わたしのお腹とわたし
わたしは不満げな顔で椅子に座っていた。
眉根を顰めて、目の前の人物から目をそらす。
ここは彼と私の二人きりだ。
白髪の、好々爺然としたお顔をかんかんに怒らせて、わたしを睨む彼は、ヘルマン先生。
私の主治医にして、ジークへの接触禁止を言い渡した我が宿敵である。
私は、かつてヘルマン先生から、ジークハルト殿下への接触禁止なる、不当な要求を突きつけられた。
これに対しアリシアは、帝国軍元帥の権限をもって戦時特例措置を発動、士気回復と戦意高揚を名分に、なんの自重もせずジークにひっついたり、撫でてもらったりしていた。
我が帝国は王国と戦争中、いわば非常時なのだ。
これは私に必要な、一種の後方支援策なのだ。
という言い訳を心に秘めて、わたしはむすーっとした顔で彼の前に座っていた。
下手に言い訳すると、お説教が長引くんだもん。
そんな反抗的な態度を取り続ける第一皇子の婚約者に対し、ヘルマン先生は、容赦なく拳骨をくれた。
「いたーい!」
体罰だ!教育委員会に訴えてやる!
私は涙目で先生を睨んだ。
わたしのトラをも殺す眼光を受けながら、しかし、ベテランのヘルマン先生はびくともしない。
「まったく、聞いておられますかな、アリシア殿下!?貴女のお体のことなのですぞ!」
「はーい」
ちっ、反省してまーす。
もちろん反省なんかしていない。
今日の私は不良少女。
不純異性交遊常習犯の、女番アリシアなのである。
私がルールだ。私はやりたいことをするんだ。
「執務室では、ジークハルト殿下と随分と仲良くされておられるそうですな?」
「あれは女王になる私を、ジークハルト殿下が指導してくださっているのです。政務の一環ですわ」
「あれを政務とおっしゃいますか!」
「見てもいないのに決めつけないでくださいまし!仕事はしておりますでしょう!」
いや、決めつけのとおりだけどさ。
アリバイはちゃんと作っていた。
私の政務に関する知識は、事務官の人にテストしてもらっていて、概ね良好とはんこをもらっている。
政務にかこつけて、ふたりでぺったりしているだけなんて風聞は、否定しておかないとまずいことぐらい、私にもわかる。
「それだけではありませんぞ」
強情に言い募る私に、ヘルマン先生はメガネをキラリと光らせた。
なによ。私は絶対負けないんだから。
そんな覚悟を胸にわたしはヘルマン先生を睨む。
だがヘルマン先生の突破力は、わたしの予想を遥かに超えるものだった。
「なんでも食後、ジークハルト殿下に健康を診断してもらっているとか。いつもお腹を撫でてもらっているそうですな!?」
「ちょっと!そのお話を一体どこから!?」
私はびっくり仰天した。
なぜそのことを!私は誰にも話してないぞ!
それに、あそこは常に二人きりだったはず。
「ジークハルト殿下からに決まっているでしょう」
ヘルマン先生は無慈悲に言い切った。
ジークー!
裏切ったのね!あるいはバレたのか。
あとで問い詰めねばならぬ。
ヘルマン先生に恥ずかしい二人の関係をバラされた私は、盛大にお説教をされながら決意した。
おのれぇ。
悔しさに涙目になりながらも、私は、ヘルマン先生のお叱りに、唇を噛み締めながら耐えるよりほかなかった。
先に言い訳をさせてもらいたい。
この、私達の言う健康診断は、ちょっとした流れだったのだ。
やましい気持ちが無かったとは言わない。
むしろジークに会いに行くときは、やましい気持ちが無いときなど無い。
今更、そんな当たり前の事を責められても困るのだ。
きっかけは、大分前のこと、北方遠征にでるちょっと前、初めて二人で夕食をした時に遡る。
貴族の食事は、食べる人それぞれに、お皿が供される。
当時はもうジークのことが好きだったのだが、カゼッセルに到着して一月たらずだった私は、まだ毒への警戒心が抜けきっていなかった。
ジークはそんな私を気にかけてくれたのだ。
彼は私を、隣に呼んだ。
「その皿を持って、こっちへ来てくれ」
私が、ジークの隣に用意してもらった椅子に腰を下ろすと、彼は自分のお皿から、料理を取り分けてくれた。
