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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
115/116

ジークとわたし

次回がエピローグで最終回となります

結婚式はそのものは、国事としてのそれであった。

帝国の第一皇子と王国の女王の結婚式である。


式に先立って、王国からやってきた来賓を、私は控え室で出迎えていた。

お世話になった人とこれからお世話になる人に、ご挨拶するのである。


私が無難な笑顔で愛想を振りまいていると、見覚えのある栗毛の女の子が係の人に案内されてやってきた。

えんじ色のドレスに身を包んだ辺境伯令嬢アデルちゃんだ。


久しぶりの再会に、思わず二人で手を取り合って喜び合う。


「アリシア、やっと会えた。なかなか手続きが終わらなくって」


「いらっしゃい、アデルちゃん。来てくれてありがとう」


今は遠くに暮らしている見知った顔を異国の地で迎えるのは、なかなかに感慨深い物がある。

アデルは、物怖じなどしないので、帝国の宮廷のまっただ中でも、萎縮した様子などこれっぽっちも見せなかった。

隙無く装いを固めたアデルは、未婚の身で有りながら、既に貴婦人の風格だ。


「アデル、素敵なドレスね。それになんだか綺麗になった。大人っぽくて素敵だよ」


「そういうアリシアは、ちょっと肥えたわね」


なんだと!

この女、私が気にしていることを、ズバっと言いやがった!


