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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
53/116

武闘会のアリシアと皇子

エドワードの手紙から始まった決闘騒ぎであるが、紆余曲折を経て武闘会を開催することが決まった。

妙なことになったものだと苦笑しつつも、俺達は開催準備に余念がなかった。


俺達は、この武闘会を政治的な舞台として使う気でいた。

帝国における、アリシア姫のお披露目会である。


「アリシアの初公務だ。ある意味デビュタントだな」

「これをデビュタントと言うのは流石に怒られると思いますよ」


コンラートが笑った。

舞踏会ではなく武闘会というあたりが、なんともアリシアらしいと思ったんだが。



この武闘会でアリシアは大いに面目を施した。

俺の失策の収拾まで務める大活躍ぶりであった。


始まりは、王国の代表者が12人に増えたことだった。


「多い分にはよかろうと思いまして」


王国の騎士たちを代表してやってきた宮廷貴族の言葉だ。

「此度のこと、私の首で収めていただきたい」などと格好をつけた台詞をアリシアにうそぶき、彼女を感動させたこの男であるが、実は、帝国に内通していた。


この宮廷貴族、古くは前王リチャードに仕え、ランズデール公ラベルと裏で手を結びつつも、現王ジョンや宰相に対しては適度におもねり、宮廷内の要職を確保していた。

宮廷を追われたランズデール公のため、王都の状況を彼に流すのが彼のライフワークであったそうだ。

ランズデール公が帝国と結んだことで、この男もまた帝国に帰順した。


「これでも宮廷人としては長いですからな。機を見定めるには敏でありませんと。ひっひっひ」


働きは認めるが、おかしな笑い方をするな。

このヒヒ爺が。


現在、王国は極めて政情が不安定だ。

そろそろ王都を脱出したいと考えていたこの男は、王都に残る有為な人材をかき集めて今回の武闘会へ参加させた。

王国の代表となった騎士たちの実家は、一つの家を除いて、この後に予定される王国内での粛清を免れる手はずになっていた。

要するに、この男も帝国の手先だ。

なお、宰相と同列扱いされると烈火のごとく怒るので、コンラートなどはそれをネタに時々からかっている。



「いや、それにしても、アリシア様は実にお美しくなられた。あのお姿を特等席で眺められるとは、じじい冥利に尽きますわい」


好色そうな顔で、この男はうそぶいた。

俺は、この男に退出を命じると、親衛隊の人間を呼びつけた。


「あの男がアリシアに近づいたら止めろ。実力行使が必要であれば許す」

「はっ」


武闘会当日、王国の代表席に座った奴の顔には、でかい痣がついていた。

あまり帝国の第一皇子をなめないことだ。


「いや、それ、ただ束縛がきついだけのメンヘラ男じゃないですか」


黙れコンラート。

アリシアに下心を持って近づく男は、身分、年齢その他一切を問わず排除する。

俺はそう誓ったのだ。



武闘会が始まった。

12人対12人の決闘。

観客は満員御礼でアリシアは、目を輝かせていた。

「楽しそうだな」

「ええ、チケットを販売した時の売上を想像したら嬉しくなってしまって!」

「本当に楽しそうだな…」

アリシアは時々、変になる。

俺は、深く考えるのをやめた。


武闘会は、案の定、順調には進まなかった。

最初に問題が起こったのは、次鋒ジークハルトの戦いだ。


…はい、俺です。

俺がやらかしました。


だが俺は、言い訳をさせてもらいたい。

実は、俺にとっても不慮の事態が起きていたのだ。


この武闘会には、帝国本土からの客もあると、帝都の両親から連絡がきていた。

ゆえに、俺達は貴賓席を用意して待っていた。


そして当日。

一番の特等席に、年の頃40ほどの男女が二人腰を下ろしたのだ。

もっとも、女の方は大分若く見えて、見た目だけなら30半ばに見えんこともない。

本人に言うと、とたんに面倒な存在になるので口にはできんが。


俺も、よく見知った顔だった。


ああ、そうとも。

そこにいたのは俺の両親だ。

二人は、アリシアと俺を見比べて、楽しげに談笑している。


馬鹿じゃないのか。

俺の隣では、近衛騎士のクレメンスが頭を抱えている。

クレメンスの視線を追えば、この男の姉が、俺の母によく似た女の後ろで大きく手を振っていた。

奴の姉は、皇后の近衛騎士だ。

まさか他人の空似ではあるまい。


帝国チームの代表席で、俺は両親の頭を疑った。

帝都とカゼッセルは、馬車で往復すれば一月はかかったはずだ。


その間の政務はどうするつもりだ!?


