練習品完成
薄くした板金をコツコツと叩いてUの字に湾曲した形に整える。同じように計3つ加工したが、長さがそれぞれ違う。ちょっと長いのと、中くらいのと、短めの奴だ。
それぞれの端に向き合うように小さな穴を開ける。こいつは実際の製品にはしないので、釘で適当に開けてバリも取らない。
反対側の端は少し尖らせる。この出っ張りを穴にはめて、そこを関節にするのだ。
その作業で使うのは、いつも使っている鎚ではなく、この工房に置いてはあったが、なかなか使う機会に恵まれなかった小さな鎚である。
「ううーん」
俺は唸った。
「どうしました? 上手くいかないんですか?」
「いや、上手くいかないということはないんだが」
作業そのものに不安はないし、上手くいっている。実際加工したものを見ても、どこにも不具合はない。
ただ……
「今まで結構豪快に叩いてたから、勝手が違うなぁと」
「ああ。親方は細工もしてましたけど、鎚は同じでしたもんね」
そうなのだ。ちょっとした彫金を施したりもしたが、そのときに使った鎚はいつものと同じやつである。
今回はそれとは鎚が違うので、違和感が少しある。出来には全く影響していないのがありがたい。
「まだ老眼でなくてよかった……」
「ろうがん?」
「なんでもない。こっちの話」
前の世界のままだったら、きっとこの作業は老眼に悩まされながらになっていたに違いない。30歳とはいっても、若返らせてもらっておいて助かったな……。
3つを組み合わせて、カタカタと動かす。なかなかスムーズだ。これは籠手の指先部分……のようなものである。
指先はすぼまってないし、誰の身体に合わせたわけでも無いからやたらデカい。いかにアンネの身体が大きいと言っても、この大きさではブカブカで全く役に立つまい。
いや、「全く」というのは若干嘘かも知れない。なぜなら、
「よっ」
俺は軽く気合いを入れてナイフをそいつに振り下ろした。大抵のものなら、いとも簡単に切り裂いてしまうその刃は、籠手のようなものの上でピタリと止まった。
お互いに傷も付いていないので、この状況を見るとあたかも俺が単にナイフの刃をあてがっているだけにしか見えなさそうだ。
俺のナイフが止まるなら、大抵の武器では傷も付くまい。リディの里にあるはずのミスリルの剣でも持ってこないことには。
つまり、現状でもこのわずかな範囲を守るだけなら役には立つ。どんなシチュエーションならそうなるのかはさっぱり分からないが。
肉を見たときのルーシーもかくやというほど目を輝かせてリケが言った。
「はー。親方は防具を作っても凄いんですね」
「いや、うん。どうだろうな」
弟子の賞賛に対して、この世界でただ1人真実を知っている俺は言葉を濁す。リケはそれを謙遜と受け取ったようで、興味は練習品のほうに移していた。
「この出来なら全体を作っても凄いものが出来ると思いますよ」
「そうかな?」
「ええ。不肖ながらもわたくしが保証します」
「リケが保証してくれるんなら安心だな」
俺とリケは笑い合った。これでリケに防具についても教えられるなら、モリッツ工房の将来も安泰だろう。
その日の夕食時、アンネにカミロやカテリナさんから今日聞いたことのあらましを伝えておいた。王国内の動きについては今のところ伏せてある。「まだ正確な情報は掴めていないので、もうしばらくは滞在してもらう」という話までである。
「すみません、ご迷惑をおかけします」
「いえ、お気になさらず」
幸い、うちには鍛冶屋に似つかわしくない蓄えがある。一生食べていけるかと言うと少々怪しいが、しばらく食い扶持が1人増えるくらいなら、どうということもない。
夕食の席上では、サーミャが翌日狩りに出ると宣言した。ディアナ、ヘレンはもちろん、リディも同行を申し出る。なんだかんだ体を動かす方が好きみたいなんだよな、リディ。
折角なので、アンネも連れて行ってもらうように俺からお願いする。“黒の森”の詳細を帝国の人間に知られることのリスクは勿論あるが、皇女殿下1人が覚えていたところでなぁ、と言ったところである。
こうして、状況の行き先はともかく、この日の夕食を楽しく終えられた俺たちは、早々に床についたのだった。