私が大絶賛してやったというのに、なんという裏切りだろうか。

そもそも、花嫁に言って良い台詞じゃない。


実は、帝都では、アリシアちゃんは未だにお客様扱いなのだ。

ゆえに、怠惰な私の生活に、がみがみと口を挟むのは、メアリお母さんだけなのである。

そうして甘やかされたつけが脂身となって、私のお腹や二の腕にくっついていた。


図星を突かれた私が怒りだすと、アデルはにやりと笑ってみせた。

それから二人で笑い合う。

友人との懐かしいやり取りが、私にはとても嬉しかった。


王国の留守を任せたアデルだが、とても元気にしていたようだ。

むしろ、私が心配されていたのかもしれないな。


帝国で大事にされていたアリシアは、これ見よがしに腹をそらす。


「これは、幸せ太りだからいいんですぅー」


「それは、とても結構だけど、自分で言ってりゃ世話無いわ」


アデルは苦笑を浮かべ、それから結婚おめでとうと、謎のお守りを贈ってくれた。


なんでも花嫁に似せて作らせたお人形だそうだ。

厄除けの身代わり人形であるそうな。

見れば白髪の鬼婆のような女の子が、恐ろしげなしかめ面で、麻紐の先に揺れていた。


「アリシアにそっくりでしょ。折角だから沢山つくって、蛮族よけにするつもりよ」


「私にそっくりすぎるから、後で肖像権について、お話し合いが必要だね」


私がきっちり言い返すと、アデルがたまらず吹き出した。

沢山作った人形で「アリシアが来るぞ」と脅したら、蛮族が逃げてくれるかもしれないね。

そうなったらとてもいい。

王国は安泰だ。


アデルは、バールモンド家名代として式に参加する。

彼女の他にも、何人かの王国貴族が来ているそうだ。


「どうせならお父さまの婚約者として、私の身内枠で参列すれば良かったのに」


「まだ、お返事をもらえていないから」


こういう時だけしおらしげに、頬を染めるアデルであった。

返事の督促をしたのかと聞いたところ、恥ずかしくてそんなことできないと返された。

まるで乙女の様な返答に、私は露骨な流し目である。


「駄目だよ、アデルちゃん、女の子は攻めて攻めて攻めまくらないと」


「それで帝国の第一皇子を落としたんだから、たいした説得力よね」


そうでしょう、そうでしょう。


それからも、私達はひとしきり近況について話し合った。

私と話を済ませたアデルは、他の人に挨拶するからと部屋を退出していった。



そしてアデルと入れ違いに、彼女の求婚相手がやってきた。


父のラベルである。

扉から姿をあらわした父は、びしっとした礼服姿に身を固め、髪も整髪料で固めていた。

我が家に、あんな立派な服は無かったはずだ。

レンタルかなと思っていたら、今日のこの日を見越して、仕立てておいたそうである。


それは失敬。

でも我が家も物持ちになったなぁ。


私が席から立ち上がる。

父は私の姿をみとめると、勢いよく私の元までやってきた。

ずんずんと、広い歩幅が懐かしい。


父は私の肩に手を置いてから、愛娘の晴れ姿に目を潤ませた。

見下ろされる私も、つられて目をうるうるとさせてしまう。

父と離ればなれになるのは、やっぱりちょっと寂しかった。

なんだかんだ言いつつも、アリシアはお父さん子なのである。


「綺麗になったな、アリシア。本当にとても綺麗だ」


「ありがとうございます、お父様。でも、会う度に褒めてくださらなくってもいいんですよ」


「馬鹿を言え。お前を褒めずに誰を褒める」


笑う私を、父が強く抱きしめる。

ぎゅっと身体に回される腕の力が、暖かくて、とても嬉しい。

暖かい滴がほたりほたりとこぼれ落ちて、私の頬をぬらしていた。


お父様ったら、すっかり涙もろくなっちゃって。


「本当は、お前を守ってやりたかった。苦労をかけてすまなかった」


「私は、ずっと守られていました。だからこうして、元気にお嫁に行けるのです。ありがとう、お父様」


私の父は、強くて、頼りがいがあって、なによりとても優しいのだ。

だから私は、強くて、優しくて、可愛い良い子に育ったのだ。

もう一度言うけれど、可愛い良い子に育ったのだ。


私も、父の広い背中に手を回す。

その胸に顔をうずめると父の身体からは、嗅ぎ慣れないコロンの香りがした。


もう。お父様ったら、こんな日だからっておめかししてきてる。


「そうか、ならば俺もお前の父として、式にも胸を張って参列しよう。たとえ相手が皇帝だろうとも、絶対に負けはせんぞ!」


「ええ、流石ですわ、お父様」


