ダンスとわたし
領館に舞い戻ったわたしは、お色直しをすることになった。
ちょっと汗をかいてしまったのだ。
お祭りの終わりには、ダンスの時間がある。
汗塗れで、ジークと密着して踊るのは、乙女的に避けたいのだ。
館に戻れば、ステイシーが私を待っていた。
彼女は、二人、手伝いの女の子を連れている。
彼女らに先導されて、私は、準備されていた衣裳部屋に案内された。
きれいなドレスは、管理するにも気を遣う。
それをしまっておくために、一室準備したのだそうだ。
私は何も知らされていなかった。
一体、いつの間に……。
ステイシーは、陰ながらの働きが、本当にすごい。
表に出るとさっぱりなのに、どういう仕組みなのだろうか。
そういう性質なのかな。
日なたに出ると弱体化しちゃうみたいな。
吸血鬼みたいだ。
案内されたお部屋の中は、衣装がいっぱいだった。
帝国からランズデールまで、はるばる旅をしてきた服を前に、私は、しばし佇み考え込む。
「どれが良いかしら」
「白がよろしいかと。こちらなどは如何ですか」
ステイシーが勧めてくれたのは、胸元から上が広く開いている、白いドレスだった。
裾に下るにしたがって、薄く青みがさすグラデーションは、生地の滑らかな光沢とあいまって、とてもきれいだった。
大人っぽい感じだ。
涼しげで素敵だけれど、ちょっと露出が多いかもしれないな。
特に、むき出しの肩が私は気になった。
「私、傷があるの。なにか羽織るものか、お化粧をお願いできないかしら」
「不要ですわ、アリシア様」
ステイシーの言葉は淀みない。
そうかな。
そうかもね。
私はそのドレスを着てお祭り会場に戻った。
会場に戻った私に、ランズデールのみんなから注目が集まった。
恥ずかしさもあるけれど、それ以上に誇らしさで胸が熱い。
私も綺麗な女性になったのだよ。
ふふん。
ちょっとだけ照れ隠しである。
今の私があるのは、半分は、ランズデールのみんなのおかげである。
苦しい時期は、長かったけれど、ランズデールの領民から、不満や恨みをぶつけられることは、一度たりともなかったのだ。
みな、一丸となって私達を支えてくれた。
大事な仲間なのである。
道行く人は沢山いて、中には、私を見て目頭を押さえる人までいた。
そんなに喜ばなくてもいいじゃない。
我ながら、顔が赤い。
年かさの男性が、しみじみとした顔で腕を組む。
「お嬢様は、本当に女の子だったんなぁ」
私は、この言葉に大いに異論があった。
その台詞は、聞き捨てならないが、今日のところは見逃してやる。
ダンスの時間は始まっていた。
男性と、女性が組みを作り、広場の中央で焚かれた炎の周りで踊る。
細かいお作法など、なにもない。
自由に手を取りあってくるくると回るのだ。
私は、恋人の姿を探す。
ファーストダンスは彼と踊りたい。
ここは絶対譲れない。
ジークは、間もなく見つかった。
赤々と燃える篝火から、少しだけ離れて彼はいた。
片手に陶器の盃を持ち、騎兵隊の将校達と、談笑しているようだった。
私の服は目立つのだろう。
彼は、私に気付くと、軽くその右手を上げた。
「お待たせいたしました。ジークハルト」
私が彼の前に立つ。
ジークは目に、楽しげな色を浮かべていた。
「似合いますか」
「ああ、とても綺麗だ」
差し出された彼の手を、私は取った。
彼の手は、相変わらず大きくて、乾いている。
私の手汗は大丈夫かな。
照れ隠しに蓋をして、私はジークに不満を言った。
「前は、私がおめかしすれば、もっと驚いてくれたように思いますわ。飽きられてしまったかしら」
「それは、逆だな」
ジークと私は二人して、篝火のほうへと向かう。
広場の真ん中で、夜闇を焦がす炎に照らされて、照らされてジークの横顔は橙色だ。
逆ってどういうことなのかしら。
疑問符を頭上に浮かべた私の手を離すと、ジークは恭しく一礼した。
二人のダンスの始まりである。
まぁ、あれである。
彼のリードは流石だった。
田舎街の広場だ。
足場は悪い。
そんなデコボコの石畳など、歯牙にもかけぬ安定感である。
帝国生まれのシティボーイとは、とても思えない。
そういえば、ジークは、北から南まで世界を股にかけた男であったな。
このぐらい造作も無いということか。
「なんていうか、ちょっと癪にさわるぐらいの優雅さですわ」
