騎兵隊の嫁取りとわたし
騎兵隊、政庁舎占拠の報を受けた私は、ジークたちに先行してエルベスへと向かった。
今のランズデール騎兵隊は戦力的には申し分ないが、政治的な後ろ盾に乏しい。
公権力を盾に迫られると、ピンチに陥ってしまう可能性があった。
ブルッフザールからエルベスまで、馬を駆けさせておおよそ4日の距離がある。
ただ私は一昼夜程度なら不眠不休で走ることができる。
駅伝方式で馬をかえ強化魔法を使えば、丸一日かからずに目的地に到着できる見込みだった。
「護衛も要るだろう!焦る必要はない!」
「いえ、ジーク。ランズデールの人間を守るのは、父から彼らを預かった私の義務です。先行させて下さい」
私が断言するとジークはしばらく瞑目した後、しかたなさそうに頷いた。
それから筆記具を用意させると、急いで一筆したためてくれた。
「ならば、俺からの親書も預ける。使ってくれ。くれぐれも気をつけて」
「ありがとう、ジーク」
ジークはやっぱり心配そうな顔をしていた。
でもこれは譲れないんだ。
ごめんよ!
そして大急ぎでエルベスに駆けつけた私であったが、むしろ遅めの到着を望まれていたらしく、顔面を蒼白にしたギュンターから微妙に恨み節っぽいお礼を言われた。
心配して急いで駆けつけたのに、その態度ひどくない!?
どうも火消しに失敗したことについて雷を落とされるのを心配していたらしい。
愚にもつかない言い訳をされたので、ご希望どおり高電圧低出力の雷を落としてやるとちょっとうれしそうな顔をした。
良い年したおっさんが、そんな顔すんなよ。
お互いニヤッと笑いあってから、私は威儀を正した。
彼もまた直立不動の姿勢を取る。
「ギュンター」
「はっ」
「ご苦労、よくやった。あとは私が引き継ぐ」
「はっ、以後、全部隊、閣下の指揮下に入ります!」
ジークが来る前にさっさと終わらせてしまおう。
そうすれば合流次第、観光旅行再開である!
私は意気込んで、エルベス庁舎に向かった。
ギュンターからは、手を煩わせてしまったことを謝罪されたが、実は私は怒ってなどいなかった。
ジークから教えてもらった私の勝ち組的未来予想図が、私の心に精神的な余裕を生み出していたからだ。
当時の私は、ほとけのアリシアであった。
顔を撫でられても二回目まではゆるす。
一方で怒りのあまり阿修羅みたいになってる人がいた。
誰あろう、ギュンター達の案内にあたってくれていたオスヴィン大佐である。
彼は、エルベスの市長に殺意に近いレベルの憤怒を抱いていた。
「あのヒキガエルがッ」
彼の述懐に従い、以後エルベス市長のことはヒキガエルと呼称する。
実は私は名前を覚えるのが苦手なのだ。
わかりやすいあだ名はとても助かる。
現在、エルベスではオスヴィン大佐による綱紀粛正の嵐が吹き荒れていた。
市長のバカ息子と彼の手下のチンピラたちは、怒り狂った大佐の手で既に首をはねられ、汚職が発覚した議員、職員などはズンドコ投獄されて監獄もいっぱいになっていた。
私が政庁に顔を出すと、オスヴィンが最敬礼で私を迎えてくれた。
挨拶もそこそこに、私は現状について説明を求めた。
「アリシア殿下のお手をわずらわせるには及びません。全てこちらで片付けますゆえ、どうかごゆるりとお過ごしくださいますよう」
彼は流れるような仕草で、私にエルベスの名所めぐりのパンフレットと、施設案内の資料を手渡した。
お面のような笑顔を貼り付けたオスヴィン大佐の手には、皇帝陛下の委任状が握られていた。
その委任状はジークの確認があり次第効力を発揮するそうだ。
「一掃しておきます」
