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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
116/116

赤ちゃんとわたし

「んんん! んんん! 流石に痛いぃぃ!」

「もう少しですぞ、そこでいきむのです! しかし、なぜお産のつきそいが私なのですか、アリシア様!」

「うんんん! ジークが居たところで、なんの役にも立たないからですよ! ヘルマンせんせぇぇぇぇ!」


すぽん。


そして私は、少しこぶりながらも、活きのいい男の子を出産した。

私の股から出てきた赤ちゃんは、すぐにおぎゃあと泣き声をあげる。

見事な自然分娩である。


わぁっと歓声が響く中、私は汗ばんだ顔の下で、にっと会心の笑みを浮かべたのであった。



以上が、私の初となる出産の記録である。

これが初産とは思えぬ、素晴らしいスピード出産であった。

陣痛が来て、分娩室に入り、こんな痛くちゃ、待っちゃ居られねぇと、私はいきんでとっとと済ませた。

死ぬほど鍛えておいた私の身体は、こんなときにも実に良く動いてくれた。

皇子妃アリシアの完全勝利であった。


私は出産という戦いに大勝利をおさめ、割と元気な状態で別室へと移る。

ベッドで運ばれるのも馬鹿馬鹿しいので、普通に徒歩である。


流石アリシアだ、子供を一人産んだけど、なんともないぜ。


いや、疲れはしたし、とっても痛かったのは間違いない。

勿論、ゆっくりお休みしたい気分ではあったけど、それ以上に一大事業を成し遂げた興奮が大きかったのだ。


「タフですわねぇ」


と付き添ってくれたメアリが笑っていた。


私の分娩室での滞在時間は、相当に短かったようだ。

滞在用のお部屋では、侍女さん達が大慌てで暖房を準備してくれていた。

お部屋の中では、私の旦那さんのジークが待っていて、落ち着かない様子でうろうろと歩き回っている。

彼に周りに居られると気が散っちゃうので、私がお部屋での待機を命じたのである。


彼は、お部屋に戻ってきた私を見て、顔を輝かせた。


「アリシア、無事だったか!」


「無事に決まってます、ジーク」


私がぐっと腕を突き出し、親指をあげる。

これを見て、ジークはがっくりと肩を落として、ため息を吐いた。


なんでも、彼はとっても心配していたのに、安心したやら何やらで気持ちの置き場所に困ってしまったのだそうだ。

ジークは、がしがしと短く刈り上げた頭を乱暴に掻きながらも、顔には笑顔を浮かべていた。


「元気すぎて、心配するのが馬鹿馬鹿しくなってくるな」


「信頼のあかしと受け取っておきますわ。それより元気な赤ちゃんを産んだのです。褒めてくださいませ!」


「そうだった。でかしたぞ。頑張ったな、アリシア」


ジークは私の身体を引き寄せてから、私の額にそっと口づけを落としてくれる。

嬉しいなぁ。

落とされた唇から、じんわりとぬくもりが広がるみたいだ。


「あと、あまり自分の足でうろうろせずに、ベッドで横になっておきなさい」

「はぁい」


そして、ジークは相変わらずお母さんっぽい。

私は優しいジークさんの言いつけ通り、お部屋のベッドに横になった。


良い子のアリシアである。


私は掛け布団をお腹の上まで引っ張り上げる。

ジークは私が寝そべるベッドの脇に、どしっと腰を下ろした。


「そういえば、男だったらしいな」


ジークはついでみたいな口ぶりで、次の次の帝位継承者の件を口に出した。

性別などどうでも良さげな、言いように私は笑ってしまう。


「女の子でもジークは喜んでくれましたか?」

「ああ、正直、アリシアと子供が二人とも無事ならどちらでも良かった。

まだ人生長いからな」


まだまだ沢山作る予定だし、こだわっても仕方が無い。