「俺も、たまには面目を施さないとな」
ジークはそう言って、私の腰を抱き、綺麗にターンをリードした。
私は彼に身を任せ、くるりとその場で体を回す。
ドキドキするのは相変わらずだ。
でも、、安心感もあったのだ。
あれだな。
戦場で、勝ちが確定した時の感覚に似ているのだ。
不安混じりのどきどきじゃない。
気分が高揚して、何か待ち遠しいような、ふわふわした感じの気持ちである。
私たちは、そうして何曲か踊った。
大変、満足な一時であった。
二人連れ立ってきたように、今度は灯りに背を向けて、踊りの輪から外へでる。
ジークは、私を、次のお相手の元へと案内してくれた。
彼の進む先には父がいて、これまた優雅に礼をした。
「次は、私と踊ってもらえますかな、美しいお嬢さん」
「お父様、そういうキザなセリフは似合いませんわ」
「減らず口の切れ味は、相変わらずだな、アリシアよ。次は、是非、成長したところも見せてもらおうか」
「ええ、望むところですわ」
私は、父の手を取った。
大きな手だ。
ジークのよりもさらに大きい。
それと汗っかきなのは私と一緒だね。
絶対遺伝だ。
私の足取りは、軽くて早い。
思いっきり振り回してやるんだから。
気合、十分に父を見る。
父は私の挑戦を受け、にやりと口元を釣り上げた。
不適な笑みだ。
それから、がっという勢いで、私の脇に手が回った。
「きゃっ!? 」
「父親をあまり甘く見ないことだ! 」
父は言うや否や、私の体を持ち上げて、軸足で回転しながら、ぐるんぐるんと振り回した。
畜生、そうきたか!
父の手にかかれば、私の体重程度、軽々である。
ほら、私って折れちゃいそうなくらい華奢で、羽のように軽いからね!
父の腕に支えられ、私の体が浮きあがる。
体の横から風を受けて、スカートがはためく。
しまった。
今日の下着は、ちょっと気合が入ってる。
他人様にみられるのは恥ずかしい。
メアリあたりに言わせると、私のお色気はまだまだであるそうだ。
でも、それは気にしない。
ジークには絶対刺さるはずだ。
私は父の手を叩いた。
「お父様、下ろしてくださいませ! 」
「どうした、降参か、アリシア!? 」
「ええ、降参、降参ですわ!」
持ち上げられては、手も足も出ない。
私は、帝国仕込みの超絶ステップで、田舎暮らしの父を翻弄するつもりだったのだ。
けれど、お父様の豪腕の前に、この目論見は脆くも崩れ去った。
組み討ちのお稽古もそうだけど、私はなかなか、父から一本を取れないのである。
くーやーしーいー!
騒いだところで負けは負け。
タップした私の手に応えて、父は私を抱きしめると、ゆっくり速度を落とす。
私を地面に下ろした父ラベルは、少し息があがる程度で平気な顔だ。
勢い良くスピンしていたのに、馬鹿みたいに頑丈な、三半規管である。
これで、少しでもふらついてくれたなら、反撃のしようもあったのに。
残念ながら、ラベル・ランズデールにつけ入る隙などなかったのである。
まだ私では及ばないみたいだね。
「また負けてしまいましたわ」
「次の機会に頑張るんだな、我が娘よ」
父の大きな手が私を撫でる。
私は、これにも弱いのだ。
もぅ、これじゃ、私も怒れないじゃない。
それから、私は父の手を取って、ごくごくまっとうなダンスの腕も披露した。
父もさすがは、公爵家の当主である。
上手い。
「最近、とんと機会がないからな。足を踏んでも怒るなよ」
口ではこんなことを言いながら、完璧なリードをしてくれる。
武骨ななりして、スマートなんだよなぁ。
くっそー。
男性陣は皆、締めるところは締めてくる。
肝心なところで抜けている私とは、大変な違いであった。
私は歯噛みしながらも、たくましい父の手をとって、上達したダンスの腕前を披露した。
不肖の娘も、それなりに鍛えているのである。
「戦場に出したはずだったのだがなぁ。いつの間に成長したものやら。アリシア、上手くなったな」
私と踊る父は、嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった。
「私だって成長するんですよ、お父様」
「そうだな。だが少し急ぎすぎだぞ。お父さんは悲しい」
そして父は、私の頭をクシャクシャに撫で回すのだった。
だからやめろ! またセットしなくちゃいけないだろ!
