クラリッサの養子縁組とわたし
「私も休暇をもらって良いですかね」
「ええ、もちろんよ」
クラリッサから、お休みの申請が来た。
これで三人目だ。
私だって慣れもする。
これを予測していたアリシアは、穴埋めシフトも手配済みで、提出された申請に承認印をぽんと押した。
ちなみに一番勤続歴が長いメアリであるが、私は彼女から、休暇申請をもらったことがない。
あの女は、ちょくちょく勝手に休みを取っているのだ。
なにしろメアリは、私が一日二日放置されたところで、死にはしないことを知っている。
奴は、極めつけに自由で適当なのである。
でも最後に一度くらいは、きちんと有給の申請をしてもらいたいと私は思う。
「それで、休日の予定を聞いてもいいかしら、クラリッサ?」
「母の墓参りです。あとは古い家の後片付けですかね」
クラリッサは一度家に戻るそうだ。
私はちょっと考えてから、自分の希望を口にした。
「私もついて行って良いかしら」
クラリッサが、小さく驚きの表情を浮かべる。
だよね。
私も彼女の気持ちはわかる。
「アリシア様が行くような場所じゃありませんよ」
「うん、知ってるわ。私も無理にとは言わないから、クラリッサが決めて頂戴」
クラリッサは少し考える素振りを見せてから、了承の返事をしてくれた。
翌日、私は、クラリッサと二人連れだって、彼女の古巣に向かう。
クラリッサは、帝都の南市街外れにあるスラム街の出身であった。
先代の皇帝はその有能さと合わせて、私生活の奔放さでも、ならした人物であった。
彼には幾人もの非嫡出子がおり、商売女に生ませた子供も何人もいた。
そんな御落胤の一人は、父親の自堕落な部分だけを受け継いだ男であった。
彼は、これまた父のように私生活がだらしなく、一人の娼婦に子供を産ませてから放り出した。
そうして、この世に生を受けたのがクラリッサであった。
クラリッサは、皇族との血縁関係は認められている。
だが、彼女は、非嫡出子の非嫡出子ということで、公的な保護や支援を受けることはできなかった。
クラリッサほどひどくはないにしろ、似たような境遇にある子供達は沢山いて、既に収拾がつかなかったのだ。
私は折に触れて、彼女からそんな話を聞いていた。
娼婦であったクラリッサの母が眠るのは、スラム街の外れにある無縁墓地であった。
彼女の母は、騎士として独り立ちしたクラリッサから仕送りを受けていたのだが、そのお金でお酒を飲み過ぎて、急性の中毒で亡くなってしまったのだ。
またクラリッサは、自分に父などいないと言っていた。
だから、今、彼女は、天涯孤独な身の上なのである。
朝早くに皇宮を出た私達は、乗り合い馬車を乗り継いで目的地へとたどり着いた。
その日の空は小憎らしいほどに晴れ上がり、秋の陽気にも恵まれた絶好の行楽日和であった。
無縁墓地は閑散としていたが、意外と小綺麗であった。
私達は、大して広くも無い墓地を進み、クラリッサのお母さんが眠る場所の前に立つ。
簡素な木製の墓標は、無縁仏を合祀したたものだそうだ。
町中で買った簡素な花束を、その脇にそなえる。
墓前ではなく脇にそなえるのは、お掃除をしてくれる人がいないので、朽ちるばかりになってしまうからだという。
周囲を簡単に清めてから短いお祈りを済ませれば、墓参りはおしまいだ。
その日の主たる目的が、またたく間に終わってしまった。
私達は墓標をはなれ、たった今来たばかりの道を戻る。
墓地は舗装もされておらず、地面の土がむき出しになっていた。
太陽からさんさんと降り注ぐ日差しが、ぬくもりを地面に与えて、もう秋だというのにぽかぽかと暖かい。
私の隣を歩くクラリッサがぽつりと一つ呟いた。
「アリシア様って晴れ女ですよね」
「そうだね」
彼女が天を振り仰ぐ。
それから、しかめ面で前を向いたクラリッサの表情は、いつもと全く同じ、落ち着き払ったものであった。
私には、それが少しだけ嬉しかった。
「まさかこれほど、何の感慨も湧かないとは思いませんでした」
クラリッサの表情からは、何の感情も読み取れない。
彼女は、故人といろいろとあったのだろうと思う。
良いことも悪いことも、沢山の出来事があったに違いない。
