表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
女王アリシア
66/116

ラベルと皇子

有罪が確定した被告人が、刑場に赴く時、彼らは何を思うのであろうか。

俺は重い足取りを運びながら、裁かれる者たちの心情に思いを馳せた。


思えば、最近の俺は、人を裁くばかりで、少し傲慢になっていたのかも知れぬ。

無事に国に戻れたら、慈悲の心を大切に日々を過ごそう。

俺はそう思った。


練兵場へ続く道は、青々と茂る夏の草と、赤茶けた路面のコントラストも鮮やかだ。

生気漲るランズデールの夏の風景だった。


その中で、幽鬼のような顔で進む俺の姿は、さぞかし浮いていたことだろう。


横を向けば、俺の護衛騎士のクレメンスが、気の抜けた顔で歩いていた。

俺の視線に気付いた奴は、満面の笑顔を俺に向ける。


「ざまをみろ、バカップル!」


時として、人の顔は、言葉よりも雄弁に物を語る。

全力全開の煽りを受けて、俺は絶体絶命の状況も忘れ、その面に拳を叩き込みそうになった。


鉄の自制心を働かせ、ぐっと拳を握り込む。


この男は、今、俺が、身動き取れないとわかっていてやっている。

間違いない。

糞が。

誰だこの男を近衛騎士に抜擢した阿呆は。


残念ながら、それは三年前の俺である。


この不忠者を、張り倒してやりたいのは山々であるが、その前に、俺は試練を乗り越えねばならなかった。

判決を待つ被告人のような面持ちで、俺は、薄暗い練兵場の門を潜り抜ける。


そして、場内に足を踏み入れた俺たちを、騎兵隊の将校らしき男が出迎えた。


「親父、準備できてますぜ!」


「親父」とは、おそらくラベルのことだろう。


王国の公爵を彼を気安く呼びつけた男は、しつらえた卓の前で、大きく手を振っていた。

練兵場の片隅に、歓迎の準備がされていた。

アリシアが殴りつけても、砕けそうにないほど、無骨な作りをした木製のテーブルの前に、椅子が二脚置いてある。


卓の上には、酒瓶が並び、腸詰めやら、新鮮な野菜やらを、これでもかと盛り付けた大皿が鎮座していた。


酒瓶を冷やす水桶には、氷が浮かんでいる。

おそらくランズデールにも、氷を使う魔法使いがいるのだろう。


彼らの言う歓迎は、俗に言う手荒いそれのことではなく、本物の歓迎であった。


「さあ、かけてくれ。男同士、じっくりと話そうじゃないか」


ラベルは快活に言葉を重ねる。


あれは、俺の跡取り娘だ。

当然、婿を迎えるつもりだったんだがな。

アリシアめ、まさか帝国の皇子を捕まえてくるとは。

いや、親馬鹿で済まないが、たいした娘だと思わんか?

はっはっは。


ラベルが豪快に笑った。


この落差に、俺が付いていけずにいると、それに気付いたラベルが、茶目っ気ありげに、にやりと笑った。


「アリシアは、あれで、なかなか面倒くさいところがあってな。構ってやらないと、それはそれで拗ねるのだ」


「なるほど」


たしかにアリシアは、そういうところがある。

過保護にされるのも、窮屈がるが、女の子扱いをされないのは、それはそれで悲しいらしい。


たしかに面倒な娘だな。


「俺の娘とはいえ、自分の行動について、責任も取れぬような人間に、兵権を預けたりはせんよ。男親として、通過儀礼には付き合ってもらうつもりだが、それはそれだ。あれが決めた男なら、文句は言わん。まぁ、とりあえず座ってくれ」


