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戦姫アリシア物語  作者: mery/長門圭祐
花嫁アリシア
107/116

皇后陛下とわたし 前編

私は、帝都郊外の農園で、芋を掘っていた。

私の革手袋は土まみれで、脇には掘り出した芋が山積みになっている。

その日私は作業着に身を包み、明るいお天道様の下、楽しい農作業にいそしんでいた。


手袋を脱ぎ、裸の手で畑に触れる。

指先に感じるのは、懐かしい土の感触だ。

ランズデールでも、帝国でも、このしっとりと暖かい手触りは変わらない。

私はこの感じが好きだった。


私が手で土をひっくり返すと、にょろりとピンクの細い生き物が顔を出した。

ミミズさんである。


こんにちわ。

お騒がせしちゃってごめんなさい。


ミミズは土を豊かにしてくれる、とても大事な生き物なのだ。尊い。

ゆえに私達は、そんな彼らに敬意を払い、大切にしなければいけないのである。

私は、この細くてにゅるにゅるした大先生が危なくないように、土ごと小脇へのけておいた。


少し離れたところでは、皇后のカートレーゼお義母さまが、大地と格闘を続けている。

陛下も、私と似たり寄ったりの格好だ。

えっさえっさと土を掻き、うんしょと芋を掘り出した。

手にした収穫物の大きさに、お義母さまは顔を輝かせる。


「見て、アリシアさん! こんなに大きいのがとれたわ!」


お義母さまの手には、私の顔ぐらいある立派なお芋が握られていた。

不器用な陛下は、顔を、泥はねで汚しながら、それでも嬉しそうに声を弾ませている。

笑顔がまぶしい。

とても楽しそうである。


これだけでも、来て良かったと私は思う。

私もつられて笑みをこぼす。


「良いお芋ですわ。美味しそうです」


「ええ、いーっぱい取って帰りましょうね」


お義母さまはそう言って、意気揚々と芋掘りを再開する。

丁寧に編み込まれた金色の小さな頭が、畑の上でリズミカルに揺れていた。


空は抜けるような青空だ。

綺麗に晴れ上がった空の下、お義母さまも私も、ついでにお付きの人たちも、皆、そろって笑顔であった。


「すごい光景ですよね。この二人、皇后と第一皇子妃ですよ」


「言われてみればその通りね」


現状を端的に評したクラリッサは苦笑気味だ。

私も同意する。


なぜ、帝国で一番高貴な女が二人、帝都近くの農園で農作業に励むことになったのか。

事の発端は、皇后陛下の筋肉痛であった。



あのお茶会の日、お義母さまは、全力疾走した。

てけてけと大変に女性らしい走りを披露してくださった陛下であるが、あれが最大速力であったそうだ。

私は、かわいいなあと、気楽に眺めていた。


だが事態は、私が考えるよりも、よほど深刻であったのだ。

なんとその翌日、御年五十近くになるお義母さまの体を、激しい筋肉痛が襲ったのである。


「運動した次の日に筋肉痛が来るのは、体が若い証拠だから……」


そう言って強がるお義母さまであったが、相当に重症らしく、主治医からお部屋での静養を申し渡されていた。

筋肉痛で半休を取らされるとか、か弱いってレベルじゃ無い。

お義母さま付きの侍女の方も、「これほど、ひ弱だとは思わなかった」と呻いていた。


お見舞いに行った私も、びっくりである。

とても、田舎では生きていけない。


「すぐに良くなるわ。だから心配しないで」


そう言って、儚げに微笑むお義母さま。


さすがに筋肉痛で、人は死なない。

でも、ここまでか弱いと、日常生活にも差し障りが出そうである。

私は周囲に侍る人達と、顔を見合わせた。


実はというか、見た目通りというか、皇后陛下は大変な箱入り娘であった。

娘なんて歳じゃ無いと怒られてしまいそうなのだけど、とにかくお義母さまは大事に大事に扱われてきた女性なのだ。

しかも、お義母さまは、とても文化的な方で、自由な時間は、本を読んだり、詩を書いたり、音楽を聴いたりして過ごされるとか。

正真正銘、本物のお嬢様なのである。


裏手の森で猪を狩り、勝手に肉を焼いて食っていた、どこぞの公爵令嬢とは大変な違いだ。


うん? アリシア女王も、カートレーゼ陛下を見習ったほうがいいんじゃないかって?

