謀略と皇子
王位の正当性とはなんであろうか。
答えは決まっている。
血統だ。
王位を継ぐにあたって、人格や能力は考慮すべきではない。
考えても見てくれ。
十人の王子がいた時、なにをもってその人格や能力なるものの優劣を図れば良いのか。
王位継承にあっては、その混乱こそが最も忌むべき事態だ。
ゆえにもっとも明確な基準、血統こそが正義であった。
これは、アリシアの王位継承に関する正当性を否定するものでもあった。
ところで俺には異母弟がいる。
クラウスという。
忘れられている危険性が高いため改めて紹介すると、帝国の第三皇子で、帝位を狙っている。
いわばおれの政敵だった。
アリシアは、俺の婚約者だ。
故にクラウスにとっては、俺同様、アリシアも敵であった。
帝国内におけるアリシアの人気は、北方の蛮族征伐を通じて既に高まっていた。
あれだけの大勝利だ。
一部地域には、既に熱狂的な信者も発生している。
自分で言っていてなんだが、発生という表現はどうかと思う。
だが、アリシアの信者は、地面から湧いてくる何かのような増え方をするのだ。
我が婚約者のことながら、おそろしい。
とにかく、アリシアの支持者は急速にその数を増やしていた。
これに、危機感を覚えたクラウスと彼の熱心な支持者達は、アリシアの正当性を否定すべく論陣を張った。
既に王国の危機は去った。
現王権を打倒する必要は認められない。
ゆえにランズデール公と、その息女、公爵令嬢アリシアの行いは、簒奪と言わざるをえない。
帝国は、王国の王家と公爵家の権力争いに関与するべきではない。
正統は現王国国王ジョンと王太子エドワードである、と。
クラウスはその論を正式な声明として発表した。
俺は、それを執務室で知らされた。
その頃、俺は、まさにそのエドワードと、アリシアを賭けた決闘を巡って、仲良く文通している最中だった。
「やっちまいましたね、羽虫皇子」
「お前までその名で呼ぶのか、コンラート」
コンラートは酷薄さをにじませる笑みで、その報告書を放り出した。
俺は苦笑する他無い。
余り言ってやらないでくれ。
一応血を分けた弟ではあるのだ。
俺の机には一通の手紙があった。
差出人は、王国の元王太子エドワード。
俺は、つい最近、アリシアに決闘を申し込んできたこの男を散々に挑発してやったところだった。
その返事が俺の手元に届いていた。
ご存知だろう。とても下卑た内容の手紙である。
その手紙の主を、クラウスは支持すると宣言した。
コンラートをして、「やっちまった」と評されるほどの失策であった。
やむを得んな。
俺はこれを奇貨として、クラウスを排除することに決めた。
クラウスの支持基盤は帝国の宮廷であるが、俺も、帝国の宮廷には支持者がいる。
むしろ俺の支持者が主流派だ。
まず俺は、そんな俺の支持者を通じて、クラウスたちに懇願した。
「アリシアの王位継承を認めて欲しい」
クラウス達は歓喜した。
日頃強気な第一皇子が、アリシアが関わった途端に弱腰になったのだ。
これを見逃す手はなかった。
これが奴の弱みであるに違いない。
彼らは、エドワードの正当性を並べ立てるとともに、アリシアを簒奪者として糾弾した。
「エドワードこそ正統であり、第三皇子クラウスはこれを支持する」
この記事が主要な新聞の一面にのる。
そして、その翌日、王国の猿エドワードが、俺とアリシアに送りつけた手紙の内容が、同じ新聞を通じて暴露された。
しかも、多くの記事がエドワードが記した文面の具体的な記載を避ける中、とある新聞社が、無修正のエドワード卑猥文章の原文を載せた。
この無修正での原文掲載は、俺が指示した。
一切手を加えず、全文を載せるように圧力をかけた。
俺から指示を受けた、この新聞社の記者は涙目であった。
俺は、損害については、間違いなく保証すると約束した。
記者は、「必ずですよ!絶対ですからね!」と念押ししながら戻っていった。
頑張ってくれ。
万が一失業したら、再就職先は世話してやるぞ!
手紙の具体的な内容についても、ほんの触りの部分だけ記しておこう。
大変下品な表現があるため、淑女の皆様は呼び飛ばしてもらいたい。
「アリシアが王国に戻ったのなら、馬にでも犯させてやる。あれは体が小さいからさぞや苦しんで泣き叫ぶであろう」
全文この調子であった。
「猿ですね」
エドワードの手紙を見たものの共通見解だ。
俺もそう思う。
ところで、この手紙が届いた時、アリシアは俺の膝の上にいた。
彼女はこの手紙に目を通すと、焼き菓子を摘んでから眉を顰めた。
「このお菓子、甘くありませんわ」
手紙ついては、一切言及がなかった。
流石アリシアだ。俺は感動した。
アリシアにとっては、猿からの手紙よりも、その日の茶菓子のほうが、よほど重大事であったのだ。
彼女は、甘味の味を覚えて以来、甘い菓子ばかり食べるようになった。
結果、虫歯を心配したメアリから、一日に食べられるお菓子の量を制限されていた。
子供か!