後に俺が問い詰めたところ、最近開発した魔導車を使ったと返事をもらった。

なんと帝都からカゼッセルまで、片道5日ほどで移動できるそうだ。

ついでに夫婦で各地を回ってきたと、楽しそうに話していた。

事故が怖くないのか!と詰め寄ったところ、「息子が嫁を見つけたからもう大丈夫かと思って」とすっかり隠居を決め込んだらしい父が呑気な答えが返ってきた。


そうか、本当に馬鹿であったか。

俺の疑惑は確信に変わった。


帝国の皇帝と皇后が国境付近の軍事要塞までお忍びで遊びに来るなど誰が考えようか。

そこに篭もる第一皇子の俺が言うのもなんだが、かなりの異常事態だった。


そして動転することしきりだった俺は、やる気のない対戦相手に手加減を忘れ、気づけばその腹に蹴りを叩き込んでいた。

全身鎧ではなく、胸甲をつけるのみだったその騎士は、はじけ飛ぶように転がると地面に倒れて動けなくなった。


場内は騒然となった。

それを制するように、凛とした声が響く。


「衛生兵!続け!」


アリシアだった。

誰よりも早く負傷者のもとに駆けつけた彼女は、男の鎧を脱がせてから衣服を引き裂くと、手際よく診断をはじめる。

迷いない手つきで患部に触れ、彼女の魔法で治療を施すアリシアに、負傷した男は狼狽した声をあげた。


当然だ。

アリシアは敵方の、しかも姫君だ。

そしてあとかわいい。

男なら動転せざるを得ない。

その騎士は、「自分は問題ない。殿下の手をわずらわせるわけにはいかぬ」と言い募った。


「だまりなさい」


遮るアリシアの声は、離れた俺の場所からもよく聞こえた。

これを聞いた会場の男達はこう思ったはずだ。


俺も言われてみたい、と。


ちなみに俺も言われてみたかったので、後にアリシアに頼んで言ってもらった。

とても良かったです。


口をつぐんだ男は、大人しく応急処置を施されると、そのまま担架で運び出された。

命に別状はないだろうとアリシアは告げ、大会の続行を宣言した。

この時のアリシアに見惚れていた人間は果たして何人いたのだろうか。


貴賓席に陣取った、俺の母似の四十路女は、ひと目で惚れる凛々しさだったと後に語った。

あぁ、言われずとも知っている。

貴女の黄色い歓声は、俺の場所からもよく聞こえたからな。


後に俺は、その負傷した騎士を見舞いに行った。

アリシアに、怪我をさせたのは事実なのだから、彼には早く謝りにいけとせっつかれたのだ。

嫌々病室を訪れた俺に、その男は熱い感謝の言葉を述べた。


「アリシア様に触れていただけるとは!一生の思い出にします!」


そうだろうな!

俺も少し羨ましかったわ!


