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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
73/116

ダンスとわたし

領館に舞い戻ったわたしは、お色直しをすることになった。

ちょっと汗をかいてしまったのだ。

お祭りの終わりには、ダンスの時間がある。

汗塗れで、ジークと密着して踊るのは、乙女的に避けたいのだ。


館に戻れば、ステイシーが私を待っていた。

彼女は、二人、手伝いの女の子を連れている。


彼女らに先導されて、私は、準備されていた衣裳部屋に案内された。

きれいなドレスは、管理するにも気を遣う。

それをしまっておくために、一室準備したのだそうだ。

私は何も知らされていなかった。


一体、いつの間に……。


ステイシーは、陰ながらの働きが、本当にすごい。

表に出るとさっぱりなのに、どういう仕組みなのだろうか。

そういう性質なのかな。

日なたに出ると弱体化しちゃうみたいな。

吸血鬼みたいだ。


案内されたお部屋の中は、衣装がいっぱいだった。

帝国からランズデールまで、はるばる旅をしてきた服を前に、私は、しばし佇み考え込む。


「どれが良いかしら」


「白がよろしいかと。こちらなどは如何ですか」


ステイシーが勧めてくれたのは、胸元から上が広く開いている、白いドレスだった。

裾に下るにしたがって、薄く青みがさすグラデーションは、生地の滑らかな光沢とあいまって、とてもきれいだった。


大人っぽい感じだ。

涼しげで素敵だけれど、ちょっと露出が多いかもしれないな。

特に、むき出しの肩が私は気になった。


「私、傷があるの。なにか羽織るものか、お化粧をお願いできないかしら」


「不要ですわ、アリシア様」


ステイシーの言葉は淀みない。


そうかな。

そうかもね。


私はそのドレスを着てお祭り会場に戻った。



会場に戻った私に、ランズデールのみんなから注目が集まった。

恥ずかしさもあるけれど、それ以上に誇らしさで胸が熱い。

私も綺麗な女性になったのだよ。


ふふん。


ちょっとだけ照れ隠しである。


今の私があるのは、半分は、ランズデールのみんなのおかげである。

苦しい時期は、長かったけれど、ランズデールの領民から、不満や恨みをぶつけられることは、一度たりともなかったのだ。

みな、一丸となって私達を支えてくれた。

大事な仲間なのである。


道行く人は沢山いて、中には、私を見て目頭を押さえる人までいた。

そんなに喜ばなくてもいいじゃない。

我ながら、顔が赤い。

年かさの男性が、しみじみとした顔で腕を組む。


「お嬢様は、本当に女の子だったんなぁ」


私は、この言葉に大いに異論があった。

その台詞は、聞き捨てならないが、今日のところは見逃してやる。



ダンスの時間は始まっていた。

男性と、女性が組みを作り、広場の中央で焚かれた炎の周りで踊る。

細かいお作法など、なにもない。

自由に手を取りあってくるくると回るのだ。


私は、恋人の姿を探す。

ファーストダンスは彼と踊りたい。

ここは絶対譲れない。


ジークは、間もなく見つかった。

赤々と燃える篝火から、少しだけ離れて彼はいた。

片手に陶器の盃を持ち、騎兵隊の将校達と、談笑しているようだった。


私の服は目立つのだろう。

彼は、私に気付くと、軽くその右手を上げた。


「お待たせいたしました。ジークハルト」


私が彼の前に立つ。

ジークは目に、楽しげな色を浮かべていた。


「似合いますか」


「ああ、とても綺麗だ」


差し出された彼の手を、私は取った。

彼の手は、相変わらず大きくて、乾いている。


私の手汗は大丈夫かな。

照れ隠しに蓋をして、私はジークに不満を言った。


「前は、私がおめかしすれば、もっと驚いてくれたように思いますわ。飽きられてしまったかしら」


「それは、逆だな」


ジークと私は二人して、篝火のほうへと向かう。

広場の真ん中で、夜闇を焦がす炎に照らされて、照らされてジークの横顔は橙色だ。


逆ってどういうことなのかしら。

疑問符を頭上に浮かべた私の手を離すと、ジークは恭しく一礼した。


二人のダンスの始まりである。


まぁ、あれである。

彼のリードは流石だった。

田舎街の広場だ。

足場は悪い。

そんなデコボコの石畳など、歯牙にもかけぬ安定感である。

帝国生まれのシティボーイとは、とても思えない。


そういえば、ジークは、北から南まで世界を股にかけた男であったな。

