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悪魔召喚術 第二話

「おい、みんな聞いたか、この若造が降霊術をやるってよ。見た目は地味なのに、なかなか面白いやつだぞ。少し相手をしてやろうじゃないか」


 テラスという若い投資家は歳もさほど変わらないこの青年を、天から見下すようにそう叫んだ。それを聞くと他の観客たちは空気を読んで大いに笑った。悪魔などというものは、幼児の頃に見せられた絵本か、映画やアニメの中にしか見たことのない人種である。聴衆のこの冷たい反応は、もっともだった。


「では、さっそく取り掛かろうと思います」


 マーズ青年はそうのたまうと、両手を胸の前で組み、目をつぶり、低い声で何やら呪文を唱え始めた。その様子を見ると、ゲストや聴衆たちの笑い声はどんどんと大きくなっていった。青年が真面目にやればやるほど、ゲストたちにはひどく滑稽に見えてきた。やがて、部屋中の人間が彼を嘲り笑うようになっていった。青年の降霊術が始まってから十分が経ち、ニ十分が経っても、その場には何ら変化は起きず、場の雰囲気はどんどんと気まずいものになっていった。


「おい、もうやめておけよ、今謝れば許してやるぞ」


「もう、バカなことはやめたまえ。それほど意地を張ってどうする。それとも、ひと言謝罪して頭を下げることさえできないというのかね?」


「この人、本当に悪魔なんて呼び出せると思っているの? ちょっと、おかしいんじゃないかしら……」


 始めは興味深く見守っていた観客たちも、次第にあきれ顔に変わっていった。着飾った女性陣は、どうせ、つまらない腹話術でも見せられるのだろうと予見していたのだが、マーズ青年は目を閉じて何やら唸っているだけで、その最低限の兆候すら見えてこなかった。


「私の召喚術は失敗したことがありませんので……」


 マーズ青年は少し苦し気な表情になりながらも、そのように説明したが、周囲からの非難はさらに大きくなっていった。その場の全員が誠意の見られない彼の態度を強く非難した。ある者は天井に向けて叫び声をあげた。感情を抑えきれずに大きく地団太を踏む者もいた。


「こんなつまらない芸に意地張って……、バカみたい……、ふふふ、くっふふふ……」


 若い女性たちは笑いが収まらず、身体に力が入らぬように、そのまま床に倒れ伏した。寝っ転がりながらも、こらえきれないように大声で笑っていた。参加者のすべてが顔を大きく歪めながら大笑いしていた。


「お前が悪魔なんて呼び出せるはずないんだよ!」


「おい、さっさと謝れよ! そうすれば生かして家に帰してやるぞ」


「召喚に失敗したなら、お前が責任を取れと言ってるんだよ!」


「さあ、謝れ! 謝れ! さっさと謝れ!」


 呪文を唱え始めてから一時間も経った頃、周囲の参加者たちはついに堪忍袋の緒が切れたのか、青年の髪の毛を引っ張り、殴りつけ始めた。ジング氏は怒りの余り、居間の中央に置かれていたマホガニー製のテーブルを思いっきり蹴り飛ばした。普段の大人しい彼の姿からは想像もできぬ変貌ぶりだった。他の参加者もその乱暴な振る舞いを真似し始めた。人間らしからぬ叫び声が辺りに響き渡り、参加者たちの暴力によって、部屋の高級家具は次々と破壊されていった……。


「もう少しです……、もう少しでここに悪魔が現れます……」


 マーズ青年は苦しそうに顔を歪めながら、まだ、そのようなことを呟いていた。


「お前は召喚に失敗したんだよ、早く謝れって言ってるだろう!」


 体内のどこから出てきたのかも分からないような声色で、ジング氏はそのように叫んだ。すでに正気は失われていた。彼はマーズ青年の首を自慢の腕力で絞め始めた。女性たちは目を血走らせながら、ワインのグラスを壁に投げつけ、大声で何かわめき、激しく手を叩いて男性陣の暴力沙汰をはやし立てていた。彼らはマーズ青年に向かって拳を振り下ろすたびに、自分たちを縛り付けていた法や道徳の鎖が、一本ずつ断ち切られていくような快楽に酔いしれていた。その瞬間、部屋を満たしていたのは、富の香りではなく、古びた錆と、剥き出しの悪意の臭気であった。参加者ゲストたちは、互いにシャツの襟元を掴み合い、人語ではない言語を用いながら、大声で罵り合っていた。力尽きた者は次々と失神していった。このおぞましい騒ぎを止められる者は、すでにいなかった。


 執念のなせる業であろうが、床に倒れている青年は最後まで呪文を口ずさむのをやめようとはしなかった。その場にいた客たちによる暴力はさらに激しくなっていく。全員がマーズ青年の顔を殴りつけ、蹴り飛ばし、何度も床に這いつくばらせ、その顔を踏みにじった。


「今です、今まさに悪魔が召喚されました……」


 青年は断末魔の最後にそのようなことを呟いた。誰もその言葉を聞いてはいなかった。この頃にはもう、人間としての能力のすべてを失っていた。全員が暴力に夢中になっていた。黒いタキシードは引き裂かれ、高級なカフスボタンが床を転がった。最終的には四本の鋭い刃物が青年の身体に突き刺さっていた。多くの者が人間外の言葉を叫びつつ壁を殴りつけていた。台所の油さしに火を注ぐ狂人も現れた。部屋の内部はすぐに火炎で包まれた。それまで積み上げてきた虚飾のすべてが、火炎の中に溶け落ちていった。次の獲物を探して、窓の外に向かって吠えている者もいた。すでに参加者同士の殺し合いも始まっていた。暴力沙汰はどこまでも加速していた。部屋の内部にはもう、通常の人間は一人も残っていなかった。マーズ青年はこの夜の来客たちの暴力行為によって、あえなく殺害された。しかし、彼は悪魔の召喚には成功したわけだ……。


 最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。本作の他にも、鏡の向こう側の世界や逃れられない宿命を描いた短編をいくつか公開しております。もしよろしければ、別の物語の扉も叩いていただけたなら幸いです。

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