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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
111/116

エリスのお見合いとわたし

「明日から三日間、お休みを頂きたいのです」


エリスの言葉であった。

ステイシーに続き、エリスも休暇申請である。

私は、迷わず了承の返事をする。


「勿論大丈夫よ。メアリもいるし、侍女さん達も助けてくれるから」


アリシア付きの側近は、数が少ないのだ。

しかも私が王国の女王を兼務している関係で、西へ東へ旅をすることになる。

これはなかなかに負担が大きい。

エリスも、既に三十連勤ぐらいはしている。


お休みを取れるときに、どんどん取ってもらった方がいいだろう。


苦労をかけちゃってるなぁ。

職場環境のブラックさに自覚がある私は、ちょっと不安げにエリスを見る。

休暇の申請が通ったばかりのエリスは、とっても憂鬱な表情で、だらんと机に寄りかかった。


「あー、でも、私、休みたくないですぅ」


あ、お仕事に不満はなさそうだね。

私は、内心ほっとした。


それはそれとして、折角のお休みだというのに、なぜエリスは、こうも面倒くさそうなのか。

あからさまに憂鬱そうな顔をするエリスに疑問を持った私は、その理由を尋ねてみた。

椅子に、でろんとだらしなくもたれたエリスは、とても億劫な顔をしながらお休みの予定を語ってくれた。


「お見合いがあるんですよ」


「お見合い」


私は機械的にエリスの言葉を繰り返してから、少し詰まった。


エリスは良家の女の子なので、結婚のお話しが出る。

これは当然のことなのであるが、もしエリスが結婚することになったら、私の侍女を続けられるかは、わからないのだ。


気のつくエリスは、とても頼りがいがある。

私は手放したくないなと思ってしまった。


本当は「頑張って」とか、「いい人が見つかるといいね」とか、励ましてあげるべきなのだけど、私は複雑な顔になってしまう。


私が仏頂面をすると、それを見たエリスがにまーっと邪悪な笑みを浮かべた。

これを見ていたクラリッサが、慌てて二人の間に身体を入れる。

ウォール・クラリッサが、私とエリスの間に立ち塞がった。


「アリシア様、そんな顔をしちゃだめですよ。ほら、このエリスの顔。こいつ絶対に、見合い話を蹴っ飛ばす気ですよ」


「なら、クラリッサ姉さん、私のお見合い、代わって下さいよ」


「私は、交際中の相手がいるからだめよ。あと、まだ姉さんじゃない。考え中」


エリスは将来の結婚よりも、お仕事に興味があるみたいだ。

怒られてしまうかもしれないけど、それはとっても嬉しかった。


だがそれはそれとして、聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。


「クラリッサって、エリスのお姉さんなの? もしかしてブレアバルク家の隠し子?」


「いえ、違います。私、今、エリスから、ブレアバルク本家との養子縁組を勧められてるんですよ」


お疲れ気味のクラリッサの言葉に、エリスが力強く頷いた。


二人は仲が良いと思っていたけれど、そんな話になってたのか。

私はちょっと驚いた。


クラリッサは、実の両親とは良い関係にない。

母とは死別、父とは絶縁中だ。

そのあたりの事情を知ったエリスが、実家に働きかけて養子縁組の話を持ちかけたとのこと。


エリスは、自分のお見合いにはまるで興味が無いようで、クラリッサの養子縁組の事ばかり話し始めた。

姉さん姉さんと連呼されたクラリッサが、うんざりした顔でエリスの脱線を元に戻す。


「私の話は良いから。貴女はまず、自分の見合いをなんとかしなさいよ」


「そっちは時間の無駄ですって。そんなに気になるなら、みんなで来て、見ていってくださいよ」


私達は顔を見合わせた。

人様のお見合いをのぞき見するなんて、お行儀が悪いかもしれないけれど、大事な同僚の将来にも関わる話だ。

加えて私は、貴族の出なのにまっとうなお見合いを知らなかった。

故に、興味あった。


「エリスがそう言うなら、見に行くけど」


こうして私はエリスに誘われて、皆と一緒に彼女のお見合いを見学する事になったのである。