「嫌か」
「いえ、ありがとう存じます」
目上の人が、食べ物を下げ渡す風習はあるし、戦場では人が使ったさじで同じ鍋の料理をつつくこともある。
私は彼から貰った、白身魚の焼き物を美味しく頂いた。
とても美味しくて、私のお皿に乗っていた分も、ジークと半分こにして頂いてしまった。
ジークハルト殿下は優しい人だな、とその時、思ったのだ。
以来、彼とは向かい合ってではなく、隣り合って夕食を摂るようになった。
それから私たちは北方遠征に向かい、観光旅行を経て、とても仲が良くなった。
でもカゼッセルに戻ってからは、会える機会がぐっと少なくなってしまったのだ。
ジークは政務に軍務と、大変な量の仕事を抱えている。
私も、妃になるということで、片手間に幾つかの習い事をはじめつつ、新しい王国の体制づくりについて領主諸侯や帝国の間を取り持ったりと、大分忙しくしていた。
結果、ジークとの接触機会が減った。
激減した。
悲しい。でも仕方ないことでもある。わたしは寂しさを胸に我慢を重ねた。
故に、ジークと一緒できる夕食の時間は、私にとってとても重要な時間であったのだ。
そして、今回の、私のお腹触り事案が発生する。
それはカゼッセルに戻って最初の食事会の時のこと。
私は、観光旅行で布コルセットを知ったので、ジークとの食事会にも身につけていった。
お腹周りが冷えないのだ。
最近のお気に入りだった。
その日のお料理も、美味しく楽しく頂いて、食後、お茶を飲みながら談笑していた私は、ジークからの視線に気がついた。
「どうかなさいました?」
「前、アリシアはコルセットをつけていなかっただろう。少し残念に思ってな」
「そうですか?体のラインが崩れないから、前よりも綺麗だと思うのですけど」
私はお腹をそらしてみせた。
ジークはちょっと苦笑してから、照れたように言った。
「いや、貴女は、とても綺麗だったよ。正直触ってみたかった」
私は真っ赤になった。
そして真っ赤になったまま、次の食事会の時はコルセットを付けずに行くことを決めた。
食後の談笑タイムは人払いをしているのだ。
ジークにはいつも良くしてもらってるし、わたしも沢山触ってるから、お礼が必要だよね。
うん。
それでコルセットの装備を止めた。
防御力は2ポイントぐらい下がるかもしれないが、わたしの素の装甲は4桁ぐらいの高さがあるはずなので、何の問題もない。はずだ。
侍女三人組に、事情を聞かれたが、「お腹が苦しくなるから」と苦しい言い訳をして通した。
袋いっぱいのクッキー詰め込んでもびくともしないお腹を持っているのに、何を言ってるんだという話しだが、突っ込まれなければよいのである。
そして次の食事会、私はいつもより心持ち早めに、お夕食を食べきった。
さぁ、側仕えのみんな、すぐに出てっいって!
そして私は、用件をジークに切り出した。
恥ずかしいから目線はテーブルに向けたままだ。
「あの、私のお腹、触ってみますか?」
「…あぁ」
私はどきどきしていたが、横目で見るとジークも赤くなっていた。
食事中もお互いそわそわしていたのだ。
お部屋に入るとき、私がコルセットを付けていないのを見て、ジークはびっくりし、それから慌てて明後日の方を向いた。
私がドレスを素肌の上に着ていることも、気づいているに決まってる。
でも、おかしい。
私たちはキスまで済ませた関係なのに、たかがお腹を触るだけでなぜこんなに恥ずかしがっているのか。
そもそも私のお腹は、接触経験値が高い。
徒手格闘の訓練中に、よく前蹴りとか回し蹴りとか足刀蹴りとかをもらったりしてきた。
なんだか蹴られてばっかりだ。
よく私を足蹴にしていた騎兵隊員に聞いたところ、高さ的にちょうどいいそうだ。
あと私が肉薄する速度が速すぎるせいで「足上げるぐらいしか間に合いません」と申告をもらった。
ふふん、褒められれば悪い気はしないね!
私は体重が羽のように軽いので、蹴りをくらうとげっふぅってなって後ろに吹っ飛ぶ。
げっふぅ!
