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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
60/116

王女と皇子

「『どっきどき☆秘密のいちゃいちゃ学園生活~アンとキラキラ王子様のきゅんきゅんラブストーリー~』。この名に覚えはありますか」


俺は、この台詞を、何のてらいもなく言い切ったコンラートに、惜しみない賞賛を贈りたいと思う。

この頭が沸いているとしか思えない戯曲の名は、奴の王国における苦闘を象徴するものでもあった。

コンラートとアリシアは、これの登場人物らしい。

ちなみにコンラートは攻略対象の一人であるらしい。

「虫唾が走る」と呻いていた。


「ありません」


アリシアは笑いを噛み殺しつつも断言した。

そして、こうも付け加える。


「すごい名前ですね」

「でしょう。ちなみにアリシア殿下はこの戯曲の中で、アンと王太子を取り合う敵役です」

「王太子を押し付け合うの間違いではなくって?」


アリシアの柳眉がこれ以上ないぐらいにねじ曲がった。

極めて不本意と顔に書いてある。

俺とコンラートは、アリシアの不機嫌顔にひとしきり笑いあう。

アリシアの経験からすれば、金を払ってでも引き取ってもらいたいぐらいの相手であろう。


それから、この日の本題を切り出した。

アリシアの知識についての話だ


「アリシアの記憶、あるいは知識について確認したい。貴女はいわゆる転生者なのかどうか、だ。例えば、ここにいるコンラートがそうであるように」


そしてコンラートが、転生者なるものについて語る。

いわゆる、前世の知識というやつだ。


アリシアが、ただの女児として生を授かったわけではないことは、彼女に関わる記録を見れば明らかだった。

彼女自身の、その早熟過ぎる能力についてもそうであるし、彼女が王国で為した事績についてもその端緒を見ることができる。

アリシアは直接の戦争指導だけでなく、ランズデールを含めた領軍の軍政改革まで実施している。

これだけやって、私は普通の女の子です、というのは通用しない。


「私は、おそらく転生者とは違います。私には、記憶があるのです。沢山の人間達の記憶が」


そして、アリシアは語ってくれた。

端的に言えば、彼女の頭のなかには映写機があるそうだ。

念じると、それに関わる映像を彼女は観ることができるらしい。

数百人とも数千にとも言える人間の知識を、彼女はいながらにして見ることができる。

ただ、制約もある。

話している内容は聞き取れるが、文字は読めないとのこと。


「便利だな!」

「すみません」


コンラートは笑い、アリシアは申し訳なさそうに頭を掻く。


ただ、正直に言えば、その程度であったのかとも思う。

確かに彼女の能力は規格外である。

しかし、アリシアの頭のおかしいレベルの自己鍛錬と比較すれば、さほどのことでもないように思われた。

知識は知識に過ぎぬ。

アリシア・ランズデールの活躍は、結局、それを人間を捨ててまで活かしきったアリシアの特異性があってこそのものだろう。


「ちなみにだが、アリシア。貴女の知識の中にあるもので、今、一番優先して、この帝国に導入したいものはなんだろうか」

「鉄道です」


アリシアは言い切った。

俺も頷く。

俺、というより帝国も全く同じ結論に至っている。

彼女の識見の高さを示すものでもあったろう。


だが、それは不可能なのだ。


「化石燃料がないんですよ」

「それでは仕方ありませんね…」


コンラートの言葉に、アリシアは肩を落とした。


「あれば、すぐに開発に取り掛かったんだがな。地質学的に見てもこの世界は相当に歴史が浅いらしい。石炭も石油もないと一部の人間が嘆いていた」

「故に樹脂製品の開発にも、相当制約がかかります」


これ以外にも、世界の違いによる細かな差異は多い。

結局、転生者が数多くいながら、その知識を活かしきれないのは、このあたりの事情による。

人類に都合が良い点としては、燃料としての木材の優秀さや、森林の成長スピードだろう。

コンラートの世界では、人口が増えれば、森もあっという間に無くなったらしいが、こちらでは、その森があっという間に再生する。

森林資源は豊富なうえ、生分解速度も早いので、環境汚染も起こりにくい。