このぐらい造作も無いということか。


「なんていうか、ちょっと癪にさわるぐらいの優雅さですわ」


「俺も、たまには面目を施さないとな」


ジークはそう言って、私の腰を抱き、綺麗にターンをリードした。

私は彼に身を任せ、くるりとその場で体を回す。

ドキドキするのは相変わらずだ。

でも、、安心感もあったのだ。


あれだな。

戦場で、勝ちが確定した時の感覚に似ているのだ。


不安混じりのどきどきじゃない。

気分が高揚して、何か待ち遠しいような、ふわふわした感じの気持ちである。


私たちは、そうして何曲か踊った。

大変、満足な一時であった。


二人連れ立ってきたように、今度は灯りに背を向けて、踊りの輪から外へでる。

ジークは、私を、次のお相手の元へと案内してくれた。

彼の進む先には父がいて、これまた優雅に礼をした。


「次は、私と踊ってもらえますかな、美しいお嬢さん」


「お父様、そういうキザなセリフは似合いませんわ」


「減らず口の切れ味は、相変わらずだな、アリシアよ。次は、是非、成長したところも見せてもらおうか」


「ええ、望むところですわ」


私は、父の手を取った。

大きな手だ。

ジークのよりもさらに大きい。

それと汗っかきなのは私と一緒だね。

絶対遺伝だ。


私の足取りは、軽くて早い。

思いっきり振り回してやるんだから。

気合、十分に父を見る。


父は私の挑戦を受け、にやりと口元を釣り上げた。

不適な笑みだ。

それから、がっという勢いで、私の脇に手が回った。


「きゃっ!? 」

「父親をあまり甘く見ないことだ! 」

父は言うや否や、私の体を持ち上げて、軸足で回転しながら、ぐるんぐるんと振り回した。


畜生、そうきたか!

父の手にかかれば、私の体重程度、軽々である。

ほら、私って折れちゃいそうなくらい華奢で、羽のように軽いからね!

父の腕に支えられ、私の体が浮きあがる。

体の横から風を受けて、スカートがはためく。

しまった。

今日の下着は、ちょっと気合が入ってる。

他人様にみられるのは恥ずかしい。


メアリあたりに言わせると、私のお色気はまだまだであるそうだ。

でも、それは気にしない。

ジークには絶対刺さるはずだ。


私は父の手を叩いた。


「お父様、下ろしてくださいませ! 」


「どうした、降参か、アリシア!? 」


「ええ、降参、降参ですわ!」


持ち上げられては、手も足も出ない。

私は、帝国仕込みの超絶ステップで、田舎暮らしの父を翻弄するつもりだったのだ。

けれど、お父様の豪腕の前に、この目論見は脆くも崩れ去った。


組み討ちのお稽古もそうだけど、私はなかなか、父から一本を取れないのである。


くーやーしーいー!

騒いだところで負けは負け。

タップした私の手に応えて、父は私を抱きしめると、ゆっくり速度を落とす。


私を地面に下ろした父ラベルは、少し息があがる程度で平気な顔だ。

勢い良くスピンしていたのに、馬鹿みたいに頑丈な、三半規管である。

これで、少しでもふらついてくれたなら、反撃のしようもあったのに。


残念ながら、ラベル・ランズデールにつけ入る隙などなかったのである。

まだ私では及ばないみたいだね。


「また負けてしまいましたわ」


「次の機会に頑張るんだな、我が娘よ」


父の大きな手が私を撫でる。

私は、これにも弱いのだ。

もぅ、これじゃ、私も怒れないじゃない。


それから、私は父の手を取って、ごくごくまっとうなダンスの腕も披露した。

父もさすがは、公爵家の当主である。

上手い。


「最近、とんと機会がないからな。足を踏んでも怒るなよ」


口ではこんなことを言いながら、完璧なリードをしてくれる。

武骨ななりして、スマートなんだよなぁ。

くっそー。

男性陣は皆、締めるところは締めてくる。

肝心なところで抜けている私とは、大変な違いであった。


私は歯噛みしながらも、たくましい父の手をとって、上達したダンスの腕前を披露した。

不肖の娘も、それなりに鍛えているのである。


「戦場に出したはずだったのだがなぁ。いつの間に成長したものやら。アリシア、上手くなったな」


私と踊る父は、嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった。


「私だって成長するんですよ、お父様」


「そうだな。だが少し急ぎすぎだぞ。お父さんは悲しい」


そして父は、私の頭をクシャクシャに撫で回すのだった。

だからやめろ! またセットしなくちゃいけないだろ!