そう端的に語った彼の脇には、"斬"って文字がいくつも並んでいる紙片が見えた。
わーお、怒り心頭ですね。
くわばらくわばら。
なにがオスヴィン大佐をここまで怒らせたのか。
事態が落ち着いてから、聞くことができた。
オスヴィン大佐、本名オスヴィン・ブレアバルクは名家の出だ。
彼の実家ブレアバルク家は、帝国東部の中心地リップシュタットを中心に地盤を持つ名門である。
今後は縁深くなるであろう王国との関係も見据え、是非、アリシア王女とも誼を通じたいと、彼の実家はリップシュタットで歓迎の準備をして待っていた。
具体的に言うと串焼きをいっぱい焼いて待っていた。
私は串焼きをよく食べるが、別に好物ではない。
変な情報が帝国に流布している気がする。
彼らの期待に反して、私が向かった先はブルッフザールだった。
あの木と木と木しか無い、禿だぬきが市長を務めるど田舎の街に、アリシア王女は行ってしまった。
オスヴィンの一家は意気消沈した。
同時に、アリシア王女が自ら率いるの騎兵隊に案内役としてつけられたオスヴィンには、期待が集中した。
オスヴィンは分家の次男坊だ。今までは、目立つ機会にも恵まれなかった。
これまでにない期待を受けて、彼はたいそう張り切った。
オスヴィンと彼が案内する騎兵隊がエルベスに来たのは、くじだ。
ランズデール騎兵隊は6000人もいる。
とても一つの都市には収まりきらないため、帝国内のいろいろな街に分散して逗留することになった。
そして案内の帝国軍の皆さんで、どこに行くかくじで決めた結果、彼はエルベスを引き当てた。引き当ててしまった。
衛星都市などどこも似たようなものだ。
そう思ったオスヴィンは、深く悩まずに、この街にやってきた。
オスヴィンは頑張って下調べをし、宿やお店を手配した。
どれもランズデール騎兵隊の面々に好評であった。
彼は、はるばる外国から来た傭兵隊が快適に過ごせるように、通訳や案内のものをしっかり手配し、不自由などせぬよう心を配った。
指揮官である王女アリシアの薫陶もあって、騎兵隊は大変に行儀がよく、街の住人たちともすぐに馴染んだ。
ギュンターとすっかり仲良くなったヤイアなど、王国語の練習まではじめるほどだ。
片言の王国語で挨拶するヤイアをみな微笑ましく見守っていたらしい。
反面、どう考えても治安が悪すぎた。
帝国は先進国だ。
そうそう喧嘩なんて起きようがないはずなのだが、この街はおかしかった。
しょっちゅう騎兵隊の面々が騒動に巻き込まれてこれを鎮圧している。
オスヴィンは市長に、衛兵の巡回を強化するようもとめた。
市長はなにも問題が無いとしてこれを却下した。
オスヴィンは用心深い。
独自に調査を進めたところすぐに市長の息子の悪事に行き着いた。
彼はすぐ市長に警告を出した。
バカ息子の手綱をきちんととって、せこい悪事もやめさせろとかなり厳しく申し渡した。
市長はなにも問題が無いとしてこれを却下した。
そんなわけあるかと伝令を走らせたその時、店から急報が入った。
ギュンターに嫌がらせをしようと、バカ息子がヤイアに迫っていると。
オスヴィンは頭が真っ白になった。
オスヴィンは自分の能力にちょっと自信があった。
だが、今の今まであまりチャンスには恵まれなかった。
ジークは「いや、俺は相当評価してるつもりなんだが」と言っていたが、本人的にはもっとやれるという自負があったらしい。
故に今回のチャンスに彼は勇躍して臨んだ。
騎兵隊を手がかりに、アリシア様を釣り上げるのだ、と。
将を射んとせば先ず馬を射よ、の精神である。
彼が頑張って積み上げた諸々の成果を、だがヒキガエル一派が台無しにした。