だが、それが身近な肉親であろうとも、独立してつながりが薄くなれば、複雑な思いはだんだんと薄れていく。
最後に残るのは、綺麗に色褪せた思い出だけだ。
墓守の格好をした陰気な感じの黒っぽい男に挨拶し、小銭を渡す。
特に墓の世話を頼むわけでもない。
いわゆる、習わしという奴だそうだ。
彼は、きっと、私達が渡した金で安酒でも買って飲むのだろう。
この昼間から、ほのかに酒の匂いを漂わせた男はくぐもった声で礼を言った。
墓地を後にした私達は、クラリッサの旧宅に向かうことにした。
彼女は、私の隣を歩きながら、すっきりとした声音で言う。
「今日を限りで、もうここには来ないつもりです。私は、他の家の人間になるかもしれませんし」
私は薄く笑って、それに答える。
「クラリッサの好きにすればいいと私は思う。もし来たくなったら、また来れば良い。未来の事なんてわからないから、変に自分を縛る必要もないんじゃないかな」
お肉をいっぱい食べた日とかは、「もー、しばらく肉は見たくない!」って思うけれど、次の日になるとまた食べたくなっちゃうのが人情なのだ。
今は、すっきり過去と決別した気分でも、後から感傷に浸りたくなったりするかもしれない。
それでもいいじゃない。
人間だもの。
クラリッサがへらりと笑う。
「アリシア様と話してると、悩むのが馬鹿馬鹿しくなりますね」
「私は、単純だからね」
私達はそのままの歩調で、スラムの墓地を後にした。
ところでスラム街は、治安が悪い。
歴代の皇帝は、首都であり帝国の中心でもある帝都の開発に力を注いできたが、同時に優れた現実主義者でもあった。
華やかな生活を求めて地方からやって来る者や、帝都で長く暮らす者の中には、まっとうな暮らしからこぼれ落ちてしまう人間もいる。
自助努力を国是とする帝国は、そんな彼らを無条件に救いはしなかったが、積極的に排除しようともしなかった。
皇帝たちは、彼ら人生の落伍者を、ただそういう存在として扱うことにしたのである。
見捨てられ、あるいは見逃されたはぐれ者達が、帝都の一角に根をおろす。
そうして生まれたのが、このスラム街であった。
要するに、今、私達が歩く場所に住んでいるのは、まっとうな帝都の市民では無いのである。
大通りを歩いている時から、私は視線に気付いていた。
クラリッサも勘づいているはずだ。
私達は二人、示し合わせたように、通りを外れて狭く薄汚い路地へと入る。
小路の両側にそびえる黒ずんだ壁面には、すすのような汚れがこびりつき、ただでさえ薄暗い路地裏に影を落としていた。
急ぎ歩みを進める私達の足下で、食事を邪魔された鼠が、抗議の声とともに逃げ去っていく。
この場にあって、招かれざる人間は、彼らか、それとも私達なのか。
前に五人、後ろからは三人。
ほどなくして私とクラリッサは、ごろつきとおぼしき男達に囲まれていた。
行く手を遮るように、横に並んだ男達の一人が口を開く。
「どこのお嬢様か知らないが、こんなところに足を踏み入れるとは、教育がなってないな。取り敢えず服を脱ぎな」
男は、下卑た顔で、私達を威圧した。
開いた口から覗く歯は、黄色く変色し何本かが欠けている。
息とか滅茶苦茶臭そうだ。
一方の私はしらけた顔で手首を伸ばし、準備運動をする。
この男といちいち問答するつもりなど、毛頭なかったのだ。
なにしろ、私は効率主義者だから、話が通じそうな相手かどうかは、第一印象で決めちゃうのである。
スラム街には、独自の情報網がある。
王都の貧民窟でも、ちょっとだけ名前を知られていた元公爵令嬢のアリシアちゃんは、そのことをよく知っていた。
「こっちのスラムでも、この手の事件の噂はすぐに広まるのかしら」
「ええ、これだけ派手にやれば、すぐに伝わるでしょう」
クラリッサが、帯剣の血を払いつつ鞘へと戻す。
彼女は、背後から来た三人組を担当し、そのうちの二人を転がしていた。
残る一人は逃げたようだ。
一方の私は、私達の前に転がる男を蹴り転がして、道をあけさせる。
人体は、意外と大きいのだ。
特にでろんと横になられると、やたらめったら場所をとる。
ただでさえ狭い路地裏で、五人もの成人男性に寝そべられては、完全に通行の邪魔であった。