そしてお見合いの日。

エリスの前に、五人目の男性がやってきた。


きっちりと固めた栗毛の髪、所作もきびきびとして好感が持てる。

お相手はピシッとした身なりの青年だ。

なかなかに、格好良い男性であった。


彼は、対面したエリスと簡単な挨拶を交わし、緊張の面持ちで、勧められた席に腰を下ろす。

そして、椅子に座ったエリスが、眼鏡をきらんときらめかせ、最初の質問を放った。


「あなたと婚約することによって、私にどのようなメリットがあるのかお聞かせ願えますか」


相手の男性は、絶句した。


そしてエリスの横に座る私達は、ちょっと遠い目になった。


その日、私達は帝都にあるブレアバルク家の別荘で、お見合いと称した就職面接を見学していた。

エリスがお見合い会場として指定した客室の前には、今、お婿さん候補の男性達が、列を作って並んでいる。

それから、案内役の人たちが順番に、男性方をエリスの元へと案内し面接を行う。

ご両親から、「やり方は一任するから、会うだけは会うように」と申しつけられたエリスが、この企業面接みたいなやり方を採用したのである。


当然、会話など弾むはずもない。

五人目の男性とのお見合い(?)も、すぐにお開きとなった。


エリスが礼儀正しく一礼する。


「結果につきましては、また後日、書面にてご連絡させて頂きます。本日はありがとうございました」


相手の男性は、悄然とした面持ちでお部屋を退出していった。


その日はお昼の休憩を挟み、全部で十四名のお相手と、お見合いと称した面接を繰り返した。

効率だけは良かったが、これではとても成果は望めない。


中には、当然のごとく怒りだす男性もいた。


「貴女の無礼な行いについては、私の友人にも話させてもらう。覚悟しておいてもらいたい」


「ええ。是非そうして下さい。私もお断りする手間が省けますので」


憤慨する相手を、エリスは氷の様な目で眺めつつ、ばっさりと切り捨てた。


ひえぇ、私は内心、震え上がる。

エリスってば、実はおっかない女の子だったのだ。

絶対に怒らせないように気を付けないと。



面接初日の日程を終え、私達は、ブレアバルク宅にて供された暖かい夕食の席を囲んだ。

食事中の話題は、やっぱり、今日の面接会のことだ。

結局、今日会った全てのお相手には、お断りのお手紙も出すことになった。

当のエリスは涼しい顔をしていたが、私には心が痛む光景である。


男性から言い寄られるなんて素敵な経験、わたしには一度しか無かったからね。


「お相手の方、ちょっと可哀想だったね」


「私、トラウマを刺激されましたわ」


メアリが、昔を思い出して胃の辺りを撫でる。

彼女は、昔お勤め先を探すのに、とても苦労したらしい。

結局どこにも採用してもらえずに、メアリは泣く泣く、私アリシアのお側仕えになったのだ。

名ばかり侍女の実態が、お猿の飼育係であったことを思えば、紛れもない底辺職であったといえるだろう。


沈痛な面持ちの私達とは対照的に、エリスはあっけらかんとした様子である。


「政略結婚ですもの。しかも彼らは、私の家か、さもなければアリシア様が目当てです。であれば、きちんと私にとっての利益を説明して頂かないと困ります」


「エリスの言うことはもっともだけれど、お相手の気持ちもあるでしょう?」


「むしろ私の方が気分を損ねましたわ。あの人達、私の事を、何も調べてなかったんですのよ」


憤然と不満をぶちまけるエリスは、実はやり手の商人である。

彼女は、私のお世話だけでなく、ブレアバルク家の王国方面における交易でもその手腕を発揮した。

コネとネゴに関して言えば、エリスの能力は一流なのだ。


その辺りの事情を、今日会った男性達は全く関知していなかった。

お飾りの女の子扱いされたエリスのご機嫌は、大変に悪かった。


エリスお嬢様のご機嫌をとりつつも、主君アリシアは苦言を呈さずにはいられない。


「でも、このやり方じゃ、絶対にお相手なんて見つからないわ」


「なら独り身でも構いません。お金を稼いで、私のことを理解してくれる男性を自分で探します」


エリスの言葉にクラリッサが眉をあげる。

その口元には、悪い笑み。

何を言う気だ、クラリッサ。


「そんなこと言って、若い燕でも囲う気なのかしら?」


「男を養うぐらいなら、素敵なお姉様と同居のほうが良いですね」


