父とわたし
父がジークを半殺しにした。
夕食も終わった時分、ジークが、練兵場から戻ってきた。
私が急いで迎えに行くと、ジークはベッドの上で呻いていた。
私はベッドの脇に跪いて、ぐったりと横たわるジークの手を握る。
「大丈夫、ジーク?」
「あぁ、アリシア、今日はダメだ。今日は許してくれ。あと、回復してくれ」
あのカッコつけたがりのジークが、いろいろと垂れ流しだった。
相当な重症である。
目立った外傷はない。
これは、思いっきり父に可愛がられたのだろう。
私はホロリと涙をこぼす。
私の婚約者に、なんてことをしてくれちゃってるの、お父様……。
私は、長旅が終わって、久しぶりにジークといちゃこらする予定だったのに。
その計画が台無しである。
私は、夜遅くなってからようやく屋敷に戻ってきた父に、抗議の直談判を行うことを決めた。
というか、ほぼ一年ぶりに帰郷した、可愛い娘を放り出して、その婚約者とよろしく始めちゃう父親ってひどくない?
私はお父さんっ子ではあるけれど、無制限に甘いわけでもないのである。
これは一言、物申さねばなるまい。
そして寝間着にガウンを羽織った私は、父の執務室の前に立った。
ジークは、部屋においてきた。
これからの戦いには、ついてこれそうもない。
彼のことは、帝国の人たちが、きちんとお世話してくれるから、心配はしていない。
私の前に立つ、古びた分厚いだけの木の扉が懐かしい。
背が伸びたせいか、記憶にある扉より、少し小さく見えた。
どんどん! と、威勢よくノックしてから、私は勢い良く扉を開け放った。
「お父様!」
中を見渡せば、だだっ広いだけの執務室。
これまた、頑丈なだけが取り柄の執務机がでんと鎮座して、その後ろに私の父が座っていた。
喜色を溢れさせた父が立ち上がる。
そう、私の父だ。
一年前、私が出征する前日に、唐突に生えてきた白髪を見て、大変なショックを受けていた、我が父ラベルが、そこにいた。
「俺はまだ三十代だぞ!」
叫ぶ父を見て私は思ったものだ。
もうすぐ四十なんだから、白髪の十本や二十本ぐらい生えてくるものだよ、お父様。
父は地が出ると第一人称が変わる。
ちなみにジークのお父様も同じらしい。
変な共通点だ。
「アリシア、待っていたぞ!」
「はい、お父様!」
父が手を広げてくれたので、私はその腕の中に飛び込んだ。
ほとんど条件反射である。
おとーさまー!
私の飛び込み癖は、父に鍛えられたものである。
ラベルのたくましい腕が私を抱きとめる。
うーん、やっぱり、この感じが落ち着くなー。
ところで、私は怒っていたような気がするが、一体なんだったかな。
まぁ、いいか。
父は私の頭を乱暴に撫でた。
「しかし、本当に大きくなったなぁ。見違えたぞ」
「昼にも、同じことを仰っていたじゃありませんか。まるで、たまに会った、親戚のおじさんみたい」
「お前には俺以外、親戚なんぞいないだろう」
父は、酷いブラックジョークを飛ばした。
私の親戚は、母方は不在だ。
父方は王家だ。
例えばはとこは、腰抜けのエドワードである。
いないほうが良いという人間も、世の中にはいるのである。
なので、彼らは私の親戚では無い。
よって、私に親戚は、いないのである。
ひとしきり二人で笑いあってから、父は、私を床に下ろすと、自分の椅子に腰掛けた。
私はその父の膝の上に乗る。
私が、自然な動作で尻の位置を調整すると、頭の上で父が苦笑する気配がした。
「相変わらずだな、アリシア」
「ええ、お父様の娘ですもの」
私の父に抱く印象は、でかい、強い、優しい、以上! って感じだ。
我が父ラベルは、よそ様には、威厳ある男と言われているが、私にとっては仲がいい一人親である。
見た目はごついのだが、実は体毛が薄い。
髭を蓄えたいのだが、ひょろひょろしたのしか生えてこないと愚痴っていた。
膝の上に乗る身としては、髭が濃いとジョリジョリするのでご勘弁願いたい。
そんな私の頭を撫でながら父が口を開く。
「アリシア、そろそろ、私の膝も卒業しなさい。もうお前も18だろう」
「えー、もうちょっとの間だけですから、お父様」
「いやー、そろそろまずいですよ、その体勢」
へらへらとした顔で割って入ったのは、酒が入ったメアリだ。
相変わらず、ゆがみないまでの酒乱っぷりで安心する。
メアリはゆったりとした部屋着に身を包んでいた。
行儀悪く、粗末な椅子にもたれながら、むき出しの綺麗な脚を投げ出している。
いろいろと目の毒だ。
「いや、見た目を言うなら、メアリのほうがアウトだよ」
「全員既婚者ですから、問題ありませんって」
「いや、問題しか無いでしょうよ、ボス。あとラベル様は未婚です」
メアリをボスと呼ぶ、若い将校が苦言を呈する。
メアリはにやりと笑って酒瓶を振った。
執務室にはメアリほか、ランズデール騎兵隊の幹部数人が、酒瓶や料理の皿を持ってたむろしていた。
当然、全員私服だ。
かくいう私もガウンを羽織った寝間着姿である。
部屋に漂う地元感がすごい。
