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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
王女アリシア
29/116

皇子の人生最良の日

アリシアを狙う賊の話は、彼女がカゼッセルに到着する前に届いていた。

皇帝である父が直属の近衛騎士を遣わしてきたのだ。

おれが女物のドレスを五十も注文したせいで、想い人ができたことは筒抜けだったらしい。


不肖の異母弟が、またぞろ、陰謀癖を再発させたそうだ。


「こちらで対処します。信頼できる兵を百ほどお貸しください」


父から派遣された騎士、ステイシーの要求は、指揮権さえ無視したものであったが、利害の一致していた俺は全面的な協力を約束した。


彼女は要塞に隣接する街、テネーに網を張った。

たいして大きな街でもない。

主だった宿泊施設に2名の兵を従業員として潜り込ませた。

軍はこの街の最大の顧客だ。

当然協力の要請は通った。


アリシアは敵国の将軍であり、帝国軍にもアリシアを恨むものはいるはずだ。

故に内通者についても警戒がしかれた。

しかし結局、内通者はおろか、隠れて恨み事を言う人間さえ、ただの一人も見つからなかった。

ゆえに、はずだ、と表現させてもらった。

あるいは、帝国軍は単純馬鹿の集まりであるのかも知れぬ。

元締めの俺がいうのもおかしなことであるが、悪いことではないと思う。


アリシアを迎えて後、しばらくして賊のテネー到着が知らされた。


「他国の公爵令嬢より、保護国の王女としたほうが、第三皇子どのを抑えるにはご都合がよろしいでしょう。アリシア様の地位確定後に処理します」


俺に予定だけ通達したステイシーは、アリシアの護衛に専念するようだった。


アリシアが王女として遇されることが決まった夜、ステイシーの手引で侵入した賊は、要塞内の三歩目を踏み出す前に彼女に昏倒させられた。

残りの賊達は、夕食に混ぜられた少し眠くなる薬で全員夢の中だったそうだ。

十九名とらえた賊は、尋問の最中に十七人に減ったが、結局ろくな情報は得られなかったらしい。

生き残りはまとめて鉱山送りになった。

賊の話はこれで終わりだ。

どうということもなかった。


問題は俺の事情の方だった。

俺の婚約者にまつわる問題をアリシアに話さねばなるまい。


アリシアは、強い人だ。

そしてなにより、優しい人だ。

この話を聞けば、アリシアは、俺の求婚に、絶対に否とは言わないだろう。

それは、俺の望んだ答えではあったが、それでも俺は気が重かった。


おれはアリシアの誘拐まで企んだ男だ。

それが、彼女を縛りたくないなどと、一体どの口でいうのか。

滑稽ではあった。

だが、それが俺の真情だった。


そして、俺の告白の日を迎えた。


先に言っておく。

俺は、諜報の長マルゼーに感謝しなければならない。

アリシアの従者メアリを味方に引き込むべきだと助言をくれたマルゼーは、まさしく、おれにとって最優の助言者であった。


いらぬ発言ばかり繰り返すコンラートなどとは比べ物にならない。

やつこそまさに我が忠臣である。


俺の婚約者にまつわる事情を聞いたアリシアは、やはり俺との婚約を望んだ。

彼女の誇らしげな表情が、その真意を語っていた。

おそらくアリシアは、俺の剣となり盾となって戦うことを決めたのだろう。


本当は、俺が貴方を守りたかった。

そう思う一抹の寂しさと共に、想いが叶う喜びがあったのも事実だ。

俺は立ち上がった。

彼女の右手が差し出され、俺の右手が迎える。


それを、メアリが遮った。

アリシアは苛立ちを見せた。

私の意思を邪魔することは許さない、と、アリシアは言った。


おう。

そうとも。

あとは皆知っての通りだ。


シリアスが息をしていられたのは、だいたいここまでだ。


その時、メアリは怒るでもなく、嘆くでもなく、残念な娘を見る顔でこう言ったのだ。


「見当違いなことを仰らないでください。アリシア様」と。


まず、俺がずっと抱いていた懸念は、夏に湧く羽虫レベルであると断じられて、終いとなった。

この時から、我が異母弟、第三皇子クラウスの非公式名は羽虫になった。


そして、始まったのは、アリシアの、恋の暴露大会であった。

ここにメアリの述懐を再度記述しよう。


曰く、俺の告白に感激して、ベットに潜り込んでバタバタしていた。

曰く、ドレスが気に入って、くるくる一人で回っては、鏡の前でうっとりしていた。

曰く、新しいドレスに袖を通す度、俺への感謝を口にし、一緒にダンスをする一人芝居まで披露した。

曰く、苦手な刺繍に頑張って取り組み、上手く行かぬと悲しんだと思えば、渡した時には殿下が喜んでくれたと大喜びだった。