父は、新婦側のただ一人の親族として、新郎側親族に謎の対抗意識を燃やしていた。

面白そうだ。

どうなるか見物だな。

私は無責任に応援しておくことにする。


私に王国の近況を教えてくれた父は、お部屋を出たところをお義母さまの侍女に捕まって、そのままどこかへと連れ去られた。

そういえば、私は父のことを、皇后陛下に散々自慢していたのであった。


「是非一度お会いして、お話しを伺いたいわ」


父は、そのお言葉に従った侍女さん達の手によって、陛下の元へと連行されたに違いない。

父は綺麗な女の人に弱いから、きっと楽しい姿を見せてくれることだろう。


騒がしい身内が出て行った後、私はメアリと二人、その場に残された。


「さあ、そろそろ参りましょう、アリシア様」


「ええ、行きましょう、メアリ」


◇◇◇


アリシア・ランズデール・フォン・ミュンテフェーリング。

これが、今日からの私の名前だ。


長い。

でも間違えることは無いと思う。

半分は元の自分の名前で、残る半分はジークとおそろいだからね。


私とジークの結婚式は、皇宮の大講堂で挙行された。

荘厳な雰囲気の中、私は、ドレスの裾を持つメアリ一人を伴って、しずしずと赤い絨毯を歩む。

婚姻の式で着るドレスは、私が選んだものでは無く、王国側でこの日のために用意してくれたものだ。

スカートの裾がながーい、ドレスである。


「帝国なんかに負けないんだから!」


という意気も高らかな豪華絢爛さで、全身のいたるところを、レースやらリボンやらで美々しく飾り立てられていた。

王国の意地と見栄の結晶である。


しかし、この日、私の姿を特徴付けたのは、この綺麗なドレスではなく、腰にさげた魔法の剣であったと思う。


そう、私はこの日、武装していた。

実戦仕様の魔剣を、私は腰に帯びていたのである。


なにしろ、中身が私なのだ。綺麗さで攻めても限界がある。

しかし物理攻撃力に着目すればあら不思議、この世界で私の右に出る者はいなくなってしまうのだ。

やっぱり、王国の女王アリシアを象徴するのであれば、剣と馬が一番だった。


一応私にも常識はあるので、騎乗しての式場突入は自重した。

ジークは「やるか!」ってちょっとやる気になっていたけれど、殺る気が漲りすぎてて、問題になりそうだったのだ。


今日の私の剣は特別製で、ただひたすらに固く、鋭く、粘り強い実用品だ。

帝国の宝物庫に眠っていたのを、皇帝陛下からもらったのである。


メアリを後ろに従えた私は、絨毯の上をすたすたと私の歩調で進んだ。


目指す先では、黒の正装で身を固めた帝国の第一皇子ジークハルトが、これまたごつい剣を腰にさげて私の事を待っていた。

彼愛用の魔剣である。


あの剣を見ると、四年前の彼との出会いを思い出す。

ジークは、私の視線の先でしかつめらしい顔をしていたが、その目はどこか楽しげに笑っていた。


講堂内に差し込む日の光が、一条の帯となってジークが佇む壇上を照らしていた。

私は、そこにゆっくりと足を踏み入れる。

まぶしく輝く白い輪の中にジークと私が並び立つ。

この場所だけが、世界から切り取られたようで、私には、すぐ傍に立つ彼の存在がとても心強かった。


神父が二つの指輪を差し出すと、ジークがその一つを受け取り、私の指へと嵌める。

私はもう一つを手に取って、ジークの指へと差し出した。

そして指輪の交換が完了した。


光の外側から、神父が朗々たる声で言う。


「汝ら、永遠の愛を誓うか」


私達は、それに堂々と答えを返す。


「誓わない」


「永遠など存在しない。私達はその信頼と愛情が続くよう、努力し続けるのみだ」


「故に我らは、生涯をかけて努力し続けることを誓う」


神父は、厳かに頷いてから、私達の宣誓を受け入れた。

これにて婚姻は成立した。


ちょっとだけ、議場はざわついたけど、言いたいことを言ってやったので、私とジークは大満足であった。


どんなに深い愛情であったとしても、無条件で続く物なんて存在しないのだ。

だから私達は頑張って良い夫婦になるのである。

頑張るのだ。


後に、この日のことを振り返って、私達は笑い合った。


「まったくもって、俺好みの宣誓だった。だが、アリシアはあれで良かったのか?」


「ええ、もちろん。これからも二人で頑張っていきましょう。私は約束を守る女です。そしてとっても気長なんですよ」


ジークは、そうだったな、と言って笑う。


「俺も三年かけてお前を追いかけた男だ。信じてくれて構わないぞ」