私の前で昏倒している男達は、全員が顔面を陥没させていた。
もっとも元が酷いから、多少は見られるようになったかもしれない。
連中の周りには、今し方、私が投じた石つぶてがころがっていた。
投石は、腕のスナップだけで十分な初速を与えられるようになると、大変に便利なのだ。
「しかし、容赦しませんね、アリシア様は」
「私の前を不用心に遮るなんて、教育がなってないわ」
治外法権であるスラム街のただ中で、若い女を囲む男共。
その意図など聞くまでもなく、害意があることだけは確かだった。
ここスラムでは力が全て、力こそがルールの礎なのだ。
私は強い。
だから私は偉い。
それでもアリシアは、無法を働かない。
だって、私は、優しい象さんみたいな存在だから。
そんな無害なアリシアに危害を加えようとする奴は。
「踏み潰される覚悟をしておくべきなのよ」
一歩踏み出した足の下で、私の靴が男の奥歯とおぼしき欠片を潰し、ぐしゃりと小さく音を立てた。
男達の手際を見る限り、これが初犯というわけでもなさそうだ。
彼らは、たまった因果のつけを、アリシア象に払わされたということだろう。
積もり積もった悪事の報いがこの男達を滅ぼしたのだ。
しかし、因果は巡るのか。
私は、己の所業を振り返る。
「因果応報というなら、私も他人事ではないのよね。将来、一体どんな目にあわされるのかしら」
「騎兵率いて通商破壊に出たら、敵狙撃大隊から伏撃もらうとかじゃないですかね」
さらりとクラリッサが答えてくれた。
それは、私達、騎兵部隊にとっての地獄であった。
私は、その戦いの激烈さを想像し、凶悪に顔をゆがませる。
「それは、本気でご遠慮願いたいわ。全力で暴れる羽目になっちゃうもの」
邪魔者を片付けた私達は、路地を出て通りへと戻った。
日の高さは、路地裏に入ったときとさして変わってはいなかった。
幸いと言うべきか、女の姿をした化け物の噂は、すぐにスラム中へと広がった。
無法者達を処分してからの道行きは極めて快適で、目にする人影すらまばらであった。
時折建物の影から、息を殺した人の気配と視線だけを感じる。
人の形をした自然災害みたいな感じかな。
概ねその認識で間違いない。
それから荒れ果てた街路を歩くことしばし、私達は、目的地に到着した。
スラム街も外れにある、クラリッサの元おうちである。
彼女は、官舎に引っ越してからも、無くしても惜しくない家具やガラクタ類を置きっぱなしにして、物置のように使っていた。
「ここに顔を出すのは、およそ一年ぶりです。さて何が残っているのかな?」
クラリッサが、にやりと口の端をつり上げる。
一月も家を空ければ空き巣が入り、一切合切盗まれるのがスラム街だ。
よほどの楽観主義者でない限り、荒れ果てた内部を予想する。
しかし、私達の予想に反し、家の家具は全て無事だった。
むしろちょっとだけ増えていた。
なんとクラリッサのおうちには、別の住人が住みついていたのである。
おうちに入った私達を、若い男女と一人の子供が迎えてくれた。
男が頼りない刃物を腰だめに構え、クラリッサと私を威嚇する。
怯えも露わなその男は、額に脂汗を浮かべていた。
「貴様ら、何の用だ」
「ここ、私の家だったんですよ」
「そうか、だが今は俺たちの家だ」
「そうみたいですね」
クラリッサは、楽しげに笑い、私に目配せをした。
私も頷く。
どうやら旧い家具を処分する手間が省けたようだ。
私達は、食事中にお邪魔した非礼をわび、銅貨を放ってから、元クラリッサ宅を退去した。
何の役にも立たなかった家の鍵は、その場で踏んで潰しておいた。
「家具は有効活用してくれてるみたいでしたし、引っ越しの手間が省けましたよ」
「もし新しい家具が必要なら、言って頂戴。私が買ってあげる」
太っ腹なアリシアの申し出に、クラリッサは小さく笑みを閃かせた。
そして私達は、足取りも軽くクラリッサの古巣を後にした。
スラムですることを済ませた私達は、荒んだこの街を出て、いるべき場所へと戻るのだ。
まともな地区の街路まで出た私達は、ちょうど通りかかった辻馬車を呼び止める。
へい、タクシー!