この言葉に、やり返されたクラリッサがうっと詰まってほっぺを掻いた。

エリスはこう言っているのだ。

私にくっついてくるだけの男には、まったく、これっぽっちも興味はありません、と。


私は、美味しい鴨肉のローストを頬張りつつ思った。


これはいかん、と。



私は、食後、エリスを除いた全ての側近を召集した。


エリスの婚期について、明確な危機感を抱いたからだ。

あれは、完全に嫁ぎ遅れるパターンだ。


何しろ、私アリシアは、素材はそこそこ良いはずなのに、彼氏いない歴を、十七年間も貫き通した女なのだ。

ゆえに、もてない同類は、匂いでわかる。

エリスみたいな女の子は、周りがなんとかしてやらないと、お嫁に行けなくなってしまう危険性が大なのである。


しかし自由人の気質が強い私の側近達は、私のお節介に首をかしげた。


「本人があれで良いと言っているのですから、あまり口出しするのもどうかと思いますが」

「もっともな意見ね。でも、私が心配しているのは私自身のことよ」


私は頷きつつも補足する。


私自身の事というのは、私の評判の事では無論ない。

もし、エリスが男性を袖にしまくって悪評がたったとしても、私は全力で彼女を守る。

そのぐらいエリスには世話になっているし、私は彼女の事が好きなのだ。


今、私が心配しているのは五年後、十年後の人間関係のことである。


実は今、私と側近達は、なかなかのリア充集団なのだ。

私はジークと仲が良い。

メアリも、あまり表には出さないが、相方との仲は良好で最近は特に親密にしているらしい。

クラリッサもお相手がいて、王国にいるクローディアは、熱愛中のお相手がいる。

ステイシーはラブラブの既婚者だ。


そんな中で、ずっと独り身のエリスがいたらどうなるか。


絶対に気兼ねする。

間違いない。

私が独り身だったら気兼ねしてほしいもの。


だがそうなるとお局と化したエリスが、アンタッチャブルな存在になってしまう。

ある種の邪神像みたいに佇む彼女の前では、旦那さんや家族の話をできなくなってしまうのだ。

これは辛い。お互いに辛い。


私は決然と顔を上げる。


エリスにお嫁に行かれちゃうのは寂しいな、などと思っていたが、そういうことを問題にしている場合ではなかったのだ。

なんとかエリスに良いお相手を見つけて、みなで幸せにならねばならぬ。


以上の様な内容を、私が心を込めて力説すると、皆は顔を見合わせてから、楽しそうに笑顔を見せた。


「アリシア様が、私達と一緒に幸せになる気まんまんなのは、良いことだと思います」


それは、ご指摘の通りです、ステイシー。



では、エリスのお相手を探すとして、根本的なところについて確認する必要がある。

私は、一番気になっていることをエリスのお姉さん(仮)であるクラリッサに尋ねた。


「エリスって、男嫌いなの?」


今までの彼女の様子を見る限り、エリスが興味を持ったのは、私やクラリッサといった女の子ばかりなのだ。

逆に、イケメンであるはずの、ジークを筆頭とした男性陣には、これといった反応を示していない。


「いえ、それとはちょっと違います。エリスは、自由を求めてるというか独立心が強いんです。その分、異性に対して求める要素が、普通の女の子とはずれてまして」


流石はお姉ちゃんと言うべきか、クラリッサは詳しかった。


結婚したら、女の人は家庭に入るのが一般的だ。


私は結婚後の事も割と気楽に考えているが、それはお相手のジークが理解ある男性だからだろう。

女は子供を産んで育てるのが仕事だとか、俺を支えて前線に出るなとか、頭ごなしに言われたら、私だってちょっと嫌かもしれない。

私は、お嫁さん志望なので、旦那さんがきちんとお仕事してくれるならそれでもいいかな、とは思うけれど、違う考えがあるのも理解できるのである。


「それに男は、結婚後もかなり自由に振る舞えます。遊びにも仕事にも、裁量権は大きいですし。それが、納得いかないとは思ってるみたいですよ」


私は首を捻る。


「男性には、男性の苦労があると思うのだけど」


「エリスの立場からすれば、食い扶持は自分で稼げるわけで、縛られたくないという思いが強いみたいです。仕事も遊びも自由にさせてくれる相手か、そういう相手がいないなら独り身のほうが気楽でいいやって」


