決闘とわたし
「俺が相手をしてやろう」
私に送られてきた二代目の馬鹿エドワードからの挑戦状を読んだジークの第一声である。
「アリシアをかけての勝負なのだろう?いい機会だ。王国の馬鹿共にも、アリシアに本当ふさわしい男がだれであるか教えてくれるわ」
決闘の申し込みで、私の婚約者のジークが、とてもやる気になっていた。
このままだと、帝国の第一皇子対王国の元王太子とかいう、スペシャル豪華なカードが実現しそうである。
視聴率ぶっちぎり間違いなしだ。
興行は是非ランズデールに取り仕切らせてもらいたい。
これは絶対儲かる。間違いない。
あと私情を挟んじゃって恐縮なのだけれど、ジークは私のために戦うって言ってくれてるんだよね。
嬉しいな。ちょっと恥ずかしいけど。
ジークが乗り気になったので、帝国側でもこの決闘について前向きに検討することになった。
私に送りつけられた果たし状の内容は、要約すると以下の通りだ。
エドワードと私アリシアで決闘を行う。
決闘は王都で行う。
エドワードが勝利した場合、アリシアは身柄を王国に引き渡す。
アリシアが勝利した場合、エドワードが謝罪する。
「釣り合ってねー」
クラリッサが馬鹿にするように笑った。
うん。いつものことである。
私はニコリともせずに頷いた。
メアリも、まーた馬鹿がバカなこと言ってるよ、みたいな呆れ顔だ。
だいたい、この人はいつもこんな感じだ。
今更何の感慨もない。
万が一負けると、私は酷いことになりそうだが、今更謝罪してもらう必要もないので、勝っても私にはメリットがない。
これでは決闘をする意味がない。
決闘というと一対一の正々堂々とした勝負を思い浮かべるかもしれない。
間違いではない。
騎士が自分の実力を見せるためにする決闘や、名誉をかけた決闘は、一対一の正々堂々とした戦いが基本だ。
ただ貴族家同士など、権力争いの意味合いが強い争いの場合は、その限りではない。
「仲間を集めるのも力量のうち」「知恵も力である」などと理由をつけて、助太刀を集めて複数人でかかってきたり、剣に毒を塗ったりすることもざらである。
二代目の馬鹿は、決闘のルールに一対一と書いていない。
たぶん大量に護衛が出てくるだろう。
決闘の場所も王都なので、卑怯な手段もよりどりみどりだ。
私、絶対簀巻にされそう。
当然私はこの話を受ける気などなかった。
そこでジークは帝国の公的見解を元に、条件を変更して決闘状を叩き返した。
「野盗くずれの下賤の男が、アリシア王女を呼びつけるなど片腹痛いわ。貴様が出向いてこい」
彼が叩きつけた内容は以下の通り。
俺こと帝国第一皇子ジークハルトと下賤の賊将エドワードとかいう腰抜けが決闘を行う。
決闘は帝国領カゼッセルで行う。
ジークハルトが勝利した場合、腰抜けの無能エドワードは徒歩で帝国各都市を練り歩き、アリシアへの無礼と自らの愚かさを懺悔して回る。
エドワードが勝利することは、ありえんだろうから、なんでも好きにするが良い。帝位でもなんでも欲しければくれてやる。どうせ無理だろうからな!
