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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
アリシア・ランズデール帝国軍元帥
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ブルッフザールと皇子

北方遠征にて、蛮族の掃討を終えた俺は、メアリを陣幕に呼んだ。

遠征最大の功労者に対する論功行賞について話し合うためだ。


「アリシアの功に報いたい。彼女には一体、何をもって報いるべきだろうか。彼女の望みそうなものを教えてほしい」

「ジークハルト様をいただければ、アリシア様はとてもお喜びになられるでしょう」


メアリは本気の顔をしていた。

そうか、俺を褒美に与えれば良いのか。

俺としても望むところだ。

アリシアも幸せ、俺も幸せ。Win-Winだな。


だが予約済みだ。


「残念ながら、それは三年も前からアリシアに与えることが決まっている。今更褒美にならん。他に頼む」

「他といえば、アリシア様は、殿下と過ごす時間が少ない事を残念に思っていらっしゃるようでした。どこかでゆっくりとご一緒できる機会が欲しいと」

「そうさな。であれば丁度休暇もできたことだ。慰安旅行にでも誘うか。問題はどこに行くかだが…」


帝国の第一皇子と王国の王位継承権第一位になる姫の旅行先である。

一番最初に浮かぶのはやはり東部一番の街であった。


「一つ目の候補は、リップシュタットだな」


帝国東部の中心都市リップシュタットは華やかな街だ。

この地域における、経済と社交の中心地でもある。


「俺とアリシアが出向けば、連日連夜、夜会や舞踏会にひっぱりだこだろう」

「そしてアリシア様は、蔭で下賤の娘だ、山猿だと蔑まれるわけですか」


メアリの口ぶりは吐き捨てるようだ。

王国の脳みそが欠落した宮廷貴族相手だとそうだったのかもしれん。

だが帝国は違う。

俺は首を横に振った。


「いや、絶対にそうはならん。アリシアが何をしようとも皆、褒めそやすだろう。たとえどんな粗相があろうともだ。彼女は王国の姫として、さらには俺の婚約者として、今までの人生で一番の歓待を受けることになると思う」


