67話 エピローグ
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数年後。
高橋幸貴は大学卒業後、実家のある神戸に帰り大手文具メーカーに就職。希望通りOLをしながら同人活動に精を出している。
社会人になり収入が増えたので念願のデジタル作画に移行したが、際限なく拡大と修正ができてしまうので、ただでさえ手が遅いのがさらに遅くなったのが玉に瑕。
一度即売会のブースに漫画雑誌の編集がスカウトに来たことがあるが、趣味を仕事にする気は毛頭ないときっぱり断った。
だが本当の理由は締め切りを守る自信がないからだ、というのは本人だけの秘密である。
樺山達樹は大学卒業後上京し、父親の知り合いの法律事務所で働いている。
司法試験に無事合格したものの、下っ端なので刑事も民事もまだ扱わせてもらえないと幸貴との電話で愚痴を言っていた。
上京して良かったことは、年に二回の同人誌即売会に行くのが楽になったことだが、毎回幸貴が泊まりに来るのは別に良いとして、必ず原稿を手伝わされるのは困る。
何度も原稿を終えてから来るように注意したのだが、達樹が手伝う用の液タブまで持参して来るあたり何を言っても無駄だろうと半ば諦めている。
矢内希はまだ大学に地質学講師として在籍している。
変わったことと言えば、現在第二子を妊娠していることであろうか。
第一子が男子だったので、次は女子が欲しいと思ってはいるが、何はともあれ健康に生まれてくれさえすればそれで良いと願っている。
激しい運動が禁じられているため柔道部に稽古がつけられず、本人だけでなく柔道部員も困っているようだ。
赤井菜々香は大学卒業後山岳ガイドの資格を取得し、現在四国の山を中心に活動している。
多少人見知りな感はあるが、自分の登山経験を取り入れたガイドはなかなか好評で、新人ガイドとしては人気が高いようだ。
時々大学のワンゲルに顔を出し、矢内と久闊を叙するのが彼女の休日の過ごし方であるが、それ以外ではほとんど山から降りて来ないので、両親は婚期以前に人としてどうなのかと少し心配している。
前田鞠莉は大学一年生と二年生の夏休みに遍路を区切り打ちし、無事歩き遍路での結願を達成した。
高野山にお参りは行かなかったので満願には至らなかったが、早くも二周目の遍路を予定しているとか。
最近では矢内がワンゲルに勧誘してくるが、遍路の資金稼ぎのアルバイトが忙しいので毎回断っている。
そして嶌紗月は、現在アメリカ合衆国のイリノイ州シカゴにいた。
薄手のジャージの上着に米軍払い下げのカーゴパンツという相変わらずの出で立ちで、髪が少し伸びたこと以外は特に変わりはない。
自分の上半身ぐらいの大きさのバックパックを背負う彼女の目の前には、広大な土地に無限に続くような道路が続いてる。
ルート66。
1926年指定。アメリカ合衆国中東部のイリノイ州シカゴと、西部のカリフォルニア州サンタモニカを結んでいた、全長3,755km(2,347マイル)の旧国道である。
1984年、アリゾナ州ウィリアムズで州間高速道路40号線の完成により、国道66号線の最後の部分が置き換えられた。その翌年、国道66号線は正式に廃線となり、59年の歴史に終止符を打った。
だが未だに多くのアメリカ人のみならず、世界中から人がやって来ては踏破を試みる有名な道路だ。
紗月は今、念願のルート66にいる。
通常ルート66でのアメリカ横断はキャンピングカーで走るのが一般的だが、紗月は背負った大きなバックパック以外は何もない。体一つで歩いて行くつもりだ。
「サミーさん、とうとうここまで来たよ」
日本に遍路に来たというアメリカ人女性のことを思い出す。
あの日の彼女との出会いが、紗月の人生を変えたと言っても過言ではない。
彼女の自由な生き様が、紗月に狭い日本を出て広い世界を見てみたい。
世界で野宿をしてみたい。
という夢を与えた。
そしてその夢が今、叶おうとしている。
ルート66でアメリカを横断しようと思うと、一日20㎞歩くとして187日かかる。なので観光ビザではなく、期限が180日ある短期滞在ビザを取得しておいた。途中チャンスがあればヒッチハイクをするとしても、180日めいっぱい使って歩くつもりだ。
天気は快晴。アメリカは日本よりも日差しが強いように感じる。
渇いた風が吹き抜けると、西部劇でよく見るアレが道路の端を転がっていく。
「さて、行きますか」
紗月はひび割れた道路を踏みしめる。
これから始まるのだ。
長い長い野宿道が。
了
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