部屋の主の公爵は、手酌でワインを飲んでるし。
父は、景気良くグラスを干すと、その味に唸りをあげる。
「帝国の酒は、美味いな。やはり一流どころは違うものか」
「馬一頭買える値段らしいですよ、そのワイン」
「なんだと!」
父がびっくりしていた。
私が最初に価格を聞いた時と、同じ反応である。
まぁ、如何にお高いものであっても、中身は、ぶどうを発酵させたお酒なのだ。
酒場で売っているものと比べても、成分的には大差ない。
開けちゃったら飲むしか無いし、金品の代わりに、たらい回しにされるよりは、美味しく飲んでもらったほうが、このお酒も喜ぶだろう。
私達も、お金持ちになってきたし、たまにはいい経験である。
部屋に、色とりどりの酒瓶を持ち込んだ幹部が、私にグラスを差し出した。
「お嬢はどうします」
「甘いやつもらえる?」
お子様舌な私の要求に、気のつく男が応えてくれた。
酒精をオレンジの果汁に割ったものを供された私は、それを一口含む。
飲みやすいな。
アルコールはきつそうだが。
私が喉を湿らせれば、待っていたかのように、父が土産話を督促した。
「さぁ、話を聞かせてくれ、アリシア。楽しみにしていたんだぞ」
「そうですねぇ、どこから話しましょうか」
顎に手を当てて考え込む私に、騎兵隊の男からリクエストが入る。
「そりゃあもちろん、あの馬鹿を、どついたところからでしょう。最近のエドワードの吠え面は、見ものですが、肝心のお嬢の武勇伝がわからない。これは聞かないわけにはいきませんて」
これを聞いて、皆が笑う。
ここランズデールでは、エドワードは大人気だ。
酒場に行けば、必ずと言っていいほど似顔絵があって、ダーツの的にされている。
穴だらけになるのは分かるのだが、時々大きく凹まされていたりもするそうだ。
ダーツの的を蹴ったりしちゃ駄目だよ。
じゃあ、王都の脱出劇の話をしようかな。
私は景気良く語り始めた。
「奴には、右の拳を叩き込んだのだけれど、頬骨は間違いなく粉砕したわ。手応え的には、全治三ヶ月ってところだと思う。こう、めごしゃぁっ、って感じで吹っ飛んでいったわね」
「お嬢、随分と手ぬるくないですか。腹に追撃入れるぐらいはできたでしょうに」
「ぶん殴ったら思ったより遠くに飛んじゃったのよ。奴の頭の軽さを見誤った、私のミスね」
「せめて、もう一撃入れておきたいところだな。でなければ、10年前にお前を奪われた、私の気が済まん」
男達と一緒に、父も物騒な笑いを浮かべていた。
エドワードに対する憎悪は、おそらく私よりも父のほうが深い。
もし、もう一度、やつを殴る機会があったなら、「これは父ラベルの分、これも父ラベルの分、そしてこいつが父ラベルの分だァァァ!」ぐらいの勢いで、滅多打ちにするべきかもしれない。
でも、そこまでやると、さすがのエドワードも死にそう。
「王都を落としてからの、楽しみにしましょうか。もっとも王族と生きて会えるかは、微妙なところですけど」
「ああ、期待薄だな」
ランズデールは、カゼッセルよりも王都に近い。
王都の生々しい惨状についても、当然のごとく伝わってきていた。
既に市井の困窮は、深刻な水準だそうだ。
日々のパンすら配給制で、それも少なくなっている。
にも関わらず、贅沢に慣れきった王族達は、豪奢な生活をやめようとしない。
ジョンやエドワードは安定の酷さだが、それに輪をかけて、王妃の浪費が酷いらしい。
王族たるもの、どんなときでも気品を忘れてはなりません。
そう言って、茶会やらパーティーやらを開いては、贅沢に食料を浪費しているそうなのだ。
王家が無限に食料の湧くツボを持っているわけではない。
肉も野菜も果物も、全部、周りの町や村から強引に徴発して集めているのである。
当然、恨みは積もる。
あとは、きっかけさえあれば、決壊した怒りが王家を滅ぼすだろう。
「王都の騎士団が負ければ、間違いなく市民が暴発する。その矛先は当然王家だ。まず全員助かるまい。首だけでも残っていれば、弔ってやるぐらいはできるんだがな」
父の表情に、ほろ苦いものが走る。
この期におよんで、彼ら王族の助命はありえない。
だが父にとって、僭主ジョンは、従兄弟でもあるのだ。
ジョンが死んだ後、歴代王家の墓に入れてやるぐらいは、してやりたいということだろう。
死者の列に加われば、悪事を働くことはできない。
今の王家は別にして、歴代の王国国王に対しての敬意は、大事にしてもいいと、私も考えている。
「次は、帝国の話を聞かせてもらおうか」
「帝国は、すごいんですよ!美味しいものが、いっぱいあってですね……」
「いや、そんなものよりお前の新しい婚約者だろう。詳しく話しなさい」
「ジークなら、お父様は勝手に連れて行ってしまったじゃありませんか。
きちんと二人で、挨拶する予定でしたのに」
私は怒って見せた。
はっはっは、すまんすまん。
父は、余り反省していない様子で笑う。
それから、ふっと表情を改めると、わたしの肩に手をかけた。
なにかしら、お父様?