私は唸った。


エリス、なんという、新しい女だろうか。

これは、自由を愛する一部の女の子達から支持を集めそうだ。


とはいえ、そんな強気を言えてしまうのが、彼女の立場であり、ご実家ブレアバルク家の力であった。

それに、エリスは以前、婚約者と上手くいかなかったことがあった。

お相手から、ご実家の危機に助けてもらえなかったという経験もあって、男性に対して不信感があるのかもしれない。


「とはいえ、今のやり方だと絶対にうまくいかないわ。方法は改めないと」


メアリが挙手をした。


「面倒ですわね。もう、手頃な相手を見つけて、無理矢理にでもくっつけてみては如何です? 案外、付き合ってみれば相性が良いこともありますよ」


流石は、手頃な相手と付き合う前の段階で、ぱくりと食べられちゃった女だ。

発言が無責任極まりない。

たしかに、メアリが言うことにも一理あるけど、世の女の子全てがメアリみたいな適当な恋愛観をしているわけではない。

とりあえず無理矢理の線は、乙女アリシアとしては受け入れがたい。


やっぱり結ばれるなら好き合った相手同士の方が良い。

でもそのためには、エリスと相性が良さそうな男性を探さなければならない。


「エリスって、どんな男性が好きなのかしら」


「ある程度はわかります。エリスは私と好みのタイプが似てますし」


クラリッサは自立した女性で、自由を愛する心を持っている。

エリスも共感するところが大きいのだろう。


「まずは、何度も言いましたけど、相手に縛られるのが嫌みたいですね。交際中も結婚してからも、自由にさせてもらいたいと。それと養われるより、養いたいタイプみたいです」


そういえば、私はエリスから、ものすごい勢いで貢がれたことがあったっけ。

男装した私に、やたらと入れあげた挙げ句、エリスは身持ちを崩しかけていた。


私と同じ感想を抱いたメアリが、挙手したうえでズバリとそこをついた。


「アリシア様が男装されたときに、異様に興奮してましたけど、女性が好きなのでしょうか?」


この致命的なレズ疑惑、それは、完全に変態だ。

否定してくれクラリッサ。


「そういうことは無いと思います。ただ、女装した男性には、ちょっと興味があるみたいですね」


ごめん、別ベクトルで変態だった。


クラリッサはエリスに詳しくて、他にも色々と出てきた。

軍人のようにしっかりした規範意識がある人が良い。

ご飯を沢山食べる人が良い。

強くて、騎馬戦術が得意だと言うことはない。


だんだんと、皆の視線が私に集まってきて、怖くなった私は斜め下へと視線を逃がす。


私の筆頭侍女に対する見方が変わってしまいそうな情報を大量に得て、この日の会議はお開きとなった。



エリスのお相手探し、それは私にとってハードなミッションのように思われた。

ただでさえ人脈が少ない私は、小さな頭をうんうんと悩ませる。

ランズデール人を貴公子っぽく偽装して、エリスにあてがうしかないのだろうか。


だが、私の予想に反し、お相手候補はあっさりと見つかった。

自立した女性にも理解があって、誠実で優しい、そんな素敵な男性が私の近くにいたのである。


その男性の情報を持ってきてくれたのは、ジークであった。


「それはちょうど良かった。俺のところでも、相手を探していたところなのだ。クレメンス、ちょっと来い」


そして連れてこられたのは、ジークの近衛騎士クレメンスさんであった。


私は、彼のことを知っていた。

クレメンスさんは、いつもジークの側に控えているのだから当然だ。

涼しげな相貌で、近衛騎士でも上位に入る実力の持ち主である。

加えて人格も申し分ない。


でも、そんなクレメンスさんは、恋人募集中だったのか。

女性にも、もてそうな印象なのだけど。


「何分、仕事が仕事でして。出会いの機会にも恵まれず、困っているのです」


「なるほど」


クレメンスさんの言うとおり、たしかに近衛騎士は多忙な仕事だ。

しかも主である第一皇子ジークハルトは、世界中を飛び回る。

必然的に、行動を共にする近衛騎士も一所に留まることがむずかしいのだ。

私の側近と同じである。


私はクレメンスさんに、エリスがお相手を探していることについてお話しした。

クレメンスさんは、エリスの事も知っていて悪くない反応だ。


これは、いける。

私は嬉しくなった。

そして、わたしと同じく、いけると踏んだクラリッサがすかさず爆弾をぶち込んだ。


「エリスは女装した男性が好きみたいなんですけど、それもいけちゃったりしますかね?」


おぉい、クラリッサ!

変態趣味を暴露するのは、時期尚早だ。

これでドン引きされたらどうするのさ!