じゃなかった、へい、キャリッジ!
「取り敢えず、帝都の中心街に向かって走らせて」
御者の男は、貧民窟から出てきた身なりの良い女二人に、不審げな表情を浮かべていたが、口に出しては何も言わなかった。
あるいは、高級娼婦の類いとでも思ったのかもしれぬ。
「お腹が減ったわ」
それからしばらく後、私は馬車の中で、空きっ腹を服の上から撫でていた。
私のお腹は最近出っ張ってきた。
一応言うと、脂肪じゃなくて住人が一人増えたせいである。
その点は勘違いしないように。
今の私は二人分の栄養を必要としているので、いつもよりお腹が減るのである。
「実は近くに、昔、私の行きつけだったお店があるんですよ」
「行く」
クラリッサの提案にアリシアは即答した。
当然だね。
私が素晴らしい反応速度で賛意を示すと、クラリッサはたまらず吹き出した。
それから御者の男に目的地を告げる。
御者は、軽く返事をしてから、馬車の向かう先を少しだけ東に変えた。
クラリッサの案内でやってきたのは、食堂のような雰囲気のカフェレストランだった。
お店の看板には、「冠をかぶった黒猫亭」と描かれている。
そこには店名と合わせて、ちんまりした王冠を頭に乗せた猫の絵が書かれていた。
ティアラみたいだ。
もしかしたら、この黒猫は女の子かもしれぬ。
お昼には早い時間であるのに、店内にはすでにぱらぱらとお客が入っていた。
「相変わらず繁盛してるみたいですね」
クラリッサが、嬉しそうに言う。
明るい店内は、まずなにより清潔だった。
木製の渋い内装を、カラフルな布地が飾り立てて、賑やかで明るい印象である。
まさに「庶民のお店」って雰囲気だ。
店の中を見わたしたところ、女性だけでなく、男性客も多かった。
これは期待できそうだ。
肉体労働者向けのご飯が好きな私は、この時点で高めの評点をつける。
「美味しくて、お腹いっぱい食べられるお店なんです。元気が欲しいときとか、良い事があった日は、ここで食事をするのが習慣でした」
「いいわね。わかるわ」
愛想のいい店員の女の子が、座席へと私達を案内してくれた。
窓際の良い席だ。
美人や身なりの良い客は、お店の宣伝のために、窓際に案内してもらえるのだ。
逆にぼろを着ているとお店の奥に通される。
私は公爵令嬢だったけど、奥側の席の常連客であった。
ゆっくりと、お品書きを指でなぞるクラリッサを見ながら、私も懐かしい気持ちになった。
「お勧めは、揚げ芋、茹で野菜、鳥のハーブ焼き、白身魚のグリル。パスタは意外と魚介系が美味い、デザートは、季節の果物を使ったタルトが美味しかったです。飲み物はオリジナルジュース。あと揚げ芋」
「じゃあ、それ全部ね。合わせてローストビーフと、キノコのオイル煮。揚げ芋は大盛りで頼みましょう」
クラリッサが大食いの私を笑う。
「本気ですか。あ、これは本気の目ですね。わかりました」
今の私にはお金がある。
だから、贅沢な注文だって出来ちゃうのだ。
その気になれば、皆が夢見る「メニューの端から全部もってこい!」だって、実現できてしまうのである。
剛毅な私の注文を、クラリッサが楽しそうに店員へと取り次いだ。
そして、私達のテーブルいっぱいに、美味しそうなお料理が並んだ。
目の前にはカラフルなお皿と料理でいっぱいだ。
沢山のごちそうは幸せの象徴だ。
さて、どれから食べようかしら。
あ、でも、パスタはのびちゃうと美味しくないから、先に片付けないといけないね。
私は食前の挨拶もそこそこに、食べる作業に取りかかる。
クラリッサはそんな私をニコニコしながら眺めていた。
ちなみに揚げ芋の皿だけ存在感が違った。
これだけ、でかぁい!って感じで、卓の中央に鎮座している。
「ここの揚げ芋はコスパ最高なんですよ」
私は芋を一切れつまんで口の中へと放り込んだ。
お芋は濃いめの塩加減にハーブの風味がマッチして、とても美味しいかった。