私は、それから父とも別れた。

輪から外れて空を見あげる。

かがり火の向こう側で、少しだけ欠けた月が傾いていた。


夜も更けつつあった。

見るともなしに、ぼーっと炎を眺めていると、向かいから見慣れた影が近づいてきた。


「アリシア様、一曲お相手してくださいませ」


メアリだ。

モテ女筆頭にして、我が宿敵たる侍女である。

今まで見かけなかったことを鑑みるに、メアリはずっとコンラートと一緒だったはずだ。


「コンラートはどうしたのよ。絶対離さなそうな雰囲気だったじゃない」


「そのコンラートが、しつっっっっっこいのです。少し匿ってくださいませ」


メアリが眉をしかめる。

ちいさい「っ」が五個連続するぐらいの強調っぷりだ。


コンラート頑張り過ぎたな。


それも仕方が無いことだった。

ガンガン攻めないとメアリの反応が薄いのだ。

我慢しないコンラートのアプローチは、メアリにはちょうど良かろうと私は思っている。


私は後ろ手に、手を組んだメアリと向かい合う。

私の背は、メアリよりも高くなっていた。

背は春から夏にかけて伸びるそうだ。


前は同じぐらいにあった目線が、人差し指一本分ぐらい、私のほうが高くなっていた。


「メアリのそれって惚気けなの? 」


「なんでもいいですわ。一曲お相手してくださいませ」


二人で顔を見合わせて笑い合う。


私が手を差し出せば、恭しくカーテシーを決めたメアリが、そっと右手を差し出した。

王国のパーティーで、私は、壁の花常連だった。

だから、影に隠れて、メアリとしょっちゅう踊っていたのである。

なんだかちょっと懐かしい。


メアリの体を抱き寄せれば、柔らかくて暖かかった。


「コンラートが狂う訳が分かるわ」


「どういう意味ですの? 」


「それ、わかってて聞いてない? 」


以前にメアリと二人で組むときは、適当に回るだけだった。

ただ、手に手をとって適当に回る。

でも今は、帝国社交界で実戦演習を積んだ後だ。


十年来の親友と、息の合った正確無比なステップを刻む。


メアリのくびれに手を回して、私はくるくると踊る。


子供同士なら問題ないけれど、私ももう大人になった。

こういう甘え方も、そろそろ卒業かもしれないな。


メアリの腰は細い。

脇腹にも肉とかつけばいいのに。

摘もうにも、余分なところに肉がついていないのだ。

胸やお尻は大きいのに、とんでもない女である。


メアリがそっと体を寄せる。


「アリシア様が殿方だったらと、思ったこともあるんですよ」


「私も自分が男だったらなぁって、何度も思ったよ」


「私が言いたいところと、大分、意味が違う気がいたしますわ」


わかってるよ。

たっぷり情感を込めてわたしが踊ると、メアリもやけくそ気味に合わせてくれた。

結局このノリが、私たち二人の距離感であった。


ふとなにかが、私の感覚に引っかかる。

ゆっくり辺りを見回せば、羨ましげに伺う視線とぶつかった。


そこには想像通りの相手がいた。


エリスだ。

物欲しげなエリスの表情が、私も混ぜろと言っていた。


「アリシア様ぁ」


「悩ましげな声を出すな! 」


クラリッサがエリスにツッコミを入れる。

クラリッサ、マジ保護者。


「私とも、踊ってくださいまし! 」


「そうね、それなら、みんなで踊りましょうか。ステイシーもいるんでしょ? 出てらっしゃい」


呼べば、闇の中からスーッと現れるステイシー。

エリスが小さく悲鳴をあげる。

いや、炎の明かりの中に、白い顔がぼおっと出て来るとちょっと怖いね。


ダンスの時間ももうすぐ終わる。

人もまばらになってきた。

これなら邪魔にはなるまいと、五人手を組んで輪を作り、ぐるぐる廻ることにした。


回転方向は時計回りだ。


これはダンスなのだろうか。

まぁ、楽しければよいか。


最初はゆっくり回りだし、だんだん加速し速くなる。

そのうち全速の回転だ。

引っ張り回されて、けつまずいたエリスの腕を、私の右手が引っ張り上げる。


「ちょっちょ、待ってくださいまし」


狼狽える声が、可愛らしい。

他の連中は、まだまだ余裕がありそうだ。

戦場で、鍛えてるからな。


私の正面で、ステイシーが朗らかに笑う。

彼女の花咲くような笑顔は珍しい。


「あれですわね。こういう女同士の絡みって、内心では足の引っ張り合いを画策しているらしいですわよ」


「やめてよ、そういう生々しい話! 」


みんなが笑う。

ステイシー、その笑顔で言うことがそれかよ!


