのである。


貴族同士の付き合いならば、そのほうが良いだろう。


でも、好きな男性と距離を狭めるのなら、ちょっとあけっぴろげなぐらいのほうが、仲良くなれると思うのだ。

私なんか、真面目な会議の席上で、メアリに恋心をがっつり暴露されたのだ。

あれに比べたら、このぐらい軽い軽い。


「おい、アリシア、ちょっと待ちなさい」


父は、私を呼び止めた。

でも私は、素知らぬふりだ。

足取りも軽く、部屋を後にしたのであった。


後ろからまた父の声が聞こえたけれど、私は聞こえないふりを貫き通した。

この後、二人が何を話したのかは、何も知らされていない。


父には、後で怒られて、アデルからは恥ずかしそうにお礼をされた。

悪いことにはならなかった。

故に、私としては、めでたしめでたしな結末であった。


メアリ「アリシア様を認めぬものなど……駆逐してやる! この世から……一人残らず!」

ジークハルト「ただの独裁者じゃないか」

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