「承知した」


人心地ついた俺は、ラベルの言葉に従って、椅子に腰を下ろす。

酷く落胆した様子のクレメンスが、お義理のように、俺の後ろに立つ気配を、俺は感じた。


最近、俺は、帝国人の忠誠を疑っている。

折り目正しいランズデール人から、側近を入れたほうが良いかも知れぬ。


俺は、人事の刷新を検討することにした。


卓についたラベルは、最初に頭を下げた。


「まずは礼を言わねばならんな。アリシアが世話になった。このとおりだ。娘からも、随分と助けられたと聞いている」


「いえ、こちらも思惑あってのことです。それにアリシアは、帝国でも武勲を挙げている。世話になったというのであれば、もはやお互い様でしょう」


俺は、慌てて遮った。


アリシアとは、既に貸し借りをするような仲ではないつもりだ。


それに、そもそも当初、帝国が企図したのは、保護ではなく誘拐だ。

感謝される筋でもなかった。


それとは別に、俺は、久々に口にした敬語に戸惑いを覚えた。

皇帝である父とは、すでに慣れた関係だ。

敬語など、公式の場で、決まった台詞を述べるぐらいしか、使う機会がない。

故に、自分の発言に対する違和感が酷かった。


だれだ、この男。


慇懃な物言いに、勝手に居心地が悪くなった俺であるが、幸いなことにラベルから助け舟が出た。


「そう言ってもらえると、ありがたい。で、まずはお互いの呼び方だが、ジークハルトと、呼び捨てにさせてもらっても構わないか。私のことも、ラベルと呼んでくれ。あと、お義父さんは勘弁してもらいたい。親父呼ばわりは、手下どもで、もう十分だ」


「ならば、ラベル殿と呼ばせてもらおう。俺にも敬語は不要だ。よろしく頼む」


俺は笑って了承し、ラベルと握手を交わす。

こちらとしても願ってもない申し出だった。


さすがはアリシアの父、話がわかる。


そして、さらばだ、敬語を使う、きもいジークハルトよ。

義実家の父とも、気安く話すようになった以上、もはや、お前と会うこともないだろう。


ラベルが二つの杯に酒を注いでから、片方を俺の方に寄越した。

受け取って俺は一息にそれを干す。


「不味いな」

同じく杯を空にして、ラベルが笑う。


夏の日差しの中、口にする冷えた酒の喉越しが心地良い。


だが、彼の言うとおり、渋味が強いぶどう酒は、お世辞にも旨いものではなかった。

醸造所の質が良くないのだろう


「ワインの赤を、上物から順に三本もってきてくれ。土産の中にあったはずだ」


俺が従者に言いつけると、命を受けた男が二人、急ぎ足で駆けていった。

それを見送りながら、ラベルが口を開く。


「さて、それでは、一番気になるところを聞かせてもらいたい。アリシアを妃に迎えたいというが、それは政治的な判断か。それとも君自身の思いからなのか」


「後者だ。俺が惚れた」


ひぇー。


俺が断言すれば、ラベルの後ろで聞き耳を立てていた男達から、悲鳴のような歓声が上がる。


一方のラベルは、満足げに頷いた。


「よく言ってくれた。君は、実に見る目があるな。アリシアは、私にとっては、可愛い娘だ。だが、うちの男どもは、あれを嫁にできる人間は、この地上には、ほとんどいないなどと言いおるのだ。私には信じられん」


「いや、お嬢を嫁にもらうには、相当な蛮勇が必要ですよ」


ラベルの言葉に、彼の護衛らしき男が答える。


俺は、義父と同意見だ。

アリシアは可愛い。

間違いない。


だが、護衛の男の言い分に、聞き覚えがあるのも確かだった。


「俺にはよくわからんが、アリシアを嫁にするのは恐れ多い、などと言う人間は帝国にも多かったな」


俺など、もしアリシアが三人いたら、三人とも嫁に貰いたいぐらいだ。

絶対楽しい

俺はいろいろあって死ぬかもしれんが、間違いなく大往生だ。


ちなみに、この思いを、俺はアリシアに伝えたことがある。

彼女からは、自分の取り分が三分の一になるのは嫌だと渋い顔をされた。


たしかに、アリシアは、一人いれば十分だ。

贅沢は言うものではないな。


そのアリシアは、「ジークが沢山いても、私は困っちゃうなぁ」と言っていた。

この辺りの違いは、男女の性差であると思う。


アリシアは、お相手は一人じゃなきゃ嫌だと言っていた。


もっともジークハルトが、二人以上いたとしても、アリシアは悩む必要など無いだろう。

例え俺が何人いようと、三日後ぐらいには、一人に減っているはずだ。

真のジークハルトの名を賭けた、ジークハルトによるバトルロワイヤルだ。

主演、助演、敵役、全員ジークハルトである。


どれが残るかは分からないが、全員同じ男なのだから、問題はあるまい。


俺は、そんな風に、熱く熱くアリシアへの思いを語った。


周囲の男達は、俺に畏怖の視線を向けていた。


「流石は帝国の皇子、言うことが違う」


「ああ、本物だ。間違いない」


一体、アリシアは、地元でどういう扱いになっているのか。

無骨な将校たちが、時折漏らす感嘆の声が、俺は非常に気になった。


一方のラベルは、俺の言葉に大きく頷きを返す。


「いや、君の言葉を聞いて安心したよ。アリシアは、どうにも受け身で、引っ込み思案なところがあってな。一度、好意を向けられれば、男女問わず、周りが心配になるぐらいに、入れ込むんだが、とにかく最初が難しい。あれと好き合ってくれる相手ができて、本当に良かった」


