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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
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嫁入り準備とわたし

エルベスについた私たちは、市長の官邸に寝泊まりすることになった。

市長は今牢屋なので、空き家を有効活用である。

ジークが市長の部屋を使い、私は市長の奥様の部屋にお邪魔した。


現在、市長の正妻である奥様は別居中で、実家に帰っているそうだ。

後に、奥様からは「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」とお手紙を頂いた。

なお、さほど遠回しでもない書き方で「私の恨みを晴らしてくださり、ありがとうございました!」的な内容が書かれていた。


お手紙によると、かの市長のバカ息子は、愛人との間にできた子供で、奥様はそれを養子として押し付けられたのだそうだ。

私も女だ。

奥様の怒りに共感してしまった。


市長夫人のお部屋は、やっぱりブルッフザールのお宿と同じぐらい豪華で、世間知らずを自認する私もだんだんと現実がわかってきた。


「えっ、もしかして私の実家、貧乏すぎ!?」


私の懸念に、メアリも深刻な顔で頷きを返した。

私はよく、冗談半分に実家が貧乏だと口にしていたが、帝国の基準でいくと冗談でも何でも無く本当に貧乏だ。

ジークへの嫁入り道具とかどうしよう。

不安になった私に、「いざとなったら騎兵隊1000人ぐらい送って勘弁してもらいましょう」と真顔のメアリがアドバイスをくれた。

ナイスアイデア!でもなんだか人身売買っぽいよ、メアリ!