ジークも私も家族計画については話してあったのだ。

開幕、男児出産でゲームセットだったけどね。


それよりも、と前置きしてから、ジークが赤ちゃんについて、一番大事な事を口に出した。


「名前を決めねばならないな」

「フリードリヒで」


私が即答すると、ジークは大変微妙な顔をした。

ジークの気持ちは、わからないでもない。

でも私は帝国の歴史を調べて、これ以外の名前は無いと思ったのだ。


「フリードリヒという名の平均寿命が一番長いのです。

しかもだんとつで」

「よしそれで行こう」


こうしてフリードリヒ四世が誕生した。

元気に長生きしてくれれば、それで私は満足である。


親父と同じ名前の息子は少し変な感じがするな、とジークは楽しげに笑っていた。

お義父さまと小さな皇子の二人で、さらに平均寿命をのばしてもらいたいと、私は考えている。

元気が一番だ。


のんきな私達が笑い合っていると、話題の赤ちゃんがヘルマン先生に抱かれて運ばれてきた。


「さぁ、ご両親の元へとご案内しますぞ、殿下」


なんて、ヘルマン先生は言っている。

赤ちゃんは先生の腕に抱かれ、おくるみの中ですやすやと眠っていた。


しっかりと皇子を抱きしめるヘルマン先生の目元は、だらしなく垂れ下がっている。


「先生が、なんだかおじいちゃんみたいですわ」

「正直、アリシア様の手がかかりすぎて、自分の孫より心配しましたわい」


先生、それは言わない約束ですわ。


私が手を差し出すと、ヘルマン先生が、そっと布に包まれた小さな赤ん坊を渡してくれる。

清潔な布でぐるぐる巻きにされた赤ちゃんは、褐色の髪にくしゃっとした面立ちの皇子であった。

今は目が閉じているが、見た人に聞くいたところ瞳の色も褐色であったらしい。


これが私の息子、そしてこの重みが、命の重みか。


なんちゃって。

そんなことを言う柄じゃ無い。


私は一人、内心で苦笑してから、まじまじと我が子の顔をのぞき込む。

顔は私が産んだときと同じように、真っ赤なままだった。


息子よ、君は、なんだかお猿みたいな顔をしているね。


まだ私の気持ちはふわふわしていて、母親になったという実感は湧いてこない。

眠っている赤ちゃんは、そんな私の気も知らず、うにうにと顔を動かしていた。


なんとなく、可愛い気がする。

これからもっと可愛くなるんだろう。


褐色の細くて柔い毛をなでる。


「まさしく、ジークの息子って感じですわね」


「髪と目の色が全く同じではなぁ。だが目元はアリシアに、似ていない気がしなくも無いな」


「似てるのか、似ていないのか、どっちですか」


私は笑う。

正直に言うと、顔は私達のどちらにも似ていない。

とにかく、しわしわのくちゃくちゃなのだ。

そのうちにふくふくと太って人間っぽくなるのだろう。


よしよしと、記憶にあるお母さんの真似をして身体を揺すってやると、私の腕の中の赤ちゃんは気持ちよさそうに顔をしかめていた。

私も寝ているときは、よく顔をしかめているそうなので、この表情は私譲りだと思う。


「ジークも抱いてみますか」


「抱けというなら受け取るが、正直、落としそうで怖い」


ジークがへたれた事を言うので、私は彼を励まして、その腕に彼の息子を手渡した。

ジークは、ううむ、ううむとうなりながら、意外に器用な手つきで赤ちゃんを揺すっている。


保父さん姿が様になる第一皇子。

ジークは私の見立て通り、イクメンとしての素質も高そうだ。

無論、イケメンなのは知っての通りである。


お部屋をうろうろし始めたジークに代わって、ヘルマン先生がベッド脇に腰を下ろす。

私の出産に、二人三脚で取り組んでくれた先生は、今は重い荷を下ろしたような、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

