9話 野宿ガール(初)
◇
三月九日(木曜日)。
午後八時。
「これでよし、と」
自転車を自販機コーナーに引き込み、余ったスペースにテントを張ると、紗月は夕食の支度を始めた。
箱の中からスーパーのビニール袋と、B4サイズぐらいのトートバッグを取り出す。ビニール袋には昼に買ったカップ麺とペットボトルの水が。トートバッグにはキャンプ用の携帯ガスコンロとカセットガスボンべが入っていた。
紗月は慣れた手つきで携帯ガスコンロを組み立て、ガスボンベを繋いで地面に置くと、その上に水を張ったメスティンを乗せて湯を沸かす。
湯が沸く間にカップ麺の準備を済ませるが、いつものバイク旅行ならこれで足りるはずの夕食が、今回は自転車を漕ぎ続けたためにカップ麺一個じゃ到底足りそうに思えない。
仕方なく紗月は家から持って来た虎の子のカロリースティックを追加した。
熱湯を注いで待つこと三分。そして三分かからず麺を食べ終わると、間髪入れずカロリースティックをカップ麺の残った汁で流し込む。
ようやく人心地ついて冷静になると、忘れていた左膝の痛みが襲いかかってきた。
「またやっちゃった……」
左膝をさすると、ズボンの上からでもわかるぐらい熱を持っているのを感じる。とりあえず自動販売機で買ったペットボトルのジュースを氷嚢代わりに当てるが、どこまで効果があるものやら。
経験上、左膝がこうなると最低でも一週間、悪ければひと月は痛みが残る。こんな状態でこれからも自転車を漕いで旅を続けるのは不可能だろう。
「これはもう無理かなあ」
突然訪れる旅の終わりに、紗月は言いようのない悔しさに襲われる。あの時ああしていればと後悔することが多すぎて、過去の自分を投げ飛ばしたくなる。
だが今回は失敗したが、ただそれだけだ。致命的な怪我をしたり、二度と旅に出られなくなったわけではない。膝は安静にしていればすぐに治るだろうし、今日の支出なんて千円にも満たないから路銀はまだまだ潤沢だ。すぐにでも再チャレンジできる。
だがここで無理をすれば、それも叶わなくなるだろう。膝に深刻な後遺症が残れば、歩くのはおろか自転車にすら乗れなくなるかもしれない。そうなっては日常生活にも支障が出るだろう。それだけは避けなければならない。
失敗はしないに越したことはないが、してしまったものは仕方がない。なのでこの経験を次に活かし、同じ間違いを二度としないようにすればいい。
しかし引き際を間違えることだけは、あってはならない。そこを間違えると、いとも簡単に取り返しがつかないことになってしまうことがあるからだ。
自分は今日、そこを一度間違えた。
幸い、まだ取り返しはいくらでもできる。
だから、今回の旅はここでおしまい。
今日はここでゆっくり休み、明日になったら家に帰ろう。
旅が終わる寂しさと、次の旅に向けての新たな希望を胸に、紗月は部屋着のジャージに着替えるとテントの中に敷いた寝袋に潜り込んだ。
野宿ガール、ようやく一度目の野宿である。
ようやく初の野宿……。