メアリは多少の驚きを見せたが、表情は険しいままだ。

俺は続けた。


「で、アリシアはその扱いを喜びそうか」

「おそらく怖がられましょう。あれでアリシア様は人見知りするところがあります。わけがわからぬと不安に思われることでしょう」

「だろうな」


アリシアは社交に対する感覚がずれている。

王国のままごとじみた社交もどきがその基準を歪めているのだろうが、今のままのアリシアを連れ出すのは、帝国の社交界にとって危険すぎた。

慣れぬ社交に不安な表情を浮かべて、俺の腕にすがりつくアリシアを愛でてみたい気もしたが、俺はその欲望に蓋をした。

アリシアを絡めての火遊びは危険だ。

大炎上しかねん。


「となると社交抜きで回れる場所になる。景勝地なら山間のルシュタットか湖水の街ニーハイム、温泉地エルマウ、水晶街ローゼンブレンツ…」


幾つか候補地を挙げて話し合った結果、メアリの推薦で森林の街ブルッフザールに向かうことになった。

林業を地盤とする街で、候補地の中では一番田舎にある地味な場所だ。

だが、住民の気質も穏やかであるし、市長はじめ街の人間にも俺の顔が効く。

気楽な観光旅行先と考えると悪くなかった。

なかなか良いところに目をつける、と俺はメアリの選択を評価した。


なお後に、メアリはなにも考えておらず、街の近くにある狩猟場目当てでこの街を選んだことが判明する。

この従者、アリシアを第一に動くのは確かだが、それ以外の場所では自分の欲望に忠実だった。


ある意味、最も自由な女であると言えよう。

コンラートの苦労が伺えた。



アリシアの訪問を打診されたブルッフザールからは、大歓迎する旨の返事が早馬で届いた。

彼らのアリシアに対する感謝は深い。

ブルッフザールは、帝国東部の主だった都市の中でも、もっとも北辺に位置する街だ。

蛮族の侵攻があれば、一番に脅威にさらされるのがかの街であった。

故にその心情も頷ける。


蛮族共の動きを鑑みるに、およそ半年以内の侵攻が予想された。

街を守る石壁は、賊や野生動物に対するためのものだ。

とても軍の攻勢には耐えられない。

一たび攻撃に晒されれば、街は焼かれ、多くの命が失われることになっただろう。

住み慣れた街を捨てて疎開するか、身の危険を承知で留まるか、ブルッフザールの市民にとっては辛い選択の期限がせまっていたのだ。


そんな中、帝国軍による北方遠征成功の報がどれほどの喜びを持って迎えられたか。

街の者たちは、今回の遠征の殊勲であるアリシアへの感謝をこぞって並べ立てた。


既視感があった。

無闇にアリシアを大歓迎した結果、やたらと警戒された帝国軍とかいう馬鹿共のことを俺はよくおぼえていた。


なにしろ一番警戒されたのは俺だったからな。


公務の外遊ではなく、慰安の旅行である。

ブルッフザールの市長にはそう強調し、市の衛兵隊にも協力してもらい平時と変わらぬ対応を要請した。


アリシアは、貴族の令嬢としては珍しいほどに、市井の生活に馴染みがある。

家が貧乏だったからと笑っていたが、本人もそのような生活を好んでいたようで、よく楽しげに思い出話を語っていた。

俺とても、つまらぬ作法に縛られるよりは、気楽な付き合いを好むところがあった。

ゆえに今回の滞在も、公館ではなく街の宿を借りて、好きに遊び歩くことに決めた。


この情報を得たブルッフザールでは、アリシア滞在先をめぐって宿泊所間で熾烈な争いが発生した。

絶対にうちに来ていただくのだと、各々の旅籠がしのぎを削った結果、伝統と格式と延床面積の差で一番の老舗がアリシア宿泊の栄冠を手にする。

それでも諦めきれぬ者たちは、アリシアの滞在先に店の従業員を入れることを交換条件として認めさせると、当然のごとく、自分の身内をその旅籠に送り込んだ。

残念ながら、その手の新参者は、挙動が不審者そのもので、あっという間に近衛騎士に検挙され強制的に退去させられる運びとなる。

強面の軍人に囲まれた15の小娘が、震えながら「アリシア様にお会いしたかったのです…」と涙を浮かべる様は哀れではあったが、こちらも仕事なのできっちりつまみ出した。


すまんな。



ブルッフザールに到着したアリシアは終始楽しげであった。

彼女に用意された部屋は、真新しい壁紙も眩しい豪華な一室で、アリシアはあちこち見回しては、しきりに感心していた。

俺の部屋にも興味があったようで、やたらと鋭い目で出入り口や、採光窓を観察していた。


流石にこの街で襲撃はないと思うぞ。

と思ったが、おそらくアリシアの癖なのだろうと黙っておくことにした。


アリシアはよく食べ、よく遊んだ。


部屋の茶菓子に感動しては目一杯頬張り、宿を出てからもあちらこちらの店先を覗いては、食べ物をつまみ、飲み物を口にする。

アリシアは、あの小さな体のどこに入るのかと不思議になるぐらいの量をその腹に詰め込んでいた。

街の中を散策しながら、沿道を見渡す。


「屋台が多い街なんですね。街の名物なのかしら」

「そうだな」


そんなわけあるか。

俺達の前では、靴職人らしき禿が飲み物を店先にならべ、鞄職人らしき髭が串に刺した肉を焼いていた。

市長からは、店を空けることは許さぬ、アリシア殿下の周りを囲むような真似をしたらただでは置かぬ、と予め通達が出ていた。

