里帰りとわたし
作戦準備のため、私はランズデールに帰還することになった。
先だっての帝国北方遠征では、ランズデールの騎兵隊に来てもらったのだが、今回の戦場は王国だ。
策源地は、カゼッセルよりランズデールのほうが、いろいろな面で都合が良い。
というわけで、私は、ランズデール行きの話を、ジークに持っていった。
「王国の今後についても、一度、ランズデール公と話をしておきたかったところだ。俺も一緒に行こう。それに、一度、正式に挨拶もしておきたい。……貴女との、結婚のことについて」
「……そうですね。よろしくお願いします」
作戦のことで頭がいっぱいだったけれど、婚約や結婚の話などは、まだ直接、父に話してはいなかった。
私のお相手を、実家の父に紹介せねばなるまい。
でも、私の父はとても優しいのだ。
ジークは、非常にしっかりした男性であるし、きっと大丈夫だろう。
なにしろ私の自慢の婚約者なのだから。
えへへ。
惚気けました
私は、お部屋に戻ってから、里帰りの準備に取り掛かった。
側仕え四人と分担して作業する。
皆、テキパキとよく働いてくれた。
ただ一人、ステイシーだけは、びしっと部屋の警備に専念していたけれど、これはいつもどおりだから問題ない。
下手に手を出して、荷物をひっくり返されるよりずっとましだ。
「今回は、馬車を一台手配いたしましょう」
「私は乗らないわよ。馬にのるからね」
「アリシア様では無く、アリシア様のお洋服を乗せるのですわ」
エリスが私の勘違いを聞いて笑う。
私は、照れて頭を掻いた。
なるほど、すっかり失念していました。
いつもの遠征では、洋服なんてほとんど持って行かないから。
気のつくエリスが来てくれて、私は、大助かりである。
そういえば、馬車と言えば、もう一つの問題があったはずだ。
私は気がついた。
エリスは長時間の騎乗には、不慣れだったはずである。
「エリスの移動はどうするの? 馬車を使う?」
「いえ、だれかに同乗させてもらいます」
エリスは、クラリッサをつかまえる。
エスコート役を押し付けるつもりらしい。
「クラリッサ、二人乗りお願いね」
「えぇー、他に人いるじゃない。なんで私よ」
エリスは、何事につけ遠慮がないクラリッサと仲良くなったようだ。
クラリッサは、名門嫌いを気取っているけれど、エリスに構われて、満更でもない様子だった。
仲良きことは美しきかな。
私は一人頷いた。
そして、準備を整えた私たちは、護衛の皆さん達と一緒に、ランズデールへと出発した。
直卒する護衛部隊は、帝国軍正規騎兵の一千だ。
移動するのは、帝国や領主諸侯の勢力圏内である。
その中を異動するにあたって、千という護衛の数は、多いと言えば多いかもしれない。
カゼッセル要塞の外に出れば、王国はすっかり夏の気配であった。
護衛の騎兵に囲まれながら、私は、なぜか夏用のドレス姿で、馬の背に揺られていた。
しかも、跨るのではなくサイドサドル、いわゆる横乗りでの騎乗である。
私の着慣れた軍服は、畳んで馬車に積んである。
なんとエリスの提案で、人がいるところでは、お姫様アピールをしてみることになったのだ。
私は、少しだけ迷ったけれど、その提案に乗っかった。
ちょっと可愛いかなって思ったのだ。
メアリが、私のお嬢様ちっくな騎乗姿に、ぷっと小さく笑いをこぼす。
私は、羞恥と恥辱に打ち震えた。
なにさ! そんなに、似合わない!?
