悪魔召喚術 第一話
これはパリスから南東に三十キロほどの地点にある、ウォードリィの街での出来事である。その夜、この街の高級ホテルの一室を借り切って、個人投資家たちの定例のパーティーが行われていた。彼らがこのような豪奢なパーティーを開くために、何かの理由や出来事は必要なかった。投資家とは孤独な職業である。重要な指標が発表される日は、丸一日家に閉じ籠ることもある。人間は自由を持て余していても、孤独においては生きていけない。社会との繋がりは必須である。自分の感情を平静に保つためにも、同業の他人との会合は欠かせないものだった。ただ、彼ら投資家にとって、世界とはモニターの中で明滅する数字の羅列に過ぎなかった。そこには血の通った人間も、汗の匂いも存在しない。何億ドルという富を築きながら、彼らの手は常に清潔で、そして驚くほど冷たかった。
名をさらに上げて、あるいは投資に失敗して落ちぶれて、こういった会合に顔を出さなくなった者もいるが、それにしても、今夜のパーティーはそこそこに盛り上がっていた。主催のジング氏は、株式の投資によって莫大な富を手にしていたが、まだ三十代の恰幅のよい若者である。彼はここ数年の株価の大幅な値上がりにより、すでに二千万ドルもの金融資産を手に入れていた。その功績により新聞や雑誌で毎日のように取り上げられ、投資の成功者として世間に名が知られるようになっていた。しかしながら、今年に入ってからは、電力会社の株の急激な値下がりなどで、すでに五十万ドルほど負けてしまっていた。しかしながら、彼はその大きな負けを周囲に隠したりはしなかった。それを公表することで、かえって笑いの種にしているくらいだった。株の負けは他人との話題のひとつに変えてしまえばいいとさえ考えていた。自分の投資の負けを他人に隠したり、必要以上に落ち込んで自宅に引き籠ってしまうと、かえって他人たちの嘲笑に遭う気がしていたからだった。
「先生、ぜひ、お酒を注がせてください……」
「ありがとう、貴方の呼びかけだから、喜んで参加させて頂きましたよ……。おっとっと……」
「先週、ランカンの峠で大きな列車事故があったでしょう? 百人以上も亡くなって……、さすがにあれは衝撃でしたね……」
「まあ、何ごとも運命ですからね……。我々人間は生きている限り、どんな最悪の事態にも遭遇し兼ねません。事故列車に乗っていた方々には大変申し訳ないが……」
「あれで船舶関係の株が天井知らずに上がりましたからね……」
「そう、株で儲けるのはね、意外と簡単でしてね……。将来的には必ず右上がりになるわけだから、下がってきたら、とにかく優良銘柄を買い込んでおくことですよね……」
「先生、その優良銘柄というのを、今夜ぜひ……」
このパーティーの参加者は全部で十数名ほどだった。皆、成功者でありながら、儲けなどは度外視で、ジング氏の明るい人格に魅かれて集まっているようなものだった。このメンバーの中には、若いながらもすでに億万長者となっており、投資界隈では『神様』と呼ばれている者も数人含まれていた。参加者に含まれる若い女性が二人いたが、彼女らは投資自体は初心者であるが、その美しい外観によって、この栄誉あるパーティーに綺麗どころとして呼ばれていた。若さと美しさはどの業界においても常に武器になる。豪華な料理の中には各自が持ち寄ったお土産も含まれていた。皆、上品に酒を飲み、成功者との対話を楽しみ、並べられた料理には舌鼓をうった。ジング氏は愛想よく振る舞いながら、ゲストの人々のグラスにシャトーの高級ワインをついで回った。
「ギゲツさん、今度、値上がりする銘柄をぜひとも教えてくださいよ、いいでしょう?」
「テラスさん、また高級車を一台買ったんですって? いったい、何台持ってるんですか。その車にぜひ、乗せてくださいよ。お願いしますね」
「キャピーちゃん、もっとギゲツさんの傍に寄りなよ。写真を何枚か撮ってあげよう。いい記念になるよ」
ジング氏の主催としての立ち回りは、とても慣れていてスムーズである。参加者はストレスを感じることもなく、皆満足そうにしていた。彼はこのような良い意味での会合を開くことには非常に慣れていた。今回も笑い声の絶えない明るく賑やかなパーティーとなった。しかし、今夜の参加者の中には、ひとりだけ身の丈に合わない、地味な人物が混じっていたことを、ここで告白せねばなるまい。マーズ青年という痩せた色白い若者は所在なく、自分でもなぜここに呼ばれたか分からぬような表情をして、居間の隅にてうつむきながらひとりで佇んでいた。そのような存在が人目につかないわけはなかった。やがて、ジング氏は彼の近くに寄っていき話しかけた。
「君のような者を、この場に呼んだ覚えはないが、結果的にここに来ているということは、ゲストの誰かに声をかけられたんだろうね?」
「いえ、投資家であれば参加可能ということを聞きましたので、自分の意思でここに来ました。皆さんにぜひお見せしたいものがあるんです」
マーズ氏はそのように言い放った。しかし、本当のところは何かに身体を操られるようにして、ここを訪れたのであった。ジング氏はその無礼な返事を聞くと、アルコールの勢いもあってか大笑いをした。
「なんだ、なんだ、君のような大金も稼げない無能な人間に、成功者の我々を楽しませるような芸ができるというのかね? よろしい、おーい、みんな! この痩せた青年が、これから我々を驚かすような一発芸を見せるそうだぞ!」
その呼びかけを聞いて、来客の多くがやれやれといった感じを見せながらも、マーズ青年のすぐ近くにまで寄って来た。お偉い方々は迷惑顔だったが、女性陣は興味津々の様子であった。
「君のことはよく知らんが、面白い芸ができるなら、なぜ今まで黙っていたんだね? 早くやって見せてくれ」
いつもは冷静なギゲツ氏も、この夜は酒の勢いで少し強めの口調になっていた。彼は投資に成功して億万長者になってからは、他人からもてなされることに慣れきっていた。
「え、なに、何を見せてくれるの? みんなで笑えるような見世物だといいなあ。がんばってね」
女性たちも機嫌よくそのようにはやし立てた。しかし、皆が皆、この大人しそうな若者の出し物にそこまで期待していたわけではなかった。どんな興味深い芸を見せられても批判的に評価してやって、あわよくば笑いものにしてやろうと考えていた性悪も、もちろん混じっていた。マーズ青年はすべての客に周囲を取り囲まれる状況の中において、よく徹る声でこのように言い放った。
「これから、この場所に魔界から悪魔を呼び出してみようと思います」
その提案を聞くと、場の空気は一瞬凍りついた。とても真面目な話とは思われなかった。これだけの面々を集めておきながら、まさか冗談を飛ばそうというのだろうか。皆が困惑顔を見合わせた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。二話で完結します。今後ともよろしくお願いします。