私は心からの同意を込めて頷いた。

お互い、しつこい性格の夫婦なのだ。


絶対に末永く仲良く出来る。

その自信が私達にはあった。



こうして、式は終了した。

私は、えっさほいさとドレスの裾を引きずりながら、控えの間へと撤収した。

ずるずると尻尾を引きずるアリシアが、部屋の中へと滑り込む。


そして扉が閉まるとともに、私はよそ行きの女王様仮面を脱ぎ捨てた。

ぺいって感じだ。


「よし、終わったわね! さあ、披露宴よ」


「ええ、準備いたしましょう、アリシア様」


メアリがいきいきとした声で言う。

いつもなら、「気を抜くな」とか、お小言を言うメアリが、今日はとっても優しかった。


私は鏡の前に腰を下ろし、次の支度に取りかかった。

メアリは、プロの侍女さん達と一緒になって、私の後ろで手を動かしている。


今日のこの日のために、メアリは侍女としてのあれこれを、勉強しなおしてくれたのだ。

なんちゃって侍女だったメアリは、本物の侍女になっていた。


私の目には、涙の膜が宿っていた。

今、メアリはどんな顔をしているだろう。

私のもさもさした髪が死角になって、彼女の表情はうかがえない。


実は今日からメアリも、立派な貴族になってしまう。

ロズベリーとかいうおうちの名跡を継いで、王国の侯爵に叙せられるのだ。


だから今日はお別れの日。

最後のご奉公ということで、メアリはつきっきりで私の側にいてくれたのだ。


私は、今までメアリに、ずっとお世話になってきた。

でも、このまま甘え続けるわけにはいかないのだ。

メアリには、メアリの人生があるのだから。


本当は、メアリの授爵も、とうの昔に準備が出来ていた。

でも、私が無理を言って、引き留めていたのである。

できるだけ一緒にいたかったから。


甘えん坊な私が、またしてもわがまま言っちゃった格好だ。

本当は、もっとずっと一緒にいたかったけどね。


「メアリ、私の髪を結ってくれないかしら。貴女にお願いしたいの」


「はい、アリシア様。喜んで」


鏡の中のメアリが、目を細めて微笑んだ。


メアリが、私の髪を梳いてくれる。

実は、メアリは不器用で、髪の扱いも上手くない。

でも今日は、メアリにこそ、私の髪を頼みたかった。


私が子供の頃からずっと、彼女の手は私のそばにあった。

幾度、私は、彼女の指先のぬくもりを感じてきたのだろう。

私は、ただ一緒に過ごした日々を思う。


私を撫でるメアリの手は、どこまでも優しかった。


そして、私の髪が結い上がる。

渾身の出来映えであっただろう。

柔らかく後ろでまとめた髪がふわりと背中に流されて、その一房が私の肩へとかかり、私の首筋をくすぐった。


「ありがとう、メアリ」


私は囁くような声で礼を言う。


一方のメアリは、折角結い上がった私の髪の毛を、なぜだかまた、指先にからませていた。

私の銀色の髪の毛を指先で、ねじねじつんつんしている。


おい、何をする。

折角綺麗に出来たのに、へんな癖ができちゃうじゃないか。


「メアリ、なにか言いたいことがあるのかしら?」


メアリは、小さな逡巡を見せてから、かすれる声でこう言った。


「……後で、二人きりでお話しさせてくださいませ」


「全員、さがりなさい」


待つ気が無かったアリシアは、即時の人払いを発令する。

精鋭ばかりの侍女さん達は、きわめつけに高い統制のもと、音も無くお部屋を退出した。


さあ、二人きりだよ、メアリ。

言いたいことがあるのなら、遠慮なく言っておくれ。


でも私が傷つくことを言っちゃダメ。

私ってば、大好きな人に対しては、とってもガラスハートだからね。


鏡越しに、私と見つめ合ったメアリが口を開く。


「……一つだけお願いがございます」


「なにかしら」


思い返せば、メアリからのお願いなんて、初めてのことだった。

いや、褒美に酒をくれとか、兵を貸せとかの要求は、しょっちゅうもらったけれど、個人的なお願いをされたことはなかったのだ。


見ればメアリの目にも、涙があった。


「一度だけ、抱きしめさせてくださいませんか」


「ええ、もちろんよ」


なんだ、そんなこと。

私はいつでも大歓迎だ。


さぁ、思いっきり私の腕に飛び込んできたまえ、メアげっふぅ!?


油断していた私の後ろから、衝撃が襲いかかる。

許可してノータイムで全力の抱擁。

メアリのでか乳クッションがなければ、インパクトはさらに大きかったことだろう。


おい、ちょっとは手加減しろ、メアリ!