曰くお茶をすれば、殿下とご一緒したい、殿下とご一緒したいと口に出す。

ならば誘えと言われて見れば、一番最初は春の中庭でしたいのだと首を振る。

曰く、今まで、見向きもしなかった恋愛小説に手をだせば、皇子と結ばれる女主人公が、みな可愛すぎて不公平だとぶすくれる。


可愛いと思った。


本当に可愛いと思った。


後にコンラートにも確認をとったが、「やっぱ天使だったじゃねーか」で見解の一致を得た。

メアリ派のコンラートでさえ一瞬グラッときたらしい。

だが絶対にアリシアはやらんぞ。


アリシアは自分の思いをばらされて、真っ赤なって震えていた。

半開きの口からは、羞恥と狼狽を足して、甘酸っぱいなにかをまぶしたような声を漏らしていた。


「あわわわわ、とか口にする女の子、初めてみましたよ」


とは後のクラリッサの言だ。


コンラートが言っていた。


「助平な本を机の上に晒された、思春期の子供のようであった」と。


俺はだいぶ違うような気がしたが、なんであれアリシアは可愛いので、別にいいかと鷹揚に流した。


俺は、一国の姫君の、かのような痴態は絶対に秘さねばならぬと思った。

ゆえに厳重な箝口令を敷くと共に、心のアリシアアルバムの中の大事な一枚として、その姿を深く深く脳裏に刻みつけた。

おそらく最高の一枚のうちの一つになるであろう。

間違いない。


メアリは、いうなればアリシアの母だった。

子は、母に絶対に勝てない。

俺も後に思い知らされることになるが、絶対に勝てない。


ゆえに、ここに一つの真理が完成した。


帝国軍はアリシアに勝てない。


アリシアはメアリに勝てない。


つまりメアリこそが最強の強者であったのだ。

それに続くのはアリシアであり、その後ろに帝国軍の有象無象が続く。

この日、俺は上から三番目以下の男になった。

それでも別にかまわないな、と俺は思った。


アリシアを羞恥に震わせるメアリの独演会は終わりに近づいていた。

彼女は、一度言葉を区切るとニッコリ笑った。


「言いますよ? アリシア様のお気持ちを。最後まで」


アリシアの反応は劇的だった。

彼女がばっと顔を上げる。

ゆるくくせのついた銀の髪が踊った。

彼女の目が、俺の瞳を捉える。

決意を込めたアリシアの瞳が、とても美しいと俺は思った。


そして、アリシアは言った。

そのよく通る声で。


「好きです」


と。


それから、アリシアは一度、口を引き結んだ。


視線は俺を捉えたままだ。


そして、彼女は叫んだ。

今度は叫んだ。

戦場を駆ける勇将の肺活量をもって叫んだ。


「ジークの事が好きです! あなたと結婚したい! 」


壁が震えた。

俺も震えた。

俺の心も震えたが、おそらく体も物理的に震えていた。


「俺もだ! 」


負けず、俺も叫んだ。

あらん限りの思いを込めて。

彼女の声量にとどけと。


俺は両腕を広げた。

アリシアが突っ込んできてくれる気がしたのだ。

アリシアは、花がほころぶような笑顔を浮かべると、有り余る脚力でその小さな体躯を、俺に向って撃ち出した。


反動でふっとばされた丸椅子が壁にぶつかって悲鳴をあげる。


次の瞬間、アリシア着弾の衝撃が俺を襲った。

城壁に食らい付く破城槌もかくやという一撃を俺は全身全霊をもって受け止めた。

ドッともゴッとも言えぬ異音が俺の胸から聞こえた。

負けるか。

愛する女の一撃を受けきれなくてどうするのだ。

重心を前傾させつつ、膝を柔らかく使って衝撃を逃がす。

そして、俺は、耐え抜いた。

アリシアの試練を耐え抜いたのだ。


やり遂げた感があった。

腕の中のアリシアは、そんな俺の気も知らずにロマンチックな雰囲気を醸し出していた。


まったく惚れた弱みというやつだった。

これは敵わない、と俺は思った。

俺が彼女の体に腕を回せば、アリシアもまたこたえてくれた。

俺の胸に顔を埋めたアリシアの髪からは、彼女の最近のお気に入りらしい、シャボンの香りがした。


アリシアに愛を告白された日だった。


人生最良の日であったと思う。


俺はアリシアを自室までエスコートしてから、医務室に立ち寄ったが、幸い俺のあばらは無事だった。


やはり、人生最良の日であったと思う。


だから、恋愛小説だって言ってるでしょ!(逆ギレ)

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― 新着の感想 ―
恋愛小説のプロポーズシーンで男女が抱き合うときに破城槌やら異音やらの単語が出て来て溜まるか!!
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