反面、硝石やリンなどの物質は、コンラートいわく「異様に反応が悪い」そうだ。

おかげさまで、銃火器が作れない。


「俺の前世と比べると、衛生的で、暮らしやすい反面、便利さには欠けますね」


俺は言葉を引き継ぐ。


「コンラートの言うところによると、だがな。もっとも俺はこの世界しか知らんからなんとも言えん」

「私もジークと同感です。でもコンラートの話を聞く限り、向こうには美味しいものがいっぱいありそうな気配は感じています」


映像だけだと、味がわからないんですよねぇ。

腕を組み、厳かに瞑目しながら、アリシアはしみじみと慨嘆する。


「色々食べたいです。じゅるり」


じゅるりまで、自分で言う辺りがアリシアのアリシアたる所以だろう。

はしたないぞ、とからかえば、彼女は照れた笑いを浮かべていた。


個人としてみれば、アリシアの感性は、同年代の女性とさして変わらない。

いや、むしろ大人しい部類に入るだろう。

みな彼女と似たような感性でいてくれるのなら、世の中大分平和になるはずだ。

エンゲル係数は跳ね上がりそうだが。


ちなみにだが、帝国の歴代皇帝にも転生者はいた。

五代目の男だ。

その男は民主主義を衆愚政治と断じて、皇帝による中央集権化を進めたのだが、志半ばにして廷臣や民衆に嫌われ、暗殺された。

故に、評判はいまいちであった。


どんな政体であれ、長所と短所は表裏一体だ。

大事なのは、政治形態そのものよりも、どう運用するかであろう。

つまるところ最後は人間次第である。

何事もほどほどが良い、それが俺の政治哲学だった。


「まったくですわね」


アリシアに俺の考えを披歴したところ、彼女からも強い賛同をえた。



人は、自らの持つ権利に敏感だ。

他者の権益を頻繁に侵害して、省みることがないような人間は、必ず足を引っ張られる。

また、一度の些細な争いを根に持つようであれば、対立は深刻なものになりやすい。

いかにその識見が優れていようとも、そんな人間を俺の側にいれるわけにはいかなかった。


ちなみにコンラートは、この理由により政務からは外されている。

奴の執念深さは折り紙付きだ。

王国貴族に対するやりようは、似たような想いを持つ俺ですら、ちょっとどうかと思う時がある。

当然、政治家にはできぬ。


この点、アリシアは極めつけに優秀だった。

アリシアは、何事につけおおらかなのだ。

政治の事を知らぬわけでは、勿論無いが、一方に強く肩入れすることもない。

ある意味、無関心にもみえるぐらいのこだわりが薄さは、上に立つものとしては得難い資質だ。


加えて、多少の諍いなどすぐ忘れてしまう能天気さも兼ね備える。

故に、意見の具申もしやすいのだ。

多少の対立など、その場のことと流してくれる上役は、部下や同僚からも歓迎されるだろう。

識見も確かである。

故にアリシアは、俺にとっては、理想の相談役であった。

女王教育も兼ねて、俺は、彼女に側についてもらうことにした。



しかし、この決定は歓迎されなかった。

特に、官僚団に。


彼らは、次期皇帝の配偶者が、政治に口をさしはさむことに強く反発した。

国が乱れる元である。

彼らは、そう諫言した。


気持ちもわからないでもない。

歴史的に見れば、女にいれあげた国主が、国を道連れに身を滅ぼした例もごろごろしている。

心配にもなるだろう。

ついでにいえば、帝国の官僚組織は、典型的な男社会だ。

女性に対する評価にも、先入観がある。

彼らは、ろくに教育も受けていない小娘が、自分たちの仕事にくちばしを挟むのを嫌った。


だが、アリシアの軍政官としての実績を知っている俺からすれば、さほど感銘をうける話でもなかった。

本来、自領の防衛が関の山であるはずの領主連合軍をして、帝国との国家間戦争まで可能にさせたのは、アリシアによる後方支援部隊の改革あってのものだ。

アリシアの能力は並の官僚など歯牙にもかけぬ。


あるいはアリシアが嫌がるのであれば、やり方を変えようかとも思った。

しかし、当の彼女は気にするふうでもない。

「この程度で音を上げていては、王国で軍人など務まりませんよ」

アリシアはそう言って笑っていた。


そのうち慣れるだろう。

俺は気楽にそう考えていた。


おう、そうとも、甘かった。

帝国の官僚には、俺の子飼いの部下も多い。