エルベスで私は、ちょっとだけジークのお妃様気分を先行体験することができた。

今回の嫁取り騒動で大活躍した、オスヴィン大佐のご実家、ブレアバルク家のご当主からご挨拶をもらうことになったのだ。

ブレアバルク家は帝国東部で随一の名家だそうな。すごい。


「彼らを通じて、今のアリシアの立場を周知して貰う予定だ。ついでにその手の調整も丸投げする」


社交に出ない私の代わりを、ブレアバルクの人たちにおまかせするのがジークの計画だ。

でもジークの言い方は、かなり事務的な感じだ。

華やかなりし社交界で、調整って表現は、なかなか聞かない気がする。

ジークも社交には消極的なとこがあるんだな、となんとなく察した私はちょっと嬉しくなった。

自分のパートナーが楽しそうに談笑してる横で、ただ愛想笑いを浮かべているしか無いのはやっぱり寂しいから。


私はこのご挨拶会に先んじて、ちょっとした新体験をすることになった。


一つ目は、やわらかコルセットである。


私がよく知っているのは、ザ・体型矯正器具みたいな感じの硬いコルセットであったのだが、帝国には体をサポートするための布コルセットが普及していた。

実は私は、最近になってすこし胸が膨らんできたのだ。

良いものをたくさん食べているせいだと思う。

故に、ドレス着てすぱーん!すとーん!とはいかなくなってきた。

何がすとーんかは聞くな。

無駄に内臓を圧迫する気がない私は、コルセット絶対つけない教を信奉していたのだが、物は試しとこのやわらかコルセットを試着した。


着心地はさほど悪くないな。


ドレス着用でもお腹回りがすかすかしないので、むしろ落ち着く。

試しにこれを着用してから前屈をしてみると、体も曲げられるようだった。

ただ、全く圧迫なしにとはいかず、私の口からは「ぐえ」と呻きが漏れた。

準備を手伝ってくれたステイシーとメアリは、聞こえぬふりをしてくれた。

なかなか良いじゃないか、と思った私は、内臓ぽろり防止用のサラシと同じぐらいの強さでコルセットを締めてもらうことにした。

以後、私が外に出る時は、布コルセットが標準装備になった。


一方、私室では、私はコルセットなしの習慣を続けた。

ジークが、その、わたしの胸からお腹までのラインが大好きなのだそうで、つけないでくれと強い要望があったのだ。

頭がいい人は、考えることもエロいって聞いたけど、本当だね。

ジーク超エロいよ。

私はそういうとこも好きだけど。


二つ目はお化粧である。


いっちゃなんだが、ちょっと前までの私の見た目は、十代前半の小娘であった。

実年齢マイナス2,3歳ぐらいの容貌を想定してもらえればわかりやすい。


職業柄、化粧をする機会もなく、ここ数年は王都に行くのも年に数えるほどだった。

うちの領地の財政事情では、高い化粧品には手が届かない。

ゆえに今まで私は、おしろいすら見ずに過ごしてきた。

メアリも触ったことがない。


しかして、この私アリシアが、まともな社交会デビューをするときが来た。

流石に私も、ノーメイクをナチュラルが一番可愛いと強弁するにはまずい年頃に差し掛かっている。

化粧は必須だ。

そして、目の前に整列した化粧品の隊列を前に、固まる田舎者が二人。


メアリ、私は護衛騎士ですしおすし、みたいな顔でしらばっくれてもだめだよ。

これ、侍女の仕事だからね。

私は尋ねた。


「すっぴんじゃだめかしら?」

「いけますとも!余裕ですわ!」

「駄目です」


ぐっと力強く保証してくれたステイシーに、クラリッサがきつめの突っ込みを入れる。

クラリッサは苦々しげに呻吟した。


「今回は、私達で軽く済ませます。うーん、しかし流石に化粧は専門家を入れたほうが良いな。新規の侍女と一緒に手配するか」


お仕事増やしてごめんよ、クラリッサ。

そして私の化粧を終えたクラリッサは、手のひらを返した。


「専門家など要りませんね。けばい化粧など邪魔です。間違いない」

「ええ、私達だけで十分ですわ」


二人がぱぱっと薄めに化粧を施すと、たしかに少し綺麗になったような気がした。

前言った帝国美人コンテストがあったら、セミファイナルはなんとか抜けられるかもしれない。

いや、厳しいかな。


鏡で見る限り、ちょっと美人になったぐらいではあったけれど、それでも私はすごく嬉しかった。

実は私のおでこには、三年前の激戦で蛮族につけられた古傷が白く残っている。

鏡を見るたび、気になっていたのだが、お化粧をしたらばっちり目立たなくなったのだ。


これはいい。


私は二人に感謝して、後日傷隠し用の化粧品を教えてもらった。


後の話になるが、アリシア付きのお化粧係採用について頑強に抵抗したした近衛騎士二人に対し、プロのメイクさんが殴り込みをかけてくる。

実際にお化粧を施してみると、見違えるほど出来栄えが違った、らしい。

残念ながら、鏡で見るだけの私にはよくわからなかった。

角度や、周りの明るさまで考慮して綺麗に見せるのがプロの技なのだそうだ。

ほうほう、とその時の私はわかったふうな顔で頷いた。


後日、メアリからは「興味が無いのがバレバレですよ」と突っ込まれた。

図星である。

私は、見苦しくなければそれでいいと思っている。

ジークは私がボロボロでも、しわしわのおばあさんになっても好きだって言ってくれそうな気がするのだ。

惚気である。えへへ。



約半日かけて、私は身支度を整えた。

そして私は、ブレアバルクご夫妻からのご挨拶会に臨んだのだ。

挨拶を受ける間、ジークの婚約者アリシアは、彼のお隣に座ってお淑やかな置物に徹するのがお仕事だ。


よし、頑張るぞ!


あまり記憶が定かじゃないが、デビュタントを思い出せ!アリシア!

そうやって自分を激励した時、私ははたと気がついた。


私、デビュタント済ませたっけ?


王国の標準的なデビュタントは16歳だ。

ただ私はそれに先んじて王宮に出入りしていた。

15で軍に籍をもらったので、出仕はそちらの名義で行っていたのだ。

うーんと内心で唸った結果、私は当然の答えに行き着いた。

私、デビュタントしてない!

蛮族相手にアリシアちゃんオンステージで鮮烈デビューを飾った記憶はあるが、ドレスを来て宮廷に出た記憶が一切なかった。


そんな暇なかったからな、がはは。


笑い事ではなかった。

なんてことだと内心動転した私は、慌てて顔に能面のような笑顔を貼り付けると、この時間を沈黙を貫き通してやり過ごすことに決めた。

口を開かねば粗忽ものの私でもボロは出ない。

私に話を振られても、にっこりジークにお願いすれば、綺麗にお返事をしてくれるのだ。


そして私は、この挨拶タイムを乗り切った。


「落ち着いた雰囲気で良かったと思う。次も同じようにいけるか、アリシア?」

「任せて下さい!」


ジークからは、今日の私の社交に及第点を頂いた。

やったぜ!

