39、二人の身分
辺境伯との話が終わったあと、四人は街を出て平野へと繰り出していた。
浄化に向かうのは明日。その前にレアが身体を動かしたいとお願いをしたからだ。ベルドとウルはレアの提案を了承し、人気の少ない場所へと連れ出した。
そこは小高い丘のような場所。北を見るとトライトの街が見える。その南に広がる果物畑からは、大きな叫び声が聞こえてきた。
それ以外聞こえてくるのは頬を撫でる風の音くらいだ。本当に人がいない穴場なのだろう。
「僕たちは帝国貴族の生まれだ」
そこに響くベルドの声。彼は今までとは違う落ち着きのある声で話を続ける。
「僕は公爵家三男、ウルは子爵家の次男として生まれた。まあ、僕が今冒険者をしているのは、お家騒動に巻き込まれそうだったから……というのと、自由に動ける冒険者の仕事が気に入っていたから、かな」
ミナとレアはベルドの言葉に納得した。王国だって聖女が追い出されているのだ。王侯貴族のお家騒動があってもおかしくない。
「まあ、貴族なら色々あっても仕方ないだろうな」
「うんうん、お貴族様って大変だよねぇ」
ベルドも詳細は言いたくなさそうだし、それ以上突っ込んで聞くのをやめようと思った二人。王侯貴族のあれやこれや裏の話なんて、そもそも聞きたくない。
それはレアも同じだったようだ。彼女はいきなり立ち上がって、ベルドの後ろに佇んでいたウルに声をかけた。
「それより、私、ウルさんと手合わせしたいです!」
満面の笑みで言うレアに、ベルドとウルはポカンと口を開ける。根掘り葉掘り聞かれるのでは、と覚悟していたのだろうが……まさかレアから「それより」なんて言われるとは思わなかったようだ。
ベルドは声をあげて笑う。その声は今までと違って……どこか吹っ切れたような声色のように聞こえるのは、ミナの気のせいだろうか。
「……ああ、いいだろう」
ベルドの笑い声で正気を取り戻したウルは、レアと肩を並べて歩いていく。楽しそうにウルと話しているレアを見て、ミナは少しだけ心に靄が掛かっていく。
それがレアを取られるのではないか、という嫉妬だということに、彼女はまだ気づいていなかった。
目の前では大剣を構えたレアと、盾と剣を構えたウルが睨み合っている。そんな二人をじっと見つめていたミナへと、ベルドは声を掛けてきた。
「……驚かないんだね」
「まあ、なんとなくそんな雰囲気は感じていた」
粗雑に見えるけれど、要所要所で美しい所作や言葉遣いが見られた。それにウルがベルドを呼ぶ前に、一瞬躊躇う時がある。それも二人には主従関係があるのでは、と思うきっかけになった。
表情には出ていなかったが、これでもミナは驚いていたのだ。
「流石に公爵家の三男なのは驚いたが」
多分伯爵家かそこらだろう、と考えていたミナだったので、まさかベルドの実家が公爵家だとは……流石に思っていなかった。そのため、最初に聞いた時は僅かではあるが目を見開いていたのだ。
「え、本当に?」
「ああ」
ミナは目の前の二人の対戦を見ながら同意する。
見合っていたレアとウルだったが、先に動いたのはレアだ。彼女は剣を両手で構えてから、そのまま走り出す。彼女は左側に腰を捻りながら大剣を腰の勢いのまま、左から右へと思い切り振る。
一方でウルは右手に持っていた盾でその攻撃を受けた。盾と剣のぶつかった金属音が周囲に鳴り響く。レアとウルの攻防はこう着状態に陥った後、レアが反動を利用して後ろへ飛んだ。
あれは心から楽しんでいる笑顔だ、とミナは思った。ウルの表情も普段と比べて明るいような気がする。
二人の訓練を楽しく見ていたミナは、ふと静かになったベルドへと顔を向けた。隣に座っていた彼もミナと同様に、二人の戦闘を眺めていたのだが……その表情には暗い影が差しているように見える。
ミナが顔を見ていたことに気がついたのか、ベルドが彼女の方へと身体を向けたので、視線が交わった。先ほどの面影なく、普段見せるような貼り付けた笑みを見せる彼。ミナはしばらく彼の顔を覗き込んでから、二人の戦闘へと視線を戻した。
ミナにそっぽを向かれたと思ったベルドは、肩を小さくすくめた。その後、遠くで笑いながら訓練をしている二人に集中しようと視線を送ったのだが――
「なあ、ベルドさんは何故無理をしているんだ?」
ミナのその言葉に、ベルドの胸の鼓動を大きく鳴らした。彼は勢いよく彼女を見るが、ミナの視線は戦っている二人を捉えている。
まるで世間話をするかのように切り出された会話。けれども、その会話はベルドの核心をついていた。だからこそ、彼は無防備のまま……彼女の疑問に答えなくてはならなかった。
冷静を装いながら、いつもの軽薄な軽口で返そうとする。だが、唇から漏れるのは空気だけ。気づけば唇だけでなく、指先までもが拭いきれない不安定な心を現しているかのように、小刻みに震えていた。
「……どうしてそう思ったんだい?」
本当はベルドは「そんなことないよ」と言って会話を終わらせるつもりだった。けれども、やっとこさっとこ口にできたのは、ミナに訊ねる言葉だけ。ミナがこの事実に気がついた、という喜び……一方で彼女の前で曝け出したくない、という葛藤。そんなふたつの想いがベルドの中で、渦巻いていた。