私のお腹には、赤ちゃんが乗っているんだぞ。


不平とは裏腹に、私の頬は緩みっぱなしだ。

だって、私もメアリの事が大好きだから。


背中に感じる暖かさは、私が大好きな人のものだった。

柔らかくて優しいメアリだ。


でも、あえて贅沢を言うならば、前から抱きついてもらいたかったかな。

そうしたら、私も彼女の身体を抱きしめられたのに。

この辺り、メアリはちっともわかっていない。


メアリは、私の首筋に顔をうずめて、泣いていた。


「今まで、ありがとうございました。アリシア様にお仕えできて、私は、とても幸せでした」


ぐすぐすと鼻をすする声がする。

その手が、また私の髪に伸びて、やっぱり引っ込んでを繰り返す。


うーむ。

さっきからちょいちょいと私の髪に触れてくれるのだけど、折角セットしたものが、乱れちゃうんじゃないかしら。


実は私は、メアリから、危険な気配を感じていた。

こう、湿っぽい感じじゃない。

懐かしき野蛮人メアリの空気を私の第六感はとらえていたのである。

折角綺麗にまとめた髪を、ぐしゃっとしたい衝動を堪えているような感じなのだ。

溢れる破壊衝動のおもむくまま、奴は私の髪の毛を、鳥の巣にしたいようだった。


なぜ、彼女は私の髪をぐしゃぐしゃにしたいのか。

もしそんなことをされたなら、私は、メアリに命ずるだろう。


『あなたの手で、もう一度結い上げなさい』


その時、私は、もうしばらくメアリと、一緒にいられるのだ。


私は、メアリが自分の人生を歩むことを望んでいると信じていた。


だがちょっと待て、アリシアよ。

もしかして、それは、とんでもない思い違いなのではないか?


