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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
68/116

父とわたし

父がジークを半殺しにした。



夕食も終わった時分、ジークが、練兵場から戻ってきた。

私が急いで迎えに行くと、ジークはベッドの上で呻いていた。


私はベッドの脇に跪いて、ぐったりと横たわるジークの手を握る。


「大丈夫、ジーク?」


「あぁ、アリシア、今日はダメだ。今日は許してくれ。あと、回復してくれ」


あのカッコつけたがりのジークが、いろいろと垂れ流しだった。

相当な重症である。


目立った外傷はない。

これは、思いっきり父に可愛がられたのだろう。


私はホロリと涙をこぼす。


私の婚約者に、なんてことをしてくれちゃってるの、お父様……。


私は、長旅が終わって、久しぶりにジークといちゃこらする予定だったのに。

その計画が台無しである。

私は、夜遅くなってからようやく屋敷に戻ってきた父に、抗議の直談判を行うことを決めた。


というか、ほぼ一年ぶりに帰郷した、可愛い娘を放り出して、その婚約者とよろしく始めちゃう父親ってひどくない?

私はお父さんっ子ではあるけれど、無制限に甘いわけでもないのである。


これは一言、物申さねばなるまい。


そして寝間着にガウンを羽織った私は、父の執務室の前に立った。


ジークは、部屋においてきた。


これからの戦いには、ついてこれそうもない。

彼のことは、帝国の人たちが、きちんとお世話してくれるから、心配はしていない。


私の前に立つ、古びた分厚いだけの木の扉が懐かしい。

背が伸びたせいか、記憶にある扉より、少し小さく見えた。


どんどん! と、威勢よくノックしてから、私は勢い良く扉を開け放った。


「お父様!」


中を見渡せば、だだっ広いだけの執務室。

これまた、頑丈なだけが取り柄の執務机がでんと鎮座して、その後ろに私の父が座っていた。


喜色を溢れさせた父が立ち上がる。


そう、私の父だ。

一年前、私が出征する前日に、唐突に生えてきた白髪を見て、大変なショックを受けていた、我が父ラベルが、そこにいた。


「俺はまだ三十代だぞ!」


叫ぶ父を見て私は思ったものだ。

もうすぐ四十なんだから、白髪の十本や二十本ぐらい生えてくるものだよ、お父様。


父は地が出ると第一人称が変わる。

ちなみにジークのお父様も同じらしい。

変な共通点だ。


「アリシア、待っていたぞ!」

「はい、お父様!」

父が手を広げてくれたので、私はその腕の中に飛び込んだ。

ほとんど条件反射である。


おとーさまー!