俺に油断があったことも認めよう。


その日、俺達二人は官僚とともに執務室に詰めていた。

そして、何の前触れもなく、一人の官僚が地雷を踏む。

その男は、俺と戦後の通商策について話をしていたアリシアに、こう言い放ったのだ。


「女の平均的な知能は、男より劣るらしいですな。殿下もそうは思われませんか」


その時、執務室にいた女は、アリシアだけだ。


意図としても露骨であった。


馬鹿が。

俺は灼熱した。

そもそもそれは、どこぞの嫁に逃げられたまぬけが、腹いせに書いた論文だったはずだ。

その男を叩き出すつもりで立ち上がりかけた俺を、当のアリシアが制した。

へらりと、余裕有りげに笑って、俺に向き直る。


「帝国にも、初歩の統計学すらわからぬ方がいるのですね。官僚には優秀な方が多いと聞いていましたけれど、こちらの方は例外なのかしら」


そう、うそぶいたアリシアは、俺に書類を手渡した。

目と目が合えば、彼女は片目をばちこん☆と瞬かせる。

にやりと歪めた口元には、いたずらげな笑みが浮かんでいた。


上手く畳んでくださいませ。

彼女の顔はそう言っていた。


しかし、ばちこん☆、て。

たしかに、アリシアがすれば可愛いが、俺がやったら殴られそうだ。


承知した。

おれはアリシアからたすきを引き継いだ。


「アリシア、一つ教えてくれ。貴女は何カ国語を話せるのか?」

「王国語、帝国語、協商語の三カ国語。簡単な交渉程度であればできますよ」


頷く。

そして俺は、この官僚に向き直った。


「そうか。それで平均的な知能が高いらしい男の貴様はいくつの言語を話すのか」

「…帝国語のみであります」


俺はため息をついた。

帝国人はあまり他国語を学ばない。

帝国語が国際言語だからな。


この日は、法務の連中が詰めていた。

外務はともかく、その他の部署では、自国語しか使えぬものも珍しくなかった。


だがいかんなぁ。

それでは、貴様の話の筋が通らない。


「三ヶ国語を操れる人間の平均的な知能は、母国語しか使えん人間の平均よりも間違いなく高いだろうよ。ところで、母国語しか話せない貴様は、この話を聞いてどう思う?三カ国語を操るアリシアに何か言うことはないか?」


その男は、色を無くした。

部屋に気まずい沈黙が落ちる。


そもそもだ、個々の人間の能力を論ずるのに、平均など持ち出すべきではない。

この男は、したり顔で、平均資産の少ない貧乏国の大富豪をして、お前は貧乏人だと決めつけるような愚をおかしたのだ。

馬鹿者が。


アリシアは成人したばかりの小娘だ。

少なくとも見た目は、年若い娘である。


高度な教育を受け、キャリアを積んだエリートは、こんな子供にあれこれ指図されるのが許せなかったのだろう。

帝国の官僚制は、帝国の国家権力そのものだ。

皇族にも、はばかり無く物を言える彼らの重要性を、俺も勿論承知している。

だが、エリート意識をこじらせた挙句、いらぬ墓穴を掘るような人間は要らぬのだ。


それこそ派閥争いのもとである。


俺は裁定を下す。

少なくともここにいる官僚共には、現状を認識させねばならぬ。


「今後、王国関連の政策決定には、アリシア以外の人間の参加を禁じる。馬鹿がそれ一人とも限るまい。まともな議論ができるようになるまで、教育しておけ。できぬようなら代わりを入れる」


俺はそう言い渡して官僚全員を部屋から追い出した。

促されれば、みな大人しく退出する。

保護国の次期女王にまであんな口を聞く人間がいるなどとは思わなかった。

中央官僚共が、ちと増長しているのかもしれぬ。


おれは、大きく息をついた。


「アリシア、済まなかった」


頭を下げる。

申し訳ないと思う。

そして、なにより、アリシアが、あの非常識なまでの失言を上手くいなしてくれたのがありがたかった。

俺であれば、間違いなく先に手が出ただろう。


しかし当のアリシアは、なぜか顎に手を当てて、難しい顔を浮かべていた。


「どうした?」


訝しく思う俺の前で、彼女は閃いたとばかりに手を打った。

それから、きらきらした顔を俺に向ける。


「ジーク!私すごいことに気が付きました。今、二人きりですよ!」

「おぅ、そうだな」


たしかに、いわれてみれば、そうであるな。

だが、その二人きり談義は今する話なのか?