私は、それから父とも別れた。
輪から外れて空を見あげる。
かがり火の向こう側で、少しだけ欠けた月が傾いていた。
夜も更けつつあった。
見るともなしに、ぼーっと炎を眺めていると、向かいから見慣れた影が近づいてきた。
「アリシア様、一曲お相手してくださいませ」
メアリだ。
モテ女筆頭にして、我が宿敵たる侍女である。
今まで見かけなかったことを鑑みるに、メアリはずっとコンラートと一緒だったはずだ。
「コンラートはどうしたのよ。絶対離さなそうな雰囲気だったじゃない」
「そのコンラートが、しつっっっっっこいのです。少し匿ってくださいませ」
メアリが眉をしかめる。
ちいさい「っ」が五個連続するぐらいの強調っぷりだ。
コンラート頑張り過ぎたな。
それも仕方が無いことだった。
ガンガン攻めないとメアリの反応が薄いのだ。
我慢しないコンラートのアプローチは、メアリにはちょうど良かろうと私は思っている。
私は後ろ手に、手を組んだメアリと向かい合う。
私の背は、メアリよりも高くなっていた。
背は春から夏にかけて伸びるそうだ。
前は同じぐらいにあった目線が、人差し指一本分ぐらい、私のほうが高くなっていた。
「メアリのそれって惚気けなの? 」
「なんでもいいですわ。一曲お相手してくださいませ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
私が手を差し出せば、恭しくカーテシーを決めたメアリが、そっと右手を差し出した。
王国のパーティーで、私は、壁の花常連だった。
だから、影に隠れて、メアリとしょっちゅう踊っていたのである。
なんだかちょっと懐かしい。
メアリの体を抱き寄せれば、柔らかくて暖かかった。
「コンラートが狂う訳が分かるわ」
「どういう意味ですの? 」
「それ、わかってて聞いてない? 」
以前にメアリと二人で組むときは、適当に回るだけだった。
ただ、手に手をとって適当に回る。
でも今は、帝国社交界で実戦演習を積んだ後だ。
十年来の親友と、息の合った正確無比なステップを刻む。
メアリのくびれに手を回して、私はくるくると踊る。
子供同士なら問題ないけれど、私ももう大人になった。
こういう甘え方も、そろそろ卒業かもしれないな。
メアリの腰は細い。
脇腹にも肉とかつけばいいのに。
摘もうにも、余分なところに肉がついていないのだ。
胸やお尻は大きいのに、とんでもない女である。
メアリがそっと体を寄せる。
「アリシア様が殿方だったらと、思ったこともあるんですよ」
「私も自分が男だったらなぁって、何度も思ったよ」
「私が言いたいところと、大分、意味が違う気がいたしますわ」
わかってるよ。
たっぷり情感を込めてわたしが踊ると、メアリもやけくそ気味に合わせてくれた。
結局このノリが、私たち二人の距離感であった。
ふとなにかが、私の感覚に引っかかる。
ゆっくり辺りを見回せば、羨ましげに伺う視線とぶつかった。
そこには想像通りの相手がいた。
エリスだ。
物欲しげなエリスの表情が、私も混ぜろと言っていた。
「アリシア様ぁ」
「悩ましげな声を出すな! 」
クラリッサがエリスにツッコミを入れる。
クラリッサ、マジ保護者。
「私とも、踊ってくださいまし! 」
「そうね、それなら、みんなで踊りましょうか。ステイシーもいるんでしょ? 出てらっしゃい」
呼べば、闇の中からスーッと現れるステイシー。
エリスが小さく悲鳴をあげる。
いや、炎の明かりの中に、白い顔がぼおっと出て来るとちょっと怖いね。
ダンスの時間ももうすぐ終わる。
人もまばらになってきた。
これなら邪魔にはなるまいと、五人手を組んで輪を作り、ぐるぐる廻ることにした。
回転方向は時計回りだ。
これはダンスなのだろうか。
まぁ、楽しければよいか。
最初はゆっくり回りだし、だんだん加速し速くなる。
そのうち全速の回転だ。
引っ張り回されて、けつまずいたエリスの腕を、私の右手が引っ張り上げる。
「ちょっちょ、待ってくださいまし」
狼狽える声が、可愛らしい。
他の連中は、まだまだ余裕がありそうだ。
戦場で、鍛えてるからな。
私の正面で、ステイシーが朗らかに笑う。
彼女の花咲くような笑顔は珍しい。
「あれですわね。こういう女同士の絡みって、内心では足の引っ張り合いを画策しているらしいですわよ」
「やめてよ、そういう生々しい話! 」
みんなが笑う。
ステイシー、その笑顔で言うことがそれかよ!