私の飛び込み癖は、父に鍛えられたものである。

ラベルのたくましい腕が私を抱きとめる。


うーん、やっぱり、この感じが落ち着くなー。

ところで、私は怒っていたような気がするが、一体なんだったかな。

まぁ、いいか。


父は私の頭を乱暴に撫でた。


「しかし、本当に大きくなったなぁ。見違えたぞ」


「昼にも、同じことを仰っていたじゃありませんか。まるで、たまに会った、親戚のおじさんみたい」


「お前には俺以外、親戚なんぞいないだろう」


父は、酷いブラックジョークを飛ばした。


私の親戚は、母方は不在だ。

父方は王家だ。

例えばはとこは、腰抜けのエドワードである。


いないほうが良いという人間も、世の中にはいるのである。

なので、彼らは私の親戚では無い。

よって、私に親戚は、いないのである。


ひとしきり二人で笑いあってから、父は、私を床に下ろすと、自分の椅子に腰掛けた。


私はその父の膝の上に乗る。


私が、自然な動作で尻の位置を調整すると、頭の上で父が苦笑する気配がした。


「相変わらずだな、アリシア」


「ええ、お父様の娘ですもの」


私の父に抱く印象は、でかい、強い、優しい、以上! って感じだ。


我が父ラベルは、よそ様には、威厳ある男と言われているが、私にとっては仲がいい一人親である。


見た目はごついのだが、実は体毛が薄い。

髭を蓄えたいのだが、ひょろひょろしたのしか生えてこないと愚痴っていた。


膝の上に乗る身としては、髭が濃いとジョリジョリするのでご勘弁願いたい。

そんな私の頭を撫でながら父が口を開く。


「アリシア、そろそろ、私の膝も卒業しなさい。もうお前も18だろう」


「えー、もうちょっとの間だけですから、お父様」


「いやー、そろそろまずいですよ、その体勢」


へらへらとした顔で割って入ったのは、酒が入ったメアリだ。

相変わらず、ゆがみないまでの酒乱っぷりで安心する。


メアリはゆったりとした部屋着に身を包んでいた。


行儀悪く、粗末な椅子にもたれながら、むき出しの綺麗な脚を投げ出している。

いろいろと目の毒だ。


「いや、見た目を言うなら、メアリのほうがアウトだよ」


「全員既婚者ですから、問題ありませんって」


「いや、問題しか無いでしょうよ、ボス。あとラベル様は未婚です」


メアリをボスと呼ぶ、若い将校が苦言を呈する。

メアリはにやりと笑って酒瓶を振った。


執務室にはメアリほか、ランズデール騎兵隊の幹部数人が、酒瓶や料理の皿を持ってたむろしていた。

当然、全員私服だ。


かくいう私もガウンを羽織った寝間着姿である。


部屋に漂う地元感がすごい。

部屋の主の公爵は、手酌でワインを飲んでるし。


父は、景気良くグラスを干すと、その味に唸りをあげる。


「帝国の酒は、美味いな。やはり一流どころは違うものか」


「馬一頭買える値段らしいですよ、そのワイン」


「なんだと!」


父がびっくりしていた。

私が最初に価格を聞いた時と、同じ反応である。


まぁ、如何にお高いものであっても、中身は、ぶどうを発酵させたお酒なのだ。

酒場で売っているものと比べても、成分的には大差ない。

開けちゃったら飲むしか無いし、金品の代わりに、たらい回しにされるよりは、美味しく飲んでもらったほうが、このお酒も喜ぶだろう。


私達も、お金持ちになってきたし、たまにはいい経験である。


部屋に、色とりどりの酒瓶を持ち込んだ幹部が、私にグラスを差し出した。


「お嬢はどうします」


「甘いやつもらえる?」


お子様舌な私の要求に、気のつく男が応えてくれた。


酒精をオレンジの果汁に割ったものを供された私は、それを一口含む。

飲みやすいな。

アルコールはきつそうだが。


私が喉を湿らせれば、待っていたかのように、父が土産話を督促した。


「さぁ、話を聞かせてくれ、アリシア。楽しみにしていたんだぞ」


「そうですねぇ、どこから話しましょうか」


顎に手を当てて考え込む私に、騎兵隊の男からリクエストが入る。


「そりゃあもちろん、あの馬鹿を、どついたところからでしょう。最近のエドワードの吠え面は、見ものですが、肝心のお嬢の武勇伝がわからない。これは聞かないわけにはいきませんて」


これを聞いて、皆が笑う。


ここランズデールでは、エドワードは大人気だ。

酒場に行けば、必ずと言っていいほど似顔絵があって、ダーツの的にされている。

穴だらけになるのは分かるのだが、時々大きく凹まされていたりもするそうだ。


ダーツの的を蹴ったりしちゃ駄目だよ。


じゃあ、王都の脱出劇の話をしようかな。

私は景気良く語り始めた。


「奴には、右の拳を叩き込んだのだけれど、頬骨は間違いなく粉砕したわ。手応え的には、全治三ヶ月ってところだと思う。こう、めごしゃぁっ、って感じで吹っ飛んでいったわね」


「お嬢、随分と手ぬるくないですか。腹に追撃入れるぐらいはできたでしょうに」


「ぶん殴ったら思ったより遠くに飛んじゃったのよ。奴の頭の軽さを見誤った、私のミスね」


「せめて、もう一撃入れておきたいところだな。でなければ、10年前にお前を奪われた、私の気が済まん」


男達と一緒に、父も物騒な笑いを浮かべていた。


エドワードに対する憎悪は、おそらく私よりも父のほうが深い。

もし、もう一度、やつを殴る機会があったなら、「これは父ラベルの分、これも父ラベルの分、そしてこいつが父ラベルの分だァァァ!」ぐらいの勢いで、滅多打ちにするべきかもしれない。