結果、一部の連中が浅知恵を働かせて、臨時に出店を開業していた。

裏の店も確かに開店している。ゆえに店は空けていないと言い張る魂胆のようだ。

事前に市長からアリシアの好物について質問があった時点で、俺はなにかを疑うべきであった。


あとどうでもいいが、アリシアに品を手渡す前に、店主が必ず試食、試飲するのはいくらなんでもわざとらしすぎるのではないだろうか。

この大根役者振りには、流石のアリシアも気づいたらしく、ありがとうと言って笑っていた。


後にこの不自然な営業形態について、俺が市長に問いただしたところ、蛮族撃退を記念したブルッフザールの祭りであって他意は無いとうそぶいていた。

いい年した中年オヤジの茶目っ気など腹立たしいだけである。

むしるぞ。



最初に俺達は木彫品の店に入った。

そこは、端的に言ってごみごみしていた。

理由はまたしても店側にあった。


アリシアの体は一つだ。

しかもブルッフザールに滞在できる期間は限られている。

当然すべての店を見て回ることなどできない。

ゆえに店主たちは一計を案じた。

彼らは、一番大きな展示スペースを有する店に、すべての目玉商品を集結させたのだ。


結果、俺達が立ち寄った店は、街中から選りすぐった木彫品をこれでもかと詰め込まれて、非常に手狭になっていた。

ちなみにもとは家具屋だったそうだ。床面積が一番広かったがゆえに選ばれたらしい。


「この街の人間は馬鹿なんじゃないか」

「愛すべきかどうかは難しいラインですね…」


俺のつぶやきに答えた近衛騎士のクレメンスは、何とも言えない顔をしていた。


アリシアは髪飾りが展示されている一角に連れ込まれると、早速、近衛騎士の着せ替え人形になっていた。


「飾りをつければつけるほど可愛いくなるのだから、ありったけつければ最高に可愛くなるはず」

この素晴らしく頭の悪い理論を掲げたのはステイシーだ。

結果アリシアは、積載制限いっぱいまで髪飾りを盛る羽目になった。

あの女はアリシアから遠ざけたほうがいいやもしれぬ。俺は警戒を強めた。


「どうかしら、この頭」


従者のイタズラで、山盛りの髪飾りを載せられたアリシアがやってきた。

彼女は憮然とした表情を浮かべている。

森の妖精のようだと俺は思った。


「いいな、よく似合う」


アリシアは一つ頷くと俺の手をひいて会計に向かう。

会計に立った店員も、アリシアのそのあまりの愛くるしさに衝撃を受けたらしい。

全品ただにすると言っていたが、それでは商売にならぬだろうとアリシアは言い、半数を定価で買い付けた上で、残りはもとの棚に戻していた。

金は当然のごとく全部俺が出した。

店員は、店を出て行くアリシアを最敬礼で見送った。


ところでこの店員、只者ではなかった。

件の髪飾りに、一度アリシアが身につけたという付加価値を載せて、二倍の売値で店先に並べたのだ。

あっという間に売り切れたらしい。


この時あがった収益で、かの店員は木彫協会に一つ特注の髪飾りを注文した。

後日、一本の髪飾りがアリシアのもとへと送られてくる。

色合いも艶やかな黒檀の髪飾りだ。

アリシアはこの贈り物を大層喜んだ。

彼女は、店員にお礼状をしたためたそうだ。


ここで終われば綺麗な話なんだが、残念ながら続きがある。

贈り物を喜んだアリシアは、木彫協会にもお礼をすることにしたらしい。

お返しは何が良かろうかと悩んだ末に、彼女は北方遠征で自身が振るった鋼鉄製の帯剣を贈ることにした。

後にその鉄剣を巡り、市の文化財として取り上げようとする市長と、絶対に渡さぬと抵抗する木彫協会の間で血みどろの闘争が勃発する。

その報告を受けた俺は、やっぱりあいつら馬鹿だったかと、天を仰いだのだった。



店を後にした俺達は、次に木彫品館に向かった。

俺たちを出迎えたのは、館長を名乗る市長によく似た中年男だった。

その乏しい髪の本数まで一緒なんじゃないかというぐらい、市長と瓜二つだった。

寡聞にして、やつに双子の弟がいたとはしらなかった俺は、館長を名乗る男の申し出をきっちりきっぱり謝絶してアリシアをエスコートした。


やつはお茶会室で軽食の用意をして待ち構えていたらしいが、その魂胆を見抜いた俺は徹底的にそれを無視した。

後日市長からはあまりに無情であると泣きつかれたが、館長と市長は別人であるというヤツ自身の建前をふりかざしてみたところ、「ぐぬぬ」と言って黙りこくる。

阿呆が。

あと、なにがぐぬぬだ。



その日は、日が暮れるまで街の中を回った。

街のあちこちでなんとも言えない歓待を受けたアリシアは、終始楽しげなようすであった。


宿へと戻る帰り道、アリシアは目を細めて笑う。


「ここまで歓迎されてしまうと、なんだか面映いです」

「楽しかったか?」

「ええ、とても」



アリシアはとても楽しかったらしい。

ブルッフザールの連中にも、出立前に教えてやることにしよう。



いま教えるとうざくなりそうだから、出立直前にな!

クラリッサ「帝国人バカしかいない疑惑」

ジークハルト「鏡見ろ鏡」

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