ぱくぱく食べれちゃう。
これは、「取り敢えず揚げ芋」って注文するお味ですわ。
それから私達は、美味しいお昼ご飯を堪能した。
私は出された物を、きちんと完食する。
フードファイターもびっくりの食べっぷりを披露した私に、見ているお客さんたちから暖かい拍手が贈られた。
いやー、照れますね。
一方、私と相席したクラリッサは、いろんなお皿の美味しいところだけをつまみ食いしつつ、デザートだけは二人前平らげていた。
賢い女だ。
費用対効果最高の揚げ芋で、お腹の容量を埋めてしまったどこかの女王とは、頭の出来が違う。
ふー、私は満足の息を吐く。
実は私は、こういうお店の味が大好きなのだ。
沢山の人の舌とお腹を満足させるために、いろんな工夫がしてあるからだ。
味が濃いめになるのには、この際目をつむろう。
久しぶりに食べたちょっと贅沢な庶民の味は、私の昔の夢を思い出させてくれた。
美味しいお料理を、お腹いっぱい食べたいという夢だ。
私は、大満足であった。
「美味しかったよ、クラリッサ。懐かしい感じがした」
「私も、昔を思い出しました。でも、今食べても美味しかったですね。思い出補正じゃ無くて、本当に美味しかったんだな」
クラリッサも、楽しい感想を口にする。
最近の私達は、良い物を食べているけれど、このお店の味は決してそれに劣るものではなかった。
昔も意外と良い物食べてたんですね、とクラリッサは笑う。
彼女は、とっても良い笑顔だった。
クラリッサは笑顔が似合うし、それが一番可愛いと私は思う。
お腹いっぱいになった私達は、腹ごなしもかねて、宮殿まで徒歩で向かうことにした。
途中で小腹が空いたので、通りがかった屋台で串焼きを買う。
この私の行為に、クラリッサが苦言を呈した。
「もうお腹が減ったんですか。さっき食べた分どこへ消えたんだ! あと、また串焼きかよ!」
「だって、目の前で焼かれてたら、食べたくなるじゃない」
クラリッサのご指摘はもっともであったけれど、私は我慢できなかったのである。
そして鳥っぽい何かの串焼きをむしゃむしゃと頬張りつつ、私達は自宅へと帰還した。
墓参りも兼ねていたけれど、意外と楽しかった。
後半は、ただの食べ歩きを兼ねたお散歩になっていたけどね。
そしてその日の夜。
クラリッサと私は、エリスに誘われて、ブレアバルク家の晩餐会に出席した。
正式なご招待ではあるけれど、招待主がエリスなので、中身は気楽なお食事会である。
テーブルの上には、美々しく飾り立てられたコース料理のお皿が並び、銀の食器がきらきらとまぶしい光を放っていた。
ずらりとならぶワインの瓶は、どれも名の知られた銘柄品ばかりである。
気軽な会食にしましょうとエリスが笑えば、世の不条理にクラリッサが目頭を押さえて嘆きをあげた。
「この差!」
「え、え? なにかお気に召さないことでもありましたの!?」
エリスが慌てる。
私はたまらず笑ってしまう。
私達の昼食は、質と量を考えたコストパフォーマンス重視の庶民料理であった。
一方のこの晩餐会は、クラリッサをブレアバルク家の養女に迎えたい、エリスのありったけの気持ちが込められている、費用度外視の奮発振りだ。
できるだけ良い物を供するのは、その相手に対する好意や尊敬のあらわれなのだ。
「クラリッサお姉様には、私のお姉様になって頂くのです。今日こそ、良いお返事をして頂きますわよ」
強気に言い放つエリスだが、私には、しきりに目配せを送ってくる。
もぅ、エリスったら。
私にも、クラリッサの説得を手伝えって事ね。
私が、威厳ある態度でうなずきを返すと、エリスはぺかっと顔を輝かせる。
私もクラリッサの養子縁組には賛成だから、エリスの援護も望むところなのである。
一方で私とエリスの間で飛び交う露骨なアイコンタクトを傍受したクラリッサは、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