首をかしげる俺の隣で、アリシアが上機嫌に踊りはじめる。

不思議な踊りだった。


ああ、これがこの話のオチだ。

アリシアは、軽くやっつけた官僚のことなど、既に忘却の彼方だった。

それよりも、今この部屋の二人きりの状況に意識がいったらしい。


しばらく二人、静かに執務に励んだ。

そして酷い事実が判明する。

こと王国関連に限れば、俺とアリシアの二人で大綱を決めてしまったほうがよほど話が早かったのだ。

官僚は、細部の詰めと煩雑な事務作業に専念させたほうが効率が良い。


この状況を気に入ったアリシアは、俺を籠絡して、二人きりの時間を定例化させてしまった。

それ以来、一日、数刻は、隣に座ったり、俺に座ったりするアリシアと、政務に取り組むのが俺の習慣になったのである。


「オフィスラブですね」

コンラートはそう評した。

言っている意味がよくわからんが、たぶんそれは違う。

アリシアの絡み方は、でかいペットにじゃれつかれている感が強い。

まぁとても楽しい。

頭をわしゃわしゃしてやりたくなる。



俺は、アリシアと話していて気がついたことがあった。

彼女は、政治に全くといっていいほど興味がない。

これっぽっちもだ。

特に自分に関わりがない話については、とことん無関心だ。


「私は軍人の仕事もしていますし、皇子妃としても頑張るつもりです。でもそれ以上のお仕事は必要最低限で結構です!」


アリシアは体の前でバッテンを作り高らかに宣言してから、俺の膝の上を占拠した。

その日の執務はめどが付いていた。

彼女が手に持つのは、帝国内の観光地のパンフレットだ。

それを見て、行った気になって楽しむらしい。


アリシアの識見や政治的なバランス感覚を見るにつけ、俺は、彼女の無関心を惜しむ気持ちが強かった。

だが、アリシアは、その日の執務を終えてしまえば、仕事の話をしたがらない。

自然、彼女に引っ張られ、俺も趣味の話をすることが多くなった。


アリシアといれば楽しい。

そういうものかと納得して、俺は茶をすすっていた。



アリシアが政務にも慣れはじめたある日、俺は気がついた。

最近、アリシアにかまけるばかりで、仕事の時間が減っていると。


「俺は最近たるみ過ぎじゃないか、コンラート」


俺の言葉を聞いて、コンラートは首を横に振った。

こいつのことだ。

喜々として、俺の怠慢をなじると予想したのだが、違うのか。


「いやぁ、もうちょっと休んでもらったほうが、俺らとしてはやりやすいんですが」


意外な発言だった。

上司が仕事熱心だと、部下はサボりにくくてやりにくい。

奴はしみじみとそう語った。


「年中無休、一日あたりの残業時間が五時間超えの上司とか、正直勘弁してもらいたいです。同調圧力がきつくて有給取れないし」


なるほど。

そういうものか。

だが、貴様のそのやる気のない発言も、たしかに聞かせてもらったぞ。


しかし、その後、俺の両親からも、アリシアを激励する手紙が届く。

彼らも、仕事しすぎ皇子ジークハルトの生活習慣を心配しているようだった。

政務にかじりいて離れない俺を、無理やり引きはがせる人材は貴重なのだそうだ。


たしかに、アリシア以外の言うことは、余り聞かない自覚がある。

だが、好きでやっていることだ。

許せ。



ここからは余談になる。

俺とアリシア周辺は丸く収まったのだが、大炎上した者がいる。

やらかした法務の官僚どもだ。


官僚団は縦割り組織の代名詞である。

奴らは最初、事の重大さを理解していなかった。

彼らは、お上からきつめ叱責を受けた程度の認識でいたのである。


たしかに非常識極まる発言だった。

始末書を書き、誠心誠意、謝罪しよう。

厳しければ、謹慎処分ぐらいはあるかも知れぬ。

呑気にこんなことを考えていた法務局へ、話を伝え聞いた外務の局長が、次官以下、幹部総出で殴り込んだ。