ちょっと自信がついた私は、意気込んで力こぶを作った。



ところで、この日の挨拶は、実のところ問題だらけであった。


これは、後に私に仕えてくれることになるエリス・ブレアバルクから聞いた話になる。

この日、ブレアバルク家の奥様は、帰宅するなり泣き崩れた。

一方のご当主は青ざめた顔のまま書斎に閉じこもった。

なにがあったのかと、家中大騒ぎになったそうだ。


原因は私、アリシアの態度だった。


アリシア王女は会談中、貼り付けたような無表情のまま一言も口を開かれず、茶も菓子も一口お義理で口にすると、あとは見向きもしなかった。


これを聞くだけだと、たしかに私、めっちゃ不機嫌だ。

おおぅ。申し訳ない。


あのアリシア様のご様子では、どう考えても不興を買ったとしか思えない。

なにが悪かったのかは皆目見当もつかないが、アリシア様のご気分を害してしまったことだけは間違いない。


終始、不機嫌そうなご様子であったため、余り話もできずに帰宅したと、その日家の者には伝えられたのだそうだ。

ブレアバルク家のご夫妻は、心労のあまり、そのまま寝込んでしまった。


「家中、お葬式のようで気詰まりでしたわ!」


エリスはそう当時のことを思い出して笑った。

すっかり私のことを怖がってしまった家中の者を心配して、エリスは私に出仕することを決めたのだそうだ。


最初の印象は大変悲惨であるが、ブレアバルク家とはその後仲良くお付き合いさせて頂くことになる。

ジークといいブレアバルクの皆様と良い、私の人間関係は、スタートダッシュで盛大にコケるのがお約束なのだろうか。

ちょっと悲しい。


このブレアバルク家の惨憺たる有様を伝え聞いたメアリとジークは、申し訳無さで一杯の私の気も知らず、無責任に論評した。


「なるほど。以前ジークハルト殿下が仰られたとおりですね。挨拶一つで社交相手を大混乱させるとは、さすがアリシア様です」

「だろう。とてもそのままでは社交界には出せぬ。思い余った挙句に、自殺者など出されてはたまらぬからな」


悔しさに真っ赤になった私だが、効果的な反論が思いつかず、頬を膨らめて遺憾の意を表明するにとどまった。

ジークだって、終わった直後は問題なかったって太鼓判押してくれたじゃない!

掌返すなんてひどい!


私の帝国での初社交は、身内から及第点をもらいつつ、一部に混乱を巻き起こす結果に終わった。

でも私は声を大にして言いたいと思う。


私は悪くねぇ!



エルベスの私は、合間合間にランズデール騎兵隊のお守りをしながら、都会の生活を楽しんだ。

ここは大都市リップシュタットも近い。

大きなお店の人を呼んでお洋服を注文したり、宝飾品を見せてもらったりした。

ジークは好きに買っていいと言ってくれたけれど、私はしばらく社交に出る予定もない。

体も大きくなってきているので、ドレスを一着と髪飾りを一つだけ買ってもらって、お終いにした。


髪飾りは小枝の意匠の小さなものだ。

紫と緑の配色が可愛かったので、つい買ってしまった。

宝石がふんだんに使われているせいか、大変お高かった。


「アリシア様が贅沢をされないせいで、私も下賜してもらえるものが少なくて残念ですわ」

「不満?」

「ええ、もっとわがままになっていただいてもようございますよ」

「メアリは自分の財布じゃないからって言いたい放題だね」


メアリはそれを聞いてにやーっと笑った。


実は私は、メアリ用に同じデザインの髪飾りを買ってもらったのだ。

飾りはちょっとシンプルにしたけれど、お揃いである。

私と並んで立ってもらうときに、髪につけてもらうのだ。

ありがとうございます、と言って髪飾りを受け取ったメアリは、なぜか私の頭に貼り付けて遊んでいた。

使い方ちがうよ、メアリ。


最近の私の側仕えは、とりあえず飾りが手に入ると私の髪に載せようとするのだ。

変な癖がついてしまった。


ジークにも話を聞いたけれど、私はもう少しおねだりを増やしたほうがいいらしい。

でも私は、一番欲しいものだけをおねだりしたい。

でないと、贈り物をもらった時の嬉しさが、だんだん目減りしてしまう気がするのだ。

ちょっと貧乏性かな。


生活水準の格差を埋めるのはなかなか難しい。

玉の輿女の贅沢な悩みである。



後はランズデールへの嫁入り希望者が急増したことぐらいだろうか。

エルベス嫁取話を伝え聞いた、いろんな街の女の人が、ランズデールのお兄さんたちを捕まえようと躍起になったらしい。

最終的に20人ぐらい嫁入り希望者が集まった。

でも、私が、我がランズデールの田舎っぷりや生活水準をちょっと誇張して伝えたら、数は半分ぐらいに減ってしまった。

一方で、私の脅しにも屈しなかった根性ある女の人達は、頑張ります!と気合を入れていた。


私は、ジークに嫁入したら、ランズデールを出ることになる。

ぜひとも帝国から来る女の人達には、我が故郷で頑張ってもらいたいものだ。



「嫁入りかぁ」


その日のお仕事を終えて豪華なベッドの上に寝っ転がりながら、私は呟いた。


結婚なんて、自分には縁がないとばかり思っていたけれど、人生どうなるかなんてわからないな、とつくづく思う。

私はとても幸せであった。


この幸せなのにちょっとおセンチ乙女心を楽しみたいな、とベッドに潜り込んだ私は、持ち前の寝付きの良さで、即座に眠りに落ちた。


すやぁって感じで眠る私を見てメアリは思ったそうだ。

「アリシア様は、本当に幸せな思考回路をされていますね」



まーね、それが私の取り柄だからね。

メアリ「要するに食っちゃ寝して過ごしたと。子豚になりますよ」

アリシア「ぶひー」

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