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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
109/116

アリシアの新生活と皇子

作者はこの小説のメインテーマが恋愛であったことを思い出した。

アリシアは、帝国に来て変わった。

彼女は、緩みきっていた。

まるで、実家にいるかのようなくつろぎ様だ。


「毎日とても楽しいんです。本当にありがとう、ジーク」


アリシアが無邪気に笑う。


俺はそんな彼女の様子に大変満足した。

俺も頑張った甲斐があったというものだ。

アリシアの休日は、俺が三桁を超える陳情書を必死でやりくりした成果でもあった。


王国時代、彼女は女王として、国を統べる立場にあった。

周囲の人間は、彼女を支えるために助力を惜しまなかったが、それでも王としての責任は肩代わりできるものではない。

アリシアは、口にこそ出さなかったが、我慢するところもあったのではないかと思う。


だが帝国では違う。

アリシアは、女王ではなく、皇子の一婚約者に過ぎないのだ。

無論、彼女の立場に責任がないわけではないが、その多くは俺に付随するものである。

王国時代と比べて、彼女が背負う荷は、ずっと軽いものであった。


自由を手に入れたアリシアは、良く笑い、よく遊び、そしてよく食べた。


「理想の食っちゃ寝生活です」


キリリとした顔で本性を露わにする怠惰なアリシアだ。

すかさず彼女の侍女がたしなめる。

「子豚になりますわよ」と、諫言されたアリシアは、「もうすぐ親豚になるから大丈夫」と、言い返していた。


アリシア、俺は、親豚を嫁にもらうのには抵抗がある。

多少は、慎んでもられるとありがたい。


アリシアは、上は皇帝から、下は台所に詰める小間使いにまで、その存在を歓迎されていた。

戦場暮らしも長いアリシアは、待遇についてわがままを言わない。

結果、そんな彼女の有り様が慎み深いと勘違いされたのである。

いつもにこにこと機嫌の良い客人は、周囲にとっても癒やしであった。


だが、それとは関係無しに、皇后カートレーゼの歓待振りは異常だった。


特にアリシア到着の初日は、凄まじかった。

なにしろ、俺も当事者で、騒動に巻き込まれたのだ。

予想通りではあったが、それで気分が晴れる物ではないことをここで明言させてもらいたい。


実家に帰宅した俺が、挨拶もそこそこに皇后の元へと直行すると、彼女の部屋では、予想通りの光景が俺を待ち受けていた。

ようやく帝都に到着したアリシアの元へ突撃せんと、皇后が暴れていたのである。


「アリシアさんが来たのね。私もすぐ行くわ。こら、離しなさい、あなたたち!」


「母さん、待ってくれ」


やっぱりこうなったか。

普段は大人しい我が母が、今日は手足をばたつかせつつ、アクロバティックな挙動を見せていた。


母は、アリシアがからむとやたらと活動的になる。

侍女達のほっこりした顔を見る限り、周りの人間も楽しんでいるようだが、ほどほどにしておいたほうがいいだろう。


侍女に後ろから羽交い締めにされた母が、鼻息も荒く主張する。


「私は、アリシアさんのお義母さまなのよ。今すぐ会いに行きたいわ」


「明日には茶会がある。あと一日の辛抱だろう。もう少し落ち着いてくれ」


「嫌よ、待ちきれないわ!」


母は柳眉をつり上げ、諦めも悪くばたばたと暴れた。

母さん、人が変わりすぎだよ。

周囲の侍女と一緒に俺も笑った。



母は、初日こそ大騒ぎであったが、翌日の茶会では、お気に入りの嫁と心ゆくまで交流の時間を持てたようだ。

アリシアと別れ、私室に戻った母は、大満足の吐息を吐いていた。

父からは、「おまえばかりが仲良くなってずるいじゃないか」と、嫌みを言われたようだが、そんなものなどどこ吹く風だ。


茶会の後も、皇后カートレーゼは怪しい挙動を繰り返し、その都度アリシアを含めた周囲を楽しませていたた。