そして、外務は法務の局長を引きずり出した。


アリシアは、見た目だけなら、さかしいだけの小娘に見えたのかも知れぬ。

だが、中身は以前に言ったとおりである。

彼女は、王国における絶対的な権力者なのだ。


「知りませんでした」

法務局長は言った。


「知りませんでしたで済むなら、法律など必要ない」

外務局長は答えた。


おい、法務、言われてるぞ。


法を侵して、知りませんでしたで通るわけがなかろう。

雁首揃えて、外交儀礼もしらんのか、この馬鹿共が。


激しく罵倒する外務の人間達の顔からは、しかし表情という表情が抜け落ちていたという。


「首くくるにしても、アリシア様の沙汰が出てから死んでくれ」


事情聴取を終えた闖入者達は、言うだけ言って出ていくと、アリシアへの謝罪の準備に取り掛かった。



そしてアリシアは、なぜか、外務から盛大な謝罪を受けるとることになる。

彼女はそれはもう面倒そうな表情で、眉間をおさえた。

当然だ。

アリシアにとってみれば、割とどうでもいい諍いで、しかもとっくの昔に済んだ話であったのだから。


「どうしてこんなことに…」


そんな、アリシアが、げんなりするのも無理はなかった。

手紙にそえて、分厚い紙束が同封されていたのである。

そこにはなんと、女性蔑視の発言に対する謝罪として、組織改編を含む改革案が用意されていた。

中には女性の登用と社会進出に関する提案が、わさわさと盛り込まれている。

外務が気を回しすぎたのだ。

だがアリシアは、一言もそんな要望は出していない。


ここで、はっきり言っておこう。

アリシアの考え方は極めて保守的だ。

アリシアは、自分の夢は素敵なお嫁さんになることだ、と言って憚らない娘である。

以前、彼女と話した時は、将来は素敵な旦那さんと幸せな家庭を築きたい。そう頬を染めながら語っていた。

聞いて、鼻血が出そうになった。

つまりアリシアは、そういう娘だ。

自分とて、好きで戦場に出ているわけではないと、アリシアは肩をいからせて力説していた。


「私の考えを強制する気はないのですけれど、これは迷惑ですわ」


うーん、と唸ったアリシアは虚空を睨んで考え込んだ。

それから、エリスに目をやると、ぱっと顔を輝かせる。


「エリス、ちょっと聞きたい事があるの」


それから、二人でごそごそと話し合い、ニンマリと笑いあう。


そしてアリシアから沙汰が下った。

外務は、粛々とアリシアからの指令を受け入れた。

それはもう厳粛な面持ちで、アリシアの下命について対応と実施を確約した。

一部の若い男どもが、密かに浮かれた様子だったのは目をつぶってやろう。


そして、アリシアの策が実行される。

その日、外務局の人間は、地味ながらも美しい装いをした、大勢の令嬢達を仕事場に迎えていた。


「本日からお世話になります。よろしくお願いいたします」


娘達が一斉にお辞儀する。

浮ついた顔を浮かべた男どもが、彼女たちを暖かい拍手で迎えた。


アリシアの策は単純だった。

良家で余り物になっている令嬢達を、行儀見習いの名目で官僚団に押し付けたのである。

仕事内容は、侍女の仕事とほぼ同じ。

多少の事務仕事については、部署の人間から指導者をつけてることになっていた。

官僚の仕事については、一切手は出さない。

彼女たちは、にこにこ椅子に座って、書き物をし、休み時間には茶飲み話をして、疲れた男どもを労ってやるのがお仕事である。


あぁ、お察しのとおりだ。

行儀見習いと銘打ったが、実態は、職場での結婚相手の周旋だった。


官僚は、男所帯である。

高等教育の機会もそうであるが、出産や育児で忙しい女性が激務にさらされるのをとある皇帝が嫌ったのだ。


だが同時に、問題も発生する。

官僚は、嫁を探す機会が少ないのである。

彼らは、実力主義であるがゆえ、家門などこだわらずに登用される。

ただ庶民は恋愛結婚が普通だ。