もっぱら私が好き勝手して、それをヘルマン先生が怒ったり助けたりしてくれるような関係だったけれど、私は先生のことをとっても頼りにしていたのだ。


その先生は、今はとっても優しい顔で、私の事を労ってくれた。


「お見事ですぞ、アリシア様。素晴らしいお手並み、このヘルマン、感服いたしました。それで、お体の調子は如何ですかな」


「ありがとうございます、先生。ちょっと疲れて眠いたいですけど、これといった不調は感じませんわ」


「誠に、アリシア様は、頑丈であらせられますなぁ。結構結構」


ヘルマン先生は、お笑いになった。

先生は、ちょっと身長が足りなかったり痩せていたりで、不安要素が多かった私のことを、大層、心配してくださっていたのである。

優しく口うるさく、私の面倒を見て下さった。


何の問題なかったな。

がはは。


私が、無事、最初の赤ちゃんを産み落とせたのは、先生のおかげだと私は思う。

感謝感謝、大感謝だ。

アリシアの目にも涙が浮かんでしまう。


「お世話になりました。今後とも、よろしくお願いいたいますね」


「そのよろしくは、今日生まれた皇子のことか、それともお二人目のことか、さてさてどっちの事なのでしょうなぁ」


先生は好々爺の笑みで、私の言葉を受けてくれた。

うふふ、もちろん両方です。


「少しは、このじじいも労ってくださいませんと、そのうちぽっくり逝ってしまいますなぁ」


ヘルマン先生のお口から、珍しく冗談が飛び出して、先生と私は笑い合った。

私はこれから十年以上、子供をばんばか作る予定なので、先生には頑張ってもらわないと、こまっちゃうのである。


「ずっと元気でいてくださるように、私が張り合いのあるお仕事を用意いたしますわ」


私がヘルマン先生と仲良く談笑している間、赤ちゃんはジークがずっと抱えていた。

彼は、息子を放り出すわけにも行かず、お部屋の中をうろうろとさまよっている。


このままだと、ジークの子育てスキルが上がっちゃうね。

私と先生は二人でにこにこしながら、ジークの動きを眺めていた。


「子育ても意外となんとかなりそうだ。大人しい息子で助かる」


私達の話が一段落したと見たジークが、いそいそと戻ってくる。

頼もしくも小器用な、旦那さんのお言葉だ。


ジークは本当になんでもこなすね。

でも赤ちゃんは、そのうちすごくうるさくなるよ。


顔見せも終わったので、ヘルマン先生が赤ちゃんを抱きかかえる。

新生児は病気が怖いので、ちょっとの間は人に触れさせずに過ごすのだ。

しばしのお別れである。


先生が、心配げに私に声をかける。


「寂しくはございませんかな」


「先生にお預けする分には、安心できますから」


責任重大ですな、と笑った先生は、赤ちゃんを連れてお部屋を出て行った。


その後も割と体力が残っていた私は、他の皆ともお話をした。

メアリは、自分の赤ちゃんもお腹に抱えているので、興味は人一倍に大きそうだ。


「痛くはありませんでしたか」


私のことを心配してくれてるのかな、と思ったけれど、どうも様子が違う。

問い詰めてみると、なんとこの女、痛いのが怖いと情けない弱音を吐いた。


私の出産が無事終わって一安心したら、今度は自分のことが不安になったようなのだ。


彼女は戦闘時にもほとんど負傷していないし、訓練でもよく手加減されていた。

だからメアリは痛いのが苦手なのだ。


なんてヘタレだろうか。


「覚悟しておいた方が良いかもね」


「あんまり、虐めないでくださいまし」


不安そうなメアリが可愛かったので、ちょっと脅かしてしまったけれど、最後はなんとかなるもんよと言って、きちんとフォローしておいた。


「フォローに、なってませんわ」


メアリは涙目だけれど、そうとしか言い様がない。

世のお母さん達はそうやって、皆、自分でなんとかしてきたのだから、頑張るしかないのである。


それに、メアリのお尻はおっきいのだ。

いけるいける。

頑張れ、頑張れ。