ベッドに横になりながら喜色満面の笑みを浮かべるその男を見て、もう少し強めに蹴り込んでやるんだったと、俺は静かな殺意を燃やしたのだった。



アリシアは、帝国側の人数差を埋めるため、先鋒と副将、大将を務めることが決まっていた。

先鋒戦終了後、アリシアは一時、代表席を離れると、女性用の控え室に向かった。


そして副将戦、純白のドレスが会場に舞う。

アリシアだ。

胸甲と関節部の装甲だけまとった、かの戦姫が姿を現せば、会場は熱狂に包まれた。

そうだろうとも。


アリシアは美しい。


戦いに臨む、かの姫は、気高くも儚げな気配をまとい、従うもの全ての魂を震わせる。


この冬の北方遠征に臨み、その可憐なるアリシアをさして彼女につけられた二つ名は、妖精姫アリシア。

白と銀とを身にまとった彼女の姿は、まさに冬と雪の妖精のようであった。


なお北方遠征から帰還したアリシアには、改めて、北伐鬼アリシアの二つ名が贈られた。


残念ながら、姫の字は鬼に食われた。


この物騒な二つ名は、絶対に本人には教えられぬと、メアリや近衛騎士が必死で手を回しているそうだ。

いつバレるかと思うと、俺も気が気ではない。

ちなみにだが、アリシアが新聞を読むようになってから直ぐにバレた。


アリシアは颯爽と会場に降り立った。

丁寧に編み込まれた銀糸の髪が揺れる。

彼女は、軽く微笑んでから周囲に礼をすると、対戦相手と向かい合った。


対戦相手は後に語った。


「俺の負けが決まった酷い対戦だ。でもアリシア様を誰よりも間近で見れたのはとても嬉しい」


可憐なるアリシア姫に刃を向けることには酷い抵抗があったのそうだが、できるだけ長く彼女の姿を目に焼き付けたいとも思ったそうだ。

防御に徹して時間を稼ごう。

騎士は決意した。


なおアリシアは、彼を秒殺した。

五秒ぐらいだったな。


せこいことを考えるからだ。ざまあみろ。

この男は肩を落として退場した。



続いて大将の男が入場してくる。

この男は、試合が始まるとすぐに、片膝を立てて頭を垂れた。


アリシアは機嫌を損ねたようだ。形の良い眉をひそめた。

会場の中央、固唾を飲んで観客が見守る中、この騎士とアリシアはなにやら話していた。


騎士は頭をあげる。

男は涙を流していた。

何事かを訴えるように口を開く。


彼といくつか言葉を交わしたアリシアは、仕方ないとでも言いたげな表情を浮かべると、その騎士の肩を剣の平で二度たたき、それから勝利を宣言した。

男は立ち上がり、深く一礼すると、退場していった。


それがこの武闘会最後の試合だった。


これは、後に聞いた話になる。

この男の実家は、王国の宮廷内で力ある貴族家だった。

そしてアリシアの父、ランズデール公ラベルの宮廷追放劇にも、深く関与していた。

彼の一家は、ランズデール公の政敵であり、アリシア達に害を為した一族であったそうだ。


この男自身、学園や社交界で、アリシアのみすぼらしい姿を中傷したことが幾度となくあった。

不敬の罪は明らかである。

この場でとは言わないが、ふさわしい裁きをうけたいのだとこの騎士は訴えたのだそうだ。


「たかが中傷ごときで人を裁いていては、国から人がいなくなってしまいますよ」


肩を二回叩いたのは、それをもってこれまでの罪の罰とし、命を奪った徴としたのだろう。

騎士の忠誠と同じだ。


直接の悪事を働いたわけでもなし、反省もしているのでしょう。

私は気にしませんから、あなたも今日を限りに忘れなさい。


「あなたのこれからにこそ、期待していますよ」


アリシアはそう言ってこの騎士を許した。


彼は、後に帝国軍の士官となる。

皇后となったアリシアの親征に、幾度となく付き従い、功を挙げたそうだ。


後に、退役を間近にしたこの男は語った。


「いつかどこかで、命を懸けてアリシア様をお守りするような機会がないものかと狙っていたのですが、ついぞそんな機会はありませんでしたな」


彼の笑った顔はすがすがしいものだった。

この男の言う通り、アリシアはその生涯を通じてただの一度の敗北もなく、ゆえにアリシアの危機なるものも、一度たりともありえなかった。

帝国の黄金期にあって、史上最強の将帥たるアリシアが率いる軍勢だ。

負けるはずがなかった。


ついでに言うならその手のおいしいポジションは俺のものだ。



武闘会を終え、俺達は会場を後にした。

予想以上に事が多かった。

だが、とてもいい武闘会にできたと思う。

みな、それぞれの心に達成感と充実感を懐きつつ、控室に向かった。

明日からまた日常が始まる。

わずかばかりの寂寥感を胸に皆とともに歩む俺を、アリシアが呼び止めた。


「ジーク、ジーク、どうですかこのドレス」


アリシアはにこにこと機嫌良さそうに笑っていた。

くるりと俺の前で体を翻す。白いドレスの裾が翻り、白鳥の産毛のようなバニエの隙間から、彼女の華奢な太ももが覗く。


ここで渾身のチラリズム。

アリシア、あまり俺を追い詰めないでくれ。


「とても綺麗だ。まるで雪の妖精のようだ。溶けてしまわないかと心配になる」


アリシアは、喜んで自分の体を抱きしめながら頬を染めた。

満面の笑みだ。

頭をなでてやるとうれしそうな顔をしながら笑いをこぼす。


だが身をくねらせないでくれ。反応してしまう。


ひとしきりなでられて満足したらしいアリシアは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「それで、それで。それだけですか?他に何かありません」