大理石の女メアリ・オルグレン。
結婚なんて面倒くさい派のクラリッサ・エベルバーン。
旦那さんとお子さんラブのステイシー・レセ・ラナ。
若干趣味が怪しいエリス・ブレアバルク。
そして私、アリシア・ランズデールである。
このメンツで修羅場は勘弁して欲しい。
それに、性格のさらさらっぷりが、このメンバーの取り柄だと、私は思う。
私はこのチームが好きなのだ。
「その手のドロッとしたものも、必要なのかしら? 」
「勘弁してください」
言下に否定したクラリッサは、存外に真剣な表情だった。
「勿論冗談よ」
「いや、ほんと、その手の話題は、前の職場でお腹いっぱいなんで」
「そうね。皇室ともなると、そういう悩みは多そうね」
うんざりした表情を浮かべるクラリッサは、疲れた務め人の顔であった。
それからも、私たちは無意味に回転を続けた。
エリスが酔ってしまうまで、ずっとぐるぐる回っていた。
なんだかむやみに楽しかった。
祭りの雰囲気でハイになっていたのだと思う。
ランズデールのお祭りは、今年は特に賑やかだった。
本当に一年前と変わったんだな。
私はそれを実感できて、とてもとても嬉しかった。
こうして夜は更けていき、ダンスの時間は終いとなった。
さてさて、みんなも帰宅の時間である。
私の側近達も、めいめい自分の部屋へと戻っていく。
くふり、私はひそかに笑いを漏らす。
なぜかって。
私の、今日のお祭りは、これからが本番なのだ。
お祭りの夜だもの。
彼氏のお部屋に突撃である。
ジークのお部屋は確認済みだ。
部屋の明かりもついていた。
よし。
わたしは一人気合を入れて、彼のお部屋の前に立つちょっと緊張気味にノックする。
「アリシアか、待っていたぞ」
ジークの声がする。
やった。
起きてる!
私は嬉しくなって、勢い良く扉を開ける。
お部屋の中は、お酒の匂いが漂っていた。
「来たか、アリシア。
さあこっちへ来い! 」
渋いバリトンボイスが私を招く。
大好きな声だけれど、絶対にこのタイミングでは、聞きたくなかった低音ボイス。
私は、木彫のような顔で固まった。
部屋の中では、男が二人、ワインを片手に駄弁っていた。
片方はジークだ。
そしてもう片方はラベルだ。
片方要らないんですけどぉ……。
私は、邪魔な男の方へ、ぎぎぎと首を回す。
口を開けば、我ながら尖った声が出た。
「お父様、なんでいるの? 」
「なんでだと。決まっているだろう」
父は私に向き直ると、夏の太陽と見紛うような、暑っ苦しい笑顔を向けた。
白い歯が眩しく光る。
うざい!
「邪魔しに来たのさ! 」
ほんとにうざい! この時、ランズデール公ラベル、めっちゃいい笑顔であった。
もう、そういう子供っぽい意地悪やめてよね!
父の言葉に、ジークは大爆笑だ。
私アリシアは大激怒である。
いや、だって、ちょっと待って欲しいのだ。
お祭りの夜、私とジークは、あれだけいい雰囲気だったでしょう。
当然、夜も期待する。
そこにもってきて、体を張った、男親のインターセプトである。
なんて大人げないんだ、信じられん。
私の心の奥底から、ふつふつと黒い感情が溢れ出す。
そして臨界に達したそれは爆発した。
アリシア、大噴火だ。
私の怒りが有頂天、いや違った、怒髪天である。
「どうして邪魔するの、お父様!? 」
「むしろ、どうして邪魔されないと思ったんだ、アリシア! 」
「そこは空気を読んでくださいませ、お父様! 」
「お断りだ!」
父はぷいっとそっぽを向いた
ふーざーけーるーなー! 私は完全に涙目だ。
出てけ出てけと喚きつつ、組み付いたりもしてみたが、体格差は如何ともしがたかった。
よっこらせと父に抱えられ、ジークの隣に下ろされる。
父は、酒盃に酒を注ぎ、完全に居座る体勢だ。
ほんと、まじで信じらんない……。
気づけば、私の眼から、ハイライトが消えていた。
すっかりへそを曲げたアリシアは、ジークの肩にもたれかかる。
これみよがしなイチャイチャモードだ。
父のハートにダイレクトアタックである。
しかしこの娘の所業に、父はすっかり怒ってしまい、高らかにこう宣言する。
「許さん。今晩は絶対に寝かせないぞ! 」
「意味が違うわよ、お父様! 」
私はあらん限りの声量で、ツッコミの声を響かせた。
翌朝、屋敷の住人に、うるさくて眠れぬと、苦情まみれにされることをこの時の私はまだ知らなかった。
ジークハルト「うぇーい」
ラベル「うぇーい」
アリシア「やめんか馬鹿ども」