アリシアが奥手。


意外に聞こえるかもしれないが、俺はそのことを知っていた。

例えば皇后との文通であったり、最近迎えた侍女エリスのことであったりだ。


初対面の相手を前に、最初は不安そうにしていたアリシアの事を、俺はよく覚えている。

アリシアは、人間関係については、臆病な娘であった。


そして付け加えるならば、ひとたび懐のうちに入れてしまえば、ほとんど疑う事をしなくなる。

その点、酷く無防備であるともいえよう。


これだけ聞くと、世慣れぬ稚い少女のようだ。


これは、父親として、心配ではないのだろうか。


「逆に聞きたいのだが、俺がご令嬢を騙している可能性を疑わないのか。アリシアほど、世間ずれしていない娘も珍しい」


俺の懸念に、ラベルは首を横に振った。

なにやら、自信ありげだ。


「疑わんな。アリシアを騙せる人間が、この世にいるとは思えんからだ。戦場のあれを知る君なら、わかるだろう。なんでもいい、戦争であれを嵌められるか」


そう言われれば、返す言葉もない。


帝国軍は、戦場でアリシアを斃すことを諦めている。

俺たちも、戦争経験は長い。

その手の小細工が通じそうな相手かどうかは、動きを見れば分かる。


戦場におけるアリシアは、極めて慎重で狡猾だった。

そんな隙などありはしない。


ラベルは、そんな俺達よりもさらにアリシアに詳しい。

父親として、二十年近く、彼女と向き合ってきたのだから。


「あれが言うにはな、気配がするそうだ。危険ななにかを感じるのだと、アリシアは言っていた。見たことも会ったこともない、敵の心の機微さえ、どういうわけか感じ取る。まして面と向かって、あれへの悪意をごまかし切るのは、不可能に近い。名うての諜報員でも難しかろう」


例えば王太子エドワードは、見た目だけなら麗しい貴公子だ。


だが、アリシアは、出会った瞬間から、静かに嫌悪感をむき出しにしたそうだ。

エドワードから、何かを感じ取ったらしい。


アリシアの危機回避能力は、戦場だけに限った話ではない。

学生生活の間も、それは遺憾なく発揮された。


王都に暮らすアリシアに、陰謀の手が差し向けられた事は、一再ではなかった。

だがなぜか、その殆どが空振りに終わる。


普段と行動を違えたアリシアが、するりと罠を、かいくぐってしまうのだそうだ。

ラベルの手配した護衛が、陰から手を貸す必要もなかった。


なおこの護衛が、不慮の事故に見舞われた際、通りすがりのアリシアに助けられたことならあった。

護衛の存在意義が問われる。


ラベルは表情を改めた。

重大時の気配を感じる。

俺も表情を引き締めた。


「アリシアを娶るにあたっての絶対条件なら一つある」


「それは?」


俺が促せば、ラベルは俺を強く見返した。


迷いない瞳だ。

そして、奴は、勅書を読み上げる大法官のように、力強く断言した。


「金だ。相手は金持ちでなければならぬ」


「そうか、なら俺は問題ないな」


俺は大金持ちだからな。

完璧な伴侶といえるだろう。

さすが俺。


いやいやいや。

落ち着け、今少し冷静になるべきだ。


確かに、非常に、俺にとって都合のいい言葉だ。

しかし、大事な娘を送り出す親が言って良い台詞ではない。


いや、ある意味、親らしい台詞ではあるのだが、それを聞いて、無邪気に喜ぶわけには、いかないだろう。

まるで、夫の遺産にたかる、駄目な親族のようではないか。


俺は疑問を呈した。


「確かに、伴侶を守るため、財力が必要なのは事実だ、だかそれだけで良いのか。もっと、こう、例えばアリシアへの想いとか、彼女への愛とかが、大事なのではないのか?」


ラベルは、俺の陳腐な言葉を聞いて、憐れむような視線を向けた。

不明なる信者に道を示す導師のように、彼は俺を諭す


「まったく、アリシアの魅力を見抜いた君の言葉とは思えんな。いいかね……」


ラベルは、ここで一つ区切った。

そして、大きく息を吸い込んでから、目を見開いた。


「愛など、アリシアを見ていれば、いくらでも湧いてくるものではないか! そうは思わないかね、ジークハルト君! アリシアさえいれば、いくらでも手に入る。つまり愛など無限なのだ。その無限の愛の大小を競ったところで、なんの意味もない。しかし、金は違う。欲しいと思っても手にはいらないのだ。何度、俺があの子に綺麗なドレスを買ってやろうとして、涙を飲んだことか。君は、そんな思いを、アリシアにさせたいのかね!?」