仲良くなった二人は、社交場にも顔を出すようになり、アリシアは、カートレーゼにぺたりとくっつくようになった。


アリシアは帝都に来ても、外に行くのを怖がっていた。

だが、口にする言葉とは裏腹に、本気で怖がる様子は無い。

俺に頼る様子がないのがその証拠だ。


それにアリシアの顔に書いてあるのだ。


「お義母さまと一緒にいたいなあ」


と。


アリシアに、母はいない。

根が人なつっこいアリシアは、口実を見つけては、カートレーゼを誘おうと頑張っているようだった。


そして我が母は、そういった心の機微に聡い。

一緒にいたいオーラを全開にして甘えてくる義娘の気持ちを、カートレーゼはがっつりと受け取めた。

受け止めきれず、その衝撃で鼻から出血もしていたようだ。

よくあることで、命に別状はない。

関係各位には目を瞑むってもらいたい。


母と一緒に出かける日のアリシアは、いつもご機嫌だった。


メアリは、「あんなに楽しそうにしているアリシア様を見るのは、三日ぶりぐらいですわ」と言っていた。

そういえば三日前にも、二人で夜会に出ていたな。


母は、アリシアのことをとても可愛がっていた。

なにしろ、彼女が産んだ子供は、全員そろって息子ばかりであった。

しかも、父に似て、皆、自立心の強い男に育ってしまう。


「甘えてくれる娘が欲しかったわね」


と母は、言っていた。

甘えてくれる娘を産むことはできなかったが、息子が甘えん坊の嫁を連れてきた格好だ。

それはもう、周囲が心配になるぐらいに、可愛がった。

もちろん、女王アリシアの果てしなく高い声望に、怯えていた反動もあったのだとは思う。


二人とも、その本質は控えめだ。

あまり甘えるとご迷惑になるわと、アリシアは言っていた。

あまり構うと嫌がられちゃうからと、母は言っていた。


結果、二人ともほどほどの距離感で付き合えているようだ。

周囲からは、ゼロ距離にも見えるのだが、ここは本人達の申告を信じるべきだろう。

母と嫁の仲が良く、俺も一安心であった。


時として、血のつながらない女同士の不仲は、後継者問題にまで影を落とす。


意外に深刻な問題を未然に回避して、俺は、父からも「良い嫁をもらったな」との言葉をもらった。

だが、その後「俺も仲良くなりたいんだが、どうしたらいい」と真剣な顔で相談されたのには、閉口した。


アリシアは、異性に対して、無意識の防御を固める癖がある。

あれには、俺も苦労させられた。

頑張って、突破してくれ我が父よ。

基本は食べ物で釣ると良いぞ。


アリシアの存在は、母を自由にもしてくれた。


皇后カートレーゼは、社交が苦手だった。

だがそれは、母の性格では無く、立場ゆえのことであったと俺は考えている。

母が外を出歩くことが少なかったのも、皇后として、つまらぬ瑕疵をとがめられるむようにという、用心故であったのだろう。


だが、アリシアが来て、母は変わった。

頼れる相手ができた母は、よく遊びにも出るようになり、避けていた社交場にも顔を出すようになる。

母は、仲の良い友人とも語らいの時間を持てるようになったことをとても喜んでいた。


アリシアは、自分がお義母さまに守られていると言う。

だが、彼女の存在が、母の助けにもなっていた。


今まで苦労してきた母を支えてくれるアリシアに、俺も父も感謝しているのだ。


遊び疲れた母と嫁が、間抜け面で居眠りする姿が、町中で目撃されたりもしていた。

帝国の威信(笑)と言う奴だから、皆、目こぼししてくれているようだ。



アリシアは、両親以外の家族とも上手くやっていた。


彼女と最初に知遇を得たのは、第一王女のエルザであった。


本名、エルザ・グリアノ・ミュンテフェーリング、俺の腹違いの妹だ。

第三夫人の娘で、おれの一家では長女にあたる。

今年二十二歳、アリシアにとっては、年上の義妹になる女だ。


エルザは、アリシア到着の日、侍女のふりをして、アリシアの出迎えに赴いていた。

