7話 感謝の心を忘れずに
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スーパーで食料を買い込んだ紗月が向かったのは、すぐ近くにあるパチンコ屋であった。
さすが郊外。さっきのスーパーも大きかったが、パチンコ屋も同じくらいデカい。わざわざパチンコを打つために車で来る客が多いので、駐車場も広かった。
紗月は何食わぬ顔でパチンコ屋に向かうと、景品交換所の裏手に自転車を停める。箱からさっき買ったのり弁とお茶の入ったビニール袋を取り出すと、堂々とした足取りで景品交換所の前までやって来た。
そこには数台の自動販売機と、休憩用のベンチがあった。紗月は空いているベンチに座ると、ビニール袋からのり弁を出して食べ始める。
まずは一番目につく白身フライに、付属のタルタルソースをかける。ウスターソースも捨て難いが、白身フライにはやはりタルタルソースだ。安い弁当だとタルタルソースではなくウスターソースがついていることが多いが、この店は驚くほど安いのにちゃんとタルタルソースがついている。ありがたい。
準備が終わると、早速箸をつける。時間がちょっと経ってしっとりしてしまっているが、きつね色に揚がった白身魚のフライとタルタルソースとの相性は抜群だ。
そして次のおかずはちくわの磯部揚げ。衣の油とちくわの塩味、青のりの風味が口の中に広がってたまらない。
しかしのり弁と言えば、むしろメインはご飯であろう。海苔と米とおかかのハーモニーは、日本人に生まれて良かったとしみじみ思わせてくれる。この店ではおかかだけでなく、昆布の佃煮もプラスされていてご飯がさらに進む。添えてあるきんぴらごぼうもありがたい。
朝から自転車を漕ぎ続けて空腹だったのも手伝い、結局紗月は一時も箸を止めることなくのり弁を一気に食べ尽くした。ペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲み干し、ようやく一息つく。
「ふう……ごちそうさまでした」
親指に割り箸を挟み、両手を合わせて空になった弁当の容器に一礼。今日も無事飯が食えることに感謝しつつ、紗月は容器をビニール袋に詰める。
さて、腹も満たされたことだし、そろそろ出発するか。とベンチから立ち上がるも、ふと気になったのが手に持ったビニール袋、つまりゴミである。
紗月が幼少の頃は、町のあちこちにゴミ箱があった。コンビニには当然のように店の前にあったし、公園や駅にもあったのでゴミを捨てるのに困ったことはなかった。
しかしどこかの馬鹿がやらかしたせいで、日本中からゴミ箱が消えてしまった。物騒な世の中だから仕方がないと言えばそれまでだが、そのせいでゴミは家まで持ち帰らなければならなくなったのは迷惑である。
だがどこにも例外というのはあるもので、パチンコ屋の休憩所にはゴミ箱が設置されていることが多い。食事や休憩のために台を離れ、持ち込んだり買ってきた食べ物をベンチで食べる客が多いからだ。紗月が昼食の場所にパチンコ屋を選んだのは、ベンチとゴミ箱があるという合理的な理由なのだ。
だがベンチもゴミ箱もあくまで利用客のためのものである。それを客でもない紗月が利用するのは本来良くないことなので、ささやかではあるがせめてもと自販機で缶コーヒーを買って許してもらうことにする。
「お世話になりました」
ベンチとゴミ箱に深謝しつつ、紗月は自転車へと戻る。
さあ、ガソリンは満タンだ。昨日の遅れを取り戻すべく、紗月はペダルを踏む足に力を込めた。
午後三時を少し過ぎた頃、今日の目的地である道の駅日羽山に到着した。
いつもなら旅は出たとこ勝負で予定などほとんど決めずに始める紗月であったが、さすがにひと月ぐらいかかる今回の旅は初日の目的地だけは決めていた。
道の駅日羽山は、紗月のアパートから約50㎞ほど離れた場所にある。ロードバイクなら50㎞など片道の距離だが、ママチャリならちょうど良いだろう。そう思って初日の目的地にしたのだが、どうやら予定より早く着いてしまった。
道の駅にはまだたくさんの利用客がおり、これではこっそり物陰にテントを張ることができない。
どうしよう、と自販機で買ったご当地エナジードリンクを飲みながら考える。この道の駅には遍路が野宿するための簡易的な設備があるのだが、それを遍路ではない紗月が使うのは気が引ける。
いつもならこういう場合、利用客が減って施設の従業員が帰る夕方まで待つのだが、昨日トラブルで一日無駄にしたせいで紗月は少し焦っていた。
「まだ三時だ。夕方までにはまだかなり時間がある。今日は行けるとこまで行こう!」
初日の遅れを取り戻すことに躍起になっていた紗月は、ここで野宿するのをやめてもっと先へ進むことにした。
今思えば、これが運命の分かれ道だった。
よい子は真似しないでね。