「貴女の、本当の気持ちを聞かせて頂戴、メアリ」


メアリは私の瞳を見つめ、目をうるうるさせた。

その口が開き、また閉じ、彼女はしばし逡巡し、瞑目した。

しばしの沈黙。

メアリは大きく息を吸い込んだ。

メアリは気合いをためている。

そして、メアリが吼えた。


「私は、やっぱり、辞めたくありませぇぇぇん!」


恐るべき侍女の咆哮である。

天井に吼えろ。

いや、やっぱ吼えるんじゃない。

つばが舞い落ちてくる。

コンラートは喜びそうだな。

実は私もちょっとうれしい。


そして、私にしがみついたメアリは、泣きじゃくりつつ駄々をこねた。


「私は、やっぱりアリシア様のおそばでお仕えしたいです! これからもずっとずっとご一緒したいですぅ! うぇぇぇっ! ……げほっげほっ!」


よしわかった。

落ち着け、メアリ。

彼女の背中をさすりながら、私も嬉しいやら可笑しいやらで変な笑いを浮かべていた。


だが、まずは、前提となる認識を確認しておかなければなるまい。


「でも、メアリ、前に爵位が欲しいって言ってたじゃない。それで身を立てるんだって」


メアリの手に力が込もり、彼女は、またしても思いの丈を絶叫する。


「やっぱり要りませぇぇぇん!」


「なんだよそれぇ!」


私も叫んだ。

勿論、笑いながら。


この時は二人とも、若干混乱気味であったので、二人で抱き合いながらしばらく宥め合った。



結局、ちょっとのコミュニケーション不全と、相互理解の不足があったのだ。


私は、メアリのことを何でもわかっている気でいて、メアリは、私のことなら何でも知っているつもりだった。

でもメアリは、私がどれだけメアリにべったりかを理解していなかったし、私は、メアリがどれだけアホかを失念していたのだ。


当たり前の話だが、爵位には権力もついてくる。

侯爵ともなれば大貴族、流石に一侍女の仕事を続けるわけにはいかない。

メアリだって、そんなことはわかっていると、常識人の私は考えていた。


「一緒の国にいるのだから、離れてしまうわけじゃない。だから我慢しなくっちゃ」


これが、私の考えだった。


だが奴は違ったのだ。

メアリは、その辺りの事情を、極めて適当に考えていた。


「どうせ一緒に戦うのだから、地位と権力だけ手に入れて、今まで通りに過ごすのだ。給料も増えて、うはうはだぜ、げっへっへ」


などと考えていたそうだ。

げっへっへは私が勝手に付け足した。

甘んじて受け入れろ、この馬鹿たれ。


迂闊なメアリは、いざ授爵される段になって、アリシアの側を離れることになると気が付いた。


でもここを逃せば、爵位を得る機会はなくなってしまう。

侯爵なんて、なりたくてなれるものではない。

でもアリシア様の側は離れたくない。


でもでもだってだってと悩んだ挙げ句、土壇場になって、やっぱり嫌だと言いだしたのが、今回の顛末であった。


私は甘えん坊の自覚があるけれど、実はメアリのほうが、よっぽど子離れできていなかった。

私の方がまだしも大人だったよ。

あと常識もあった。


私にしがみついたまま、メアリが叫ぶ。


「やっぱり爵位なんて要りません! ずっとアリシア様のおそばにいたいですぅ!」


彼女は口といわず鼻といわず、透明な汁を飛ばしながら、おいおいと泣きだした。

綺麗な顔が台無しだ。

鼻水を垂らすメアリは、言い様もないほど不細工で、そんな彼女はとても可愛かった。


部屋の中の大騒ぎを聞きつけて、侍女さん達が戻ってくる。

彼女達は、大泣きしているメアリを見て、なぜだかもらい泣きを始めてしまう。


一方の私は、熱気にあてられて、逆に冷静になってしまう。

この侍女さん達も、場の空気に流されやす過ぎる気がするよ。


メアリは、お家を再興するよりも、私の側に残留希望。

私は脳裏にこの情報を書き留めて、取り敢えず蓋をした。

メアリは希望だけ伝えてそれで終わりな気でいるけれど、ちゃんと後始末が必要なのだ。


まったくとんでもない侍女である。


少し未来の話になるが、結局、侯爵位はメアリに預けておくことになった。

爵位に伴うお仕事に関しては、適当な非常設職に就けるか、私の相談役みたいな役職を新設してしまう予定である。

代わりに一代限りになってしまうけど、もう別にそれでかまわんだろ。


しかし、間際になって騒ぐなよなぁ。


私はうれしさを胸に隠しつつ、メアリの頭を小突いてやった。

メアリにしては珍しく、ちゃんと謝ってくれたから、今回だけは許してあげる。


そのメアリは、鼻水を私のドレスに垂らしたことに気がついて、大慌てで拭いていた。



私は、予定外の騒ぎのせいで、普通に披露宴に遅刻した。

私は悪くねぇと開き直り、気にせず披露宴会場に出向いたところ、新婦なんてそっちのけで、すでに騒ぎが始まっていた。


馬鹿共はともかく、ジークまで私を放り出して騒いでいる。

ひどいひどいと言いながら、私はみんなのところに突撃し、騒ぎの渦中へと乗り込んだ。