その他の皆は、割とまっとうな祝福の言葉をくれた。

だが、私の第一の能臣であるクラリッサだけは、表情に不吉な影を落としていた。


「素晴らしい両親に恵まれ、ありとあらゆる祝福を一身に受けた大国の帝位継承者。

生まれながらの勝ち組とか、嫉妬しかわきませんね」


私は、いつになく邪悪な雰囲気のクラリッサに恐怖する。

おいこら、君もちゃんと可愛がってくれたまえ、クラリッサ


なんだかんだいいつつも、クラリッサは、赤ちゃんのお世話にかかりきりになる私のために、いろいろとお手伝いをしてくれた。


ツンデレ気味の彼女は、相変わらずだ。

でもジークに似た子に育つといじめられそうで、それはちょっと心配である。



赤ちゃんも私も健康そのもので、私達はすぐに退院のはこびとなった。

そのままなつかしき皇宮へと舞い戻る。


皇宮でも、小さなフリードリヒは大人気だ。

じじばばになった両陛下も大喜びで、足繁く赤ちゃんに会いに来る。

私も、小さなフリードリヒをお義父さまとお義母さまに可愛がってもらえるのは嬉しいので、にこにこしながらお出迎えだ。


「孫は、無責任にかわいがれるからな。

嫁と一緒に甘やかそう」

「もうあなたったら。

でも本当に可愛いわ」


両陛下は楽しげだった。


一方の私の親族であるが、父は王国での仕事が忙しいそうで、「会いに行けぬ」と、血のにじむようなお手紙が私の元に届けられた。

筆跡がおっかない。

そのうち王国にも連れて行く予定だけど、それまで待ちきれるかしら。

父なら強行軍ぐらい決めてしまいそうで、ちょっと心配である。


母子ともに健康そのもの。

お披露目が一段落したのを見計らって、ついに私アリシアの子育てチャレンジが始まった。


帝国の皇室では、次代の皇帝を育てるための育児プログラムが充実している。

お妃様の体調管理にまで、あれだけ口をはさんできたのだ。

当然、皇子様を逞しく育てるための準備も、ばっちりなのである。


変な子育てにならないよう、国は万全のサポートを提供してくれるのだ。

ただ、親権や教育権は、基本的に両親ががっつり握れる。


さて皇子様の育て方であるが、これが意外と融通が利いて、お妃様は一度子供を産んだら、比較的自由に過ごしても良いそうだ。

歴代を振り返ってみても、育児は乳母に丸投げというケースも多く、この辺りは上流階級だなぁという感じがした。


体型が崩れてしまうので、お妃様が母乳をあげないケースも多いのだとか。


素敵なお嫁さん志望だった私としては、それはそれでちょっと勿体ない気がする。

私は折角の機会でもあるので、次の子が出来るか、軍から動員がかかるまで自分の手で育ててみることにした。


「何事も経験よね」


「前向きなのは良いことだと思います」


私が赤ちゃん片手にぐっと腕に力を込めると、側近の皆がわーっとやる気半分で励ましてくれた。


お前らもそのうちお母さんになるんだから、今から子育ての練習をするんだぞ。

第一皇子を練習台に使えるこの女どもは、大変に贅沢である。


「さて、どう料理したものかしら」


ベビーベッドの上で眠る皇子を囲み、アルコールで軽く除菌をすませた私と側近が赤ちゃんを囲んだ。


「蛮族ですか。可愛いからって食べちゃ駄目ですよ」


変な釘を刺されたが、もちろん食べたりなんてしない。

私は頷いた。


しかし、育児か。


勢いで教育権をもらってきたけれど、私はろくに母親から育ててもらった覚えが無い。

知識だけは妊娠中に増やしたけれど、これで、なんとかなるのだろうか。

私がベッドの上でひっくり返っている赤ちゃんとにらみ合っていると、クラリッサが素晴らしい助言をくれた。


「立派に育てようとするから悩むのです。

放っておいても自分ぐらいには育つのだから、適当でいいじゃないですか」

「はっ、たしかにそうね!」


いやいやいや、と他の皆は言ったけれど、健康にさえ気を付けていれば、子供は自分で育つのだ。

私とクラリッサはそのことをよく知っている。