大理石の女メアリ・オルグレン。

結婚なんて面倒くさい派のクラリッサ・エベルバーン。

旦那さんとお子さんラブのステイシー・レセ・ラナ。

若干趣味が怪しいエリス・ブレアバルク。

そして私、アリシア・ランズデールである。


このメンツで修羅場は勘弁して欲しい。

それに、性格のさらさらっぷりが、このメンバーの取り柄だと、私は思う。

私はこのチームが好きなのだ。


「その手のドロッとしたものも、必要なのかしら? 」


「勘弁してください」


言下に否定したクラリッサは、存外に真剣な表情だった。


「勿論冗談よ」


「いや、ほんと、その手の話題は、前の職場でお腹いっぱいなんで」


「そうね。皇室ともなると、そういう悩みは多そうね」


うんざりした表情を浮かべるクラリッサは、疲れた務め人の顔であった。


それからも、私たちは無意味に回転を続けた。

エリスが酔ってしまうまで、ずっとぐるぐる回っていた。


なんだかむやみに楽しかった。

祭りの雰囲気でハイになっていたのだと思う。


ランズデールのお祭りは、今年は特に賑やかだった。

本当に一年前と変わったんだな。

私はそれを実感できて、とてもとても嬉しかった。


こうして夜は更けていき、ダンスの時間は終いとなった。



さてさて、みんなも帰宅の時間である。

私の側近達も、めいめい自分の部屋へと戻っていく。


くふり、私はひそかに笑いを漏らす。

なぜかって。

私の、今日のお祭りは、これからが本番なのだ。

お祭りの夜だもの。

彼氏のお部屋に突撃である。


ジークのお部屋は確認済みだ。

部屋の明かりもついていた。


よし。

わたしは一人気合を入れて、彼のお部屋の前に立つちょっと緊張気味にノックする。


「アリシアか、待っていたぞ」


ジークの声がする。

やった。

起きてる! 

私は嬉しくなって、勢い良く扉を開ける。


お部屋の中は、お酒の匂いが漂っていた。


「来たか、アリシア。

さあこっちへ来い! 」

渋いバリトンボイスが私を招く。

大好きな声だけれど、絶対にこのタイミングでは、聞きたくなかった低音ボイス。

私は、木彫のような顔で固まった。


部屋の中では、男が二人、ワインを片手に駄弁っていた。


片方はジークだ。

そしてもう片方はラベルだ。


片方要らないんですけどぉ……。


私は、邪魔な男の方へ、ぎぎぎと首を回す。

口を開けば、我ながら尖った声が出た。


「お父様、なんでいるの? 」


「なんでだと。決まっているだろう」


父は私に向き直ると、夏の太陽と見紛うような、暑っ苦しい笑顔を向けた。

白い歯が眩しく光る。


うざい!


「邪魔しに来たのさ! 」


ほんとにうざい! この時、ランズデール公ラベル、めっちゃいい笑顔であった。


もう、そういう子供っぽい意地悪やめてよね!

父の言葉に、ジークは大爆笑だ。

私アリシアは大激怒である。


いや、だって、ちょっと待って欲しいのだ。

お祭りの夜、私とジークは、あれだけいい雰囲気だったでしょう。

当然、夜も期待する。


そこにもってきて、体を張った、男親のインターセプトである。

なんて大人げないんだ、信じられん。


私の心の奥底から、ふつふつと黒い感情が溢れ出す。

そして臨界に達したそれは爆発した。

アリシア、大噴火だ。

私の怒りが有頂天、いや違った、怒髪天である。


「どうして邪魔するの、お父様!? 」


「むしろ、どうして邪魔されないと思ったんだ、アリシア! 」


「そこは空気を読んでくださいませ、お父様! 」


「お断りだ!」


父はぷいっとそっぽを向いた

ふーざーけーるーなー! 私は完全に涙目だ。


出てけ出てけと喚きつつ、組み付いたりもしてみたが、体格差は如何ともしがたかった。

よっこらせと父に抱えられ、ジークの隣に下ろされる。


父は、酒盃に酒を注ぎ、完全に居座る体勢だ。

ほんと、まじで信じらんない……。


気づけば、私の眼から、ハイライトが消えていた。


すっかりへそを曲げたアリシアは、ジークの肩にもたれかかる。

これみよがしなイチャイチャモードだ。

父のハートにダイレクトアタックである。


しかしこの娘の所業に、父はすっかり怒ってしまい、高らかにこう宣言する。


「許さん。今晩は絶対に寝かせないぞ! 」


「意味が違うわよ、お父様! 」


私はあらん限りの声量で、ツッコミの声を響かせた。


翌朝、屋敷の住人に、うるさくて眠れぬと、苦情まみれにされることをこの時の私はまだ知らなかった。

ジークハルト「うぇーい」

ラベル「うぇーい」

アリシア「やめんか馬鹿ども」

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