平の職員では、見合いの相手を紹介してもらうコネもない。

結果、若いうちは相手を見つける機会が乏しかった。

上級官吏の婚期の遅れは、裏ではよく知られた事実だった。


一方で、令嬢側も事情があった。

生まれてくる子供が男女いずれになるのかは、運によるところが多い。

良家であってもその事情は変わらない。

結果、家によっては、女ばかり4人も5人も生まれてしまうことがある。


こうなると、末に回った娘は大変だ。

親も順番が下るに従い、だんだん扱いがぞんざいになってくる。

姉が三人も良家に嫁いでいれば、「下の二人は適当でいいか、お金もないし」となるのが自然な流れだ。

ひどい扱いである。

しかし、現状に腹を立てても仕方がなかった。

彼女らの実家にしたところで、無い袖は振れぬのだ。


もちろん相手を選ばなければ、伴侶を見つけるのも難しくはない。

しかし、姉の嫁入り先をみるにつけ、かなうなら自分も良い家に輿入れしたいと思うのが人情であろう。

官僚は、その点、嫁入り先としてポイントが高かった。

家格はたしかに低いかもしれないが、なにしろ国がお墨付きを与えた、帝国きっての実力派集団だ。


たしかに有能ではある。

多少頭でっかちなきらいはあるにせよ、だ。


そして、アリシアの命を受けた名門出身のエリスが、知り合いの令嬢達に声をかけて回った。

四女五女など、たいていは家にいたところで邪険に扱われるばかりである。

また自力で相手を見つけるにも、軍資金は必要だ。

この話に食指を動かす令嬢は多かった。


結果、アリシアの作戦は、表面的にはささやかに、実態としては大歓迎で受け入れられた。


仕事が始まれば、快適さには貪欲な令嬢たちだ。


仕事場に手を入れる許可をもぎ取れば、立ち入り許可の出た棟を、せっせと掃除し整頓を進め、不景気な暗さと空気を追い払った。

身元も教育もしっかりした者たちである。

彼女たちは、よくわきまえて職分を果たした。


もちろんトラブルもあれば、予想外の事態も起こった。

一部の令嬢は、働くことに生きがいを見出してしまい、男のお誘いそっちのけで仕事に精を出すようになった。

火遊びが過ぎる令嬢が、監視にあたったお目付け役に捕まって、実家にたたき返されたりもしたそうだ。


そうこうする間に、令嬢達は、櫛の歯が欠けるがごとく、ぽろぽろと寿退職をしていった。


そして最終的に、大変良い結果を得られたと外務の局長からは礼状が届くことになる。

礼状には、今後も続けたく思うので、もしあてがあるのなら他の女性を紹介してくれとも書かれていた。

なお、法務は外務で適当にしめておいたと追伸もあった。


アリシアは満足げに頷いた。


「大事な機密もあるのですから、身元のきちんとした女性を雇うようにしてくださいませ。後のことはお任せいたします。以後、私は関知いたしません」


そう言って彼女は返書をしたためた。



今回の縁で結ばれた家からは、多少の礼金がアリシアにも納められたそうだ。

アリシアは、一番の功労者であるエリスに、それを全て手渡していた。


そうたいした額でもない。

にも関わらず、富豪ブレアバルクの令嬢エリスが、大喜びしていたのは、一体何故であろうか。


アリシア達はそれを見て笑っていた。


なお、存在を忘れさられた法務の失言男であるが、アリシアから直々に失敗を許す旨の通達を受けて、正式に許された。


舌禍事件の良い教訓として、自分たちの増長を戒める意味で官僚たちの語りぐさになったそうだ。


口は禍のもとということだ。

俺も気をつけねばなるまい。

特にアリシア相手には、致命傷になりかねないのだ。物理的な意味で。

エリス「わたし、お見合いおばさんになります!」

アリシア「先に自分の相手を見つけなさい」

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