だがしかし、さすが近衛騎士は格が違った。

彼は、こともなげに言放った。


「女装ですか。構いませんよ」


「えっ」


私は目が点になった。

だって、女装なんて普通の男性は嫌がるはずだ。

ましてやクレメンスさんは、本物の騎士である。

「さすがは近衛騎士」なんて言っちゃったけれど、下手をしたら侮辱とも取られかねない発言だ。


そんな私達の非常識な申し出に、クレメンスさんは昔を思い出すような遠い目をして言った。


「自分の実家は、姉が三人に私一人の四人姉弟でしたからね。家庭内の地位は一番下でした。小さい頃は、よくお人形代わりにされましたよ」


「な、なるほど」


クレメンスさんは、今でこそ長身ですっきりした感じのお兄さんであるが、小さい頃はきっと可愛かっただろうな、と思われる童顔である。

そんな彼は、幼少のみぎり、お姉さん達に可愛がられた経験がおありなのだそうだ。

これは変態疑惑があるエリスとも、相性ばっちりなのではないだろうか。


「それで、ご要望とあれば女装もしますが、どうしますか」


クレメンスさんの目は、ちょっと据わっていたけれど、とても真剣だった。

これは迂闊な答えを返すわけには行くまい。


私は言った。


「女装でお願いします」


本当にすみません。

私の側近が変態で。よーく、言い聞かせておきますから、話だけでも聞いてやってはくれませんか。


私はぺこりと頭を下げて、エリスとのお見合いを依頼した。

クレメンスさんは鷹揚に頷いて、私達の申し出を受け入れた。


手早く話をまとめてから、私達はジークの部屋を後にする。

私の横にはクラリッサが歩いていた。


「女装でお見合いとか、大勝負の予感がしますね、アリシア様」


それはたしかにそうだけど、原因を作った自覚は、持っておいてね、クラリッサ。



そして、当日。

皇宮のお茶会室で、エリスとクレメンスさんはお見合いをした。


「あらためて、ご挨拶を。私、エリス・ブレアバルクと申します」


「クレメンス・ブルンナーです。最初に確認したいのですが、私の格好はご要望に沿えているでしょうか」


「ええ。とっても素敵ですわ」


エリスは満面の笑み。

その視線の先のクレメンスさんは、若草色のスレンダーなドレスを身に纏い、綺麗に刈り揃えた短髪の上には、なぜかフリルとリボンで飾り立てたカチューシャを載せていた。

なんでも彼のお姉様方が、頑張ってコーディネートしてくれたのだとか。


その容貌について、個人的な感想を述べるのは差し控えたい。

とりあえず変態エリスは、大喜びだ。

いつもよりもテンション高めで、クレメンスさんに答える声も一オクターブほど高くなっている。

そんなに好きだったのか、女装。


「マジで変態じゃねーか」


クラリッサは真顔で呟いた。


クレメンスさんは男の中の男だった。

堂々たる態度で、ドレスの裾をつまんでカーテシーを決め、エリスの前に着座する。

袖にゆれる邪魔なフリルを気にしながらも、淑女の礼を忘れない。


私は頭が上がらない。

こんな男気溢れる方に、よりにもよって女の格好をさせてしまうとは。


シックで落ち着いたデザインのドレスは、クレメンスさんの印象には良く合っていて、でも女物なので、まったく似合っていなかった。


だって、肩幅がひろすぎるんだもの……。


クレメンスさんの主であるジークも、彼の姿を笑ったりはしなかった。

むしろ自責の念に駆られたらしく、苦悩に満ちた表情で、その端整な顎に右手をそえる。

考える人っていうらしいね、この姿勢。


「奴は、あそこまで追い詰められていたのか……」


私は、そっと視線ををそらした。


クレメンスさんはジークの近衛騎士だ。

いつもジークの側にいる。

ゆえに、私達のいちゃいちゃを、見せつける格好になってしまったのだ。

私にもその自覚はあった。


ごめんなさい、クレメンスさん。


私は決意した。

このお見合いは、なんとしてでも成功させなくてはならないと。

とんでもなく非常識な始まりになってしまったが、素敵な男性に女物のドレスを着せて喜ぶ女を、なんとか受け入れてもらわなければならないのだ。


「無理だぁ!」


私は悲鳴を上げて、頬と耳を覆いながら大口を開け、何かを叫ぶポーズで固まった。


だがしかし。

このお見合いは、その見た目の異様さにもかかわらず、和やかな雰囲気のまま進んでいった。

自分の姿は見えないせいか、クレメンスさんはとっても自然体である。

彼は今、エリスと職場のあれこれについて、楽しく二人で語り合っている。