ラベルは勢い良くまくし立てた。

俺は衝撃にうたれた。


確かに、そのとおりである。

金は稼がねばならぬ。

それは降って湧いてくるものではない。


だが愛など、アリシアさえいれば、いくらでも心の内から湧いてくるのだ。


俺は、気がついた。

アリシアを妻として迎えるならば、愛とは、いわば空気のようなものなのである。

生きていくのに何が一番大事か、と問われて「空気」などと答える人間は、馬鹿を見るような目で見られることだろう。


それと、同じことだ。


ラベルは、そのことを知っていた。

俺は、たしかに不明な男であった。

感動に打ち震えた俺は、思わずその両手を広げる。


「お義父さん……!」

「義息子よ……!」

そして、俺達は固く力強い抱擁を交わしたのだった。


正直に言おう。


俺はこの時まで、義父とは、血の繋がらない他人の一人であると、考えていた。

あくまでアリシアの父として、義務的な親戚付き合いをする、心づもりであったのだ。


しかし、ラベルは違った。

この男とは、アリシアを通じた、魂の結びつきを感じたのだ。

俺は、この時、そう錯覚した。


今にして思い返せば、多少、夏の熱気でのぼせていたようには、感じている。

だがこういうことは、深く悩んだら負けなのだ。


「すみません。うちの親父、ちょっと馬鹿なんで。いわゆる親馬鹿っていうやつなんですけど」


「いえ、当方も似たようなものです。こちらこそお恥ずかしい」


俺の後ろでは、不忠な俺の部下が、ランズデール公の付き人と、不敬な友誼を結んでいた。


だが、もはやそんなことはどうでもいい。


俺は、今、ここで、もう一人の父を手に入れたのである。

ランズデール公ラベルは、間違いなく俺の義父であった。



この糞暑い中に、ひとしきり男同士の抱擁を楽しんだ俺とラベルは、示し合わせたように体を離した。

しとど流れる落ちる汗と、肌に張り付くシャツの不快感が、俺を現実に引き戻す。


何をやっているのだ、俺は。


勢いで馬鹿なことなどするものじゃない。

いったい、いくつになったと思っている。


今年、26歳になります。


心の中で俺は自嘲した。


つい勢いで熱くなってしまったのだ。

ラベルは、ある意味で、俺の最大の理解者であった。

アリシアについて、ここまで熱く語れる人間は、なかなかいないのだ。


そのラベルは、なぜか俺、というか俺の体を凝視していた。

なにごとかと訝しむ俺を尻目に、彼は納得したような表情を浮かべる。


そして、ギラリと目を輝かせた。


やばい。

俺の背筋を、嫌な予感が走り抜ける。


俺は、ろくでもない事が、身に降りかかる気配を感じた。

アリシアとの付き合いも長い、俺の危機感知能力は、歴戦の戦闘指揮官と比べても、遜色ない水準まで研ぎ澄まされている。


ところで知っているか。


危険を察知できたとしても、回避できなければなんの意味もないということを。


ラベルが一歩、俺に向かって足を踏み出す。


「もう一つ、これは絶対ではないが、アリシアの伴侶となるには、大事な条件がある。君には教えておいたほうがいいだろう」


そして、さらにもう一歩、ラベルが近づく。


それから、なんと、ラベルは、自分の服を脱ぎ捨てた。

筋骨隆々たる偉丈夫の体躯があらわになる。


同時に俺の体感温度がぐっと上昇した。


やめろ!

なんとなく予想はついていたが、この展開は誰も喜ばない!

逃げ道を探る俺だったが、退路は存在しなかった。

どういうわけか、後ろに立ったクレメンスが、俺の行く手を阻むのだ。


貴様、どういうつもりだ。


慌てる俺の肩を、ラベルの力強い両手が、ガッチリとつかまえる。


「一つ、お手合わせ願おうじゃないか。アリシアの相方を勤めるなら、腕力と体力は重要だ。君もそう思うだろう?」


知らなかったのか。

義父からも、逃げられない……!