こいつめ……。
無礼な従者に、私のご機嫌は斜めである。
でもいいのだ。
ジークが褒めてくれるから。
「アリシア、よく似合っているぞ」
「ありがとうございます。ジーク」
横乗りには慣れないが、ゆっくりした行軍についていく程度なら、なんとでもなるだろう。
沢山の騎士に守られる、お姫様の気分で、私は乗騎を歩ませた。
さてここで、軍隊の移動について、ちょっとだけ解説したいと思う。
一般的な軍隊の進む速さは、とても遅い。
「行軍」というと、屈強なお兄さんたちが、快速の早足で進んでいそうなイメージがある。
だが、実態は違うのだ。
理由は、軍隊の進軍の様子を見てもらえば、わかってもらえると思う。
だいたいこんな感じだ。
まず、朝、日の出とともにみんなで起床する。
起床後、欠員がいないか点呼をとってから、朝ごはん作り。
軍の編成にもよるけれど、大体は、各自で火をおこしてから、それぞれで朝食を作る。
ゆっくりとご飯を食べてから、後片付け。
それから、野営陣地を引き払う。
おおむねこの時点で、日はかなり高くなっている。
まだ一歩も進んでいない。
朝飯食っただけだ。
その後、部隊の点呼を取って、一部隊ずつ順番に出発である。
それから、お昼の前に進軍停止。
朝、まとめて作っておいた、携行食を食べて一休み。
サンドイッチやおにぎりを、想像してもらえばいい。
実際はもっとまずいけどな。
そして、昼食を食べ終えたら、また一部隊ずつ進軍を始め、日が高いうちに停止して、野営の準備を始めるのだ。
暗くなるとテントを立てたりするのが難しいからね。
ゆえに早めの作業が必要なのだ。
おかげで冬場は、移動時間がめっちゃ短くなる。
寝る場所の準備ができたら、火をおこして、夕食を食べ、後片付けしておやすみなさい。
これが進軍時の一日の流れである。
お分かりいただけただろうか。
およそ、食って寝るのと、その準備だけで一日が終わる。
歩くのも、脱落者がでないようにゆっくりだ。
当然、その進軍速度はとっても遅くなるのである。
牛の歩みよりも遅かろう。
戦争は、短くとも数カ月、長ければ年単位の長丁場だ。
だから、兵士みんなの体調を損ねないように、進軍するときも、ゆっくりゆっくり進んでいく。
元気なご令嬢のピクニックのほうが、よっぽど速い。
これが、一般的な軍隊の進軍なのである。
さてさて、ところがである。
帝国軍は違うのだ。
いくつかスピードアップの秘訣があるのだが、私やジークのような、超重要人物が率いる部隊だと、一番快適なサービスを受けられる。
なんと輜重隊が先行して、野営から何から、全ての準備を整えておいてくれるのだ。
私たちは、ただ移動するだけでよい。
馬に乗っててくてく進めば、向かう先には、テント村ができていて、ご飯の支度もばっちりなのだ。
しかもなんと給食のサービス付きだ。
自分で作らなくても、暖かくておいしいご飯が食べられる。
まるで、移動するホテルのようだ。
辛く苦しい王国時代の戦争を知る私は、この至れり尽くせりのサービスに、涙を流して喜んだ。
帝国にお嫁入りして、本当に良かったと思う。
季節は初夏。
空気も空も高く高く晴れ上がり、吹き抜ける風が気持ちいい。
私は日よけのつば広帽を片手で押さえながら、ジークの隣を駆けていた。
緑が眩しい平原を進めば、数日のうちにウェルズリー領に入る。
候の領地は、王国一の穀倉地帯だ。
一面に広がる麦畑を、吹き抜ける風が渡り、青い穂をゆらす。
時折、農家の人たちともすれ違った。
彼らは、武装した私達に怯えた様子もなく、手を振ってくれた。
先触れが出ていたんだろうね。
とても平和な光景だった。
ランズデールへの道中、私たちはノーデンの街に立ち寄った。
私とメアリが、コンラートから帝国に誘われた街である。
そこでは、以前と同じように、ウェルズリー候が待っていて、嬉し涙を流しながら、私達を歓迎してくれた。
「アリシア殿下、ようこそおいでくださいました。
お元気そうなお姿を拝見できて、私、喜びに堪えません。
良かった。
本当に良かった」
「ありがとうございます、ウェルズリー卿。
貴方のお力添えがあったからこそ、私もここにいられるのです」
候は、そのままおいおいと泣き出してしまった。
わたしもちょっともらい泣きしてしまう。
半年前、不安な思いを胸に抱え、この街から帝国へと向かった日のことを、私は今でも覚えている。
砂と埃にまみれた軍服姿で、私はメアリと二人、ここからカゼッセルに落ち延びたのだ。
それが、まさか、こんな形で王国に帰還することになろうとは。
ノーデンの街で出迎えにあたってくれたのは、候だけではなかった。
街の人達も、総出で私達を歓迎してくれたのだ。
綺麗なドレス姿で手を振れば、彼らは歓声で応えてくれた。
「王女姿が様になってきたな」
「あっ」
ジークに言ってもらうまで、あんまり意識してませんでした!