彼女は、アリシアの人品を見定めると息巻いており、子飼いの侍女を連れて、アリシアを彼女の新居で待ち伏せたのである。


エルザは言っていた。


「兄さんは男だから、女の本性を知らないのよ。どんな娘かは、私がこの目で確かめます。侍女相手になら本性を現すでしょう」


アリシアと女の本性、これほど反発する二つの単語も珍しい。

相撲取りの過去を持つアリシアは、他にどんな素顔を隠しもっているのだろうか。

たしかに、気になる話であった。

実は竜の娘だったとか言われても、俺は驚かんぞ。


アリシアを虐めたりしないよう、エルザをたしなめはしたが、彼女がすることについては、好きにさせておくことにした。

アリシアは、目下の者に優しい娘だ。

まず、問題あるまい。


「アリシアは、単に戦争に強いだけで性格は臆病なのだ。あまりきつくあたるなよ」


俺の言葉は、いまいち要領を得なかったようで、エルザは首をかしげていた。


エルザは気が強い性格をしていて、俺や父親相手にも物怖じせずに言うことを言う。

だが、根は優しい。

正義感が強い彼女や彼女の母には、皇后カートレーゼもよく助けられていた。


やたらと口うるさいのが玉に瑕だが、悪い人間ではないし、アリシアに悪さは働かないだろう。


果たしてそんな俺の予想は正しかった。

その夜、エルザは俺のところに、クッションを抱えて戻ってきた。

憮然とした口ぶりで報告する。


「アリシアさんは可愛いかったわ。あと優しい女性ね。でも、ちょっと不安になるわ。可愛かったけど」


「そうか」


可愛いというのは、アリシアの振る舞いを見たのだろう。

二回言ったのは大事なことだからだろうな。

俺も心の底から同意する。


アリシアは普段の振る舞いが、少し子供っぽい。

戦場暮らしの長さ故か、世間一般の令嬢と比べ、所作が洗練されていないのだ。

あと、むさいおっさんばかりに囲まれていた可愛い物好きのアリシアは、おおよそ全ての女性向け製品に対し大変肯定的な反応を示す。

それが子供っぽく写ることもある。


普段まずい物しか食っていなかったせいで、なにを食っても美味いのだとか。

後にそのことをエルザに伝えたところ、ほろりと涙をこぼしていた。


また、アリシアを見ていて不安になるというのもうなずける。

アリシアは人見知りで、気の強そうな令嬢を前にするとやけにおどおどする。

相手は相手でアリシアに怖じ気づいていることが多いため、二人でおどおどすることになる。

見ていて飽きないので、俺はなにも言わずに放置している。


エルザは、手にした布の塊をもふもふとにぎりつつ、口を開く。


「侍女相手にもやたらと丁寧で、控えめ。しかも線が細いわ。あれでは周りから甘く見られてしまうわ」


「それは、慣れていないだけだ。大目に見てやってくれ。ところでそのクッションは何だ」


俺は、エルザがわしづかみにしている、上等なクッションを見とがめた。

つやつやとした光沢は、アリシア好みのシルク生地だ。


「ああ、これね。アリシアさんからもらったのよ」


なんでも、エリスの指揮のもと、侍女一同で、アリシア積年の夢のシルク風呂を準備したのだそうだ。

事前にエリスから、準備を依頼されていたらしい。


アリシアは、異常なほどのシルク好きだ。

そのアリシアは、シルク風呂なる歓迎に感激し、風呂に敷いていたクッションを侍女達全員に下賜したそうだ。


「私はたっぷり堪能したから、みなさんにもお裾分けです。どうもありがとう」


アリシアは大層喜んでいたとのこと。


上質な絹を使った布製品は、大変に高価な品だ。

遠慮する者もいたが、アリシアから、是非、持って行ってくれと言われたらしい。

侍女達は、大喜びでお持ち帰りしたそうで、自分だけ断るわけにも行かず、エルザももらってきたとのこと。


「いくらなんでも、目下に甘すぎる。それにアリシアさんの手元には、なにも残らなかったのよ。バスタブだけはカバー掛けて物置に放り込んどいたけど、残りは全部、周りに配っていたわ」