身内を集めての披露宴は、極めつけに賑やかで、楽しかった。


帝国の両陛下も臨席していたが、「余計な気遣いは無用である。むしろ騒げ」と素敵なお言葉を頂いた。

流石、お義父さま、大好きです。


お酒も入り、趣向を凝らした余興も盛り上がった。


「金が賭かれば、テンションが上がる」


この私のアドバイスも役に立ったようで、大変に満足いく披露宴であった。


私は、この披露宴に際して、ブーケトスと言う風習を教えてもらった。

花嫁が投擲した花束をゲットした未婚の女性は、次に結婚できるというおまじないである。


これはいい、是非やろう。

乙女っぽい匂いを嗅ぎつけた私は、当然のごとく敢行を決断した。


それを聞きつけてやる気を出したのが、ラベルという中年軍人に恋をする乙女、アデルちゃんであった。

彼女は影から「絶対に私に投げなさいよ」と、私を脅迫してくれたので、友達思いのアリシアちゃんは、彼女のご希望に応えてあげることにした。


さあ、集まれ女ども。

帝国の皇子様をゲットした私の花束を、醜い欲望にまみれて奪い合うが良い。

綺麗なドレスの若い娘達が、群れになって目をぎらつかせる様は、大変に壮観で、ちょっとだけ怖かった。


花嫁は後ろ向きになって花束を投げるのだけど、身体制御が得意な私は、大体の落下位置がわかるのだ。

アデルのところに落ちるよう、私は狙いを定めて、花束を放り投げた。


高く弧を描き、舞い落ちてくる花束。

わーい、と明るい笑顔で手を伸ばすアデルちゃん。

その前を黒い影が横切った。

獲物を襲う隼の勢いで、獲物をかっさらっていったのは、間違いなく奴であった。


「アリシア様の花束は、私が頂きましたわ!」


そうとも、やつこそが、メアリ・オルグレン・ロズベリー侯爵だ。

おそらく王国で、もっとも自覚が薄い大貴族は、高々と花束を抱え上げて勝利を宣言する。

栄光を手にしたメアリに、周囲からは歓声と祝福が巻き起こった。

彼女の恋人のコンラートが、特に大きな声援を送っていた。


一方、事態に取り残されたアデルちゃんは、唖然とした顔で固まっていた。


駄目だよ、アデルちゃん。

恋も結婚も、戦いなんだ。

待つんじゃ無くて攻めなくっちゃ。


その後の披露宴会場では、涙目で抗議する辺境伯令嬢を、成り上がりの女侯爵がのらりくらりとかわす光景が見られたそうだ。

私は、お色直しでその場を離れていたので、残念ながら見ることができなかった。

アデルちゃんは、花束めぐって争うよりも、ラベルにアタックをかけなきゃ駄目だと思う。



花束の投擲で一騒動を起こした私は、その隙に再度のお着替えに走る。

実は、結婚式の花嫁はめっちゃ忙しいのだ。

会場に出ては着替え、出ては着替えで、本日着るドレスは三着目だ。


そしてこの三つ目が、私とっておきのドレスであった。

きらきらと輝く雪と氷の結晶が、裾へ裾へと広がっていくデザインだ。

以前ジークは私のことを、雪の妖精と褒めてくれた。

それ以来、結婚式のドレスには、雪の意匠をいれようと決めていたのである。

シルエットはとても華奢な雰囲気で、ちょっとお腹の出っ張りが目立ってしまうのだけど、私は気にしないことにした。

これが私の一番綺麗な姿なのだ。


さあ、ジークの元へ急がなくっちゃ。

お色直しをした後は、新郎と二人で入場なのだ。

私は、側に仕える侍女さん達の案内も振り切らんばかりの勢いで、急ぎ会場へと舞い戻った。


ジークは会場の入り口で待っていて、私の姿を目に留めると、微笑みとともに手を上げた。

私は彼の元へと走り寄る。

足下から伝わってくる、ふかふかとした絨毯の感触が心地良い。


それから私はジークの右側に立とうとして、彼の手に捕まった。

きゃっと、小さく驚きの声を上げる私。

そんな不心得な私をジークがとがめるように、口を開く。

その声音は、聞き分けの無いお転婆娘を諭すように優しかった。


「今日はこっちに立ちなさい、アリシア」


「はい、ジーク」


そして、私は、彼の左側へと体をくるんと運ばれた。

ここは、女の子の定位置で、守ってもらう側のポジションなのだ。


えへへ、うれしいなあ。


私は手袋につつまれた右手をジークに伸ばした。

そこでふとその手が止まる。

この我が右手が一年前に、全く違うところで振るわれたのを思い出したのである。


突然、動きを止めた私の姿に、ジークが訝しげな顔をする。


「どうした、アリシア」


「……一年前のことを、思い返していたんです」


今日は王国の建国記念日だ。

私は一年前のこの日、婚約を破棄された。

そして、そのお返しに相手の顔面を殴りつけたのである。


実は私は、あの日の自分の行いが、どうしても腑に落ちなかったのだ。

無思慮で衝動的な行いは、絶対にろくでもない結果を引き起こす。

私はそう考えて、厳に己を戒めてきた。

決して感情的にならぬよう、敵に弱みをみせないように。

それが私の処世術であったのだ。


しかし、ならばなぜあの日に限り、私は、あんな真似をしたのだろうか。