王女様っぽく見えたようなので、ぎりぎりセーフである。
この日は、候のご子息のレインズも私達を出迎えてくれた。
彼は、私に、とても綺麗な敬礼をした。
メアリには、少し頬を赤らめながら、淑女に対する礼をとっていた。
……なんだろう。
私は、未だに、メアリに乙女力の差を見せつけられることがあるのだ。
間違いなく、ドレスは私のほうが豪華なのに。
中身の差は、そんなにも大きのだろうか。
大変に切ない。
ランズデールまでの道中は約十日間、旅路は概ね順調だった。
けれど、多少のトラブルにも見舞われた。
一つは、突然の大雨だ。
王国では、どこからともなく湧いてきた雨雲が、バケツを引っくり返したような雨を降らせることがある。
初夏の風物詩だ。
天気予報の魔術師のおかげで、私たちは間一髪、テント村に逃げ込むことに成功した。
数日の間、雨に閉じ込められて、私たちはすこし退屈な時間を過ごした。
でも、逆算するに、多分このときだと思う。
運命とは数奇なものだ。
もう一つは、ちょっと凄惨な話になる。
私たちが王国を兵糧攻めにしているのは前に述べたとおりだ。
王都と、そこに籠もる騎士団は、追い詰められていた。
彼らは、食料を調達するため、未だに王国に帰属している村や街へ繰り出して、強引な徴発を繰り返していた。
だが、そうやって調達できる食料は多くない。
騎士団の者達は、食糧確保のため、遠くまで出張るようになり、ついには、領主連合の支配地域にまで、ちょっかいをかけるようになった。
領主連合の諸侯は、これに対して、対抗措置をとった。
私の父、ランズデール公は、係争地を放棄して無人化済みだ。
略奪などしようがない。
北方のバールモンド辺境伯は、隷下の豊富な兵力を活かし、防御を固めた。
そして西方のウェルズリー侯は、恐怖によって王国軍を駆逐した。
街道も、王都にいるジョン達の勢力圏に近づいた時のことだ。
道を進んだ先に、問題があると斥候から連絡があった。
その光景を見て、ジークはこう評した。
「もずの、はやにえだな」
「進路を変えましょうか」
私は遠目にその光景を眺めやった。
戦慣れした私たちはともかく、エリスに見せるには酷な光景だろう。
ウェルズリー候の領地で、狼藉を働こうとしたものたちの末路が、長い槍の穂先に揺れて、野鳥の贄になっていた。
数は百ほどか。
その脇を抜けるのも、気分の良いものではない。
私たちは一時、街道を離れ、歩みを進めることになった。
聡いエリスは、なにかしら察するところがあったようだ。
だが、彼女は何も口にしなかった。
同乗するクラリッサは、隊列の端に寄り、エリスの視界にそれが入らないよう、乗騎を走らせた。
メアリは、念のため、対象の確認に走ってくれた。
「雑兵ばかりでした」
彼女の短い報告を聞きながら、私はしばし思案する。
王都の者たちは敵ではあるが、同時に王国の一員でもある。
王国の未来を考えるなら、全てを滅ぼすことはできない。
ゆえに、私は、どこまでを罰し、どこまでを許すかについて、考えなければならないのだ。
現在の王族を、生かしたままにする道は無い。
だが、その累をどこまで及ぼすかは、なかなか難しい問題になりそうだった。
ジークに相談しよう。
頼りになる婚約者の存在が心強い。
私は頼ってばかりだけれど。
万が一、彼から頼られた時に役に立てるよう、私も勉強を頑張らなくてはなるまい。
あ、でも戦闘なら私は強いな。
そっちで頑張ります。
片道十日強、ついに私たちは、ランズデールにたどり着いた。
私にとっては、西方国境で帝国軍を迎撃するために出撃して以来の帰郷となる。