あとメアリはやっぱりお母さんだな!
メアリは、とにかくアリシアのことに関してだけは優秀だ。
当然のごとく、俺の執務室の菓子もメアリの監視対象となっていた。
ゆえに、その日に出た菓子は、塩を効かせたウェハースであった。
アリシアは手元の焼き菓子を一睨みしてから、何かを思いついたようににんまりと笑みを浮かべた。
そして、俺の肩に柔らかくしなだれかかると、俺の体に手を回す。
知っているぞ。
これは、アリシア必殺のおねだりモードだ。
まずいな。だが、絶対に俺が得する展開でもある。
高まる期待と危機感に、俺は胸を高鳴らせた。
アリシアが俺の耳元で囁く。
「内緒で私に下さいませ。ジーク」
「駄目だぞ。メアリに怒られる」
「そんなこと言わないで、ジーク。ね、いいでしょ、ジーク」
「いや、駄目だ。アリシア、そういう決まりなんだ」
「お願い、ジーク。頂戴、ね?ジーク」
「駄目だ。駄目…、やめて…」
頼むから耳に息を吹きかけないでくれ!
アリシアは少し鼻にかかったような甘い声で、繰り返し繰り返し俺の名をささやいた。
勝てるわけがない。
当然のごとく俺は屈した。
このアリシアのおねだり攻勢であるが、別件も含め、既に俺は6連敗を喫していた。
どこまで連敗記録を伸ばせるのか、今から俺は楽しみでならない。
完敗を喫した俺は、部屋に備え付けてあるクッキー袋の封を空けた。
それを受け取ったアリシアは、何のためらいもなく、中身を全て食い尽くした。
これでなぜ肉がつかないのか。俺はアリシアの体の不思議に首をかしげた。
質量の保存則が、何処かでねじ曲がっている気がしないでもない。
なお、部屋に戻ったアリシアは、あっさりメアリに感づかれた。
当然だ。
袋いっぱいの菓子を腹に納めれば、匂いでわかる。
結果、芋づる式に、俺がアリシアに籠絡されたことも発覚し、アリシアと二人呼び出されて散々に説教された。
メアリに雷を落とされた後、アリシアはこっそりと俺に囁いた。
「また、一緒に食べましょうね。ジーク」
「いいですとも!」
俺は即答した。
メアリから、雷撃のおかわりをもらったのは言うまでもない。
さて何の話をしていたのだったか。
ああ、クラウスな、クラウス。
いたなそんな男も。続きを話そうか。アリシアの可愛さの前にはもうどうでもいいが。
帝国の世論は、瞬く間にアリシア支持で固まった。
正確に言うならエドワード排除というべきかもしれない。
そして、そのエドワードを支持していた男が帝国にいた。
そうクラウスだ。
アリシアを攻撃する流れで、エドワードを支持してしまったクラウスとその取り巻きは、宮廷内でたちまち窮地に陥った。
俺の企み通りだ。
脊髄反射のように、俺の逆を言うのだから、彼は三流と言わざるをえない。
今はアリシアを支持しておき、彼女が失策をおかすのを待つべきだったのだ。
クラウスは必死で自己弁護に務めた。
自分は、エドワードの人格については関知していなかった。
あくまで血統についての一般論を述べただけである。
そうか、俺は彼に一つ尋ねた。
血統を第一と認識しているのなら、第一皇子である俺が帝位につくことも、当然支持してくれるのだろう?、と。
俺の言葉に、クラウスは頷いた。頷かざるを得なかった。
しかし俺は、手を緩めなかった。
このタイミングで、俺、第一皇子ジークハルトの婚約者に対する、度重なる加害行為が、新聞に取り上げられる。
記事にはクラウスがやったなどとは一言も書いていない。
しかし、それを読むものは勝手に関連付けた。
こうして、クラウスの権威は完全に失墜した。
この失態に対し、クラウスは帝位継承権を完全に放棄することを宣言し、宮廷から退くことで応えた。
彼は、彼の母の実家で謹慎することになった。
個人的に思うところはあった。
クラウスではなく彼の家族に対してだ。
彼の実母は、第二夫人として、俺の母カートレーゼをよく支えてくれていた。
俺も良くしてもらった記憶があったのだ。
控えめな優しい女性であった。
クラウスには、同腹の妹がいた。
その娘とも、俺は仲が良かった。
母が違うとはいえ、かわいい妹だ。
俺とは大分年が離れていたが、彼女が小さい頃はよくまとわりつかれて困った記憶がある。
「兄様から見下ろすのが、一番景色がいいのです」
そう言っては、よく俺の背中によじ登っていた。
後に俺は、この二人から、クラウスの行状に対する謝罪を受け取った。
「どうかその身命にだけは許して欲しい」
俺は二人にクラウスの命まで奪う気はないと、確約した。
これだけ家族に恵まれながら、なぜクラウスが帝位を求めたのか、俺には理解できなかった。
後味は、思った通り悪かった。
俺は謀略家には向いていないのだろう。
もし俺一人の身であったならば、この期に及んでも他の道を探したかもしれなかった。
「相変わらず甘いですね」
コンラートが笑った。
悪かったな。
俺はアリシアを守ると決めていた。
彼女を他の何よりも、大切にすると。
俺の誓約だ。
ゆえに彼女に危険が及ぶ恐れがあれば、おれは全力を持ってこれを排除する。
できれば他の者達も、俺のこの真意に気づいてもらいたいものだと思う。
身内に対して、はかりごとはしたいものではない。
クラウスに関する全てにケリをつけた俺は、コンラートと酒を飲んでいた。
コンラートと二人でいる時は、いつも酒ばかり飲んでいる気がするな。
気のせいか?