オスヴィンは怒った。
そしてヒキガエル一派を一掃した後、泣いた。
俺の努力は一体何だったのかと、熱い涙を流した。
私も頑張った成果が報われない悲しみは知っているつもりだ。
「頑張ったね」
そう言って慰めてあげた。
そうしたら、彼はすっかり私のシンパになってしまった。
弱っているところに優しくされるところっと行ってしまうというやつだろう。
悪女アリシアである。
私が彼の頭を撫でて慰めてあげているところを目撃したメアリが、いけないものを見てしまったような顔で固まっていた。
ついでに、メアリから報告を受けたジークからは、あまり他の男に気安く触れないようにと注意をもらった。
ヤキモチやいちゃうんだそうだ。
えへへ。照れるぜ。
ちなみにであるが、オスヴィン大佐は御年36歳のお髭が立派なおじさまである。
特に何の根拠もなく、若くてかっこよろしいお兄様を想像していた方、申し訳ない。
オスヴィン大佐は、後始末も含めて全て任せて欲しいと主張していたが、ハイそうですかと全部丸投げするわけにも行かない。
私は事情聴取のため、投獄されているヒキガエルのところへむかった。
聴取を進めるうちに、ヒキガエルはだんだんヒートアップして、最終的に下のような発言が飛び出した。
「小娘がァッ!王国の女王とか自称するガキが、人がわざわざ下手に出て呼んでやったものを!調子にのるな!」
最初、ヒキガエル氏は、私を小娘と見て与し易しと思ったのだろう、色々と言い訳を並べ立てた。
答弁をオスヴィン大佐に丸投げしたところ、彼は見事に言い訳を全部粉砕して、ヒキガエルは真っ赤なゆでガエルになった。
その後は、お涙頂戴の嘆願をはじめたので、私が「話しにならんな」と切り捨てたところ、先のびっくり発言が飛び出した次第である。
一瞬で空気が凍った。
特に騎兵隊の皆から、こいつッ、地雷を踏み抜きやがったッ、みたいな驚愕と憐憫に溢れた視線がヒキガエルに集まる。
3分後には、挽肉ガエルになってんだろうな…みたいな空気になってしまい、私は心のなかでため息をついた。
貴様ら、私をなんだと思ってるんだ。
実は私も、私のこの弱そうな自分のなりが心底嫌いだった。
華奢な体も、低い背丈も、線の細い容貌も、みんなだ。
軍の将帥として、令嬢然とした美しさなど、邪魔でしか無い。
ゆえに、昔は大嫌いだったのだが、実は最近はそうでもないのだ。
理由はもちろんわかっている。
ジークがかわいいかわいいと褒めてくれからだ。
最近は、かわいいのも悪くないなを通り越して、かわいくて良かったな、などと思っている。
恋は乙女を変えるのだ。
今、「え、だれが乙女?」とか言ったやつ、歯ぁ食いしばって前に出ろ。
今日の私は菩薩のアリシア。
うまく収拾をつけようじゃないか。
私はヒキガエルを一瞥した。
「貴様、私を小娘と侮るか」
「おう、何度でも言ってやる、小娘がッ!」
騎兵隊の一人に目線で命じる。
がらんっと音がして抜き身の剣がヒキガエルの前に転がった。
「そうか、ならば証明してみせろ」
これで意味がわからない貴族はいない。
決闘だ。
ヒキガエルは顔を青くして赤くした後、剣を拾って私に切りかかった。
私はその剣を叩き落としてから、ヒキガエルに足を掛けて転がした。
「ほれ、さっさと起きろ。小娘はまだ立っているぞ?」
これを5回ほどループすると、ヒキガエルが這いつくばったまま動かなくなった。
これで仕込みは完了である。
ヒキガエルは震えながら呻いた。
「…無礼を、お許し下さい。アリシア様」
「無様だな。殺す価値もない」
ふっふーん?