でも、そこまでやると、さすがのエドワードも死にそう。


「王都を落としてからの、楽しみにしましょうか。もっとも王族と生きて会えるかは、微妙なところですけど」


「ああ、期待薄だな」


ランズデールは、カゼッセルよりも王都に近い。

王都の生々しい惨状についても、当然のごとく伝わってきていた。


既に市井の困窮は、深刻な水準だそうだ。


日々のパンすら配給制で、それも少なくなっている。

にも関わらず、贅沢に慣れきった王族達は、豪奢な生活をやめようとしない。


ジョンやエドワードは安定の酷さだが、それに輪をかけて、王妃の浪費が酷いらしい。


王族たるもの、どんなときでも気品を忘れてはなりません。


そう言って、茶会やらパーティーやらを開いては、贅沢に食料を浪費しているそうなのだ。

王家が無限に食料の湧くツボを持っているわけではない。

肉も野菜も果物も、全部、周りの町や村から強引に徴発して集めているのである。


当然、恨みは積もる。


あとは、きっかけさえあれば、決壊した怒りが王家を滅ぼすだろう。


「王都の騎士団が負ければ、間違いなく市民が暴発する。その矛先は当然王家だ。まず全員助かるまい。首だけでも残っていれば、弔ってやるぐらいはできるんだがな」


父の表情に、ほろ苦いものが走る。


この期におよんで、彼ら王族の助命はありえない。

だが父にとって、僭主ジョンは、従兄弟でもあるのだ。


ジョンが死んだ後、歴代王家の墓に入れてやるぐらいは、してやりたいということだろう。


死者の列に加われば、悪事を働くことはできない。

今の王家は別にして、歴代の王国国王に対しての敬意は、大事にしてもいいと、私も考えている。


「次は、帝国の話を聞かせてもらおうか」


「帝国は、すごいんですよ!美味しいものが、いっぱいあってですね……」


「いや、そんなものよりお前の新しい婚約者だろう。詳しく話しなさい」


「ジークなら、お父様は勝手に連れて行ってしまったじゃありませんか。

きちんと二人で、挨拶する予定でしたのに」

私は怒って見せた。


はっはっは、すまんすまん。


父は、余り反省していない様子で笑う。

それから、ふっと表情を改めると、わたしの肩に手をかけた。


なにかしら、お父様?


「ところで、なんだそのジークという呼び方は。随分と親しそうじゃないか。そういう、さりげない親密さアピールが、一番お父さんのハートに刺さるんだぞ」


「いえ、もう深い仲ですし、愛称ぐらい呼ぶでしょうよ」


私は反論したが、これに絡んできたやつがいる。

ランズデールが誇る女ドランカー、メアリ・オルグレンだ。


「そうですよラベル様、深い仲です。あのアリシア様が、素敵な男性と深い仲! 五年ぐらい前まで、素っ裸で、そこら辺をぺたぺた歩き回ってた、子ザルだったのに!」


「黙れメアリ!自分だって、コンラートとそういう関係でしょうが!」


私と酔っぱらいメアリが、低レベルな言い争いを始める。


座った眼をした父は、私を掴む手に力を入れた。


「アリシア、前に私は言ったはずだ。お前の相手は、お前を一生苦労させないだけの財力があり、お前を守るだけの地位と権力と腕力を持ち、優しく、誠実で、しかも一途にお前の事を想う男でなければならないと」


「ジークならその条件、全部クリアしてますわ」


私は自信満々で言い返した。

ジークはすごいのだ。


私の恋人自慢を聞いて、父は頭をかきむしる。


「おお、そうだとも!何だ、その完璧超人。ふざけるな。何喰ったら、そんな男が育つんだ。しかも、爽やか好青年ときたもんだ。俺は悔しい。こんな男にお前が貰われていったら、俺が偉そうにできないではないか!」


「お父様、言うことがちっちゃいですわ」


「いや、親父殿の言うことは、昔から小さいですよ。アリシア様の初陣から、変わってませんし」


そう言えばそうね。


私の初陣に反対した父は、騎兵隊の精鋭十人がかりで、私とメアリを止めようとしたのだ。

まぁ、私が全員まとめて、返り討ちにしてやったのたが。


どうやら、父は、ジークのことが気に入ったようである。

父曰く、特にアリシアに首ったけなところが、素晴らしいとのこと。


親ばかだなぁと思いつつも、私も照れてしまい、調子に乗って惚気けまくった。


騎兵隊の皆からは、うんざりした顔をされた。


「ちょっとぉ、あんた達が聞きたいって言うから、話してるんでしょう。真面目に聞きなさいよ!」


「いえ、お嬢、そのぐらいにしてやってください。親父殿が死んでしまいます」


「えぇ・・・・・・。お父様!?」


後ろを振り返れば、父が白目を剥いて死にかけていた。


お父様は、最近、女の人と接触少なかったから、もしかして刺激が強すぎたかしら。

私は父の頬を、てしてし、と叩いて気付けをした。


「起きて、起きてくださいませ、お父様」


父は、地獄の亡者のような顔をして目を開く。


「ジークハルトとかいったか、あの程度で済ませたのは、失敗であったわ」


「そんなに、エッチな下着が刺激的でしたの、お父様?」


「お嬢、どうかそのぐらいで!」


赤くなったり白くなったりする父が面白くて、私は、ついつい、からかい過ぎてしまった。


里帰り初日の夜は、賑やかにふけていく。

久々の帰省で、皆が変わっていないかと、少し心配もしたのだけれど、まったくこれっぽちも変わっていなくて、私はほっと胸をなでおろした。


実家の皆といると、やっぱり楽しい。


ランズデール人は上から下まで馬鹿ばっかりだ。


私がそう、慨嘆してみれば、メアリは心外そうな顔で私を見やる。


「いえ、アリシア様も、立派なランズデール人でございますよ?」


「そうね、酒が入った貴女ほどではないと思うけどね」


私とメアリは、やりあってから笑み交わす。


私の後ろでは、親ばかをこじらせた父親が一人、すっかり大人になってしまった娘を受け入れられずに、目を回して眠っていた。


可愛いなぁ。

以上が、私の父と実家の記録だ。


私のランズデール愛と、父馬鹿っぷりの一端でも感じて頂ければ、幸いである。

ラベル「信じて送り出した愛娘が、帝国の皇子にドハマリして帰ってくるなんて…」

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