晩餐会は、クラリッサ引き抜きのための説得会場だ。
エリスの説得材料は多岐にわたった。
毎日の豪華な食事に始まり、服飾や身の回り品の準備から、便利な馬車のサービスまで、本当に盛りだくさんだ。
クラリッサは、その大盤振る舞いを、にこにこと上機嫌に聞いていた。
私にはクラリッサの笑顔が意味するところがよくわかる。
「ブレアバルク家のすごいサービスはいらないけど、頑張って語るエリスは可愛いな」
エリスが並べたお嬢様特権は、たしかにとてもすごいのだけれど、クラリッサにとっては、「あったら良いよね」程度のものでしかない。
自立した女性のクラリッサは、誰かから施しや援助を受けなくても、自分が満足できるだけの生活が送れるのだ。
エリスも手応えの無さには気付いているようで、私に目線でヘルプを飛ばす。
『アリシア様、アリシア様、助けて下さいまし!』
彼女は必死だ。犬みたいでとてもかわいい。
じゃあ、一肌脱いじゃおうかな。
なにせ二人とも可愛いからね。
貧乏暮らしが長かったクラリッサが喜ぶのは、お貴族様向けのサービスでは無いのだ。。
お嬢様にとっては当たり前ともいうべき事が、一人暮らしのクラリッサには魅力的に聞こえるのである。
さあ、心して聞いておくれ。
「クラリッサ、お手紙が届く日を待って、やきもきする必要は無くなるわ。留守中もおうちの人が取り次いでくれるからね」
「いいですねー。自由にお出かけできそうだ」
「寒い日におうちに帰っても、お部屋はぽかぽかよ。毛布を引っ張り出す必要はないわ。なんなら帰宅時にあったかい飲み物まで付けちゃう」
「それはありがたい」
「それに風邪をひいても、台所に行けば食べものが置いてある。鼻水垂らしながら外出する必要も無くなるわ」
「最高かよ」
クラリッサは大喜びだ。
ちなみに最後の風邪の話は、メアリからの受け売りだ。
メアリが熱を出した時に、彼女が言っていたのである。
私にうつるといけないからと、メアリは嫌がったのだけど、辛そうだったので私が頑張ったのだ。
普段はいまいち反応が薄いメアリが、嬉しい嬉しいとぽろぽろ涙をこぼしていた。
一人暮らし歴が長いクラリッサにも、お見舞いサービスは相当効くはずだ。
私がぐいぐい押し込むと、クラリッサはいいですねー、いいですねーと楽しそうに笑ってくれた。
一方のエリスは、クラリッサの興味を引けたのは嬉しいけれど、しょっぱい口説き文句に負けたようにも感じたらしく、複雑な表情を浮かべていた。
じらされ続けて、彼女がとうとう噴火する。
「もう、それで結局、クラリッサはうちの子になってくれるんですの!? 『はい』か『イエス』で答えて下さいまし!」
クラリッサは笑った。
答え一個しか無いじゃんなどと言ってはいけない。
「じゃあ私の答えは『はい』で、お願いするわ。エリス」
「やたー!」
最後に持ち前の強引さを発揮したエリスは、とうとうクラリッサから言質をもぎ取ることに成功した。
行儀の良さなどかなぐり捨てて、喜びを万歳で表現するあたり、エリスも流石はチームアリシアと言わざるを得ない。
エリスの喜びように、クラリッサは苦笑いだ。
嬉しいエリスは、止まらない。
「今日は泊まっていって下さいな。今日から、クラリッサはクラリッサ・ブレアバルクなのですから。あ、帰りの馬車はありませんのであしからず」
エリスのやり方は、強引な男の人みたいであった。
今夜は帰さないってさ。
その晩、私とクラリッサは、夜更かししたエリスに絡まれて夜遅くまで、ガールズトークとしゃれ込んだ。
最近のエリスにとって、クラリッサの縁組みは、最大の懸案であったらしい。
彼女は肩の荷がおりたと大いにはしゃぎ、一番最初に眠くなって寝室へと戻っていった。
二人残された談話室には、楽しくおしゃべりをした後のふわふわした空気が漂っていた。