あの日、何かが私の中ではじけたのだ。

そして、私は、どうしても、奴をぶん殴らなければならない衝動に駆られたのである。


元王太子を粉砕せしめた我が拳は、未来を切り開く鏑矢となった。

そして、この幸せな未来へと続く、我が生涯で最高の一撃となったのだ。


だから、あの右ストレートが、あの右ストレートこそが、私アリシアにとっての運命だったのである。


なんて私らしい運命だろう。


私はちょっと恥ずかしい。

世のお姫様は、きらびやかな舞踏会で運命の出会いを果たすのがお約束であるというのに。


私はぐっと拳を握り込み、横に立つジークの顔を下から見上げた。


「ジーク、こっちを向いてください」


「ああ、構わないぞ。アリシア」


ジークが私の言葉に従って、身体を向けつつしゃがみ込む。

私は右手と、ついでに左手を、ジークの首元へと伸ばす。


今度は、彼の身体に抱きつくために。

私はもう一度だけ、今日という記念日に感情にまかせるまま、動いてみようと思ったのだ。


私の右手は、あの日と同じように、でも今度は大好きな人に向かってのびていく。

そして私はジークに飛びついて、その唇にキスをした。


そのとき、会場への扉がバタンと開く。

まるで、待っていたかのようなタイミングだ。


いや、絶対に狙ってたね。

思えば会場に、透視の魔法使いの女の子を見かけたような記憶があった。


私は、左手側から漏れる光に気付いたけれど、この瞬間を逃がしたくなくて、代わりに腕に力をこめる。

そして全身全霊でジークへとしがみついた。

締め上げられて、ジークがうっと呻きをあげる。


ごめん、強過ぎちゃったかも。

お返しはベッドの上でしてくれると嬉しいな。


そして、二人きりであるのをいいことに、勝手にちゅっちゅしていた新郎新婦が、衆目の前にさらされる。

フライング気味に、素敵なキスまで交わしていた私達を、皆は元気の良い野次で応えてくれた。


聞き慣れた声が私に届く。


「見せつけてんじゃないわよ、アリシア!」


「アリシア様ー、破廉恥ですわー!」


片方は、モテ女で、片方はモテたい女だ。


ふふん、そんな言葉では、私のハートは止められないよ。


そんな気持ちがきっとジークにも伝わったのだろう。

彼は私の腰へと手を回し、私の体を抱き寄せた。

大きな手のぬくもりをお腹に感じて、私の心は浮き立っていく。

ついでに私の心臓も、どんどこ素敵なビートをならす。


私の思いを主張すべき状況だろう。

私は、身体をジークに預けたままで、向き直り、思いっきり叫んでやった。


「うるさい! キスぐらいで騒ぐな! 私の腹なんか、もうこんなにでっかくなってんだぞ!」


私の問題発言に、罵声混じりの声援が十倍量で返ってくる。

私の友人知人に悪友は、遠慮とか礼儀とかを知らない者達ばかり。

私は、そんな奴らが大好きだなのだ。


私はこれまでの人生を、自分の信念に従って生きてきた。

今日からは、ジークと一緒に、信じられる道を生きていく。


だから、だっこだって、ちゅーだって、好きな時にしちゃうのだ。

私は、自分の幸せと皆の幸せのためだったら、もう遠慮なんてしないのである。


私が隣を見上げると、ジークも楽しそうに笑っていた。

多分、私も満面の笑み。

右手に感じるぬくもりが、掌にとても心地良い。


「さぁ、行こうか。アリシア」


「ええ、行きましょう、ジーク」


二人頷きあってから、私と彼は力強い一歩を踏み出した。


扉をくぐった私達を、皆の大きな歓声がお日様の光と共に包み込む。

まぶしくて、うるさくて、あたたかい。

二人の門出に相応しい歓迎であった。


そして、私はジークと繋いだ手を振り上げて、花束の嵐の中へと、最初の突撃を敢行した。


さあ、どけ貴様ら。

我らが前に敵は無し。


まぁ、当然迎撃があり、宙を舞う花びらを切り裂いて、色とりどりの花束が投擲武器代わりに飛翔する。

それをびしばしと私の右手が打ち払い、地面へとたたき落とし、持ち主へと打ち返す。

私の腕に引っ張られて、ジークの体がぐらぐらゆれる。


来たまえ、なにが来ようとも、私の歩みは止まらないぞ。

その時私の隣では、黄金の右腕を持たぬ我が恋人が、頭に花束の直撃を受けてよろめいた。



こうして、元公爵令嬢アリシアと皇子ジークハルトは夫婦となった。


その日も、その次の日も、さらにその次の日も。

それからもずっと、いろいろなことがあったけれど、アリシアと皇子様は、愉快な仲間達と共に、末永く幸せに暮らしました。


めでたしめでたし。



まだ、出産とか子育てとか戦争とかのイベントが、色々と控えているけどね!


とりあえずFin.なのである。


◇◇◇


ご精読、ありがとうございました!

アリシア「次回、アリシア出産します!」

メアリ「直球すぎる」

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