36、一波乱起こる前触れ?
「簡単に終わったね!」
「ああ、少々拍子抜けした……」
ベルドとウルの二人と別れて十分ほどで、二人の民籍登録は終了した。
あれだけ警戒していた自分がまるで滑稽だ、と言わんばかりに肩透かしを食らったミナは、先ほどからずっと口が半開きである。
行ったことは三つだけ。
まずは係員の指示でギルドカードを提出。そしてその後水晶玉に手を乗せる。もちろん、水晶玉は赤色に光ることなく、青い光をたたえていた。どうやら、青い光は問題ないという判断のようだ。
そして最後に必要事項を紙に記入し、登録という形で終わった。一応名前を書く欄があったのだけれど、そこは本名であるエルミナとアストレアという名前を入れておく。
最後にその紙を係員に渡して、終了とのことだった。
呆然としているミナの様子を見て、ベルドは満面の笑みだ。
「ね、言った通りだったでしょ?」
「ああ。逆にあんなに簡単でいいのか……?」
あまりにも登録が簡単だったからか、思わず口から本音がこぼれてしまったミナ。その言葉に最初は目をまたたかせていたベルドだったが、声を上げて笑った。
「ああ、今回はギルドカードがあったから工程が少なかったんだよ。もしギルドカードを作っていなかったら、もっと根掘り葉掘り聞かれていたかもしれないね」
どうやら、ギルドカードには今までの依頼の情報が入っているのだとか。それを読み取れば、カードの持ち主がどんな人柄なのか、ある程度見抜けるという。
「特に帝国は冒険者を誘致しているところもあるからねぇ。比較的、冒険者は色々優遇されていると思うよ?」
「それが我々にはありがたかったな」
これでミナとレアも晴れて帝国国民だ。次の街からは通行料を支払わなくても問題ない。それ以外にも民籍を持っていると、様々な施設を無料で使用できたりするのだとか。
ベルドから話を聞きながら、まず四人は今日の宿を探した。
そこから一週間ほど。四人はギルドで討伐依頼を何度か受けていた。
この街は以前の街と比べて、とにかく討伐依頼が多い。それは人の手の付いていない森や山脈が近くにあるからだ、と聞いてはいたのだが……。
「それにしては討伐依頼が多いと私は思うのだが、これが普通なのか?」
依頼掲示板を見ていたミナはベルドたちに訊ねる。王国に比べて帝国の依頼量は本当に多い。これが通常通りなのであるならば、帝国が冒険者を優遇するのもわかる気がする。
そんなことをミナは思っていたのだが……ベルドとウルは考え込んでいた。
「ウル、以前来た時はどうだったか覚えてる?」
「そうですね……俺が覚えている限り、ここまでは多くなかったかと……」
ベルドはウルの回答を聞いて、腕を組んで考察を始めたようだ。何気ない一言ではあったが、どうやら彼女の言葉が頭に引っかかったようだ。彼はミナに断りを入れてから、受付へと向かう。そして、そこで仕事をしていた職員へと声を掛けた。
「仕事中すまない。討伐依頼が多い気がするのだけど……実際どうなのかな?」
彼が訊ねると、その女性は「少々お待ちくださいませ」と告げて、一冊の本をベルドの前に差し出した。そして該当箇所を指差しながら、話し始めた。
「そうですね。ベルド様の仰る通り、現在魔物の出現率が多くなっております。ギルド長が一週間ほど前にそのことに気がつきまして、原因を調査しているところでございます」
「やはり異常が?」
「……この数字を見る限り、まだ異常とまでは言い切れませんが……それに近い数字になりつつあります」
「そうか……教えてくれてありがとう!」
ギルド職員に感謝を告げたベルドは、背を向けて窓口を後にする。話を聞いた彼の口元は、笑みがたたえられているけれども、それがミナの目には、貼り付けられたような……不自然なものに映っていた。
何か一波乱来るかもしれない、そう彼女の聖女としての勘が頭の中で警鐘を鳴らす。ミナは隣にいるレアへと視線を送ると、彼女もベルドの様子から何かを感じとっているのか、目を細めて彼を見つめていた。
この日から三日後。
討伐依頼から帰ってきた四人が受付へと戻ると、どことなくギルド内が慌ただしい。ギルド職員も仕事をしてはいるのだが、どこか上の空……というよりも何かを気にしているような様子だった。
窓口へ向かって依頼表を受理してもらう。
四人が窓口の前を去ろうと背を向けると、後ろからギルド職員が声を掛けてきた。
「ベルド様、ウル様。大変申し訳ございません。今からお時間をいただけますでしょうか?」
「良いけど……何があったのか、教えてもらえるのかな?」
「私の口からは、お伝えできかねます」
口を一文字に閉じるギルド職員を見て、ミナは上から口止めをされているのだろう、と判断する。不必要なことを大勢の冒険者の前で告げて終えば、それは噂となってしまう。きっと下手に周囲を刺激したくないのだろう。
ミナとレアは、ベルドがどう答えるかに注目していた。彼は目を瞑って何かを考え込んでいるようだ。そしてしばらくして、考えがまとまったのか……職員に向けて話し始めた。
「時間を取るのは良いけど、僕とウルだけじゃなくて、彼女たちも同行するのが条件だね」
「私たちもいいのか?」
先ほどギルド職員の言葉には、二人の名前はなかった。だから、ベルドとウルの二人宛なのかと思っていたのだ。思わずミナが声を出して訊ねたが、レアも彼女と同じことを思っていたようで、首を縦に振っている。
「いや、だって仲間じゃないか。二人には僕たちも助けられているからっていうのもあるし……」
そう話してからベルドはミナとレアの間へ進んでくる。
一歩、また一歩進んでくるベルドから、ミナは目を離せなかった。気づけば後一歩で身体がぶつかりそうな距離まで詰められている。
そして右足を踏み出し、ミナとレアの間に踏み込んだベルドは、顔を心なしかミナの耳の近くに寄せてくる。彼の行動にミナの肩が小さく跳ねた。
――彼女は異性との距離がここまで近いのは初めてだったのだ。
何が起こるのかわからないまま、ミナの身体はまるで氷のように固まっている。するとミナの耳に入ってきたのは、鼓膜を直接震わせるようなベルドの声だった。
「なんとなく、普通の依頼じゃないと思うから……君たちが必要な気がして。勘だけど」