余計なお世話だ、こんちくしょう。


そんな育ちが良いお義母さまであるが、体を動かすのは大変に苦手であった。

とにかく、辛くて苦しいのが嫌いらしい。

持久走など、見ているだけで嫌になるとのこと。

結果、お義母さまの生活は、お部屋の中で、ずーっと本を読んだり、ペンを動かしたりになってしまうのだそうだ。


先日ちょっと走った皇后陛下は、今、足と脇腹が痛くて動けないとベッドの上で呻いていた。


私と一緒に、お義母さまをお見舞いに来たお義父さまが言う。


「アリシア。折り入って頼みがあるのだが」


「はい、なんなりと。お義父さま」


お義父さまは、重々しく頷いた。

陛下は、お義母さまとも視線を交わし、言葉を続けた。


「カートレーゼは、普段からほとんど動かない。俺もそれで構わないと考えていたのだが、多少走った程度で身動きとれなくなってしまうのは、流石に不味い気がしてな」


お義母さまが言葉を継ぐ。


「それで体を動かすなら、アリシアさんに聞いてみたらどうかって。ジークハルトからもそう聞いたのよ」


ジークは、私のことをよく知っている。

あと、私の父ラベルに、事あるごとにしごかれていた。

ゆえに、ラベルの愛弟子ある私も、良い運動の先生であろうと考えたらしい。


なるほど、たしかにそのとおりである。

私は父ラベルの元で、兵達の教練にも取り組んできた。

経験も豊富であるし、自分のやり方にも自信があった。


でも私が鍛えてきたのは、殺しても二回ぐらいは死に損なうランズデール人だ。

か弱い皇后陛下を同じように扱うわけにはいかないだろう。


ちなみにジークも、体こそ大きいけれどインドア派だ。

体を動かすよりも、物を考えて過ごす方が好きなのだそうだ。

たぶん、お義母さまの血だ。

彼の趣味は、読書と政務とアリシアである。


……いや、一応、言い訳させてもらうと、最後の趣味については、本人の自己申告なのだ。

というか、趣味アリシアって、私に、なにを言わせるんだ。

たしかに、事実ではあるのだけども。


はい、話を戻します。


こんな経緯で、私は引きこもり気味のお義母さまの生活習慣を改善すべく、作戦を考えることになったのである。


好きな人に頼られたら、嫌とは言えないのがアリシアだ。

敵城西への単独潜入だって敢行しちゃう。


私は奮起して、一肌脱ぐことにした。

なんなら、パンツ一丁になってでも頑張る所存だ。


私アリシアは、体を動かすことにかけては、なかなかのものだと自負している。

自分の体を動かすのも好きだし、教えるのも得意だ。

父や軍のおっさん達からも、体の動かし方についてしっかりと指導を受けてきた。

例えば、走り一つとっても、すごいのだ。

ドレスを着てても、クラウチングスタートとか決めちゃう。

まさに韋駄天のごとき走りっぷりなのである。


でも、お義母さまは、こんな運動選手みたいな体さばきを求めているわけでは無い。

楽しく体を動かして、いい汗をかきたいそうなのだ。


お義母さまはおっしゃった。


「単に体を動かしているだけだと辛くって。体操も散歩も長続きしなかったのよ」


私はメアリと顔を見合わせる。


「これは、相当な運動嫌いですわね」


「ええ、メアリにお勉強教えるのと同じくらい難しそうだわ」


「全くです」


脳筋メアリは、悪びれもせずに頷いた。

自覚があるのは結構だけど、そこは否定するとこだよ、メアリ。


ぱっとは良い案が浮かばなかったので、私は、この課題をお部屋に持ち帰ることにした。

集まれ、私の仲間達。

仕事の時間だ。


少し考えたが、体を動かす計画をとにかく沢山出して、それを皇后陛下とお付きの方に選んでもらうことにした。

鍛えると言っても、どこまで陛下の体を追い込んで良いか、私にはわからないのだ。


そういえば、「追い込む」って言い方が、体育会系っぽいらしい。

あまり自覚はなく使っている。


「まず基本は、歩く、走る、跳ぶでしょうか」


「器具や遊具を使った運動もありますね。体操とか」


「乗馬などはどうでしょうか。体幹が鍛えられます」


「山登りなどもあります。ハイキングなら景色をみながら歩けそう」


色々と案が出てくる。

しかし、私からすると、どのアイデアも、いまいちありきたりな印象が拭えなかった。

思うにお義母さまは、その辺りの運動は全て試しているんじゃないだろうか。


「女子力とか、貴族っぽさを考慮しなければ、もっと他にもあるのではないかしら。もう少し、柔軟に考えてみない?」


