33、最後の夜
そこから用事があるベルドとウルと別れた二人は、配膳の仕事に勤しんでいた。
今日も店舗が落ち着き、上がろうとしたところで現れたのはベルドとウルだ。二人の表情は硬く、険しい。そんな二人を訝しげにミナが席へ案内する。モリーはベルドたちの姿を見ると、すぐにエールを用意していた。それをレアが二人の前に置くと、その音で二人は我に返ったようだ。
そして注文を聞こうとしていたミナに、眉間に皺を深く刻んだベルドが、普段よりも数段低い声で話しかけた。
「すまない、この後時間があるだろうか?」
「……ああ。店が落ち着いているので、そろそろ上がる予定だった」
「ここでいいので、話を聞いてくれないか?」
表情を曇らせるバルドの雰囲気に呑まれそうになるミナ。けれども、深刻な話なのだろうと気を持ち直した。
「わかった。上がったら一緒に食事も兼ねて話を聞こう」
「すまない」
悪い話でなければいいのだが……とミナはこの時思っていた。
「ほんっとうに申し訳ない!!」
先ほどから勢いよく頭を下げるベルドと、いたたまれないのか縮こまっているウル。一方で話を聞いていたミナとレアは、口をポカンと開けて二人を見つめていた。
あれだけ苦渋の色を見せていたのだ。てっきり、パーティ解散してくれ! くらいの質量なのかなと思っていたのだが……。
「次の街に行かなくてはならなくて……」
と言われたのだ。
あまりの落差に二人とも目が点になる。
「それで……悩んでいたのか?」
「え、あ、だって今ここで配膳の仕事もしているだろう? だから、もう少しこの街に居たいのかな……と思って……」
言葉尻がどんどん小さくなっていくベルドに、ミナとレアは目をしばたたかせながら顔を見合わせる。どうやら色々と悩んだ結果、深刻に考えすぎていたらしい。
だが裏を返せば、ベルドたちはそれだけ二人のことを考えてくれているということだ。ありがたいことである。
「そこまで考えてくれて嬉しい。だが、私たちも新人とはいえ冒険者だ。そして二人の仲間だ。だから着いていくぞ」
ミナの言葉を聞いて、あっさり許可を得た二人は呆気に取られていた。まさかこんなに簡単に了承が出るとは思わなかった、と言わんばかりの表情だ。
レアも満面の笑みで頷いた後、何かに思い至ったように目を見開いた。
「あ、でも……ここを急に辞めることになっちゃうから申し訳ない――」
「いいんだよ! 行ってきな!」
レアが「モリーに聞こう」と言う前に、横からモリーの声が響き渡った。彼女はバーレイ・ティーを四人分テーブルの上に置いた後、ニヤリと笑う。
「冒険者はそういうものだろう? アタシからすれば、武器を購入したら辞めるのかと思っていたから、続けることに驚いていたぐらいだからね!」
「え、そうだったのですか?」
「そうさ、だって最初の勧誘がソコだったからね!」
レアとミナはモリーに言われて、戸惑った。
確かに最初は武器防具を購入するために配膳仕事を請け負ったことを思い出す。しかし、今では生活の日課の一つとなっていたからか、辞めるという選択肢が頭に無かったのかもしれない。
それに以前防具を購入した際、お金が足りなかったこともあり、残りを後で支払うとしていたことも一因だろう。ただし、その件に関してはベルドたちと協力して捕縛した人攫いの臨時収入もあって、全て支払い終えていた。
モリーは右手の皿をテーブルに置いた後、腰に手を当てて胸を張る。
「二人のお陰でこの店は繁盛したじゃないか。それだけで十分さ。それに、元々四人の拠点がこの街ではないのは知っているからね! 別れは必然さ。ただし、明日まではやってくれるね?」
「もちろん!」
レアは一番に彼女へと言葉を返す。ミナも満足げな表情で何度も頷いていた。その様子を見たモリーは悪巧みでも考えていそうな笑みを二人に見せる。
「それなら、明日はアンタたちのお別れ会だよ! 今から準備しなくちゃねっ!」
そう言って楽しそうに厨房へと入っていくモリー。そんな彼女の背中を見て、ミナたち二人は働けたのがこの店で良かった……と心から思っていた。
翌日、隣街へ行くための準備を行うため依頼は休む。
まずモリーから借りた部屋を綺麗にしてお返しした。今日だけは併設されている宿の部屋で休もうと思ったからだ。
最初は彼女に宿のお金も要らないと言われたけれど、固辞した。最後くらい、お世話になった彼女にお金を支払いたいと思ったからだ。それが微々たるものであっても。
ギルド長のドレイク、副ギルド長のメラニル……そして武器防具屋のガルド・ガルロ兄弟にも挨拶をする。そして旅支度のために買い物を終えたあと、二人はいつものように配膳仕事を始めた。
――二人の配膳仕事は今日が最後だ。
そんな話が街中を駆け巡ったらしい。店は今までにないほどの大盛況を見せていた。隅では二人の様子を見にテーブルでのんびりと食事をしていたベルドとウルが、他の冒険者たちに小突かれている。
女性冒険者の中には、涙を流しながら別れを惜しむ者たちもいた。そして、皆が一様に同じ言葉をかけてくれる。
「またこの街に来てね」
レアとミナはその言葉に、毎回律儀に頷いた。二人もまた来たい、と思うからだ。
二人の出会い。それだけでも運命だと感じていたけれど……この街に来て、これだけ受け入れられたのも運命だったのかもしれない。
ミナとレアは、追放されてから今までの全ての出会いに感謝しながら、最後の配膳仕事を楽しそうに行っていた。