時として愚痴をこぼしつつも、仕事のやりがいを語るクレメンスさんは、近衛騎士の鑑であった。


私は二人の姿を見ているうちに、なんだか、あれが自然な姿な気さえしてきてしまった。

ごつい成人男性が、レースが盛られた薄手のロングスカートをはいていても、おかしいことはないんじゃないか。


私は、軍服姿のジークを見る。


いやいや、やっぱりおかしいよ。

男の人はが女装するのは変だ。


しかしエリスは、とても楽しそうだった。

終始、にこやかに二人は歓談し、ついにはお庭のお散歩などにも出かけていた。

クレメンスさんは、本物の勇者だ。

何のてらいも無く、人目のあるお庭へと出かけていった。


その後二人は連絡先なども交換し、ごくごく自然な流れで、彼らの交際は始まった。


お見合いは、うまくいったのである。


麗しき近衛騎士と美しい侍女の恋物語。

そんな二人の馴れ初めは、女装。


変態エリスの面目躍如だな。

ぐったりとうなだれるジークの横で、私は高く遠く天を仰いだのだった。



お見合いが終わってから、私はエリスを呼びつけた。

私は、エリスのことを、自由をもとめる格好いい女性だと考えていたのだが、ここへ来て全く逆の見方が浮上してきたのである。

今後の処遇を考える上でも、正確な事実を確認しておく必要があった。

故に私は、エリスに対し、この変態的な趣味について、詳しい説明を求めたのだ。


「エリス、今日の喜び様は、どういうことなのかしら?」


私に、じとっと三白眼を向けられたエリスは、慌てて謎の釈明をした。


「ち、違うんです! 私、隙のある男性の仕草が好きでなだけで、やましい気持ちがあるわけじゃないんです。女装とか、隙が多いじゃないですか。むしろ隙しかないじゃないですか。『しっかりした男性でも変なところがある』。そういうの、すごく可愛いと思うんですよね、ね?」


この時のエリス、めっちゃ早口である。

エリスはぎゅっと私の二の腕をつかむ。

私はそんな彼女に厳かに審判を下す。


「いや、私には、理解できないし、やましい気持ちしか感じないよ、エリス」


ギルティー、有罪です。


まっとうな淑女は、素敵な男性に女装なんてさせない。

私の中でエリスの評価は、有能変態侍女で固定された。

息子が生まれたら、この女には近づけぬよう気をつけねばなるまい。


私達の理解の及ばない趣味を持つこの女は、変態仲間を増やすべく熱弁を振るったが、当然賛同者はいなかった。



エリスはとんだ変態であったが、クレメンスさんとの相性はすこぶる良かった。

なんでもクレメンスさんが、いわゆる腹黒イケメンという奴なのだとか。

彼は、エリスに負けないくらいの変態だそうで、萎縮などもしなかった。

むしろ二人は、私やジークに秘密で、いろいろとやらかしているそうだ。

我慢するでも、させるでもなく、二人は楽しい関係を築けているようだった。


女装のお返しに、エリスは恥ずかしい格好をさせられたりもしているようで、時々もじもじしながらお仕事に励んでいた。


普通の格好に見えるのに、なぜ、エリスの顔は真っ赤なのか。

事情聴取にあたったクラリッサは、うわぁって顔をしながら笑い出す。

さてさて、どんな理由があったのか。

私も聞いてみたかったのだが、残念ながら「アリシア様は子供だから」と追い払われた。


でも、私だって、もうお母さんになるんだぞ。

私は、えっちなことにも興味があるので、今度、どうにかして聞き出してみたいと思う。


熟したリンゴみたいに赤くなるエリスを尻目に、クラリッサがにやにやと嫌らしく笑う。


「間違いなく、楽しんではいるようですよ」


「そうね。それは、間違いなさそうね」


恋愛の形は、人それぞれだ。

交際を始めたエリスは楽しそうで、なにより笑顔であった。

エリスのお見合い話は、人を心配させた挙げ句に変なところに着地してしまったが、二人が幸せならそれでいいかと私は思う。


目の前では、クラリッサがエリスに、意地悪くちょっかいをかけていた。


「ところで、この下はどうなっているのかな」


「もう、クラリッサ! お願いですから、止めてくださいませ!」


でももう少し、人目をはばかったほうがいいんじゃないかと、主人の私は思わんでもない。

じゃれる二人を眺めながら、私は一つ大きなため息をつく。


素敵なお相手ができたとしても、恥じらいと常識を忘てはいけないよ、エリス!

メアリ「同僚に変態しかいない」

ステイシー「それ、私の台詞ですわ」

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