ゆえに私は、赤ちゃんと、適当な感じでお付き合いすることにした。


ごろんとお腹を上にした赤ちゃんは、元気に謎の痙攣を続けていた。

大丈夫か、フリードリヒ。


健康をよく観察しつつ、やや放置気味に育てていく。

後はなるようになるだろう式の育児プランを私達は採択した。


赤ちゃんが動けるようになったら、本人が希望を教えてくれるだろう。


「少なくとも逞しくはなりそうですわね」


うむうむ、たくましさは大事だよ。

男の子は筋肉がなくっちゃだめだ。

私の持論である。


そして、流石は私とジークの赤ちゃんと言うべきか、フリードリヒは大変元気に生き延びた。


私が、小さな住人と一緒に暮らし始めることおよそ十日。

しわしわだった赤ちゃんは、私のおっぱいを沢山飲んで、ふくふくと肥えていく。


良いペースで、膨らんでいく赤ん坊。

その中で、私はある発見をした。

赤ん坊が、大変面白い生き物だという新事実だ。


この小さな生き物は、お乳をあげると私の胸に吸いついてくるし、だっこすると喜ぶのだ。

あと、嫌なことがあれば、ぎゃんぎゃん泣きはするけれど、構ってやると素直に喜んでくれる。


「かわいいですねぇ」


「私は面白いと思う」


私は、この持論を皆に教えて回った。

でも、調査してみたところ、面白い派よりも可愛い派の方が圧倒的に多かった。

私はちょっと不満である。


そんな赤ちゃん可愛い派の中でも、特にメアリは、赤ちゃん大好き派も兼任する急先鋒で、暇があれば私の息子を構っていた。

私は、彼女からあまり構ってもらえず放置だったのに、なぜ? ちょっと釈然としなかった。



それから一月ほど、私はいろいろな事に追われつつ、日々を過ごした。

赤ちゃんと戯れたり、メアリをけしかけたり、近衛師団から飛んでくる決裁書類をやっつけたりと、忙しくて騒がしくもあるが、一応平和で間違いなく幸せな日々だ。


その間、私は暇を見つけては小さな皇子の隣で横になり、まあるいたほっぺをつつきまわして遊んでいた。

私の指先がほっぺに触れると、小さなフリードリヒは、むにむにと口元を動かすのだ。

彼は私が見に行くと、いつもご機嫌で笑ってくれる。


君は一体、なにがそんなに楽しいのかね。


私の呼びかけに応えるように、赤ちゃんは謎のスマイルを私に向けてくれた。

新生児の微笑みは、単なる条件反射であるらしいけど、私にはそうは見えない。

赤ん坊とは、まことに興味深い生き物であった。


さてさて。


突然ではあるが、ここで私はとても素晴らしい報告をさせてもらいたいと思う。


アリシアの名誉に関することだ。

なんと、私アリシアは、お母さん力がめちゃくちゃに高かったのである。


思い返せば、私は、女としての戦いで、ただひたすらに敗北を繰り返していた。

お嬢様力は初期値からどん底、女子力は皆無で、姫騎士力でも新顔の女の子に負けてしまうぐらいの貧弱さだ。

連戦して連敗、涙無しには語れない我が青春時代の思い出である。


だがしかし、だがしかし。


お母さん力に限って言えば、私の能力はぶっちぎり、素晴らしい高さだったのである。

まず第一に、私は、赤ちゃん一番のお気に入りの座をゲットすることに成功した。


私がそれに気付いたのは、偶然だ。

発端は、私の赤ちゃんが大好きなメアリである。


彼女は、フリードリヒにとっても大きな愛情を持っていた。

可愛い可愛いと口走り、しきりに抱っこしたがって、ベッドルームに顔を見せる。

熱いアピールに押し負けて、小さなフリードリヒをメアリの腕に抱かせたとき、私は思ったのだ。


この赤ちゃんは男の子。

だから、私よりもメアリの方に懐いちゃって、私はまたハンカチを噛むんだろうなと。

そして私は叫ぶのだ。


『きー、やっぱりメアリには敵わなかったよ!』


これが私の様式美なのである。


しかしだ。

そうはならなかった。

なんと赤ちゃんは、メアリの温かい両腕とおっぱいに抱かれながらも、むずむずとぐずり出したのである。


泣いちゃう泣いちゃう!