ドヤ顔で見下す私、アリシア。鋼の女のイメージだ
言い捨てて背中を向けた私に、すかさず剣を拾ったヒキガエルが斬りかかろうとしたので、皆で取り押さえて終了である。
王女か女王か第一皇子の婚約者かしらないが、あとは要人に切りかかったこの男を、帝国の皆さんが処理してくれるはずだ。
オスヴィン氏はとても怒っていたのだが、市長は投獄されるにとどまっていた。
証拠が足りないか、罪状が不十分だったのだろう。
話してみたところ、ぜんっぜん、これっぽっちも反省していないことがわかったので、私としては、将来の危険因子を取り除かざるをえなかった次第だ。
交渉で相手を無闇にあなどったり、短気を起こしたりしてはいけない。
身を滅ぼしてしまう。
私も他山の石とせねばなるまい。
でも目上に右ストレート叩き込んだ私が言っても説得力が薄いかな。
テヘペロ。
これで今回の事件における一番の後始末は終了した。
次はこれからのことを考える番である。
「私、ギュンターさんのお嫁になりたいんです」
本件の当事者、ヤイアちゃんの第一声である。
緊張の面持ちでギュンターに伴われて来たヤイアは、亜麻色の髪をしたかわいい女の子だった。
スタイルも綺麗だ。
メアリのほうがでかいが。
というかメアリがでかすぎるのか。どんだけだ。
おっさんじみた感想に蓋をして、私は、ランズデール村入村希望者の面接を始めた。
まじでど田舎だぞ。
各家庭、馬の世話とかデフォルト装備だからな。覚悟しろ。
「あなたが嫁ぐという話だけど、私達の故郷ランズデールは遠方よ。嫌だからといってすぐ戻れるわけじゃないわ」
「不安が無いとは言いません。でも精一杯頑張るつもりです。根性には自信があります」
「馬と汗臭い男とかしましい小姑の世話が待っているわ。ろくに着飾る暇も無いこと請け合いだけど、覚悟はできてる?」
「ギュンターが私を見てくれるなら、それだけで十分です」
ひゅー、この娘、なかなか良いことを言う。
わたしもいつかジークに言おう。
ジークが私を見てくれるなら、他になにもいらないわ!
うん。なかなかいいじゃないか。
心の「いつか言ってみたい台詞集」にわたしはその言葉を刻み込んだ。
ギュンターの腕は確かなので、お嫁さんにおめかしさせる分ぐらいは外で稼いでくるだろう。
その後も、いろいろな話をした。
彼女の借金の問題であるとか、私達の国の問題であるとかだ。
ランズデール騎兵隊は10年前は10000を数えた。
今は7000に届かない。終わらぬ戦争のなかで、皆、帰らぬ人となった。
結果現状は深刻な男不足だ。
多産も奨励されているし、一人の男性を女性一人が独占できるとは限らない。
その他もろもろ、とにかく女性への負担も大きいのだ。
「場合によっては、ギュンターにもそういう話が出るかもしれないわ。覚悟はある?」
「構いません」
彼女は、きっぱりと言い切った。
それからヤイアは、私を正面から見据えた。
決意を込めた目だ。
喉が上下して、一つ深く呼吸をし、彼女は言った。
「アリシア様、私は娼婦です。それでも私を認めていただけますか?」
「ヤイア、私は人殺しよ。でも好きな相手と結ばれることに後ろめたさなんて無いわ。今までのあなたの人生についても、私が気にすることではないわね」
彼女は瞳を潤ませながら、深く深く礼をした。
ギュンターとは予め話をしてあった。
娘さん二人にいじめられる覚悟はできているそうだ。
私は微笑んだ。
「あなたの婚姻を認めます。ギュンターの手綱もきちんと取るのよ」
感極まったヤイアはギュンターの胸に飛び込んだ。
「私に見せつける暇があるなら、さっさと準備を始めなさい。あまり時間は無いわよ」
赤面しながら退出していくヤイアを私は苦笑とともに見送った。
私もジークの前ではあんななのだろうか。
私は、思いのまま突っ走る彼女のことをいいな、と思った。
私も、自分が本当に信じられる人に、思いを寄せることができる幸せについて知っているから。
そしてそして、なによりも、ヤイアちゃんの身長が私よりもちょっとだけ低かったのが、すごーく気になったのだ。
ヤイアは男の人の相手をずっと務めてきたし、もうすぐお嫁さんにもなる。
面接中に、ランズデールの人口不足の話をしてみたところ、元気な赤ちゃんをいっぱい生みます。と意気込んでいた。
私の身長でもいけるんじゃん。
可愛い女の子の惚気に当てられて、私のハートはもう一度燃え上がった。
アリシア「私、アリシアさん。今度は貴方のお部屋に行くわ」