アリシアからも逃げられなかったからな。

仕方あるまい。



こうして、俺は義父ラベルと組手をすることになった。


燦々と照りつける太陽の下、真夏の日差しが降り注ぐ練兵場で、四十に近いおっさん相手に、徒手格闘の訓練である。


これのどこに心躍る要素があるというのか。


これもアリシアのためだ。

死んだ魚のような目で、自らに言い聞かせながら、俺は、決戦場へと向かう。

そしてぶっ倒れるまで、義父と半裸の付き合いを堪能した。


ああ、俺は、今、堪能と言った。


意外と悪くなかった。

というか、驚くほど楽しかった。


ラベルは、戦いにおける、アリシアの師であった。

彼女の強さは、間違いなく、この男の薫陶によるものだろう。


ラベルは、厳しい教師かと思いきや、これがなかなか、教え上手であった。


俺に隙があれば、鮮やかな技量で組み伏せてくるし、逆にこちらが良い動きをすれば、綺麗な受け身で技をかけさせる。


「良いぞ、今の動きだ!」


俺の当身を受けて、地面を転がりながら、ラベルが豪快に笑う。


先程はおっさんなどと言ったが、相手は王国の英雄ラベル・ランズデールだ。

そんな偉大な男から、手放しで賞賛されれば、当然悪い気はしない。


最近、政務に軍務にと、机に向かうばかりだった俺は、なぜかここランズデールで、気持ちのいい汗を流していた。

士官学校以来だろうか。

熟練の男との技量差だろう。

こちらが全力でぶつかっても、軽くいなしてくるラベルは、まさに最高の指導者であった。


俺が動けなくなるまで稽古は続き、最後、俺は大の字になって寝そべった。

まさかランズデールくんだりまで来て、義父となる男に、組手の稽古をつけられるとは思わなかった。


だが、なかなかに悪くなかったな。


充実感に満たされた俺は、満足げな息を吐いた。


そして本番が始まる


「よし、これで体も温まっただろう。次はその働きを、見せてもらおうか」


「なんだと?」


思わず、俺の口から本音が漏れた。

ラベルが続ける。


「なんだもなにもないぞ、ジークハルト。今、アリシアの、帰還と婚約を祝う祭りの準備をしているのだ。花婿のお前が働かないでどうする」


いや、先程まで、俺は体を動かしていたのだが。

そう疑問に思うものの、残念ながら、俺の頭は、夏の熱気と激しい稽古にやられていた。


そうか。


ラベルが言うなら、そうなのかもしれないな。


多少の疑問をがないでもないが、俺の周囲が、それを当然のように受け入れたため、俺は結局、場の勢いに流された。


そして、それから、俺は、麦の袋を倉庫へ運び、カゴいっぱいの野菜を厨房まで運んだ。

何度も何度も運んだ

まるで勤勉な働き蟻のように、荷物運びの下男達と肩を並べながら、倉庫の間を行き来する。


それが終われば、今度は会場の設営だ。

埃をかぶった台やら机やらを、物置から引っ張り出しては、並べていく。

中には、数十年の年季を感じさせる机もあった。


帝国なら間違いなく処分されているだろう。


俺は、必死に働いた。

一方、俺の護衛は、俺の後ろをついて歩くだけだ。


「手が塞がると、護衛の仕事ができなくなりますからね」


言っていることは正しいが、色々と間違っている気がするぞクレメンス。

ラベルは、合間合間に顔を出しては、俺を激励していった。


輝く笑顔が眩しかった。

ランズデール公、この男は大変な好漢であった。


そして俺は、ふとした瞬間、この男の笑顔にデジャブを覚えたのだ。

ラベルは、アリシアの父だ。


二人は、実はとてもよく似ていた。

夏の陽気の中、俺は、このむさ苦しい中年男の中に、たしかに愛する恋人の面影を見た。

見てしまった。


俺は戦慄した。


俺は、その日に限っては、一人寝を決め込むことにした。


記憶を風化させてからでなければ、最中に思い出してしまう。

それはなんとしても避けねばならない。


さもなくばベットの上で、アリシアを泣かせてしまうだろう。


結局、丸一日、帝国の第一皇子たるこの俺は、港湾労働者のような力仕事に駆り出され、足腰立たなくなるまでこき使われた。

散々、肉体労働で痛めつけられた俺であるが、その日はアリシアに慰めてもらうわけにもいかず、一人寂しく枕を涙で濡らすことになる。


以上が、俺がラベル・ランズデールと邂逅を果たした日の思い出だ。


我が義父となる人物は、まこと恐ろしい男であった。

ラベル「このぐらいで勘弁してやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機動強襲型令嬢アリシア物語 発売中です
一巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B0775KFGLK/
二巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B077S1DPLV/
三巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B078MSL5MY/
是非、お手にとって頂けると嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