あわあわと慌てたメアリが、私の手元に戻すと、赤ちゃんは落ちついてすやぁっと眠りに落ちる。

訝しく思って、何度か人をかえて試してみたところ、メアリ以外の侍女さんでもフリードリヒはぐずっていた。


彼は、私の腕の中が一番のお気に入りだったのだ。


「アリシア様が、お母さんしておられるなんて」


自分だけが嫌われているのではないとわかり、メアリの目にも嬉し涙がキラリと光る。

一方の私もなんだか誇らしくなってしまい、二人で謎の一体感にひたりながら、よかったねよかったねと、励まし合った。

現金な女達である。


また、赤ちゃん特有の問題行動といえば、夜泣きである。


私は、これにも強かった。

実は、私は目を閉じた瞬間に眠りに落ちる特殊技能を持っている。

これがないと、敵の夜襲に対抗することが難しいのだ。

数ヶ月間にわたる激戦を生き残る上で、私の生命線でもあった大事な技能である。



眠れるときに寝ておいて、物音がすると、


「敵か……」


って感じで、すぐに覚醒できる。

私はこれを使って蛮族を退治したのだ。


さて赤ちゃんはもちろん蛮族ではないが、奴らの非正規戦術にもまけない気ままさを持っていた。

一日中、好きなときに寝て、好きなときに泣く。

まさにその動きは蛮族の浸透戦術のごとし。

私は彼のご機嫌に合わせて、昼夜を問わず寝たり起きたりを繰り返した。


赤ちゃんのわがままに、つきっきりでお世話にあたる私を心配して、侍女さんたちが交代を申し出てくれた。

だが、私はお断りした。


「最初の子供だから、頑張ってみるわ。

辛くなったらお願いするから、よろしくね」


私は、言葉通り頑張って、一向に辛くなったりはしなかったので、そのままお世話を続行した。


そもそも、私自身のお世話は侍女さん達がしてくれるのだ。

だから私は赤ちゃんの面倒に専念できる。

おかげで子育ては大層、楽ちんだったのである。


「フリードリヒだけじゃ無くて、俺も構ってくれ」


などと言いながら、赤ちゃん返りしたジークをよしよしする余裕さえあった。

クラリッサが、私の旦那さんを変態を見る目で見つめていたけれど、男の人の性質らしいから、責めちゃ駄目なのである。


でも、私もたまには誰かに甘えたいな。

ジークに甘えておこうか。


腕に小さなフリードリヒ、膝の上にジークの頭を載せて、私は一つの格言を思い出した。

孫子に言う。

子育ては戦争だ、と。


いや、六韜だったかもしれないが、とにかく、私は、戦争の天才アリシアだった。

そして、子育てが戦争というのであれば、私は子育ての天才なのである。


「いや、そんな論理、通用するわけが……」


「しかし、実績がともなってるじゃないか」


「たしかにー」


私が、ギャン泣きする赤ちゃんを速攻で沈黙させると、弁が立つ私の側近達もその場で納得の返事を返した。

私の子育てに関するお手並みは、プロも舌を巻く鮮やかさであった。


すごいでしょ。

もっともっと、褒めておくれ。


こんな機会は滅多にないので、私はメアリにお褒めの言葉を強請ってみた。

そうしたら、ほんとに沢山褒めてくれた。


強請っておいてなんだけど、正面から褒められるとこそばゆいね。

素直なメアリに慣れてないアリシアは、面と向かって褒められると、照れ照れしちゃうのである。


日々色々な出来事は起こったけれど、どれもこれも、アリシアママの敵ではなかった。

なにより赤ちゃんが元気に育ってくれるのが、私はとても嬉しかった。



その夜は、ジークが私の寝室に来ていた。

私は、小さなフリードリヒに日課の添い寝をしてあげながら、子守歌を歌っている。

今、このおちびは、哲学的なお猿の顔で、虚空を睨んでいた。



この子はこの白い天井に何を思うのだろう。


「フリードリヒは元気か」


「ええ、さっきお乳を飲ませたので、今、寝かしつけているところです」