テーブルの上に、夜の紅茶を挟んで、私はクラリッサと向かい合う。
わからないことがあるんです、と、クラリッサは言った。
いつもの諧謔はなりをひそめ、彼女は私を正面から見つめていた。
「エリスもですけど、アリシア様も、どうして人に良くしてくれるんですか」
「『人』じゃなくて、貴女だからよ、クラリッサ」
大事なところを訂正してから、私は彼女に答えを返す。
いつかクラリッサは、私のことを幸せ慣れしていないと言ったけれど、それは彼女も同じなのだ。
「親切の理由はね、クラリッサ。エゴよ。全部、私のエゴ」
「エゴ、ですか」
私は謹厳実直な顔で、軽い驚きをにじませたクラリッサの言葉を肯定した。
私はクラリッサに幸せになってもらいたいのだ。
かつて、クラリッサは、従姉妹にあたる主人を告発して叙勲を受けていた。
クラリッサは裏切り者のように言われたけれど、私はそれが違うということを知っている。
当時、彼女は十六歳。
やっとの思いで手に入れた主君から、「あれなら使い捨てにできそうだから」と言われたクラリッサは、その時、一体何を思ったのだろう。
私は、想像したいとも思わない。
当時の主君は、クラリッサにとって、同世代の肉親でもあった。
人間不信の材料としては十分ではないだろうか。
それでもクラリッサは、二人目の主人である私に精一杯使えてくれた。
私の側でも、彼女のありようは、ただひたすらにまっすぐだった。
そんなクラリッサは、絶対に幸せになってもらう。
この私の思いに、クラリッサの希望なんて入っていない。
私が、私が好きなクラリッサが幸せじゃないと嫌なのである。
これをエゴでなくてなんと呼ぶのか。
私は腕に力を込める。
私の腕はひょろりと細くて、ついてる肉も軟らかい。
ぺこっと小さなこぶができた。
「そして、そのエゴを通すのが腕力。私には、それだけのパワーがあるのよ。だから遠慮しない」
「アリシア様がそのポーズをしても弱そうですね」
それを言わないでクラリッサ、私もちょっと気にしているのよ。
私の心をいじめたクラリッサは、どこか安心した顔で微笑んでいた。
「よくわかりました。じゃあ、私も恩には着ません。私も好きに、アリシア様にお仕えします」
「ええ、よろしくね」
もちろんだ。負い目なんかじゃ無く、クラリッサも好きにすれば良いのである。
それにちょっと生意気かもしれないけれど、私は、クラリッサの保護者のつもりなのだ。
「前にも言ったでしょ。私は、クラリッサのお母さんなんだから」
それからも私達は、眠くなるまで、他愛ない話をして過ごした。
一体、私のお腹の皮はどこまで伸びるのか、とか、赤ちゃんと私で栄養の分配比率がどうなっているのか、とか、もっぱら人体の不思議について、私達は語り合った。
概ねの結論として、私のお腹の皮は頬袋といっしょで良く伸びて、アリシアが吸収した栄養は、ほとんど私が熱として消費しているだろうということになった。
私アリシアの燃費は、妊娠しても最悪なままであるようだった。
時刻が真夜中を回るころ、部屋付きの侍女さんがお片付けにやってきた。
天下のブレアバルク家では、夜更かしするお嬢様に、それとなく就寝を促すサービスまでしてくれるのだ。
かちゃかちゃとティーセットの片付けを始める侍女さんに敬意を表して、私とクラリッサは立ち上がった。
「おやすみなさい、アリシア様。良い夜を」
「ええ、良い夜を」
着心地が良さそうなパジャマを着たクラリッサは、エリス謹製のナイトキャップを頭にかぶり、寝室へと戻っていった。
そして、翌朝、私とクラリッサは盛大に寝坊した。
朝の遅刻と、深夜のおしゃべり会でエリスを仲間はずれにしたことについて、家主からは盛大に怒られた。
エリスのわかりやすい焼きもちにクラリッサと私は笑った。
アリシア「食前と食後で体重が5%ぐらい変わる」