あれでいいのかしら。

アリシアを警戒していたエルザだが、あまりに世慣れないその様子に、かえって心配になったようだ。


以来、エルザはアリシアの元へ日参するようになる。

そして、この異母妹は俺が頼んでもいないのに、報告を持ってきた。


「アリシアさんが、優しくて可愛くて辛い」

「アリシアさんは、尊い」

「神よ……」


エルザよ、お前もか。


俺は卓に頬杖をつき、生暖かく跪いた異母妹を眺めやる。

日が進むに従い、俺の異母妹は、いつぞやに見た近衛騎士クラリッサの様な有様になっていく。

あるいは、アリシアは、自分を疑ってかかる女を籠絡するのが、得意なのかもしれない。


俺は、アリシアに脳をやられて楽しそうな妹に報告の続きを促した。


「もう少し、詳しく報告してくれ」


「ええ、兄さん。是非、聞いて頂戴」


我が意を得たりとばかりに、エルザは顔を輝かせる。

そして彼女は、天使アリシアの日常を語ってくれた。


このところのアリシアは、帝都の生活に馴染もうと頑張っているようだった。

今、暇なうちに準備を整えるのだと、張り切っているらしい。

借りてきた宮廷人の名鑑をにらみながら、名前を覚えようとうんうんと唸っている。

アリシアは、名前を覚えるのが苦手らしく、時々泣き言を言っては笑われているそうだ。


帝国の流行に興味があるらしく、話をしてやると、すごい勢いで食いつくらしい。

聞き役がいると張り切るのが世話好きの習性だ。

エルザはご機嫌で、帝都の文物について語っていた。


またエルザは、茶会の練習をしたいというアリシアのために、手を貸してもくれたようだ。


「アリシアさんも喜んでくれたわ」


と、エルザが胸を張る。


エルザは自分の伝手を使って、本物の令嬢を練習相手として召喚した。

アリシアには、彼女らを侍女として紹介し、それから全員でお茶会をしたそうだ。

呼び出された令嬢達は、侍女服でアリシアに挨拶した後、持ってきた私服に着替えなおして、練習と称した本物の茶会に臨んだのだとか。

まだるっこしいことをしている。

そして、無駄に楽しそうだ。


アリシアは、大層張り切った。

お茶を飲み、せっせとお菓子を頬張りつつも、あれやこれやと熱心に質問を繰り返して、持ち込んだ手記にその心得をかきとめた。

その真剣さが可愛いと、令嬢達は大興奮だ。

とくにぽりぽりと、一心不乱に焼き菓子を咀嚼する姿がたまらないらしい。


真剣なのは、勉強する姿ではなく、食事風景か。


「私、お茶会の経験がほとんどなくて。今日はありがとうございました」


反省会まで済ませてから、アリシアは頭を下げた。

経験不足の自覚が強いアリシアは、こういうとき、大変に素直である。


丁寧に礼をされて、令嬢達は鼻息も荒く拳を握った。


「アリシア様は、完璧です。どこへ出しても立派なレディですわ」


「私達がお守りいたします。いちゃもん付けるような輩は、踏み潰してやりましょう」


アリシアにほだされた令嬢達は、謎の安請け合いを繰り返した。

勘が良いアリシアは、彼女らが、ただの侍女では無いと気付いていたことだろう。

とても行儀が良かったとエルザは笑っていた。