食後に食らうと大変危険だ。
乙女的に見せられない状況になってしまう。
しかして、今回のジークとのお腹接触タイムも食後である。
でもこれは、間違いなく乙女シチュエーションだ。
おっさんの汚いブーツの底ではない、ジークの暖かい手で触ってもらうのだ。
私はテーブルのほうを向いたまま、心臓をドキドキさせていた。
ジークが私の方を向いて、手を伸ばす。
ジークの手が触れる。
彼の手は、やっぱり優しかった。
ふわっと乗せる感じだ。
壊れものを触るみたいにやさしく、ゆっくり、おへその周りをなでてくれる。
ちょっとくすぐったいかな。
でも嫌じゃない。
嬉しいと思う。
あ、だめ、ゆっくり押さないで、それはちょっとげっぷでそう。
ジークは、無言で私のお腹をなでてくれた。
それなりに長い時間なでていた気がする。
私は気になっていたことを聞いてみた。
「あの、如何ですか?」
「とてもいいです」
なんで敬語なの。
それから側仕えの一人がドアをノックするまで、ジークは、私のお腹をなでていた。
「殿下、お時間です」
「あぁ。アリシア、またな」
そして、ジークはすっと立ち上がると部屋を出いった。
またなってことはまたコルセット無しでってことだよね。
私はそう解釈した。
それ以来、食事に着ていくドレスは見た目だけでなく、手触りのいい生地のものを選ぶようになった。
以上が、アリシアお腹触り習慣が始まった頃の話です。
回数を重ねる毎に、お互いだんだん慣れてきて、ジークは私のお腹をくすぐったりつねったりするようになった。
私もジークの膝の上に乗っかるようになり、すっかり私とジークのお楽しみ時間として定着した。
本当はジークの手を持って、私が触ってもらいたいところに持っていったりしたいのだけど、私が度を越してしまいそうでできていない。
色んなとこ触ってもらいたいんだけどな。
一応、私とジークの接触禁止令は生きている。
故に、私たちは保身のために口裏を合わせることを決めた。
「これ、バレたらどうしましょう。ジーク?」
「健康診断だと強弁するぞ」
「健康診断!いいですね、それで行きましょう!」
そして、ふとしたことでポロッとヘルマン先生にばれてしまい、健康診断だからと打ち合わせ通り強弁した結果、恥の上塗りとなった次第だ。
今考えてみると、なんの言い訳にもなっていない。
食後、私の腹の膨れ具合を見て、何を診断するっていうんだ。
メタボ検診か。そんなには肥えてないぞ!
コンラートからは、「お医者さんごっこじゃねーか」という突っ込みをもらったとジークから教えてもらった。
私の精神的なメンテナンスだから、ジークはお医者さんだよ。
間違いない。
ヘルマン先生からは怒られたけど、私はこの習慣をやめる気なんて毛頭なかった。
その日も私はジークのお膝の上に乗っかって、至福のひとときを楽しんでいた。
その時、ジークの指が動く。
親指と人差し指でこう、なにかを挟み込むように。
つまむように。
彼の指と指の間には、私の肉があった。
肉が。
「え」
「ようやく、アリシアも肉がついてきたな」
ジークは、嬉しそうに私に微笑んだ、
貴女は痩せすぎだ。ちょっと肉がつくぐらいでちょうどいい。
肉がつく。
ジークは私に肉がついたと言い切った。
私は、血が逆流する音を聞いたように思う。
憤怒。そしてそれを遥かに凌駕する羞恥。
このアリシア、生まれてこの方、一度たりともこんな屈辱を味わったことはなかった。
なんて、なんてことを言ってくれるの、ジーク!
恋人でも、いや恋人だからこそいっちゃ駄目なことがあるんだよ!
りんごのように顔を赤くした私は、ジークに向き直ると、無言のぽかぽかパンチで、激しく抗議した。
「ははは、アリシア。やめてくれ、痛い。痛いな。普通に痛い。痛い、痛いって。やめてくれ。痣になりそうだ。おい、やめろ」
ジークは痛がっていたけれど、私は容赦なんてしなかった。
ふんがー!
私は怒りの鼻息を吹き出しつつ、ジークに怒りの組討を決めた。
レスラーアリシア、華麗に登場!
ジークが降参って言うまで許さないんだから!
メアリに虫歯になるぞと脅されても、私は甘いものを貪るのをやめなかった。
しかしこの日の出来事は、私の鋼のハートにも消えない傷をこさえてしまった。
これでもレディだ。
子豚になるのは避けねばならぬ。
私は、その日から甘いものへ渇望を敵に回し、苦しい、それは苦しい戦いを繰り広げることになる。
私は、この戦いが私の生涯にわたって続く、厳しいものになるであろうことを予感した。
メアリ「出荷よー」
アリシア「(´・ω・`)そんなー」
◇◇◇
自分で書籍化してしまいました。(kindleの電子書籍です)
内容は下記のとおりです。
本編:皇子の人生最良の日までと閑話
学園生活とわたし:いじめられっ子だったアリシアの学生生活
アリシアとメアリ:メアリの話
メアリとコンラート:メアリのエッチな話
書籍版には、「本編からこぼれてしまったお話」「脇役視点のはなし」「エッチなはなし」を収録する予定です。
活動報告に感想用のページを置いておきます。
書籍の感想やリクエストなどありましたらそちらにお寄せ下さい。
下にurlを置きましたので是非、お手にとっていただけるとうれしいです。
以上です。