「これじゃ、決闘状じゃなくて挑発文じゃない!」
「おうとも。馬鹿相手に真面目に付き合ってどうする。どういう返事が来るか楽しみだな」
私が手紙を見てびっくりした声をあげると、ジークはいたずらが成功した時のような得意げな顔をして笑った。
この悪ガキめ。
楽しげに悪巧みを話すジークに、私もつられて笑ってしまった。
そうだね、こっちのほうが楽しいね。
私は、彼のこういうところが好き。
ジークからの挑戦を受け取ったエドワードは、案の定怒り狂ったらしい。
例によって例のごとく汚い言葉で罵った。
ただ、王国からしてみれば、勝利の報酬は魅力的だ。
この決闘で勝てれば、戦争にも勝利できるのだ。
文面通り受け取れば帝位まで手に入る。
そこまでは無理でも停戦と国交回復ぐらいは望めるのだろう。
王国首脳の頭脳だと乗ってきそうだなぁ。
私だけでなくみんなも同じように考えたようで、にやにやしながら返事を待っていた。
そして案の定、皮算用したエドワードから、この決闘を受ける旨の返信が来た。
「どうせ向こうは、負けても約束を守らないと思いますけど。理由なんて後からいくらでも付けられますし」
「そんな事はわかっている。だからこうするのさ」
私の懸念を聞いたジークは、手紙の写しを取ってから、原本を事務官に手渡した。
その日、カゼッセルには新聞社の人間を呼んでいた。
実物の手紙も見せながら記事をかかせるのだそうだ。
そう新聞である。
帝国は文化的な水準が高い。
ゆえに新聞がある。
有名なものでも五種類ぐらいあり、帝国の人たちの識字率の高さもあって、広く親しまれている。
ちょっと前の北方遠征も大々的に報道されて、ジークと私の人気向上に一役買っていた。
私の特集記事も組まれたのだが、大きめに載せられた似顔絵がまったく似ていなかった。
新聞の一面をかざる凛々しい美少女と比較されて、私はそれはそれは恥ずかしい思いをしたものである。
これを見たメアリは、大喜びで三部も購入していた。
一部は自分で読んで、一部は保存用にし、最後の一部はランズデールに送るのだと、にやにやしながら教えてくれた。
私は大慌てで制止したが、メアリは容赦なくこの新聞を実家へと送った。
後日、新聞を読んだ私の父が、実物の可愛さがまったく表現できていないと新聞社にクレームを入れた。
これを使えと、差し替え用の私の似顔絵まで提供したらしい。
悪乗りした新聞社の人が、訂正記事まで出してしまい、当事者の私はただひたすらに恥ずかしかった。
なにしてくれてるのお父様…
今回の決闘騒ぎも格好のネタだ。
公正な報道をできる新聞社に限り情報を教えてやる。
そんな条件をつけたジークは、世論の誘導をせっせと進めた。
わたしは隣に座って、ジークのやり方をお勉強だ。
ジークのお仕事姿を見るのは楽しい。
彼は大抵軍服姿なのであるが、こう、足を組んで書類を手に眺める姿がとても様になるのだ。眼福である。
でも足を組まれると私が膝に登れないので、見るだけみたら、足を解いてもらって膝上に乗る。
ジークは足を組んだり解いたり、「最近は、仕事以外のことをするのに忙しい」と笑っていた。
えへへ。すまんね。
帝国の新聞社もいろいろある。
ジークや私を持ち上げるだけでなく、皮肉な観点から評価するような社ももちろんある。
そういうシニカルな視点を持つ記者の人は、私達をこき下ろすが、より馬鹿な相手はより辛辣にこき下ろす。
ゆえに最近のエドワードとその父ジョンは、散々な言われようであった。
「政治的な意味合いも強いのだ。血統だけを見るなら、アリシアは正嫡ではないからな」
現在の王国王家と宮廷の腐敗は、それを知る人間からすれば明らかだ。
だがそれでも、血統的にはジョンとエドワードが正統なのだ。
我が父ランズデール公と私アリシアは、間違いなく簒奪者である。
ゆえに法的な観点からそれを指摘する人もいる。
帝国は広い。
そういう視点があって当然であろう。
「だから、こうやって"事実"を積み重ねて、貴女の正当性を示していくのだ」
「わかりました。でもこのエドワードの手紙を見せるのは、少し恥ずかしいですね」
私の言葉にジークは小さく肩をすくめてみせた。
そう。
私達の正当性を主張するのに、二代目の馬鹿エドワードの人間性を広く知らしめるのは効果的な手段だ。
ただ、私はちょっと恥ずかしかった。
だって、手紙の内容がとっても下品なんだもん。
彼エドワードの手紙には包囲攻撃中の蛮族が使いそうな単語がたくさん並んでいるのだ。
私の元婚約者エドワードは、率直な言い方をするなら下卑た男だ。
ジークの挑発に触発されてしまったのだろう。
彼は手紙の中で、自分が勝利した暁には、私を如何に傷つけ辱めるかを、赤裸々な言葉で語ってくれた。
宰相が帝国に寝返っているせいで、エドワードの人間性がむき出しになっているのが最悪だった。
とても教養ある人間の言葉とは思えない単語の羅列に、記者の人たちも眉をひそめた。
「これは、どこの野蛮人ですか」
王国の人間としては恥ずかしい限りであるが、おかげさまで帝国の王国王家に対する世論は「これは酷い…」でまとまった。
ジークがうまいこと挑発して手紙のやり取りを増やしているせいで、証拠のお手紙が沢山入手できるのだ。
記者の人たちも気前よく元ネタを提供してもらえることには喜んでいるが、この下品極まりない表現をそのまま記事にしてもよいのかと悩んでいるようだった。
殆どの社がエドワードの言葉をぼかして報道する中、一つの新聞社が敢えてエドワードの卑猥文を原文ままで載せる英雄的馬鹿行為に踏み切った。
その勇気ある新聞社は、クレームの嵐にさらされて記事を回収するはめになったのだが、お陰で私の立場は盤石になった。
みんなこう思ったのだ。
アリシア姫の政治的な能力はわからないけど、あれよりは間違いなくマシだよね、と。
結果、私が王女として超えなければならないハードルは、地面すれすれまで低下した。
さすがの私でもこのぐらいの高さなら飛び越えられるよ!
