35、色々優遇されるらしい
「いや、別に何もしていないが?」
まるで人が変わったように丁寧に話し出すベルド。全く思い当たる節のないミナは首を傾げてそう告げる。けれども、それでも何かしらの誤解は解けないらしく、彼の表情は硬い。心なしか呼吸も少し荒く、速くなっているような――
心配の言葉をミナとレアが掛けようとしたのだが、その前に意を決したのかベルドが口を開いた。
「ならさっきからどうして僕をじっと見ているのでしょうか……?」
「あ、すまない。先ほどのことを考えていたんだ」
あらぬ勘違いをさせてしまっていたことに気がついたミナは、ベルドに通行料の話を告げる。すると、彼は納得したのか、首を縦に振って相槌を打っていた。
ミナの言葉を聞いて、レアも同意の声を上げる。
「やっぱりミナもそう思ってたよね? 私もなんでかなーって思ってた」
「僕たちは普段から払っていなかったから、取られること自体を忘れていたよ! あれ、ウル。どうして僕らは無料なんだっけ?」
「帝国民だからでしょう」
そう言って、ウルは首に下げているギルドカードをミナとレアの間に差し出した。そして名前の右側を指差す。そこには、盾と一本の剣が描かれている。その印の意味が分からなかった二人は、顔を上げてウルを見ると、彼は目を瞑って頷いてから教えてくれた。
「これはノクスフェルド帝国の紋章だ。帝国民として登録した者にはこの印がつく」
「もしかして、さっきの門番さんはこのマークを見て判断してたの?」
「そうだ。これは緑級以上の冒険者だけに有効な制度だ」
彼の言葉に二人は耳を疑った。
どうやら特殊な制度らしい。何故そのような制度があるのか、と疑問に思っていると、ウルが答えてくれた。彼曰く、帝国は聖女が少ないがために、瘴気に侵される魔物が多く発生してしまう。
他国よりも出現する頻度が高い魔物を頻繁に倒さなくてはならない。それが冒険者の仕事のひとつだ。
そのため冒険者の価値が他国よりも高い。そんな彼らが移動しやすいようにとのことで、街へ入場する際、帝国民であり、かつ緑級冒険者以上は金銭を無料にしているのだとか。
ミナとレアがウルの説明に理解を示していると、彼の話が終わった頃を見計らって、ベルドがこちらへと現れた。そして……。
「せっかくなら、二人とも帝国の民籍登録してみる?」
「「へっ」」
また驚きに声がそろってしまう二人。いや、ベルドたちには言っていないが……ミナとレアは他国から追い出されてこの街に来ている。
そんな自分たちができるのだろうか、とミナが訊ねると「多分できる」とベルドから答えが返ってくる。試してみる価値はあるかもしれない、と思ったミナは彼に聞いてみる。
「どうしたら登録ができるんだ? もしかしてギルドでできるとかだろうか?」
「いや、民籍はギルドではできないよ。ちょっと待っててね……あ、あった。あそこだ」
彼が指差した先には、大聖堂……ではなく、その隣にある中規模の建物があった。一目見ただけでは、住居のようにしか見えない質素な建物だ。
「あの場所は典籍院のトライト出張所と呼ばれているところだよ。あそこでできるはずだ」
「民籍は領主がいる街でしか登録できない。民籍にはまず領主の印が必要だからな」
「だから、この街にはテンセキイン? ってところがあるんだねぇ〜」
レアは二人の話を聞いて理解できたようだ。
感心しながらも、目は遠くにある典籍院の建物に釘付けだった。二人もすでに緑級冒険者だ。民籍が取れるのであれば、ここで取ってしまいたいと思う。
だって、そうしたら他の街の通行料も無料になるのだから、願ったり叶ったりである。
「典籍院で民籍を登録するには、まず透明な球の上に手をかざすんだ。その球は犯罪歴を調査するもので、過去に犯罪に手を染めてしまった人は赤く光る仕組みになっているね。赤く光った者は取り調べを受けて、問題がないと判断されれば民籍にも載せられるけれど……まあ、君たちは大丈夫だろうと思うけどね」
「……そう思う」
ベルドとウルの言葉を嬉しく思う反面、内心「追い出されているからな……」と思う二人。でも、罪を犯したことはないから問題ないはずだ……いや、冤罪は掛けられたが。
悪い意味で心臓の音が大きく、速くなっていく。もし……万が一……登録できないなんてことがあったら、根掘り葉掘り聞かれてしまうなんてことも――
「まあ、もし何かあっても僕たちが間に入れば問題ないでしょ?」
「……そうだな」
そう言って眉間に皺を寄せて考え込んでいるミナに、笑いながら告げるベルド。その様子を見て彼女は思う……この男、只者じゃないな、と。そもそも茶級冒険者ならまだしも、いかにそこに近いとはいえ……紫級冒険者でギルド長とあれだけ親しいことなどあるのだろうか、と。
それに話を聞いていれば、民籍というのは領主権限がなければ、登録できない仕組みとなっているはずだ。そこに介入できるとなると、それだけの権力がある、ということにならないだろうか。
ミナはこちらを向いて笑うベルドをじっと見つめた。どうやら彼もミナの様子に気が付いたらしく、こちらに向けて片目をつぶった。その軽薄な動きを見て、ミナは考えを改める。少し……いや、だいぶ彼のことを考えるのが、億劫になってきたからだ。
「……早まったか……」
思わず口を突いた言葉をベルドが聞いていたようだ。そして不思議そうにこちらを見ているので、ミナは何でもないことを告げる。そんな会話を交わしているうちに、いつの間にか目の前には典籍院のある建物へと辿り着いていた。
そこでミナは気がつく。先ほどまでの不安がなくなっていたことに。澱んでいた水が川の流れに押し出されたかのように、ミナの胸騒ぎもいつの間にかベルドとの会話で押し流されていたようだ。
無意識に勢いよくベルドへと顔を向けたミナ。そんな彼女の見たベルドの顔は先ほどと同じ笑みだった。
「……ありがとう」
彼女は小さな声で呟いてから、レアと共に建物へと足を踏み入れる。ベルドはそんな彼女の言葉が聞こえたかどうかはわからないが、まるで二人の背中を押すかのように満面の笑みで手を振っていた。