「ところで、なんだそのジークという呼び方は。随分と親しそうじゃないか。そういう、さりげない親密さアピールが、一番お父さんのハートに刺さるんだぞ」
「いえ、もう深い仲ですし、愛称ぐらい呼ぶでしょうよ」
私は反論したが、これに絡んできたやつがいる。
ランズデールが誇る女ドランカー、メアリ・オルグレンだ。
「そうですよラベル様、深い仲です。あのアリシア様が、素敵な男性と深い仲! 五年ぐらい前まで、素っ裸で、そこら辺をぺたぺた歩き回ってた、子ザルだったのに!」
「黙れメアリ!自分だって、コンラートとそういう関係でしょうが!」
私と酔っぱらいメアリが、低レベルな言い争いを始める。
座った眼をした父は、私を掴む手に力を入れた。
「アリシア、前に私は言ったはずだ。お前の相手は、お前を一生苦労させないだけの財力があり、お前を守るだけの地位と権力と腕力を持ち、優しく、誠実で、しかも一途にお前の事を想う男でなければならないと」
「ジークならその条件、全部クリアしてますわ」
私は自信満々で言い返した。
ジークはすごいのだ。
私の恋人自慢を聞いて、父は頭をかきむしる。
「おお、そうだとも!何だ、その完璧超人。ふざけるな。何喰ったら、そんな男が育つんだ。しかも、爽やか好青年ときたもんだ。俺は悔しい。こんな男にお前が貰われていったら、俺が偉そうにできないではないか!」
「お父様、言うことがちっちゃいですわ」
「いや、親父殿の言うことは、昔から小さいですよ。アリシア様の初陣から、変わってませんし」
そう言えばそうね。
私の初陣に反対した父は、騎兵隊の精鋭十人がかりで、私とメアリを止めようとしたのだ。
まぁ、私が全員まとめて、返り討ちにしてやったのたが。
どうやら、父は、ジークのことが気に入ったようである。
父曰く、特にアリシアに首ったけなところが、素晴らしいとのこと。
親ばかだなぁと思いつつも、私も照れてしまい、調子に乗って惚気けまくった。
騎兵隊の皆からは、うんざりした顔をされた。
「ちょっとぉ、あんた達が聞きたいって言うから、話してるんでしょう。真面目に聞きなさいよ!」
「いえ、お嬢、そのぐらいにしてやってください。親父殿が死んでしまいます」
「えぇ・・・・・・。お父様!?」
後ろを振り返れば、父が白目を剥いて死にかけていた。
お父様は、最近、女の人と接触少なかったから、もしかして刺激が強すぎたかしら。
私は父の頬を、てしてし、と叩いて気付けをした。
「起きて、起きてくださいませ、お父様」
父は、地獄の亡者のような顔をして目を開く。
「ジークハルトとかいったか、あの程度で済ませたのは、失敗であったわ」
「そんなに、エッチな下着が刺激的でしたの、お父様?」
「お嬢、どうかそのぐらいで!」
赤くなったり白くなったりする父が面白くて、私は、ついつい、からかい過ぎてしまった。
里帰り初日の夜は、賑やかにふけていく。
久々の帰省で、皆が変わっていないかと、少し心配もしたのだけれど、まったくこれっぽちも変わっていなくて、私はほっと胸をなでおろした。
実家の皆といると、やっぱり楽しい。
ランズデール人は上から下まで馬鹿ばっかりだ。
私がそう、慨嘆してみれば、メアリは心外そうな顔で私を見やる。
「いえ、アリシア様も、立派なランズデール人でございますよ?」
「そうね、酒が入った貴女ほどではないと思うけどね」
私とメアリは、やりあってから笑み交わす。
私の後ろでは、親ばかをこじらせた父親が一人、すっかり大人になってしまった娘を受け入れられずに、目を回して眠っていた。
可愛いなぁ。
以上が、私の父と実家の記録だ。
私のランズデール愛と、父馬鹿っぷりの一端でも感じて頂ければ、幸いである。
ラベル「信じて送り出した愛娘が、帝国の皇子にドハマリして帰ってくるなんて…」