アリシアは、身内ばかりになると、行儀が悪い。

エルザにもそういう姿を見せていると言うことだろう。


アリシアは、全ての義家族と仲が良かったわけではない。

俺の異母弟クラウスとはいざこざもあったし、一部には因縁も抱えていた。


その母である第二夫人が、妹を伴って挨拶に赴いた。

だが、アリシアは暖かく二人を迎えたそうだ。


「アリシア様が優しい人で良かった」


と妹は安堵していた。


「お二人が優しい人たちで良かった」


とアリシアも安堵していた。


総評として、アリシアは新しい家族とも馴染めているようだった。



順風満帆なアリシアの新生活であったが、多少のトラブルも引き起こした。

皇宮を守る近衛から、訴えがあったのだ。


「アリシア様が、邸宅に武装を運び込もうとされるのです。殿下からもお諫めください」


アリシアの邸宅は、皇帝も住まう宮殿の中にある。

皇子妃とはいえ、アリシアがその中で大きな武力を有するのは、たしかに問題にも見える。

彼女が武装蜂起すれば、皇族全ての命が危険にさらされるのだ。

近衛の人間が危惧するのも、もっともであった。


俺は、この報告にうなずき通達を出した。


「アリシアのすることは全て受け入れろ。俺が責任をとる」


近衛の人間は、瞠目した。


彼らは、納得しがたかったようだ。

近衛の隊長は、皇宮の防衛をかけて、アリシア一党と模擬戦なども行った。

そして、最終的にはアリシアの要望を全て汲むことで決着する。


「皇宮に、竜が住み着いたのだと思え」


俺は、そう通達を出した。

こと、戦闘に関する限り、アリシアを人の尺度で測るのは無意味だ。

守護者としてそこにあれば必ず守り通すだろう。

しかし、破壊者と化せば、必ずや滅ぼす。

武装の有無など大した問題にはならないのだ。

その気になれば、敵手から力尽くで奪うだけなのだから。


あるいは、彼女を在野の人間として、遠くに置くのであればまた話は違ったかもしれないが、もはやその道もない。

俺が嫁にすると決めたからな。


者ども、すまんな。

だが、最強の守護者でも。

むしろ喜んでもらいたい。


アリシアが武装を整えているのは、守護者たる竜が、その巣作りに鉄と布とをもとめているのに等しいのだ。

何をためらうことがある。

周囲の者どもは、謹んでその意にしたがうべきなのだ。


それになにより、アリシアを疑うことは無意味であった。

なぜって、彼女がその気になれば、俺の首などいつでもはね飛ばせるからだ。


足繁く、アリシアの住まいに通っていた。

俺の命が欲しければ、寝込みを襲えばいちころである。


今更多少の武装が増えたところで、その状況が変わるものではない。


アリシアが武器を持つ危険性よりも、有事に彼女が武装を整えるために時間を浪費することのほうが問題だ。

俺は、そう言って、周囲を説き伏せた。


「その辺りは任せる。良きに計らえ、ジークハルト」


物事をよく考えている父は、全く考えていないような口ぶりで、俺のやりように許可を出した。



俺は、その日、アリシアの元を訪ねた。

三日に一度の日課であった。

なにも制約を課さないと、昼も夜も入り浸りになってしまう自覚があるのだ。