その間に、私は、帝国軍と戦い、王都のパーティーで事件に巻き込まれ、帝国に亡命し、帝国の北で蛮族の討伐作戦に参加した。
こうやって振り返ると盛り沢山だ。
私とメアリにとっては、ほぼ一年ぶりの帰郷であった。
私達が向かう先には、騎兵の一団が待っていた。
その一番先頭に、私の大好きな、大きな、大きな体が見える。
短く切りそろえた黒い髪に黒い瞳。
胸にこみ上げるものがあった。
私は帰ってきたのだ。
ランズデールへ。
愛する父の元へ。
ランズデール公ラベルの姿が、そこにあった。
「お父様!」
私が叫ぶと、父は応えるように、大きく腕を振り上げる。
馬を飛び降りた私が、、転がるように走り出せば、父もまた馬を降り、手を広げて迎えてくれた。
脚に絡みつくスカートの裾がもどかしい。
裾をたくし上げて、私は駆けた。
そして、その勢いのまま分厚い父の胸に飛び込んだ。
私は父に抱きついて、胸いっぱいに息を吸う。
お父様の匂いがうすい。
お父様、おめかしするために、朝、お風呂に入りましたね?
「お父様、アリシア、只今戻りました」
「おかえり、アリシア。元気そうだな。それにすっかり大きくなってしまった。見違えたよ。とてもきれいになった」
私は、父に抱きついたまま、その胸に顔を埋めるように首をふる。
涙で、父のシャツを濡らしてしまった。
鼻水もつけてしまった気がするが、お父様なら、きっと許してくれるだろう。
父の顔を下から見上げる。
視界が霞んで見えないけれど、父は笑ってくれていたと思う。
それから、私が気の済むまでくっつき続けることしばし、後ろに誰かの気配を感じて、私はそっと体を離した。
近づいてきた人影は、やはり私の婚約者のものだった。
ジークが折り目正しく敬礼する。
「ランズデール公。お初にお目にかかります。帝国のジークハルトです」
「ああ、お初にお目にかかる。ラベル・ランズデールだ。娘が世話になった」
私はジークを見て、父の傍に立つ。
ジークは私の自慢の婚約者だ。
父へのお手紙にも、日々のあれこれを書いている。
私は胸を張った。
「ジークハルト殿下には、とてもお世話になっているのです、お父様」
父は、大きく私の言葉に頷いた。
そして、ジークに向き直る。
この時、父の瞳をよく見ていれば、私は続く惨劇を防げたのかもしれないと、今でも思う。
残念ながら、私の両目は、嬉し涙で曇っていた。
父は、厳かに告げた。
「それで、君は、アリシアに手を出したそうだな。詳しい説明を聞こうじゃないか。ジークハルト君」
「えっ」
まぬけな声をあげた私が振り返れば、蒼白な顔色をしたジークと目があった。
「責任は取らせていただくつもりです」
「良い覚悟だ。褒美にたっぷりと吠え面かかせてやる」
えっえっ、と私がうろたえるうちに、父とジークの間で話が進んでいく。
当事者の私は蚊帳の外だ。
お父様、誘ったのは私の方だよ! あと、いろんなものが漏れてるよ!
私は必死になって止めたけれど、話を聞いてはもらえなかった。
「アリシア、これは、男同士の大事な話だ。先に屋敷に戻って休んでいなさい」
父はそう言い置くと、そのままジークと連れ立って、練兵場の方へと消えていった。
帝国と、ランズデールの人間も、その後に続く。
私は呆然と立ち尽くす。
なぜ、どうしてこんなことに。
私は嘆いてみたけれど、男同士のぶつかり合いを、防ぐ手立てはなかったのである。
ジークー! カムバーック!
私の叫びは、夏の青い空に吸い込まれて、高く高くこだましたのだった。
ラベル「貴様の罪を数えろ」




