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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
8/68

8話 膝に矢を受けてしまってな

誤字報告をいただきましたので、修正しました。

     ◇


 三月九日(木曜日)午後三時過ぎ。


 道の駅日羽山での野宿を中止し、紗月は先へと急いだ。昨日の遅れを少しでも取り戻すためだ。


 だが道の駅を越えてから、道は極端なアップダウンを繰り返すようになった。


 山道に入ったのだ。


 最初は同じくらいの距離の上りと下りが交互に来ていたのだが、徐々に上りの割合が多くなっていき、とうとう上りだけの道に突入した。


 こうなるともう、紗月の自転車が外装六段変速であろうと関係ない。どこまでも続く終わりの見えない上り坂に、紗月の体力よりも精神が削られる。


 それに、箱と荷物が重くてバランスが取りづらく、立ち漕ぎができない。いくら体力自慢の紗月であっても、ずっとサドルに座ったままで坂道を漕ぐのは無理があった。


 額から汗を流し、肩で息をしながら紗月は自転車を降りる。坂の終わりはまだ見えない。ここから先は、自転車を押して進むしかないだろう。


 ペダルから離れた右足が地面に着いた瞬間、紗月は右足の膝に痛みを覚えた。


「痛っ!」


 まさか、と紗月の脳内に過去の記憶が蘇る。


 高校時代柔道部だった紗月は、部活の練習中に右足を故障した。


 膝の前十字靭帯を損傷した紗月の選手生命は、そこで終わった。ただ運が良かったのは、完全に断裂せず損傷で済んだことだ。残りの高校生活は部活を辞めて治療に専念し、リハビリが終われば日常生活に何ら支障はなかった。昔みたいに全力疾走したり何㎞も走ることはできなくなったが、自転車で百㎞走れるようになったのだから十分であろう。


 ただ問題は残った。


 右足の怪我がよほど紗月の心に傷を残したのか、無意識のうちに右足を庇う動きをするようになってしまったのだ。


 少しでも右足に不調を感じたら、意識しようがしまいが歩き方から変わってしまい、その結果左足に大きな負担がかかって遂には左膝が炎症を起こすのだ。


 この時の紗月も、右足の違和感から無意識のうちに右足を庇うように歩いていた。しかも重い自転車を押しながら、膝に負担のかかる坂道を。


 長い上りを自転車を押しながら歩き、僅かな下り坂で足を休める。そんなことを幾度となく繰り返していくうちに、とっぷりと日が暮れていた。


 どこかで今日の寝る場所を捜さなければ。そう思っても、こんな山のど真ん中に都合の良い場所なんて見当たるはずもない。地図を見ても、次の道の駅阿久井あくいはまだまだ遠い。到着する頃には深夜になっているだろう。


 完全に判断ミスであった。大人しく道の駅日羽山で休んでいれば、こんなことにはならなかったのに。紗月は痛む左膝に口元を歪めるが、後悔先に立たずである。


 仕方がない。今夜はどこか道の端っこにある車の避難スペースにでもテントを張って寝るしかないか。半分諦めながら痛む足を引きずるように歩いていると、天の恵みか自販機コーナーがあった。


「やった、しかも屋根つき!」


 そこは、鉄骨で組まれた四阿あずまやの中に数台の自動販売機が設置された自販機コーナーであった。囲いがされているだけでも珍しいのに、天井にはトタンが貼られ雨がしのげるようにできている。ここにテントを張れば車の心配はないし、万が一夜中に雨が降っても大丈夫だろう。暗い山道に突如現れた自販機コーナーは、紗月には文字通り光り輝いて見えた。


「カップ麺の自販機か~。珍しいなあ」


 見れば、ジュースの自動販売機たちから少し離れた場所に、壊れて錆だらけではあるが、カップ麺とガムの自動販売機があった。昔はここを訪れるドライバーの小腹を満たしていたのかと思うと、何だかほのぼのする。


 時計を見ると、時刻は夜の七時を半分ほど過ぎていた。


「今日はここをキャンプ地とする」


 街灯のほとんどない山道を、自転車の頼りないライトだけで進むのは危険だ。それにこの足でこれ以上坂を上るのも無理である。一日に二回も判断ミスをするわけにはいかない。今日はここで休むことに決めた。


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