故におのれを戒めた俺は、自らを律して、彼女の邸宅に渡るようにしていたのである。


その日もアリシアは戸口に立って俺を待っていた。

俺の姿を見つけたアリシアが、嬉しそうにその手を振る。


「お待ちしていました、ジーク。夕食にしましょう」


それからアリシアと楽しく食事をし、彼女の寝室へ移る。


寝室のアリシアは、積極的だ。

どうやら、彼女は夜行性らしい。

その本性を露わにしたアリシアは、よく俺に甘えてくる。


今、アリシアは身重だ。

故に、俺は気兼ねするところも多いのだが、彼女は、それが不満でもあり嬉しくもあると笑っていた。


「ジークはベッドの上だと紳士ですね。普段はあんなにエッチなのに」


「そういうアリシアは野獣であるな。普段は大人しいくせに」


えへへ。

既に開き直っているアリシアは、悪びれもしない。

この娘は、可愛く照れてみせれば、俺が黙ると知っているのだ。


悔しい。

でも、可愛いから許す。


まぁ、野獣といっても、アリシアは触れたり触れられたりが好きなだけだ。

撫でたりくすぐったりすればアリシアは喜ぶし、時には逆に俺をくすぐろうとぺたぺたと体を触ったりもする。

今も俺の手を捕まえて、撫でろ撫でろとせがんでいた。


長かった。


悪戯好きなアリシアが俺の手で遊ぶのに任せて、俺は感慨にふけった。


彼女を迎えるまでにかかった、足かけ四年の道のりに、俺は思いを馳せていた。


俺とアリシアは、初対面であばらを折られて以来の付き合いだ。

そのうち三年以上は、完全に俺の片思いである。

アリシア側は、俺を得物としか認識していない。

俺は、初回にぼろ負けして以来、アリシアを嫁にするぞと決意したが、戦場ではまったく歯が立たず、攫おうとすればするりと躱され、近くに招いても避けられてきた。

仲を深めるのは、本当に大変だったのだ。

そして、いざ彼女を近くに迎えてみても、今度は度重なる戦争が待ち受けていた。

俺たちは、蛮族と戦い、王国と戦い、ついでのように協商とまで戦った。

一体俺のどこが気に入ったのか、アリシアに好かれるのだけは早かったが、その道はとても平坦とは言いがたかった。


いろいろあった。

ありすぎた。

そして、アリシアとの仲が深まっても、俺の心にはいつも一抹の不安があった。

アリシアが逃げて行ってしまうのではないかという不安である。


例えば、女王になったアリシアは、その気になれば、俺を振ることができたのだ。


「あなたは、用済みです、ジークハルト。分かれましょう」


ぎゃあ。

俺は死んだ。


なんてことになったらどうしようかと、俺はずっと危惧していたのである。

被害妄想だと言われるかもしれないが、俺にとっては極めて深刻な問題だ。

笑いたくば、笑うがいい。

俺は至極真面目であるぞ。


そんな風にベッドの上で考え事にふける俺は、アリシアへの対応がおざなりになっていた。、

それをアリシアが見とがめる。


「どうしたんですか、ジーク」


「実はな、アリシアに、いつか捨てられるんじゃないかと心配だったのだ。その気になれば、アリシアは俺を袖に出来るからな。今はもう捕まえた気でいるから、物思いにふけっていたのだ」