私の横で、ジークが息子の顔をのぞき込む。

彼がほおを息子に寄せると、私の可愛いフリードリヒ四世は、くっさいげっぷを吐き出した。

ジークが堪らず顔をしかめ、私は思わず吹き出した。


まったく、お前の品の無いところは、お母さんそっくりだよ。


やらかした皇子の体を倒してぽんぽんと叩くと、彼は体をうごかしながらけぷけぷとおなかの空気を吐き出していた。


ジークが笑う。

でも、乳臭い乳臭いと私に言うのはどうなのと思う。

いじめられてご機嫌を損ねた私は、ぷいっとよそへそっぽを向いた。


「ジークったら酷いです。おっぱいあげてるんだから、乳臭いのは当然です」


「それは、すまなかったな」


彼はお詫びのように、私の体に手を回す。

そのジークの腕の中で、私は小さな身体を抱きしめる。

大好きな人に守られて、赤ちゃんは暖かくて柔らかで、私の顔はだらしなく、ただでれでれと笑みくずれる。


でれでれアリシアだ。


「ジーク、私は幸せです」


ジークは私に答える代わりに、ぎゅっと一杯抱きしめてくれた。


「それはそれとして、息子にいじめられた俺を慰めてくれ」


懲りないジークがまたしても、私の胸へと顔を寄せる。

もう、ジークったら、大きい赤ちゃんみたい。



その日私達は、三人川の字になって眠りについた。

それから、皇子フリードリヒのおねしょが発覚するまでの短い間、私達はとても幸せな時間を過ごしたのだった。


メアリ「第一皇子フリードリヒ四世は、すくすくと大きくなりました。そして長ずるにしたがって、ジークハルトそっくりの皇子となったのです」

コンラート「しかし、皇子は父に似過ぎてしまった。結果、彼は、立派なマザコンへと成長する。だが、アリシアとジークハルトがこのことに気付いたとき、全ては手遅れであったのだ」

アリシア「最終回に、変なモノローグ入れるのは止めろ」


ご精読、ありがとうございました!


◇◇◇


四巻発売のお知らせ

アリシア物語第四巻を発売いたしました。

https://www.amazon.co.jp/dp/B079MGSVSK/


おまけは下記の通りです


・皇宮の模擬戦: アリシアが皇宮の壁を破る話

・ファッションショーと私: ジークが女装する話

・帝国華撃団と皇子: アリシアが立体機動装置で戦う話 

・アリシアのおっぱいと皇子: えっちな話


構成上、本編の後半がしっとりしたので、おまけは自由に暴れるお話が多めです。

お手に取って頂けたらうれしいです。


◇◇◇


新作を始めました


題名:もらった古本から悪魔が出てきた魔法使いの話

https://book1.adouzi.eu.org/n2490eo/


魔法使いと自称悪魔の冒険と友情と恋のお話しです。

主人公とヒロインの、二人の関係性にフォーカスをあてた感じの作品にしたいなぁと考えております。

恋愛要素は同じぐらいで、スパイスに冒険を入れようかと


もしよければ、こちらも読んで頂けるとうれしいです。


(注:もう一作あるのですが、そちらは再構成する予定ですので更新はないっす。初期配置も変更して品質をあげるよていっす)

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機動強襲型令嬢アリシア物語 発売中です
一巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B0775KFGLK/
二巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B077S1DPLV/
三巻 https://www.amazon.co.jp/dp/B078MSL5MY/
是非、お手にとって頂けると嬉しいです。
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