私の言葉に、皆が考え込む。

心配そうな顔をしたメアリが、おずおずと挙手し、発言の許可をもとめた。


「しかし、皇后陛下に、お相撲をとってもらうわけにもいきませんし……」


「だれも、相撲なんて言ってないでしょ!」


私は即座に反論する。


この女は、いきなり何を言い出すのか。

私は、自由な発想で考えてみようと言いたいのだ。

誰も、皇后陛下と二人で並び、どすこいどすこいしようなんて言ってない。


メアリも当然それはわかっていて、にんまりと笑みを浮かべた。

皆もつられて私を見る。

私は真っ赤になって黙り込んだ。


お相撲が、女子力の対極にあるスポーツだということはわかっているんだ。

帝国で、その事を口にしないで欲しい。

黙っていれば、過去は記憶と共に風化するのだ。


だから、絶対に昔の私の姿をばらすんじゃねぇぞ……。

私は心の中でだけ、皆を恫喝した。


しかしまずいな。

私は側近達全員に、とんでもない弱みを握られていることになる。

特にメアリとか、これっぽちも信用できない。


私達は、時として非生産的な諍いを起こしつつも、議論を重ねてアイデアを出し合った。

それらを書き留めた紙片が、何枚も積み上がる。


私は侍女達を見回した。


「取り敢えず、数だけは用意出来たわね」


「絶対に選ばれそうにないのもありますけどね。木登りとか」


それは私の案だな。


木登りは面白いけれど、危ないから、お義母さまには向いていないだろう。

でも高いところから下を見下ろすのは楽しいよ。


私達は、この大量のアイデア群を、皇后陛下付きの皆さんにお渡しした。

お猿だった公爵令嬢アリシアと、その飼育係だったメアリの着眼点は、皇室のみなさんには無いものだろう。

ついでに、お猿の生態に興味を持ち、いろいろと勝手に調べていたエリスの意見も入っている。

全部で五十ぐらい出た。

これだけあれば、彼らにとって新鮮な発見もあるかもしれない。


田舎者や庶民の知恵も交えた、皇后陛下向けの運動不足解消案。

私からもたらされた沢山のアイデアを、楽しげに眺めていたお義母さまは、一つのプランに目を留めた。

皇后陛下が、そのアイデアに指をさす。


「農作業! これが面白そうだわ! ガーデニングは退屈で続かなかったけれど、食べ物を育てたりするのは楽しそう」


陛下のご所望は、農作業であった。

これをうけて、早速陛下の側近達は協議を開始した。


「果物の収穫は、梯子から落ちたりするから危ない」


「はさみも、手を切りそうだから渡せないわ」


「麦を刈るのもだめだ。鎌が危ない」


「種まきとか楽しくないだろ、カートレーゼ様はすぐに飽きるぞ」


「収穫するにも、キャベツの収穫じゃあ、つまらんだろう」


ダメ出しの嵐に、みるみる候補が減っていく。


「まるで小さい子供の扱いのようだ」


これは、ジークの言葉である。

でも、陛下のご遊行となると、まさにそんな感じだ。

危険が無くて、しかも楽しめる行事となれば、ほとんど子供向けの催し物と同じである。


そして、喧々諤々の議論の末、帝国が誇る最精鋭の侍従達によって選び抜かれた高貴なる遊びが、お披露目となる。

それが芋掘りであった。

インペリアル・スイートポテト・ディギング・エクスペディションである。

言い換えるとすごい強そう。


晩夏から秋の終わりまでが芋掘りのシーズンだ。

芋と言えば、秋から冬のイメージがあるが、あれは掘った芋をしばらく乾燥させるので出荷時期がずれるのだ。

夏の名残の中に感じる、涼しい秋風が心地よい今の季節は、お芋掘りの旬なのである。

以上、農民の豆知識でした。


実はいちご摘みという案も出たのだが、季節外れであったがために没になった。

残念ながら、いちごの旬は春なのだ。

いちごなら、もう少し、こう、お義母さまのふんわりとした雰囲気ともマッチしただろうに。

今が秋なのが惜しまれた。


なにはともあれ、皇后陛下のための健康増進プログラム第一弾。女王アリシアと行く帝都郊外芋掘り遠足が決定された。


この企画案について報告を受けたお義父さまは、とってもしょっぱい顔をした。

こういう時の陛下は、ジークとそっくりの顔になる。

しかめ面で眉間を押さえながら、お義父さまはおっしゃった。


「思うところがないわけではない。だが、あのカートレーゼでも楽しめる遊びとなると、そもそもの選択肢が限られてくるのもよーくわかる。やむを得ん。手間をかけ済まないが、アリシア、よろしく頼む」