俺のぼやきを聞いたアリシアは、きょとんとしてから、可笑しそうに笑い声を上げた。

自分でも、馬鹿な心配をしているという自覚はある。

だが、この手の心配事は、好いた相手がいる限り、いつまで経っても続くのだ。

惚れた弱みという奴である。


アリシアが俺の胸に頬を寄せる。

彼女の寝間着のひらひらが、俺の体をするりと撫でた。

今日のアリシアの寝間着は黒だ。

えろい。


「ジークでも、そういうことが心配になるんですね。私だけじゃ無くて安心しました」


「当たり前だ。心配にもなるさ」


俺はなるべく平静を装おうと頑張ったが、どうにも拗ねているような調子になってしまった。

ぶっきらぼうな言いように、アリシアが俺の胸元でクスクスと笑う。


うーむ。

アリシアの前では、いつまで経っても格好良くなれんなぁ。


「情けない男だろう。がっかりしたか? 正直に言ってくれても構わんぞ」


ここまで来れば、アリシアに逃げられたりはしない。

ある意味、もう安全だ。

俺は、包み隠さず本音を口にした。


アリシアは、俺のこの情けない告白を聞いて、ひとしきり笑っていた。

それから体をするりと俺の前に回り込ませるて、押し倒すような体勢で上になる。

俺は、彼女の体温をその細い腕から感じていた。


間近で見たアリシアは、柔らかく目を細めて微笑んでいた。

薄蔵闇の中で、彼女の顔は、少し上気していたように思う


「私は、今のジークが一番好き。大好きだよ、ジーク」


小さく呟いてから、アリシアは唇を引き結ぶ。

それから彼女は、照れ隠しのように唇を俺に押しつけた。

もぐもぐと頑張って俺の口元に唇を寄せ、舌を這わせる。


アリシアのキスは、いつまで経っても下手くそだ。

照れがあるせいだろう。


アリシアもその自覚があるようで、上手くいかぬと諦めると、ころりと横に転がった。

それから、アリシアは俺に背を向けて、くるんと小さく背を丸める。

シーツを胸元まで引き寄せたアリシアは、さっきの自分の告白に耳まで赤く染めていた。


そこで、照れるのか。


俺は彼女の体を抱き寄せた。


「アリシア、もう一度言ってくれないか」


「嫌です。恥ずかしいから、もう言いません」


アリシアが俺の腕の中でもぞもぞと首を振る。

長い髪が絡まりそうだ。


「そうか。それは残念だ」


記憶に焼き付けておくことにしよう。


しかし、アリシアに言わせるだけというのも、俺の沽券に関わるな。

俺は、拗ねた振りをするアリシアの耳元に顔を寄せた


「俺は、今までのアリシアも、今のアリシアも全部好きだぞ」


「ほんとに!?」


アリシアが振り返った。

目を輝かせて俺を見る。

いつものことながら、現金な娘だ。

大きく口元に弧を描き、アリシアは俺にお代わりをねだる。


「ジーク、もう一回言って」


「ああ、何度でも言うぞ。俺は、王国の女王と違って気前が良いからな」


それから、俺は何度も何度も可愛い可愛いとアリシアをおだてた。

アリシアは、最初こそ少し照れていたが、いつものようにすぐに慣れた。

飽きもせずもっともっととせがむので、代わりに対価を要求したところ、仕方ない風を装って俺の事も褒めてくれた。


いいぞ、アリシア。

男は、褒めておだてて育てるのだ。


俺をおだてていたアリシアは、きゅっとその手を握りしめ、俺の目を見てこう言った。


「私、ジークのことが大好きです。……それから、とっても幸せです。ありがとう」


そして、アリシアはきゃーともぎゃー聞こえる奇声をあげて、布団の下に潜り込んだ。

もう何も言わないぞという体勢だ。


今の告白が、アリシアの本心なのだろう。

俺は、アリシアの背中を撫でてから、静かに眠りについたのだった。


ここ最近のアリシアは、本当に幸せそうで、俺は大変に満足だった。



ところで、幸せいっぱいのアリシアは、俺にも素敵な魔法をかけてくれた。

結果、俺は、その日の晩、こんなところでは言えないような、とても素晴らしい夢を見た。

それだけなら良かったのだが、俺は男であったがために、それだけでは済まなかった。

俺がどうなったかを、ここで詳しく語ることはできない。

とにかく、酷い目に遭ったことだけは確かであった。


深夜、俺はのっそりと起き上がる。

俺の隣ではアリシアが、幸せな笑顔を浮かべながら静かな寝息を立てていた。

無邪気な寝顔の婚約者が、むにゃむにゃと寝言を口にする。


「ジーク、大好きぃ」


ああ、アリシア、俺もだ。

だから、朝起きたら覚えていろよ。


おれは帝国の第一皇子として、もうちょっとかっこ良くなりたいです。

クラリッサ「男子中学生かよ」

ジークハルト「……正直、辛抱たまりませんでした」

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