「もっと褒めたほうがいいならいくらでも褒めるぞ?」

「それも聞きたいですけど、それとは別に、ほら、私のドレス見覚えありません?」


俺はまじまじとアリシアを見つめた。

純白のドレスだ。かわいい。見覚えと言われてもな。アリシアはやはり天使だ。


そして俺は気がついた。


このドレスは、二人きりの茶会で見たドレスだ。

あの日、アリシアは木から落ちてきた虫を払いのけつつ、盛大に紅茶をぶちまけていた。

胸甲と前垂れに隠れているが、あの下には茶色いしみがあるはずだ。


「ああ、思い出した。そういえば、前の茶会で着ていたな。あの時のドレスか!」

「そうです!このドレス、あの時、紅茶をこぼしてしまったドレスなんです!」


アリシアはうれしそうにうなずいた。

そして彼女は、せきを切ったように思いを語った。


いかに彼女がこの純白のドレスが気に入っていたか。

お茶でシミを作ってしまったことが、どれほど悲しかったのか。

なんとか、このドレスを供養してやりたい。

こんなにきれいなドレスなのに、もう着られないなんて悲しすぎる。


「それで思いついたんです。今日の武闘会で着てあげようって!汚れてしまうけれど、絶対きれいに見せられると思ったんです!素敵に作ってもらったのに、このまま衣装棚からずっと出られないなんて、可哀想で。わたし頑張ってしまいました!」


それから彼女は、メアリ、クラリッサに協力して、件のドレスを生まれ変わらせたのだそうだ。

スカートが腰元からふわりと広がるように仕立て直し、裾を切り詰めて、バニエを新調したのだそうだ。

ここがかわいい、ここが素敵だ。

彼女はこのドレスが大層お気に入りだったようで、それはそれは嬉しそうな顔で語っていた。


「こんなにいいドレスを、一度のお茶会でダメにしてしまったのが勿体なくて。大成功でよかったです」

「そうか」


なるほど

今日、俺達が見たあの可憐な妖精は、アリシアのもったいない精神が産んだのだな。

俺は頭を押さえた。


アリシアは、政治も謀も一切なしに、ただドレスを供養してやりたい一心だったのだ。

この美しい姫は、たった一着のドレスのために、この日一番の見せ場を作ったということだ。


アリシアをして可愛い生き物呼ばわりするメアリの気持ちがよく分かる。

本当に、どうしてくれよう。


「どうです。やりくり上手でしょう!いいお嫁さんになると思うんですよね。私」


アリシアは俺の気など知らずに、褒めて褒めてオーラをまき散らしていた。

心底、自慢げな顔で俺の前に立つ。

そんなに督促しないでくれ。

俺は力が強いんだ。今の気持ちのまま抱きしめては貴女を壊してしまう。

俺は、彼女を締め付ける力に最新の注意をはらって、彼女の体に手を回した。


アリシアは華奢だ。

力いっぱい抱きしめると、本当に折れてしまいそうなのだ。


腕に抱いたアリシアの体は、たしかにとても華奢だったが、彼女の纏う胸甲は鋼鉄製の実戦仕様だった。

ごつい。あと、とても硬い。いつも感じる、アリシアのささやかな胸の感触が遠い。


我が主には触れさせぬ!


あるいは、乙女の純潔を守らんとする、このドレスの意地であったのかもしれない。

いずれは俺が頂くが、今日のところは勘弁してやろう。


後にメアリが教えてくれた。

この時、俺の背に手を回したアリシアは、んふふーと満足げな声を漏らしながら、だらしない顔で笑み崩れていたそうだ。


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