俺は机の上にまとめた、エドワードからの手紙をながめた。
奴は、およそ、尊敬という言葉の対極にある男だった。
「だが俺はエドワードには感謝しなければならないな」
「ん?ああ、確かにそうなりますね」
「あれが王国の王太子であったがゆえに、俺は政敵を排除し、王国を併合し、なによりアリシアに出会えたのだから」
無能な味方ほど厄介なものは無いと言うが、その逆もまた然りということだろうか。
敵方に居る元王太子、二代目の馬鹿にして腰抜けの猿エドワードは、俺にとって大変優秀な手駒であった。
最後に笑い話を紹介しよう。
俺からの圧力を受けて、エドワードの卑猥文章をそのまま載せることになった、かの運の悪い新聞社のことだ。
彼らへの補償であったが、新聞社からは、直接アリシア様にお会いして謝罪する機会をいただきたいと申し出があった。
アリシアは特に怒っていなかったので、代わりに独占インタビューを受けることになった。
記者たちは張り切っていた。
アリシアといえば、やはり北方遠征での活躍が有名だ。
彼らは、戦場でのアリシアの活躍を聞きたがった。
話が弾んだのだろう、アリシアは、戦場での嗜みを面白おかしく話したらしい。
彼女は、エドワードの野卑な手紙にも触れて、あんなもの物の数ではないと言い切った。
「私ならこう言い返します。『私はジークハルト殿下の婚約者ですもの。馬にやられたぐらいで声などあげるものですか』ってね」
アリシアは得意げな顔で言い放った。
記者連中は、この過激な発言に固まった。
とてもではないが、可憐で麗しい王女殿下が口にする台詞ではない。
しかし、殿下はアリシア・ランズデール帝国軍元帥でもあらせられる。
戦場であれば、この程度の物言いは、たしかに珍しくもあるまい。
奴らは、迷った。
そして、迷った挙句、面白そうだと全文そのまま掲載した。
実は、先のエドワードの卑猥文を掲載した際も、かの新聞社にはクレームと一緒に、購読申し込みが殺到していた。
故に馬鹿共は味をしめていた。
載せたら絶対に面白そうだ。
ついでに、無茶振りしてきたジークハルト殿下にも一泡吹かせてしまえ。
ああ、そうとも。
俺は、一泡どころではない量の泡を吹くことになる。
一時期は干潟のカニのような顔をしていたことだろう。
アリシアのインタビュー記事掲載後、当然のように帝国の各所が大騒ぎになった。
俺のところにも両親はじめそこら中から問い合わせが届き、俺は赤くなったり青くなったりしながら対応に追い回された。
その新聞社には、「アリシア様はそんなこと言わない!」というよくわからないクレームと、「さすがアリシア様だ!」というこれまたよくわからない賞賛が殺到したそうだ。
なお、購読申し込みは激増した。
その間、渦中の人であるはずのアリシアは、「このぐらいで大騒ぎしてもらっては困りますわ」と涼しい顔で茶をしばいていた。
アリシアァッ!!
ストッパーであるところのメアリは、何か問題でも?みたいなすまし顔で、アリシアの側に侍っていた。
メアリは、本当に肝心なところで頼りにならない。
俺は親衛隊まで動員して、なんとかこのくだらない騒ぎを収拾した。
それから暫くの間、俺は、"馬並み"とか"馬超え"なる、大変下品な褒め言葉をもらうことになる。
一応言っておくぞ。
その当時はまだだったからな!
アリシア「でかい!」