「あまり低い水準で張り合わないでくださいませ」
私が力強く宣言したが、メアリからはちょっと呆れられてしまった。
でも、女王になるってやっぱりプレッシャーなんだもん。
ある意味、私の精神的安定に寄与してくれたとも言えるだろう。
やっぱり少し恥ずかしいけれど。
私の元婚約者と文通中のジークは、辟易したように顔をしかめた。
「しかし、ここまで品性下劣だと人間性を疑うな。このエドワードというのは実は猿の一種なんじゃないのか。ある意味、野性的と言えなくもないが」
「私としては、嫌悪感しかありません。見るのも嫌です」
「そうか。なら俺はどうだ。貴女に対する情欲や獣性で言うなら、間違いなく負けていない自信があるが」
「…ジークは別です。全然違います」
唐突な惚気で申し訳ない。
ジークはとてもエロいのだが、なんというか情緒があるのだ。
最近二人きりになると、私はジークに、その、ジークの妄想シチュエーションをおねだりして聞かせてもらっている。
すごくドキドキするのだ。私は好きだ。
うん、考えてみたら、好きな異性に耳元でエッチな小説を朗読してもらっているようなものだった。
ドキドキするに決まっている。
…自分で書いていて気がついた。酷いエロさだ!
忘れておくれ!
とても父には聞かせられない。
私はとても汚れてしまった…
すっかり耳年増なアリシアである。
うちの三人娘はそんな私の変化に感づいているらしく、時々顔を真赤にして部屋に戻ってくる私を生暖かく見守ってくれている。
正直忌々しい。
でも私以外は皆、経験者なんだよなぁ…
そして決闘の要項が決定した。
ジークが散々からかったせいで随分時間がかかってしまったが、最終的に以下のような形でまとまった。
帝国、王国から10人の代表を選出して1対1の決闘を行う。勝ち越した側の勝利とする。引き分けの場合は大将戦の勝敗を持って判断する。
決闘はカゼッセルで行う。
装備は帝国が用意ものから選択する。
帝国が勝利した場合は、エドワードとジョンが出頭し、帝国各都市をお詫び行脚する。
王国が万が一勝利した場合は、帝国はあらゆる要求を一つ飲む。
以上を帝国皇帝の名の下に約束するものである。
「陛下も承認なさったんですね…」
「負けようがないからな」
陛下もお土産話を楽しみにしているそうだ。
王国の、近衛騎士団長は精神論が大好きだ。
必勝の信念があれば勝てると信じているのだろう。
だが現実問題として、王国で強い人は、上から100人ぐらいは全員が領主連合に所属している。
戦争は王都で起きてるんじゃない!前線で起きてるんだ!
といったかどうかは知らないが、気骨ある人達はみな、父に従い領主軍に参加していた。
ちなみにメアリは領主連合ではトップ10にはいるぐらいの実力者だ。私の立ち位置など言うまでもない。
これに加えて帝国から強い人を組み込むのだから、勝負になるわけがなかった。
負けられない、というか負けようがないので、どういう勝ち方をするかと、
そして確実に負ける王国の代表達をどうフォローするかについて皆で話し合うことになった。
うーん。
この要項を眺めつつ、私は唸った。
気になることがあったのだ。
「決闘というより、武闘会のようになってしまいましたね」
メアリの言葉にみんなが大きく頷いた。
アリシア「エドワードの霊圧が…消えた…!?」
メアリ「敵前逃亡です」