「はい。お任せください、お義父さま。それに私の地元でも、芋掘りはこの季節の催し物として大変に人気でしたよ」


五、六歳の小さい子達にだけどね。


ちょっと格好は悪いけれど、私は皇后陛下に芋掘りを楽しんでもらえる自信があった。

芋は逃げないし、畑に行けば確実にゲットできる。

あと、穴掘りが意外と面白いのだ。

公爵令嬢アリシアは、犬が庭を穴だらけにする気持ちに共感できる。

きっとこの楽しさは、お義母さまにもわかってもらえると私は信じている。


アリシア様と一緒にしちゃ駄目ですよって顔で、メアリがこっちを見ているけれど私は気にしない。

私達は穴掘り母子を目指すのである。


芋掘り遠足については、ジークにも報告した。

お義母さまと一緒にお芋を堀に行くんですって言ったら、彼は大笑いしていた。

でも、一緒に行かないかと誘ったら、丁重にお断りされてしまった。

芋掘りする帝国第一皇子とか、絶対人気が出ると思うのだけど、残念である。


「是非、見たかったですね!」


と、クラリッサも笑っていた。

クラリッサは、ジークのお笑いシーンが大好きなのだ。

お義母さまは、そんな息子の話を聞いても「女だけで楽しんできましょ」と言って、笑っていた。



そして、私達は遠足当日を迎えた。


空はからっと晴れ上がった。

皆で作業着を着て、帝室の紋章が入った立派な馬車に乗り、がたごとと帝都郊外の芋畑まで出発する。

畑は完全に貸し切りの予定であった。


私とお義母さまの格好は、動きやすいブルマーだ。

ブルマーといっても、太ももが見えるやつじゃ無くて、膝丈のもんぺみたいな服である。

とても動きやすい。

自分の格好はよくわからないけれど、お義母さまが着ると、ちゃんと貴族女性っぽく見える。

活動的で、とても可愛かった。


広くて快適な馬車の中で、私がお義母さまをまじまじと眺めていると、こちらを見ているご本人と目が合った。

お義母さまが、ふんわり笑う。


「似合うかしら、アリシアさん」


「ええ、とってもお似合いです。お義母さま」


「ありがとう。アリシアさんも素敵よ」


褒められちゃった。



私達は無事、芋畑に到着した。


本日の私達は芋掘り用の完全武装で、手には絹の手袋の代わりに、がっしりした革手袋をつけている。

なんと裏地に起毛までしてある高級品である。


いつになく活動的なおもむきの装備品に、お義母さまは興奮して鼻息を荒くしていた。


「この装備なら、あの人にも勝てるかもしれない」


「あの人」っていうのは、おそらく皇帝陛下のことであろう。

残念だけど、その装備で皇帝陛下と戦うのは難しい気がします、お義母さま。


目の前に広がるお芋の畑は、広かった。

その一面の芋畑は、地上のツタの部分が取り払われて、畑の畝がむき出しになっている。

残された芋の茎だけがちょんちょんと覗く畑は、ちょっと殺風景でシュールであった。

このちょんちょんの下に、でっかい芋が隠れているのだ。

芋掘り犬がいたらまっしぐらである。


本日の芋掘り会場であるが、広さは五百歩四方ぐらいはあった。

私と皇后様二人では、三日かけても掘り切れなさそうな広大さだ。

あとは、芋を掘るばかり、皇后陛下をもてなすために、今日は至れり尽くせりであった。


「さあ、取りかかりましょうか、アリシアさん」


「ええ、お義母さま。私もゆっくり頑張りますね」


「そうね! そうして頂戴。無理はしちゃだめよ」


私の言葉に、お義母さまは嬉しそうに笑っていた。


私は、お腹に赤ちゃんがいる。

農家のおばちゃんは、臨月までがんがん働いていたりもするのだが、私はそこまで無理をする気も無い。

今は、膨らみがちょっと目立ってきた感じだ。

主治医のヘルマン先生によると、この時期の適度な運動は体にも良いとのこと。


「アリシア様の適度な運動が、どのくらいの運動量なのかわからない……」


これは、エリスの言葉だ。


