帝国の町1
ハリエットさんの言うとおり、道中で野盗のたぐいに襲われることはなかった。
今、街道を行く俺たちには、堂々とした壁が見える。あそこに町があるのだろう。
エイムール伯爵が治める街とは違い、ここから見る限りでは「壁外市」のようなものはないらしい。胸壁も見えるし、多少の軍勢は跳ね返してしまいそうだ。
以前に帝国へ潜入したときは、途中の町には寄らずに野宿で済ませ、目的の町に直接向かったから、あの町に入るのは初めてのはずだ。
馬車が近づいていくと、壁はいよいよその威容を表し始める。俺が受けたイメージの通りというか、矢狭間や物見櫓まで備え付けてあるようだ。
ここからではよく分からないが、近づけばきっと背丸角石――主には攻城戦で使う梯子をかけられないようにするためのもの――も見えるんじゃないだろうか。
国境から近いこともあってか、かなり防御を重視したものであるらしいことが窺える。
まあ、チートとインストールが教えてくれている部分も多々あるのだが。
馬車が町の門に近づく。門はやはり、どこかしら城や砦といった趣のあるものだった。
門のところにいた衛兵さんが近寄ってきて、ヴィクトリアさんが懐から紙を出して渡した。
衛兵さんは紙を見てから俺たちをジロリと見た後、ヴィクトリアさんに紙を返し、ぶっきらぼうな口調で一言、
「通ってよし」
とだけ言って、入ることを許可してくれた。
荷物を検めなかったところを見ると、紙に書いてあることが功を奏したのだろうと思うが、何を書いてあるのかは知らないほうが良いんだろうな。
俺たちを乗せた馬車は、開けられた門から町の中に入っていく。壁の厚さは2mくらいもあるだろうか。かなり頑丈そうだ。
俺がさっきから壁を見てキョロキョロしているからだろう、ハリエットさんが静かな声で、
「不思議ですか?」
と聞いてきた。俺は頷く。
「ここまで防御できるような壁を町に作ってあるのは珍しいなと思いまして」
素直に思ったことを伝えると、ハリエットさんの雰囲気が少し柔らかくなり、答えてくれた。
「ああ、それはこの町が元々砦だったからでしょうね」
「そうなんですか?」
「ええ」
今度はハリエットさんが頷いて続ける。
「元々は王国との戦があった場合に備えて、ここに大きな砦を構えたそうなんですが、大きな戦は長いことありませんし、街道沿いにあるので人々の行き来も多く、それならばと最低限の兵だけ置いて、町にしたそうです。勿論、父上ではなく、もっと前の皇帝閣下が、ですが」
「へえ」
俺は感心した声を上げた。
そうして顔を上げてみると、町の反対側の壁が見えた。町の規模としてはそう大きくないらしい。
しかし、砦としてはかなりの規模になるだろう。何人駐屯させるつもりだったのやら。
王国に向けての防衛施設としてはデカすぎる気もするが、このあたりは専門でもないし、色々勘ぐって勘気に触れるのもよろしくないので、そこは黙っておくか。
「規模はあまり大きくありませんので、宿も2つのみです」
ハリエットさんが言ってから、アネットさんを見やる。
「もちろん、『清掃』ずみですので、ご安心を」
「それは助かります」
アネットさんはそう言ってニッコリと微笑む。俺はその笑顔にヒヤッとするものを感じながら、
「あ、そこの角を右ですー」
「はぁい」
とのんびり馬車を動かすヴィクトリアさんとカテリナさんを見やるのだった。