「一般人の限界までが、適度な運動ですから、気にしないでも大丈夫ですよ」


と、メアリは失礼なことを言っていた。


今日は、運動が苦手なお義母さまにペースを合わせて、ゆっくりと作業する予定だ。

食うに困っているわけでも無い。

地元にいた時のように、農耕馬のように働く必要は無いのである。

お義母さまの隣に腰を落ち着けて、私は久々の土いじりを楽しむ事にした。


私は、既にお話ししたとおり農作業の経験がある。

実は地元では、私アリシアは耕運機であったのだ。

馬鍬とかがんがん、引っ張れちゃうのである。


単体で五馬力ぐらいの能力を発揮できる私は、芋畑を耕すときも大変に重宝された。

メアリと二人一緒だと、六馬力ぐらいになる。

二人で横に並び、うんしょ、うんしょと言いながら、地面の上のツタを引っ張って、取りのけたりもした。

パワフルな私達は、農家の方にも大変に歓迎され、お駄賃に、調理した芋やら肉やらをもらっていた。

私はそれを活動のためのエネルギーとして消費し、メアリは尻と胸に栄養として貯め込んだ。

結果、このような格差が生まれたわけだ。


手で畑の土をひとかきする。

土はやわらかかった。

そうして畝をごそっと削った私の手元に、お芋がごろんと一つころがってくる。

でかい。

良い芋だ。


「見て、メアリ。帝国のお芋よ」


「ええ、たしかにお芋ですね。でもまさか、お嫁入り先で芋を掘ることになるとは思いませんでした」


私達は芋を眺めて笑いあった。

住む場所が変わり、立場も偉くなったのに、私はなぜか畑に出て大きなお芋を掘っている。

それがなんだかおかしかった。


田舎者の私達と違って、お義母さまは農業初体験だ。

むき出しの畝を前に、緊張の面持ちでしゃがみ込み、私の手に握られた赤いお芋をじっと見つめている。


「私にも、お芋、取れるかしら」


「ええ、この土の下にお芋が埋まっていますよ。土をがばっと掘るのです。がばっと」


「がばっとね。やってみるわ!」


お義母さまは、とってもやる気だ。

心なしか、いつもの優しい雰囲気に、キリッとした物がにじんでいる。

形の良い眉毛を、りりしい角度で持ち上げて、陛下はお芋掘りに取りかかった。

頭にはちょっとおしゃれな頭巾をかぶっている。

その下から、丁寧に編み込んだ、綺麗な金髪が見えた。


お義母さまは、とっても美人だ。

綺麗な人は、どんなときでも気品を失わないのだなぁと、私はちょっとうらやましくなった。


お義母さまの小さな手が、ゆっくりと土をかき分けていく。

大丈夫かな、と見守っていたけれど、意外としっかりした手つきであった。

それにとても丁寧だ。

性格が出る。

私が本気で掘ると、犬が掘り散らかした後みたいになるのだが、そんなことも無い。


だんだんと崩されていく畝の山。

そして、お義母さまは、最初のお芋を探り当てた。


お義母さまが喜びに顔を輝かせる。


「あったわ、アリシアさん! これを掘れば良いのね」


手応えをつかんだらしく、そこからはなかなかの速度で掘り返していく。

芋掘り初心者としてはなかなかの手際だ。

将来性にもに期待が持てる。


それから土と格闘することしばし、とうとうお義母さまが一本のお芋を引っ張り出した。

すぽんと引き抜き、胸元まで引き上げる。

取れた芋は、なかなかの大きさであった。


「取れたわ。お芋って、こんなふうになっているのねぇ」


お義母さまは、お芋の実物を見るのも初めてらしく、それを持ち上げては、しげしげと眺め回していた。

記念すべきお義母さまの初芋は、長いけれど、少し細い。

お義母さまもその事が気になったらしく、自分と私の芋を見比べていた。

そして、対抗心がその目に宿る。


「私も、もっと大きいのが欲しいわ!」


「ええ、探せばもっと大物があると思いますよ」


一つ、芋を掘り出して自信が付いたのだろう。

そこから陛下は、猛然と土をひっくり返し始めた。


その速度は、私の出力の何分一ぐらいだろうか。

ゆっくりゆっくり広がっていく畑の穴を、お付きの人たちは、めっちゃ優しい目で見つめていた。

私も同じ気持ちだ。


陛下は、ずっと愛されてきたのだろうなぁ。

明るくて一生懸命な姿は、見ていて応援したくなる。

陛下は、やっぱり素敵な人で、立派な国母であった。


そんな人に芋を掘らせている私は、後で関係各所から怒られるかもしれない。

歴代皇帝の守護霊から、雷とか落とされたらどうしよう。

お怪我をさせたりはしないので、許してもらいたいと思う。


私は陛下を横目で見守りながら、自分の作業にもどることにした。


それから私と陛下は、一緒になってお芋を掘った。

大きいのも小さいのも、変な形のも、沢山のお芋がとれた。


うむ、これなんか、面白い形してるな。


見覚えがある形のお芋を手に、私はにんまりと笑う。

丸くて、先っぽが二股になったお芋である。


「見てください、お義母さま。このお芋、私の侍女のお尻にそっくりですよ。メアリ、貴女のお尻とどっちが大きいか、比べてみて頂戴」


「まぁ、アリシアさんったら」


お義母さまは、相好を崩した。

私のメアリを紹介しておきたいとおもったのだ。

良い感じの芋が掘れたので、ついでに見てもらったのである。


呼ばれたメアリは、つかつかと私の隣にやってきて、私にヒップアタックをたたき込んでから戻っていった。

ぼよんとやわらかい衝撃が、私の背中にぶつかる。

やっぱり、メアリのお尻の方が大きいな、と私は思った。

その分柔らかいけどね。


陛下は楽しそうに笑っていた。


「彼女とは、仲が良いのね」


「はい。メアリは、私のお母さんみたいな人なんです」


お日様が高くなるまで、私達は芋を掘り続け、それからお昼の時間になった。

サンドイッチを頬張りながらも、陛下の目はお芋の畑に釘付けだ。

実家の犬と同じ目をしている。

もしかしたら、穴掘りの楽しさに目覚めてくれたのかもしれない。


午後になってからも、お義母さまは夢中になって土を掘り、実に五十個以上のお芋を収穫した。

私の戦果も同じぐらいだ。

二人合わせたら、お義母さまの体重よりも重そうである。

メアリとは良い勝負だろう。


芋の小山を眺めながら、やりとげた達成感に、お義母さまは頬を赤く染めていた。


「沢山取れたわ、アリシアさん。これを焼いたりして食べるのね」


お義母さまは、採れたての芋を食べたいそうだ。

皇后陛下でも、お芋、食べるんだな。

私は変なところで感心した。


芋を一つ手に取る。

ランズデールの芋と見た目はほぼ同じだ。

なら、熟成のさせ方も一緒だろう。


「今食べても美味しいのですけど、このお芋はしばらくおくと、もっと美味しくなります。二月ぐらい倉庫に積んでおくと、余計なお水がとんで、さらに甘くなるんですよ」


「どうせなら甘い方がいいわ。そうしましょう。……それにしても、アリシアさんは、本当に物知りなのね。すごいわ」


お義母さまに褒められて、私は満更でも無い。

皇后陛下公認、物知りアリシアである。

実際は、農家の知恵なのだけどね。


陛下のお言葉でもあるし、掘った芋を食べるのはまた今度だ。

お日様はまだ高いけれど、お芋を沢山掘った私達は、帝都へと撤収することにした。


帰りの馬車の中、お気に入りのでっかいお芋を、陛下はぎゅっと抱きしめていた。


「あの人をびっくりさせてやるんだから」


そう意気込む、皇后陛下である。

お芋の遠足に行き、お母さんに戦利品を自慢する子供と発想が同じだ。


お義母さまはお疲れのご様子で、しばらくすると馬車の中には静かな寝息が漏れはじめた。

陛下が楽しんでくれて良かったな。

ありきたりではあるけれど、私はそんなことを私は思ったのだった。


アリシア「表の顔」

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